仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

大学院に行きたいと思ったら見極めるべきこと~指導教員の選び方について:主に文系向け~

<今回の目次>

1.はじめに

長らく、お待たせしておりましたが、下の記事の続編パート2になります。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

院生が研究者として将来、どうなっていくのか?研究業績を多く出していき、ガンガン、世界の学会大会で発表していく大学者として大成するのか?だいぶ大袈裟ですが、特に、博士課程に進学した人には学術的な面、精神的な面でも某かの影響を受け、指導教員の存在です。

 

そういうわけで、指導教員選びは院志望者にとっては、けっこう重要となります。今回は、「大学院に行きたいと思ったら〇〇べき」シリーズ第4弾、指導教員の選び方について、取り上げます。 

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2.そもそも指導教員候補の人はどうやって見つけたらいいのか?

 2-1.研究したいテーマが何となく先に決まっている場合

前提として、上のリンク記事の次の箇所の続きになります。

「問題」がいくつか見つかったら、集めた文献の中で面白いことを言っている研究者の名前をメモしておきます。そして、その研究者の書いた本や論文を読んだり、近場のイベントでその人が講演会や公開講座をするなら会いに行ったりしましょう。できたら、その研究者に接触して、話をしてみてもいいかと思います。思わぬところで、卒業論文に関するヒントが得られるかもしれません。

 

ちなみに、この研究者の中には、将来の大学院の指導教員候補、つまり、あなたの研究のお師匠さん候補が含まれていることもあります。(私の場合がそうでした)

早い話、研究したいテーマが何となく先に決まっている場合の話です。そんな人は、研究手法、あるいはその研究分野のことを専攻している人たちがいそうな学術団体に繋がっていそうな先生を探すということ。

 

私の場合は、学部3年次の時、たまたま面白そうな先生の授業が、学部のある大学から公共交通機関で片道1時間以内の大学で開講されるという情報を、大学連携単位互換講義というシステムの掲示板でキャッチ。履修登録後、受講したら、自分の関心に刺さる感じの内容だったので、作った名刺をお渡し。それ以降、「ストーキング」を重ね、卒論を書く4年次の前期、その先生の大講義にもぐりこんで、その先生の人柄をTAの方々との関係を見つつ、人間性や研究室の院生たちとの関係を観察しました。

また、サークルや学部の先輩を捕まえて、研究会に連れていってもらい、自分の研究テーマを先行している面白そうな先生を探す。研究会が終わったら、連絡先を交換したり、次の学会発表を聞きに行ったり、ご著書を拝読したりして、その先生の研究に対するスタンスや人間性を見極めること。

 

こういう感じで、指導教員候補の先生を何人か、作ります。

 

 

 2-2.研究したいことが何にも決まっていない、または途中で無くなった場合

上のリンク記事でも書きましたが、知的欲求を満たしたいがために「お勉強」したい人は、大学院に行ってはいけません。とは言っても、特定の分野で何か研究をしたいという欲求を抱えた人は、学部3年次の時点でならいると思います。もしくは、卒論執筆途中で、そこに書いているテーマが別の研究者によって、より公共性の高いジャーナルに発表されてしまい、「先行研究が成立してしまった」ことで、大学院入試の研究計画書に記入し、入学後に予定していた研究テーマを無くしてしまった場合(私は院の修士課程に入学後、これに近い状態となりました)。

 

前者の人は、上のリンク記事にも書きましたが、

補足をしておくと、「問題」が見つからないけど、今いる学部の分野は何となく、好きで入学した、という人について。例えば、その分野で比較的大きな学会のジャーナルをゼミの先生、学科や専攻コースの先生に教えてもらい、そのジャーナルを探してきて、何冊かパラパラめくるというのも手です。パラパラめくっているうちに、「モヤ」っとくる記事や論文にめぐり合うかもしれません

という情報収集から初めて、割と先行研究は出ているけれど、まだ取り組まれていないポイントを見つけましょう。できたら、卒論では先行研究から研究史を編み、どこのポイントが該当分野の研究でなされていないのか、問題点を提示できるようにします。ここまで、できたら学部4年次の初夏までに見えてくるように、チャレンジしましょう。

 

そして、ここからは「2-1.研究したいテーマが何となく先に決まっている場合」と同じように、該当分野の研究者で面白いことを言っている先生に、先述のとおり、会いに行きましょう。

 

