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仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

続「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 Togetterまとめ:後編~ #若手問題2017 ~

歴史学 進路 生き方 文系 大学院 博士 修士 オーバードクター キャリア 研究生活

下のtogetterまとめの6ページ目以降の中盤以降を扱うのが、この後編です。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

本ブログで扱ってきたこと、そして、私の関心のある問題と上記まとめに挙がっている議題の一部とを関連付けて、独断と偏見によってコメントをしていきたいと思います。

 

先におことわりをさせて頂きますが、まとめの中の方々のツイートは、上記togetterからの引用ということで、個人のアカウント名は除いた形にして、こちらで転載させて頂きます。もし、誤字脱字、誤りがあったり、不快な思いをされたり、等がありましたら、こちらの「お問い合わせメールフォーム」、または全開放している私のTwitterのDMにて、ご連絡頂けると助かります。できるだけ、迅速に対応させて頂きます。

 

 

f:id:nakami_midsuki:20170316235841j:plain

 

では、さっそく、参りましょう!

 

 <この後編記事の内容>

6.日本のキャリア官僚で留学した人は、なぜ研究環境のいいところをも導入しようとしないのか?

キャリア官僚のアメリカ留学の話。なぜかの国の研究”環境”の良いところを日本に持ってこようとしなかったのだろうか。#若手問題2017

(「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 (6ページ目) - Togetterまとめより)

もとのtogetterまとめの6ページ目の頭に挙がっていた呟きです。続きには、別の方が国家公務員の一部は入省後に留学し、修士号を取得すると指摘されています。これは、本当のようで、いろいろと調べていたところ、次のようなネット記事が出てきました。

 

agora-web.jp

このアゴラの記事の中盤を読んでいると、

日本を飛び出して海外の超有名大学などの大学院を卒業した国会議員は計89人いますが、彼らのうち45人は官僚や日本銀行出身です。国家公務員には留学制度があるので、多くの官僚の方がハーバードケネディスクールやコロンビア国際公共政策大学院で公共政策学や国際関係論を学ぶようです。そしてこうした官僚が政治家に転身した結果、超高学歴な議員がうまれることになります。

 (5人に1人が東大!世間離れな国会議員の学歴事情 – アゴラより)

とありました。読んでいると、政策や国際関係の分野を学んでいるところから、修士号を取得するといっても、学問をするというよりも、キャリア上、実践的な政策の立て方を学びに行っているのかもしれません。

 

Twitter上で見かけた、とある比較政治学の先生によると、官僚は研究をしに留学している感覚ではないんじゃないだろうか?という指摘がありました。確かに、公共政策大学院は、日本では研究もしますが、私の周りでは国家公務員を目指す法学部卒の人が志望していたので、一般的な学生の感覚では、ロースクールと同じ専門職大学院に近い位置づけと思われます。確かに、専門職大学院だと研究と言うよりも、学ぶという感覚になっても不思議ではありません。つまり、官僚の人たちは仕事の実践的なやり方を留学先で勉強しに行っているという意識であれば、学術的な研究の政策に留学先の環境を持ち込むという方向に気持ちが向かないのは、当然です。

 

 

7.日本に博士号ホルダーの官僚や政治家がほぼいない問題

6の続きとして、更に突っ込んで言えば、研究者の研究環境を改善しようと思っても、その研究環境をバックアップする立場にある官庁の人たち、それに近いバックグラウンドを持つ政治家に「研究って、大変だよね」という理解がなければ、いくら職業研究者が大変だと官僚に陳情したところで、その声を拾ってもらえない可能性が高くなると思われます。

 

こういった留学に対する意識の違いは、昨年度の下半期あたり、河野衆議院議員を通じて、いわゆる「ネ申エクセル」の書式改善をはじめ、国の職業研究者の人たちの声を官庁に届け、研究教育機関の諸問題を改めていこうとする動きと、無関係ではないと私は考えています。実は、河野議員が動く以前にも、研究者の一部では知り合いの国会議員の人に申し出て、こういった問題を改善してもらうとか、官庁の窓口に要望を届けるとか、やり方はあったそうです。しかし、「ネ申エクセル」ほどの劇的な動きになっていないように思いました。

