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仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

卒業論文・修士論文における学生の指導教員との付き合い方を考える~「かやのみ日記帳」のエントリ記事から~

卒業論文 学部生 修士論文 修士 院生 大学教員 大学院

<本記事の概要>

1.はじめに

公聴会や口頭試問が終わり、そろそろ、大学・大学院で合否結果が出そろった頃でしょうか?卒論や修論、そして博論の指導に深くかかわり、審査に強い影響力を持つゼミや研究室の指導教員について、今まで本ブログでは、

 ・自分のやりたい研究をしている先生の探し方

 ・アカハラと関連して人間的に黄色から赤信号の研究者と出会っても回避する方法

等について、主に下の諸記事で書いてきました。

大学院に行きたいと思ったら見極めるべきこと~指導教員の選び方について:主に文系向け~ - 仲見満月の研究室

【2017.2.16更新:目次】アカデミック・ハラスメント(アカハラ)に関する記事まとめ(外部記事含む) - 仲見満月の研究室

 

出会ったり、避けたりして、自分の研究や人間性と合いそうな先生が指導教員になって下さった。院生だと入学してから以降、自分が研究を進める上でどのように指導教員と付き合い、コミュニケーションをとって発表や報告で指摘をもらい、時に捕まえて論文にアドバイスをもらったらいいのか?というお話をしていませんでした。

 

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この話題、実は指導教員の先生方一人ひとりの方針、性格や立場、スケジュールの過密具合等によって、私の周囲の先生は異なっていたようです。

例えば、多忙なボス先生は、けっこう態度が露骨で、退屈なゼミ発表を聞くとその場であくびのようなアクションをされることもありました(あくまで、ボス先生は耐えてられます)。ただし、学部生や院生が論文の草稿を持って来たら、赤ペンを取り出し、その場で読んで添削をされ、きっちりとガッツに応えるタイプのようでした。

私の恩師は、普段は放任主義で、とにかく、雑務から逃げまくる先生でした。必死に追いかけ、つかまえて論文内容を相談すると、ポツポツとコメントされるので、こちらはメモ帳にペンで記録を残す必要がありました。ボス先生ほどで添削はされませんでした(基本的に、院生同士での読み合いと添削を推奨)。が、論文の下書きを見せると、段落の入れ替え、用語の解釈には細かなアドバイスを下さいました。

 

ボス先生も 恩師も、積極的に追いかけて、捕まえる学生には指導をしているようでした。逆に言うと、そういった積極性のある人に「この人たち、すごい優秀だ!」と気力が削がれ、アドバイスやヘルプを求められなくなってしまった学生には、振り返ってみると、付き合いにくい先生だったと思います。実は、私もこのように気力が修士課程で削がれてしまい、クソな内容の修論を出してしまったのです。

 

モチベーションがダダ下がると、研究が停滞しかねません。具体的には、実験結果や知識が蓄積していても、因果関係を考え、背景や原因と筋道をつけ、論文の骨子を作るための閃きが「下りて」きてくれません。下手すると、材料ばっかりが集まっても、調理方法が分からなくて、「ご飯はまだ?」と客人に催促され、ますますパニックになってしまい、調理方法を調べる等の解決法にたどり着けない、料理の作り手のようなものです。悪循環に陥っていくと、地獄です。

 

その地獄に陥らないため、学生の研究に(適切な程度に介入して)指導するのが、指導教員だと私は思います。しかし、昨今の日本で大学教員は雑務や会議に忙殺され、自身の研究だけでなく、学生の指導にも時間を割きにくい現実があると考えられます。辛いですね、学生としては…。

 

そこで、今回は次のエントリ記事をとおして、学部生・修士院生が卒業・修了に必須の卒論と修論を進める上で、どのように指導教員と付き合えばよいのか?審査がより厳しい博士論文のことは横に置いておくとして、本記事では、ひとまずゴールの決まっている卒論と修論を提出するためのコツを話題にしました。それでは、はてなブログ「かやのみ日記帳」の記事をもとに、少し、考えてみようと思います。 

 

 

