仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

大陸出身の在外・移民作家に見る現代中国②-2~イーユン・リー~

「大陸出身の在外・移民作家に見る現代中国②-1」のシャンサとほぼ同年代、同じ北京で天安門事件前後を過ごした作家。それが今回取り上げるイーユン・リーです。

 

●イーユン・リー(Yiyun Li,李翊雲)

 1971年生まれ。北京大学卒業後、渡米。アイオワ大学大学院で免疫学の修士号取得後、同大学で創作科に入学。英語で執筆活動を始めた。『千年の祈り』で2005年、フランク・オコナー賞受賞を皮切りに注目される。

 現在、カリフォルニア大学デービズ校で創作を教えながら、執筆活動を継続。プライベートでは、二児の母親であり、家族とともにオークランドに暮す。

 2007年、グリーンカードの取得でアメリカに永住権を取得している。

 

・著書

 

 

リーの処女短編集。「余り物」「約束」「死を正しく語るには」「不滅」など、市井に生きる「老百姓」一人ひとりの人生に共産党の支配した大陸の事件を背景としてかぶせ、話に深みをもたせている。

群像劇ながら、ひとつひとつの作品に重みがあるため、読者は長編小説の読後感に似た感覚を持つだろう。なお、表題作の「千年の祈り」は、映画化され、原作者のリー自身が脚本を担当している。

 

↓英語の原書

A Thousand Years of Good Prayers

 

 

文化大革命後の1979年前後が舞台。元紅衛兵の顧珊は文革を批判した手紙が原因で、国家の敵として処刑される。かつての同級生でアナウンサー呉凱は顧珊の名誉回復をかけた抗議運動を密かに展開してゆく。共産党の地方幹部の息子を夫に持ち、生まれたばかりの息子と過ごす日常を捨てて―。

 

主要人物に顧珊の両親、顧珊の痛めつけた妊婦から産まれた障害児、幼女に欲望を向ける陸八十、田舎から来た小学生の童、彼らを見つめる華老夫婦、そして短い命を自覚して呉凱と共闘する家林。

 

彼らはビデオカメラが切り替わるように順々に舞台を入れ替わり、間に顧珊に関わった外科医、その病院の患者達、批判大会に連れてきた職員達の会話、顧老師の通った橋で話し合う労働者たちなど、細かい挿入話が付け足されている。枝葉が広がってゆくような技巧は読者を飽きさせない。

 

話を展開する技術は巧みながら、思想統制、臓器移植、経済発展の始まった地方都市の闇など、実際に起こった事件に取材して制作された本作。一部、生々しいまでの人体損壊描写はグロテスクであり、読者によっては賛否両論を巻き起こすかもしれない。

 

文庫版:

 

↓英語の原書

The Vagrants

 

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2作品の訳者あとがきの解説を読むと、イーユン・リーが現実世界から小説を離し、冷静に描いているかが分かる。『千年の祈り』も『さすらう者たち』も、登場する事件や政治的動きは日本で習う世界史に出てくるものだってある。

 

小説の登場人物はリーによれば「自分が歴史の中に生きているとは思っていません」登場人物たちは、私たちと同じようにささやかな幸せや富や愛を得たいと望みながら、日々を暮らし続けている。そんな人々を、時代の犠牲者のようにしたくない、とのこと。

 

私の役割は記録することではありません。これは私のつくりごとです。ですから高邁な目的を掲げるわけにはいかないのです。私はただ強く関心を引かれた、それだけのことです。

  (『さすらう者たち』「訳者あとがき」より)

 

2作とも読んでいると、歴史的事件よりも市井に生きる人々の憤慨、悲しみなど喜怒哀楽が印象に残る。そこにはアウトサイダーとして距離を置いて眺める書き手としての視点が存在する。自分の過去さえ客観的に見ている姿勢が存在する。

 

実際、リーは父親が科学者であったため、核研究所内で幼少期を過ごしていた。その様子は『千年の祈り』所収の「死を正しく語るには」で詳細に描かれている。私小説のようであって、人物達をどこか遠くで見つめているような、そんな感覚で作品は動いてゆく。

 

リーの書き方・表現に「眺める」視点が存在するのは、アメリカという異郷で外国語である英語で小説を書いていることと切っても切れない関係にある。

 

現在、アメリカに永住権を持つリーだが、アイオワ大学創作科の在学中、学生ビザが切れてしまい、中国への帰国を強いられるのではないかという不安にさいなまれてきた。「中国が嫌いなのではない。でも中国では小説は書けない。」とリーは言う。

 

思想統制の厳しい時代、表現の自由が認められていなかった中国でリーは育った。中国語で作文すれば「自己検閲」してしまう。自由に自分で書くためにリーが選んだ言語が英語。現在、リーが中国で小説を書けないのは表現の自由制限の問題もあるが、本人によるとそれだけではなさそうだ。

 

「どんなに母親を愛していても、別々に暮らしたほうがいいのと似ている。」

 

自分の育った中国は愛しているが、共産党の支配する中国には複雑な思いを抱いている。リーの抱く思いは、シリーズで取り上げている大陸中国出身の在外・移民作家が共通して抱いているものなのでなはいか。

 

私はこのように思っている。

 

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今回も長くなってしまいました。長文を読んでいただき、ありがとうございました。実は紹介した作品と参考文献以外にもイーユン・リーに関する研究があって、まだ読めていませんが以下に紹介↓

 

・依岡宏子「イーユン・リー『千年の祈り』を読む―「文化大革命」から「六四天安門事件」への歴史・記憶・語り―」

(大阪大学大学院言語文化研究科編『言語文化共同研究プロジェクト2008

 ポストコロニアル・フォーメーションズⅣ』大阪大学大学院言語文化研究科.2009)

 

(参考文献)

・ルイーザ・トーマス「異郷で描く中国への愛」(『ニューズウィーク日本版』

2009年2月25日号)

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