 

河野議員の公式サイトでプロフィールを拝見したところ、大学院には進んでいないようですが、1983年にジョージタウン大学(比較政治学専攻)、翌年にはポーランド中央計画統計大学へ留学していることから、アメリカの議員事務所でインターンにも参加しているものの、少しは研究の世界にも関わっていたのかもしれません。邪推に邪推を重ねますが、おそらく、この留学経験が「ネ申エクセル」以下の日本の研究教育機関の諸問題改善に河野議員の興味が向いたことと関係があると思われます。

(ただし、どれほど河野議員が日本の研究者の現状を理解なさっているかは、私個人は疑問をもっております。)

 

そういうわけで、研究者が今の厳しい研究環境や窮状を国政に反映させようと思えば、最低限、国会議員や官僚の層に数十人単位で博士号取得者を送り込めるようにならないといけません。

(トップの大臣一人だけだと、副大臣以下と考えの対立が起きた場合、賛同者を得にくく、その行政分野の改革がしにくいでしょう。)

 

ところがギッチョン(注:ガンダム00のある人物の口癖)、官僚こと国家公務員の採用試験には年齢制限があり、中途採用等の枠を除いて、だいたい30歳前後を受験最高年齢に設定しています(2010年代半ばの話なので、現在は不明)。本ブログで何回も言っていますが、歴史学を含む人文科学系、というか文系大学院の博士号取得には博士課程の基本在籍年数の3年間を超して、取得するケースが多いのです。そして、博士論文を書いていれば、国家公務員試験の受験に必要な科目の勉強に費やせる時間も限られてくるわけで、よほどの超人でない限り、博士号取得と国家公務員試験の内定を両方とも確保して大学院を出るというのは、非常に難しいことです。

 

国会議員に博士号取得者を送り込むにしても、よほど人脈、戦略やカリスマ性がないとか、こちらも超人レベルの人材をまとめて送りこむようにしないと、諸問題の解決にはいかないと思います。そういうわけで、歴史学を含む人文科学系の博士号ホルダーを国会議員や官僚の層に数十人単位で送り込むのは、現時点では難易度が高いと思われます。それほど、日本の官僚や国会議員といった国政の場では、博士号取得者は少ないのです。

 

なお、「「日本で女性の大学院生の数は男性の半分以下しかいない」という事実が示唆すること - messy|メッシー(2ページ目)」によれば、

現在先進国だけでなく途上国でも、大学院を修了していることが行政職での指導的立場に就くためのパスポートになりつつあります。例えば、国際機関で専門職として働くためには修士号を取得していることが必要ですし、博士号を持っていることが幹部クラスのポジションを狙う上で有利に働きます。さらに、筆者が働いてきたジンバブエ・ネパール・マラウイのような最貧国の国々であっても、省庁の局長級では博士号保持者がゴロゴロといます。

(「日本で女性の大学院生の数は男性の半分以下しかいない」という事実が示唆すること - messy|メッシー(2ページ目)より)

という状況が国際的にあります。また、「文系大学院の博士課程に進もうと思うなら読むべき本~岡崎匡史『文系大学院生サバイバル』:その2~ - 仲見満月の研究室」の「3-3.日本の学界での生き残り方(第10章)」で紹介し著者による大学院の抱える諸問題を解決する提言では、「博士キャリアパス拡充」があり、諸外国の外交の相手は博士号取得者が多く、日本の政治家だって「Dr.」の肩書で交渉をすべきだ、という主張がされていました。

 

そのような訳で、現状としては大変ではありますが、たとえ現在は困難であっても、国政を支える官僚や国会議員に博士号取得者を少しずつでも送り込むように手を打っていかないと、研究環境や厳しい問題を解決するだけなく、国際的な政治交渉の場においても高学歴ならではのメリットがあります。やはり交渉に当たる人物の「格」が学歴で判断されるということがあれば、交渉を有利にしやすいと思われるからです。

 

歴史学研究者の方面では、政治史や法制史のほうから、政界に博士号取得者を送ってほしいと、勝手に期待しております。

 

 

8.結婚や育児といった人生の各ステージとキャリアと研究の両立は?