2.軌道修正しつつ指導教員を「共同研究者」にしよう!~「かやのみ日記帳」から~

まず、かやのみさんの「難易度の高いテーマを選び」、一度、砕け散ってしまった!というところから再スタートすることになった次の卒業研究のお話から始めます。

kayanomi.hatenablog.com

発声練習」という、おそらくは理系大学院の研究室を中心に、大学所属の学生や研究者向けのライフハック的なことを発信され、業界の人たちで知る人ぞ知るブログの「卒業研究・修士研究時の悪循環を防ごう - 発声練習」を、かやのみさんは、ほぼそのまま、悪循環としてやってしまっていたそうです。その結果、教授に、このままでは卒業できないと宣告されてしまった…。

 

 2-1.「自滅」した原因を分析し、卒業ゴールに到達するため軌道修正する 

ご自身による原因分析は、ハイスペックな先輩方に対し、自分は頭よくなりたいと思いつつ、適度に学んだレベルで、その研究室に入ってしまい、更に難易度の高いテーマを卒業要件を満たすのに必要な研究に選んでしまった!最初から最後まで、試したかったことをやってしまいたかったが、自分の力は足りず、中途半端な状態でストレスがたまっていった…。

 

このまま、自滅が進むのか、というところで、かやのみさんは復活します。どうにか卒業するため、復活後に気がついたことを以下のようにまとめ、取り組むことにしました。

ここまで見当違いで無駄な努力をしたが、ここから取り返してやる!見当違いの努力ができるなら、軌道修正して同じ程度がんばればどうにかなる!

 

つまり自分の失敗は努力が足りなかったわけでもなく、頭が悪かったわけでもない。というか頭が悪いのはしょうがない。それよりも、研究のやり方、報告、相談の仕方、努力の方向音痴だったのが全ての元凶だと責任を押し付けて復活した。

(研究室の教授との付き合い方を変えてうまくいった話。教授を共同研究者に引きずり込む。 - かやのみ日記帳より)

 

研究に秀でていなくても、卒業に必要な単位をきちんと取得し、一定の水準を満たした卒業論文を提出すれば、大学というのは卒業できるシステムになっている。

そこに気づいた、かやのみさんは、「通牒」を突きつけてきたのは教授の「最後のやさしさ」と解釈。教授に今まで意見を聞かずに(暴走してしまったことの)謝罪をし、きちんと現在の状況を説明したそうです。そして、「教授に本気で張り付いてもらう助けてもらう」がごとく、卒論のテーマを二人で相談して決め、発表まで何段階も区切りを入れたスケジュールを作成し、ちょくちょく、かやのみさんが相談と報告を教授にしていくことを「確約」しました。さらに、「結果がすぐにでも出ようもんなら、どこにいても報告に行きますがよろしいですか、というぐらい前のめりになることを決め」ました。

 

そう!卒論も、修論も、順序は入れ替わったとしても、報告・連絡・相談の3つは重要なのです。就職して仕事を進めていく上で、私が教育関係のフリーター時代に読んでいた何かの自己啓発本にも、書いてありました。加えて、結果の完成度は一定水準のもので構わないと割り切ることが重要です。提出という締切日は何をしなくてもやってきます。大きな最終目標にたどり着くまでの限られた時間を、表やカレンダーで逆算していき、やれる作業を区切って日にちに割り当てていく。このスケジューリングに近いのは、プロジェクト管理だそうです*1。スケジュールは予定なので、思い通りに結果が得られず、進まないことが多い。そこで、ボスに当たる指導教員に細かく相談・報告をしていく、と。

 

合わせて、自分より経験豊富でハイスペックな先輩方を頼ること。「しかし、研究の方針や目標、疑問点などは教授に聞いたほうが絶対良い。」と、かやのみさんは仰る。「亀の甲より年の功」とは、よく言ったもので、私の知り合いの物理や化学のポスドクの人たちも、熟練した教授の身につけた技術や知恵には敵わない、と口をそろえて言われます。

 