後者の人で、卒論を書いている途中で、先行研究が成立してしまい、同じテーマで研究継続が難しそうになったパターン。これに限りなく近い体験で、希望の先生が私の志望コースで専門的に研究指導ができそうにないことが発覚したしたのが、それ。4年次の夏のとある大学院の院試面接で分かりました。面接官の先生方に「君のやっていることは、うちの研究科の修士課程のシステム上、難しいかもしれないね。私の知っている××大学大学院〇〇研究科の▼▼先生、◆◆大学の△△先生あたりなら、研究を打開するヒントをご存知かもしれませんね。」というご助言をいただきました。

ここの大学院は落ちましたが、夏休みに教えて頂いた研究者の方の所属先を調べ、アポイントメントを取って、受験しました。

 

 

3.指導教員を選ぶ時のポイント

まず、前提として院生の志望する分野の専門家、かつ指導ができる方を指導教員候補として挙げていることが前提で、話をしていきます。

 

 3-1.心身とも可能な限り、健康な先生を選ぼう

これが最重要!理由は、せっかく入学してご指導を仰ぐ前、またはその途中で入院・死亡をされると、院生は路頭に迷うことになります。具体的な例は、以下の記事に書いた次の箇所です。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

学部の頃の話ですが、2年次の終わりに卒論ゼミの説明会があり、同級生には3年次に所属するゼミの調査表を出して、年度末に指導教員の希望が通った人がいました。ところが、3年生になった4月の頭、希望の先生が交通事故で亡くなり、そのゼミは開講されないことになりました。その同級生は、第2希望の先生のゼミに移ったようです。

 

学部生の場合、特に文系はこのような緊急事態ならゼミを柔軟に変更できる大学は、あるようです。それより上の大学院になると、特に教員ごとに指導する院生が少人数のシステムのところでは、学部ほど柔軟に指導教員を変えられない。変更できるにしても、手続きに時間のかかるところがあります。

 

近年は院生の管理が厳格になってきているところもあり、放任主義が多かったらしい十数年前に比べると、指導教員と院生の距離が近くなっている研究室もあるようです。それ故、信頼関係を緊密に築いていた師弟ほど、指導教員が病気や事故で交替せざるを得なくなると、その院生は研究の継続自体が困難になることがあります。性格の相性がよい、ほか、院生の研究テーマとして、世界にその先生しか指導できないから院生が来た、そういうことだって、あるのです(特に理系)。

志望者はその先生の大学院の外側にいるため、なかなか、その先生の健康状態を詳しく知ることができないと思います。そこで、先生の健康状態を把握できる方法として、

 ①志望している先生の授業にもぐって、健康状態を観察する。

 ②その先生のSNSアカウントを見つけてフォローし、健康状態をチェックする。

 ③先生の指導している院生と仲良くなり、先生のお体を気遣う連絡を送る。

といったことが挙げられます。最近だとTwitterのアカウントをお持ちで、休講情報などをツイートされている先生もいらっしゃいますので、フォローついでに体調の様子をみてみるのも手だと思いました。

 

 3-2.退職まで任期の長い先生を選ぶこと

基本的に、国公立大学の教授の退職定年は65歳、私立大学は70歳というのが、私が院生の頃には言われておりました。もし、修士課程と博士課程の両方の教育課程で、指導教員にお世話になろうと考えている院志望者方がおられたら、定年退職まで任期の長い先生を選ぶようにしましょう。理想は、志望者が修士課程に入学した年度から数えて、定年退職まで7年以上ある先生です。

ただし、途中で別の大学に転職される先生もいらっしゃったり、ご家族のご病気等のご都合で退職が早まったりされることもあるでしょう。その時、志望者は自分が修士課程・博士課程の何年次か、就職できるタイミングか、また学内外に指導教員を引き受けてくれる研究者はできているか、等のことにも気をつけておいてください。

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 3-3.弟子である院生、後輩研究者を大切にし、尊敬できる人間性のある先生を選ぼう

  3-3-1.指導教員の人間性は重要

これ、指導教員を選ぶうえで、見方よっては最重要なポイントかもしれません。文系大学院生が複雑で厳しい、研究者の世界を生き残っていくガイドブックである、次の本において、特に序盤の「博士号への道」で、指導教員(本書では「指導教授」)を選ぶ重要性は、指摘されている。

 以下、そのポイントを本書より、引用させて頂いた。

「不幸」が重なり、運悪く人間性の欠落した指導教員の下で学ぶこともあるだろう。

害悪の最たるものが、「アカデミック・ハラスメント」(アカハラ)だ。

 東北大学の院生が、博士論文の提出を二度拒否され、自殺した事件を思い起こす。この事件ほどではないにしても、多くの大学院の水面下において「アカハラ」が起こっている。(本書p.54より)

 著者の岡崎匡史からのメッセージは、「アカハラ」をする指導教員は選んだらアウト!ということ。「アカハラ」を受けると、研究継続どころか、大学に出てこれないほど、「ストレス、鬱、神経症などを患う院生はたくさんいる」ということも、p.54で警告されています。

 

  3-3-2.「アカハラ」とは何か?

