仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

上流身分の人々を「四コマ文法」で皮肉った古典随筆作品~兼好法師『徒然草』~

〈今回の目次〉

1.はじめに~平安期から現代まで話題に事欠かない仁和寺から~

お盆過ぎから、理系の話題ばかり書いていたので、久しぶりに古典文学の話を致します。

 

学会や研究会で、たまに京都に行くことがあります。学部時代、サークルの日本史の先輩たちにくっ付いて、竜安寺の石庭に行くことがよくあったんですが、更にその西の先。大きな「由緒あるお寺」がありまして、そこが仁和寺でした。最近、小耳にはさんだ噂では、有名コンビニ・チェーン店が付近に出店を検討していたところ、周辺住民の反対にあったとか。結局、出店は中止になったらしいです。

 

この話を聞いた瞬間、仁和寺は数百年経っても、いろんな意味で話題に事欠かない大寺院だと感心してしまったほどです。もとは、宇多天皇源定省、在位887~897年)が勅願寺として建立した寺院であり、彼が仁和寺へ入って法皇になったという経緯があります。宇多天皇は在位中、そして退位後に上皇となってから出家するまでの間、菅原道真(現在は学問の神様として、受験生と親御さんにお参りされているお方)の後盾となっていた存在です。宇多天皇が生きていた時代は、高校の日本史B、国語の古文の平安期の作品では教科書で取り上げられるほど、有名な政治的事件がいくつも起こっていて、つまり、仁和寺は政治的な意味でも浅からぬ背景を背負っているのです。

 

 

2.『徒然草』に見える「四コマ文法」形式のストーリー~関西人のツッコミ、あるいは京都人のイケズ?~

そんな由緒ただしい大寺院・仁和寺は、 第52段「仁和寺にある法師」、第53段「是も仁和寺の法師」という、国語の古文の教科書でおなじみの書き出しで始まる随筆作品に登場し、皮肉られたという意味でもすっかり、有名になってしまいました。

 

この古典随筆作品こそ、兼好法師徒然草』です。

 

 桑原博史『新明解古典シリーズ10 徒然草』三省堂、1990年

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 上の参考書は、私が高校生の時、苦手な古文の授業についていくため、買ったものでした。学習参考書として作られており、原文と現代語訳が上下に分かれているような構成。寝る前にひと段落ずつ読み、時に笑いをこらえきれず、布団の中でニヤニヤしていたことを覚えています。 

 

仁和寺を含めて、私が『徒然草』を覚えている理由は、各話に出てくる身分の高い人たちが、けっこうな勘違いをしたり、調子に乗ってアホな行動に出た揚句に大けがをしてしまったとか、現代にも通じる、強烈な批判精神を筆者から感じるからです。

 

前者は、とある有名な神社とゆかりのある御社を尋ねた上人たちの話。上人たちは、御社のゆかりに思いをめぐらし、感嘆。落ち着いたところで、狛犬と獅子の向きを見てみれば、おかしい。けれど、ここはゆかりのある御社だから、きっと狛犬と獅子の向きが違うことにも深い言われがあるんじゃないか?そう考えた上人たちは、御社の神官に尋ねてみる。すると、「ああ、また子どもたちが悪さをして向きを変えてしまったんでしょう」と言い、狛犬と獅子の向きを直してしまった。だいたい、こんなストーリーだったと思います。

 

振り返ってみると、このストーリーの形式は、そのまま四コマ漫画の形式で、きちんと起承転結がついています。関西人のツッコミに始まる「オモロイ」を追究するという、ある種のこころは時空を超えて受け継がれるということなんでしょうか?あるいは、京都人の「イケズ」なのかもしれません。


さて、作品については皆さま、よく知っておられると思うので、詳しいで説明は控えます。また、件の宇多天皇について気になった方がおられるかと思いますが、ぜひ、各自で調べてみてください(下の関連記事の『大鏡』も参照)。紫式部が『源氏物語』の光源氏の着想を得るきかっかけになった人物の一人が、宇多天皇だったという説があるそうで、面白いです。

 

 

3.筆者の兼好法師について

ところで、『徒然草』の筆者・兼好法師さんは出家する前、神社で神官していた方なんですが、彼は京都の吉田神社の神官の血筋に当たります。知る人ぞ知る、京都大学吉田キャンパスの東の山にある神社であり、小説『鴨川ホルモ―』で、主人公たちが鬼と契約するために登った、あの山です。

兼好法師が別名「吉田兼好」と呼ばれるのは、江戸時代、もともと兼好法師吉田神社の神官をしていたのを指し、神社(のある地)名と彼の名前をくっつけて呼称したことに由来するんだそうです。

(参考:蛇蔵&海野凪子『日本人なら知っておきたい日本文学 ヤマトタケルから兼好まで、人物で読む古典』幻冬舎、2011年。ちなみに、出家前の兼好法師卜部兼好という。)

 

この兼好法師さん、家にもこだわりが相当あったようです。例えば、これも古文の教科書に載っていることのある第55段「 家の作りやうは、夏をむねとすべし」では、熱くて湿気の多い夏の京都の住まいについて、「家のつくりは、夏を中心に合わせたほうがよいぞ」という持論を展開しています。知り合いの建築学の先生によれば、第55段のほかにも、様々な段において、兼好法師の住居に対する拘りが分かる記述が見られるようで、この随筆作品に関する建築学分野での論考がいくつか出ているとのことでした。

 

4.まとめ 

書いていて、新たに認識をしたのですが、仁和寺を皮肉った『徒然草』自体も、話題に事欠かない古典文学作品であり、今までと異なった視点で楽しめそうだと感じました。

 

 実は、前に紹介した「角川ソフィア文庫「ビギナーズクラシックス日本の古典」のシリーズ」の記事にも、『徒然草』がラインナップされていました。装丁が和のテイストをながら、パステルな色合いで、新鮮な印象を受けました。手に取りやすいデザインです。

 

角川書店編『徒然草』 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)、2002年

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機会があれば、ぜひ、次回はビギナーズクラシックスのほうで、読み返してみたいと思っています。 

 

 

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