  2-2.指導教員を捕まえ、その「時間は有効に、そして全力で奪い合うもの」

先の「1.はじめに」でも書きましたが、 昨今の日本で大学教員は雑務や会議に忙殺され、自身の研究だけでなく、学生の指導にも時間を割きにくい現実があると考えられます。そう、大学の先生は非常に忙しいのだ。そんな忙しい自分の担当教授に対し、「猛烈に研究を始め、教授の時間をひっきりなしに奪うようになって」、かやのみさんは、あることに気がつきます。

教授はあまりにも忙しく、そしていろいろ忘れる。当たり前だが、忘れる。自分にとって研究は一つだが、教授にとっては過去、現在、生徒の分も含めると数十は当たり前だ。

(研究室の教授との付き合い方を変えてうまくいった話。教授を共同研究者に引きずり込む。 - かやのみ日記帳)

一度に学部のゼミ生を数人、先生によっては20人以上を相手にすることだって、あります。加えて、修士・博士課程の院生を数人抱えていたら、脳内の容量は足りていても、メモリがキャパオーバーになってきます。そうなると、いちいち一人一人の受け持ち学生の研究状況なんて、覚えていられません!記録魔で、メモをとることの多い私でさえ、メモ書きの整理が追いつかなくなってしまうでしょう。だからこそ、頻繁な「報告・連絡・相談」の「ホウレンソウ」は、先生の記憶を呼び起こし、「共同研究者」にしてしまう上で、大事なことなんですね。

 

先生は忙しい!それは、ゼミ生を大勢抱えているほど増す。かやのみさんによると、指導教員の貴重な時間を、ゼミ生たちは自分の進捗報告をするため、奪い合うのだという。躊躇していたら、自分が卒業できなくなってしまう。教授だって、卒業できないまま、次年度にも居座られるのは、たまったもんではない。ここで、かやのみさんから、アドバイスが出ました。

そして教授からなるべく頻繁に、そして軽く奪うことが互いにとって重要だと知った。日ごろから簡単に進捗報告をしていれば、それだけ一回分の報告は短く簡潔で済む。そして教授の記憶も忘れにくいし、何より憶えててくれる。時には教授から顔を伺いに来てくれる時だってある!これは本当にうれしかった。そして教授も安心していた。そういえば昨日あれやるって聞いたけど、調子はどう?なんて聞いてくれる。自分も安心して報告ができる。これが研究のあるべき姿だと知った。

(研究室の教授との付き合い方を変えてうまくいった話。教授を共同研究者に引きずり込む。 - かやのみ日記帳)より

ゼミ生のボスで、引っ張りだこの先生のキャパシティーは、限界があるから、かやのみさんが書くように「一週間前の記憶なんてありはしない。」のです。ボス先生も、私の恩師だって、ごっそり、忘れていったのでした。忘れてもらったら、学生の方は困るので、頻繁に報告をすることで先生の短期記憶を長期記憶にしていく。より、先生の脳みそに報告内容を焼きつける工夫として、「前回はここまで報告しました。今回は、その続きの資料調査と結果、それらの分析と考察を報告いたします」と、ワードやパワーポイントで作った報告データをメールに添付し、先生方に送りつける。私の同期は、指導教員が面倒くさがりで学内メールにログインせず、サーバをパンクさせてしまったらしく、事務関係に支障の出た先生の要望で、フリーメールのアカウントを先生に設定させ、そのメールアドレスに報告メールを送っていました。送ったメールを読むように言っても、面倒くさがりの先生は読まないから、時に先生をズルズル引きずっていき、添付のワードファイルを開いて、ノートPCの画面を見ながら、口頭説明をしていました。

 

ときどき、先生の言っていることに一貫性がなくなり、矛盾だらけになってくることがあります。かやのみさんは言うように、細かく報告していって、矛盾が出ないようにしていくのも一つの方法です。特に、実験の精度が求められる理系分野はそうでしょう。人文科学系の場合は、解釈の仕方を変えてみることで矛盾が解消されることがあります。だから、じっくり考えることも時には重要なのね。そういう時間がない時は、指導教員の言ったことは、録音でもメモ書きでもとっておき、再生したり読み返したりするなかで、取捨選択していってください。時に、師匠の言動を半信半疑くらいに扱うことも、研究を進めていく上で求められます。詳しくは、後日、院生の研究活動における指導教員との付き合い方の記事で書く予定ですが、ひとまず、今回は先生の言うことを、すべて取り入れなくてもよい、くらいに覚えておいてください。