ハラスメントとは、一般的に上の立場の人が権限を使って、下の立場の人に対して行う嫌がらせや妨害行為です。「アカデミック・ハラスメント」、「アカハラ」とは、教員などが下の立場のポスドクや院生に対し、嫌がらせや研究妨害を行うことと解釈できます。それでは、「水面下で起こるアカハラ」というものには、具体的にどのようなものがあるのでしょうか?実際に、見ていきましょう。

 

  ①博士論文の複数回におよぶ提出拒否

本書の先の引用箇所にも挙がっている事例。提出を試みた院生の博士論文が未熟であったり、内容に問題があったり、ということもあったのかもしれない。この事件の詳細は不明だが、世の中には悲しいことに、教員地自身が修士号しか持たず、岡崎氏によれば、

博士号を保持していない教授のなかには、「学生には博士号はやらん!」と内心で思っている人もおり、院生の卒業を遅らせようとする教授もいる。

ということがあるらしいです。ということで、文系研究者であっても博士号を所持している研究者にするのも、指導教員を選択する上でポイントになりそうかと。なお、文系研究者の教授には修士号しか持たず、「老人の教授自身が博士号を持っていないのに、「私を差し置いて若造が博士号を取得するなんて許せん!」という雰囲気が残っているのかもしれない」と岡崎氏が指摘するのは、論文博士と課程博士というシステムが日本の博士号授与システムにあるからです。詳細は上記『文系大学院生サバイバル』p.46~53、および下の拙ブログ記事をご参照ください。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

  ②院生を授業準備や実験のために長時間労働させること

仕事内容、および具体的な院生のアルバイト雇用の詳細は、以下の拙ブログ記事を参照のこと。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

ありがちなこととして、授業準備の労働も、理系だと実験実習の準備も、タダ働きなんてことがあります。研究に必要な技術を身につける「修行」として、役に立つ「お手伝い」としての労働もあるでしょう。その点は、私は否定致しません。しかし、あまりにも長時間労働に院生を拘束しすぎた場合、いわゆるブラック研究室やブラックラボという実態に…。このあたりは、教員が指導対象の院生を大切にしているか、どうか、という基準にもなってきます。

院志望者の皆さんは、現役院生の方々と仲良くなって、大学の外の食堂に連れ出し、このあたりの労働状況を尋ねてみてはいかがでしょうか?

 

  ③院生個人の名前で申請・獲得した助成金を勝手に使うこと

詳細は、次の2件の記事をご覧ください。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

naka3-3dsuki.hatenablog.com

簡単に言えば、

院生個人の名前で出した書類で申請・獲得した助成金を、他人がその院生の許可なく、助成対象の研究に関係のない研究に使用した場合、院生の今後はどうなるのか?

 

それは、

 

申請者である院生の将来を「潰す」ことになる。 

という問題を扱っている記事です。このような教員が一人でもいるという情報をキャッチしたら、指導教員云々以前に、大学院を志望先から外したほうが賢明でしょう。

 

  3-3-3.最も大切なことは、その先生と気が合いそうで、心から尊敬できるということ

以上、岡崎氏の指摘、私がこのブログで扱ってきたことをもとに、分かりやすい「アカハラ」を挙げてみました。とにかく、「アカハラ」をしてくる先生の情報をキャッチしたら、その先生を指導教員候補から外すのが賢い選択になると、私は思います。

 

さて、「こんなアカハラ教員は嫌だ」を紹介してきたわけですが、ここで本題である指導教員の選択について、お伝えします。月並みなことかもしれませんが、その教員と気が合いそうで、そして何よりも心から尊敬して師事できそうだということ、です。性格の相性というのは、研究テーマがお互いにずれていたとしても、存外、大事だというのは私にも自覚がありました。

