仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

大陸出身の在外・移民作家に見る現代中国②-1~山颯~

「大陸出身の在外・移民作家に見る現代中国」シリーズ目次

 

 今回は、シリーズを書くきっかけになり、記事に名前が何度か登場した在仏かつフランス語で作品を書くシャンサをピックアップ。

 

●シャンサ(Shan Sa,山颯)

 

 天安門事件を機に海外へ渡り、外国から「中国」を見つめた在仏作家の代表。その一人がシャンサです。

 

 1972年生まれ。本名は閻妮。10歳で処女詩集を出版、12歳で全中国詩大会グランプリ受賞と、10代から文芸方面で頭角を現す。

 天安門後の1990年、フランスへ渡る。大学在学中、画家のバリュテュス夫妻と出会い、2年間師事し、親交を結ぶ。

 Porte de la Paix celeste(邦題『天安門』)で1997年、ゴンクール新人賞を受賞。その後、数々の作品でフランスの文学賞を受賞。文芸だけでなく、書画作家としても活躍。

 以来、フランスの国籍を取得後、現在もフランス在住。

 

 

・著書

 

 

 

 1937年、満州の小都市・千風。寒さ厳しき広場で男たちが碁に興じるなか、三つ編みの少女がいる。少女が息のつまる日常から逃れられるのは、碁を打っている時だけ。

 ある日、少女に声をかけられ、長い対局をすることになった北平(現在の北京)訛りで話す青年。彼は日本軍将校で、関東大震災の悪夢と辛い満州行軍から目をそむけ、少女と碁を始める。

 対局が進むにつれ、満州全体を暗い雲が覆い始め、ラストへ物語は加速する。

 

 少女と青年の送る生活が交互に語られるが、それは白と黒の碁石というより、私には一枚のオセロが繰り返し裏返って話が進むように感じられた。

 二人の背景には、少女の暮す満州の上流階級の華やかな世界と抗日軍のゲリラ活動、青年の所属する日本軍兵士たちの行軍と退廃的な生活と抗日軍捕虜を拷問・処刑する様子が見せています。

 

 日中戦争前後の北中国の動きを挟みながら、全体を通して幻想的な寓話の雰囲気を放っている作品です。 

 

 

 民主化運動の学生リーダー・雅梅と軍人の趙。交わるはずのなかった二人の人生が「天安門事件」で交錯する。

 序盤から学生たちと軍隊の衝突が生々しく描かれている。雅梅とそれを助ける人々の逃避行、行き着いた山村で暮らす日々に次々とシーンが変化。軍の追手から隠れ去る雅梅とともに、読者を幻想的で極彩色豊かな自然世界へと導いてゆく。

 

 本書はシャンサのデビュー作。文が簡潔であり、前半は事実が冷たいまでにストレートに伝わる書き方。後半は雅梅の心理的変化を山林の紅葉に映し出し、鮮やかな赤で彩る描写は官能的。終わり方に物足りなさを感じる人もいるかもしれません。

 しかし、文学作品として事件の断片を知らせること、簡潔に全体を短くまとめる能力、この2点がシャンサの作家的力量の高さを窺わせます。

 

 

○リシャール・コラスとの共著、大野朗子訳

 

 

 

 

 上が単行本、下が文庫版。違うのは、装丁とおさめられている写真。タイトルにマッチしているのは、単行本の装丁ですが、単行本は書店によっては絶版の模様。

 

 シャネル日本法人社長リシャール・コラス氏との往復書簡集。シャンサが今まで書いてきた作品の裏事情、天安門事件を逃れた真実などなど、書き手二人が歩んできた人生と哲学をつづり合う。

 

 天安門事件後、フランスの大学で教鞭をとっていた父を頼りに渡仏後、高校に転入。中国とフランスでは議論の進め方、弁論方法の違いにカルチャーショックを受ける。シャンサのすごいところは、フランス哲学を学び、理解してやろうと猛勉強の末、フランスの大学は哲学科に進んでしまうところ。

 

 これを読むと、東西で価値観や思想がどれほど違うのか?

 それを超え、国際理解を促進するにはどうしたらいいのか?考えるヒントになると思います。

 ラストでコラス氏が書いている言葉は、本書の真髄です。

 

異国の文化の土壌の中に深く根を張り、

自分たち生来の樹液を注ぎ込んだような木が、たくさん必要なのです。

そうすれば、国際化と寛容の森ができて、この地球を青々と覆ってくれるでしょう。

 

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 以上3冊を紹介。私としては、上から並べたように『碁を打つ女』→『天安門』→『午前4時、東京で会いますか?』の順に読むと、シャンサの人生と現代中国の歴史的流れを概観しやすいかと思います。

 

 中華民国時代の中国東北部の歴史的流れと情勢を知るなら、『碁を打つ女』と『午前4時、東京で会いますか?』に加えて、「大陸出身の在外・移民作家に見る現代中国①-1」で取り上げたユン・チアン『ワイルド・スワン』(講談社文庫・全3巻、1998)を合わせて読むと把握できるかと思います。

 

 3冊を分析すると、シャンサは知識・書く技術ともに使い方が巧み。

 

彼女自身が自分の才能を自覚しているのならば、「選民意識を持っており、鼻につく文体だ」という批判がたつかもしれません。たとえ、批判が出たとしても、シャンサは注目されるだけの頭角を備えている。これは認めてしかるべき事実ですし、おそらく、ほかの在外中国人作家にも共通することかと。

 

 長くなりましたが、シャンサはこの3冊以外に日本語訳の小説が2冊刊行されています。まだ、読みかけなのでレビューできませんが、興味のある方、探してみてください。

 

 ここまで、記事にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

(最終更新:2010.8.12(木)

 

※追加参考文献:門田眞知子「フランスの〈リセ・ゴンクール賞

受賞作品―― La joueuse de go-山颯著/趙英男訳『囲棋少女』」

(『東方』269号、2003年7月、38~41頁)

 

 

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