 

とにかく、かやのみさんは以上のような手段をとっていくことで、卒業研究を進めていきました。こうした復活のプロセスにおいて、指導する側の教授も安心し、ちょっと助けてやるかという気持ちが出てきて、信頼関係が築けるようになるとのこと。こうなると、先生のほうからヘルプがとんてできて、スムーズに卒業研究が行えるようになるようです。

 

 

3.卒業研究で「かやのみ日記帳」の筆者が学んだこと

一度、自滅しかけた卒業研究について、原因を冷静に分析し、きちんと指導教員に自分の(勝手な)暴走を謝罪し、テーマを相談して決めるところから仕切り直した、かやのみさん。プロジェクト管理のようにスケジュールを組み、頻繁な報告・相談によって、かやのみさんは、「自分の研究をきちんと自分で見てもらうこと。御膳立てすること」を実行することで、指導教員を「共同研究者」に仕立てあげることができたそうです。加えて、同じ目標に二人が向かっているという意識を持つことが大切だと、気がついたとのこと。

 

本記事でいう学生と指導教員の同じ目標とは、「卒業論文を合格できる一定の水準に持っていくこと」だと思われます。この目標は、修士論文を書く修士院生とその指導教員についても、同様に「修士論文を合格できる一定の水準に達成させること」だと考えられます。学生と先生のチームワークで卒論や修論を進めていくには、やはり、信頼関係は欠かせないわけです。かやのみさんが「当初の難易度からはずいぶん下がったけど」、おそらく卒論提出後、質疑応答で滑らかな返答ができ、よい発表ができたのは細かな「ホウレンソウ」による進捗の告知によって、指導教員を安心させることで、安定したバックアップを引き出せたことが大きかったと思われます。

 

卒論も修論も、主体となるのは学生ですが、そこには指導する立場の先生方と安定した信頼関係を築けず、自分の勝手な暴走によって、自爆を起こしてしまう学生だっているでしょう。自滅しかけたものの、先達のエントリをもとに原因を分析して、対処する。そうしたことに卒論の段階で気づけた、かやのみさんは、立派な方だと思いました。

 

まあ、信頼関係を築く前に、自分と相性のよい先生と出会い、選んでゼミ生になる必要があるのですが、人気のゼミだと選考や抽選があるから、難しい面もありそうです。

 

最後に、それぞれ卒論、修論に求められる「一定の水準」とは、どのくらいのレベルなのでしょうか?私が今まで周囲から聞いた話をまとめると、卒論は先行研究をまとめて整理したレビュー論文的なもの、修論は先行研究を踏まえた上で自分の考えを入れ込むんだもの、となります。より詳しい基準については、次のtogetterまとめに書いてありますので、気になる方はご覧になってください。

togetter.com

 

 

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*1:このプロジェクト管理、実はADHDの傾向を持つ人が作業を進めていく上で、重要です。私もADHDの傾向があって、締め切りまで時間のある論文だと、気力が長続きしない質でした。修論を書く時は、見開きの月間スケジュールの提出日を〇で囲み、1~2週間単位で帯状矢印を引いて、作業内容を書きいれていきます。例えば、「第1週目は箇条書きの研究メモから結論を文章に起こす」、「第2週目は本論の部分の章立てを推敲して、本文を書きなぐっていく」というようにします。なお、卒論・修論の執筆スケジュールの管理は自分一人で調節できますが、研究室のチームで論文集の校正作業をした際は、言われていた最終ゴールが科研費の出版助成部門へのチャレンジで、落ちるたびに一年ずつ延長され、私には地獄でした…。始めたのがM2なのに、出版されたのが博士課程の中盤ごろになったものもあり、区切りごとの作業終了予定日が設定されなくなり、ボス先生に聞いても、教えてくれませんでした。いかに、期限の延長によって、自分がモチベーションを他人に下げられる人間かということを自覚しました。

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