指導教員候補者の見つけ方で挙げた先生の一人に、紆余曲折あって私は指導対象の院生として、迎えて頂くことになりました。私は卒論を文系の文学や歴史学の方面で書いており、その指導教員の先生も分野は異なるけど、一応、歴史に引っかかる分野の方だと思い込んでいました。ところが、入学してみてわかったのは、歴史と言うより哲学や美学に近い研究がメインだということが発覚。おまけに、卒論でどうにか取り組もうとしていた研究テーマも、先行研究が乱立し始めて、修士課程に入学後、進路を見失うことになったのです…。

先生の頭の中の思考体系が理解できない!進路も崩れてしまった!という暗い気持ちで、ふさぎこんだり、沈没をしたりして修士論文を書いた後、迷いながら進学した博士課程で、再び、私は沈没し、ひどい時は3日おきに自宅に引きこもり。非常に問題のある院生だったにも拘わらず、よくも寛容な心で、粘り強い指導をしてくださったかと、指導教員の先生には感謝と謝罪の気持ちが今も私の中には存在しています。

たとえ、授業で言っていることが理解できなくても、研究がうまくいかなくても、私が先生から離れなかったのは、根底に気の合うところがあると感じ、その道の研究者として「うちの先生、すげぇんだぞ」と尊敬していたからかもしれません。

 

現在でも、文系大学院では、指導教員の放任主義が続いているところがあり、博士課程の院生になると、自分で勝手に論文を書く作法を見出し、ジャーナルに投稿していく。というところがあります。逆に、「院生の論文の書き方を手取り足取り、指導していきましょう」という指導方針の大学院もあり、指導教員の干渉が嫌だな、と思う院生もいるでしょう。指導教員との接点が少ないか、多いかの違いがあっても、最終的には、性格の相性がその先生から離れる、離れないということを決めるポイントになりそうだと、私は考えております。

 

 

4.最後に

全体のまとめは、「3-3-3.最も大切なことは、その先生と気が合いそうで、心から尊敬できるということ」のところで書いてしまったので、そちらに譲ります。最後にお伝えしたいことは、もし、最初に「この人だ!」と入学前に選んだ先生に対して、入学後にうまくいかないと気がつき、努力したけれどやっていけない、と分かったら、どうしようか?ということです。

指導教員の交替が制度上でき、学内の先生にお願いして指導教員を替わっていただける大学院もあります。または、その大学院を一度、辞めてしまい、別の大学院を受験しなおす。という手もあります。ただし、究極の最終手段だというふうに考えておいた方がよさそうです。岡崎氏によれば、

指導教授を変更した場合、その後の大学院生活に支障が出る。会社でたとえるなら、上司を「裏切る」ようなもの。一度、「裏切る」と、二度と相手をしてもらえないばかりか、あなたの研究を執拗に邪魔するかもしれない。(本書p.57より)

というリスクがともなうようです。ただし、修士課程まで行くか、がっつり博士課程まで進んで研究職を目指すか、によって、リスクの中身も変わってくるかと思います。

 

いろいろと、厳しく、怖いと思われることも書きましたが。研究者は個性が強く、面白い先生が多いので、頑張って、自分にぴったりな先生を見つけてみてください。 

 

 

5.参考

①「理系研究室の選び方を解説」:

同日更新のこちらの記事に詳しく、そして分かりやすく、書いてありました。文系向けに書いた指導教員選びの本記事とは異なりますが、重なる点もありますので、ご参考までに。

www.nagibrno.com

 

②「放置系ブラック研究室で楽しく生きるにあたって」:

文系で放置系はよく聞きますが、理系で放置系の研究室というのは、初めて聞きました。情報系や数学科なら、外部の勉強会出ることで、何とかなります。しかし、実験系は文系理系とも、論文作成に支障が出る放置系研究室もあると思います。

d.hatena.ne.jp

 

③「主にアカハラの話_河野議員へのレスポンス②」

大学院内でのアカハラへの対処の難しさについて、現場目線で書かれています。副指導教員制度の導入が示唆されています。が、「風通しの悪い」組織の大学だと、相談してきた学生のマーキング、およびそれを危惧した学生が萎縮して相談しにくい(私の周りであった)、といった問題が出てくるかと。

tsunapon.hatenablog.com

 

あと、河野議員が日本のアカデミアの諸問題に関心を持つのは、博士学位はご自身、お持ちで無さそうですが、欧米の大学や研究機関に留学されていたから、その経験が生きているのでは?と私は邪推しております。

(個人的には、割と合理的な意見の収集や調査、報告を研究者に向けて、している気がします…)

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