研究者としてのキャリアも大切だけど、やはり長いようで短い人生ということでしょうか、伴侶を見つけ、子を育てる。自分の家庭を新たに築くことになると、独身で生活していた頃とは、やはり、研究と仕事、生活のリズムが変わってくると思います。アカデック・ポストを得ようとしたら、生活とキャリアのバランスを考えざるを得なくなります。研究者同士で家庭を持つか、片方が一般的な会社員や公務員・自分が研究者、またはポスドクと正規の研究職員など、パートナーと自分の職によっても、変わってくると思います。ちなみに、今回のまとめでは、6目以降、ポツポツと出ていました。

 

本ブログでは、

naka3-3dsuki.hatenablog.com

の「5.大学・大学院の院生・教職員のライフステージイベント等」に、まとめました。お読みいただけたらと思います。

 

 

9.デジタルヒューマニティーズとジャーナル文献が電子化されない問題

アカデミック・ポストの獲得問題と一緒に、議題に挙がったのが、デジタルと歴史学の関係です。まとめでは、以下のような質問がフロアから出てきたようです。

フロアから。研究資源についてだが、人文学のなかでも歴史、文学、哲学の雑誌は全然オンライン化されてないし、大学が資料を抱え込んでいるのでは
#若手問題2017

(「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 (7ページ目) - Togetterまとめ)

 

「研究資源のアクセスの問題。研究成果のオープン化、研究資源そのものの(史料の)オープン化を考えることが、歴史学自体の生き残りにかかっているのでは」という質問がフロアから #若手問題2017

(「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 (7ページ目) - Togetterまとめ)

 

このあたりの事情については、学術リポジトリのことを以前に本ブログで書いたことがありました。学術機関ごとに、研究成果をオンライン上で公開しよう!という動きが起きており、それをダウンロードした後、どう管理するか?というお話です。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

このあたりは、アカデミックな出版物をめぐる事情とも関連してきますので、次のまとめ目次の中の各記事を一緒に読んで頂ければ、複雑な学術書の裏事情等が掴めると思います↓

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 まとめの8ページ目に出てくる、ジャーナルはどこがどうやって出して、誰が発行代金を出しているのか、というあたりの話は、「永田礼路「「論文ハウマッチ」+論文とお金の少し真面目な話」+『螺旋じかけの海』の紹介~理系学術ジャーナル論文掲載の裏事情~ - 仲見満月の研究室」に詳細を書いています。

 

 

10.歴史学の担い手としての大学教員以外のキャリアの可能性

 こちらも、フロアから挙がって来た質問が起点となりました。

フロアから。日本史は史料とパソコンとプリンタがあれば研究ができるし、高校教員の自分は時間が一番欲しいもの。そして日本の歴史研究の地域誌などはそうした人が担う部分が大きい。本日の議論がなぜ大学ベースばかりで戸惑う。大学教員以外のキャリア可能性を聞きたい。  #若手問題2017

「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 (7ページ目) - Togetterまとめより)

この問いについて、次のような答えがTwitter上であったそうです。 

学校の歴史教育を改善できるのは歴史家であろうし、政府はもっと様々な歴史家を呼ぶべき。法制史の方はおられないのだろうかと思う。

日本学術会議 scj.go.jp/ja/info/kohyo/… 日歴協 nichirekikyo.sakura.ne.jp/youbou2014-3.p… #若手問題2017

「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 (7ページ目) - Togetterまとめより)

ただし、今回は大学における若手研究者の問題を前提として、シンポジウムを組み立てているそうですので、本題の文脈を外した、別の場所では 議論がある得るとのこと。

 

この記事では、議論とは別の場ということで、考えてみると、先の高校教員の方が出てこられたように、学校教員で歴史学を含む人文科学系の分野で研究をされておられる方は、おります。私もそのうちの一人でした。

 

文系院生にとって不可避の「言葉と向き合うこと」の苦悩~花坂埖さんのお悩み相談の体験記事から考える~ - 仲見満月の研究室の「4-1.真剣になるとたいてい苦悶の連続です」で触れましたが、

アカデミアから離れた院生(修士・博士の両課程とも)の一部は、中高の教員として就職する傾向があります(大学院を離れる理由は経済的なこと、人間関係など、さまざま)。私がフリーター時代に知り合った高校教員の理科の先生は、地域の理科教員仲間で研究会を作り、その都道府県の地層を調べて、論文集を地方新聞社から出版されていました。

 (文系院生にとって不可避の「言葉と向き合うこと」の苦悩~花坂埖さんのお悩み相談の体験記事から考える~ - 仲見満月の研究室より)

ということで、歴史学の担い手として、大学教員以外では学校教員の道が考えられます。

 

なお、今回のシンポジウムと関連の深い中高の社会科教員の免許については、

文系の中の地理学~理系寄りの特徴とその接点、および教員免許の話を少し~ - 仲見満月の研究室の記事の終わりのほうで、取得は大変だけれど食べていく上では役に立つということを書きました。さらに付け加えると、院生時代に研究者以外の前で聴衆の心をつかむプレゼンの経験があれば、中高生に社会科の面白さ含めて授業で教えられる人もいるかと。これは生徒にとって授業を面白く聞けるというメリットとともに、間接的に歴史学の次世代の担い手を育てらる…かもしれいメリットがあります。

 

補足として、【イベント報告】「大学の外で研究者として生きていくことは可能か?」Part.2 - 仲見満月の研究室の前半の講演では、私立大学の大学院の文学研究科歴史学専攻で博士課程満期取得退学後、私立学校の高校で社会科を指導しながら、「日曜歴史家」として論文を各種学会誌に掲載し続け、「論文博士」の学位を2014年に取得した方を紹介しました。現在の日本の文系大学院では、「課程博士」に取得学位の種類をできるだけ一本化していこうとする動きとなってきており、これからは、この高校教員の方のような博士号取得の方法は困難でしょう。しかし、学校教員として、歴史学の担い手となることは、勤務先の状況と本人次第で、ある程度は可能だといえそうです。

 

 

11.そもそも、雑務が多く、自分の研究時間の確保が難しい

何度も、繰り返し出てきています。学生から非常勤、そして常勤の大学教員まで、研究の作業や論文を執筆する時間が平日に10時間もとれない、という問題です。

 

次の櫻田大造『大学教員 採用・人事のカラクリ』によれば、

 

日本の大学の「雑務」には学内行政・管理・運営活動などが含まれ、日本では大学教員が担っている。一方、北米の大学では、これらの「雑務」は実質的に職員の管轄事項であるという話です(第4章)。私の聞いた話では、北米から日本に赴任して来た大学教員がいて、あまりの日本での雑務の多さに、一年もしないうちに耐えきれず、別の国の大学へ移ってしまったということでした。

 

とすると、現時点では難しいかもしれませんが、徐々に「雑務」のほうを別のところに移管していく方向に持っていくしかない、と思います。または、理系の学部と同じように、講座単位で雑務を捌く秘書を雇えるように予算を回してもらうとか…。

 

すみません、あんまり有効そうな対処法が思いつきません。読者の皆様、ご意見、お聞かせください。

 

 

12.最後に

前編・後編で11個のテーマを取り上げ、コメントしてきました。細かくみていくと、 実は取り上げられる議題はあったのですが、私の時間の制約上、11個に絞らせて頂きました。

 

今回のtogetterまとめの後半のほうで、そもそも若手って何歳くらいまでなのか?という年齢をどこで区切るかという議題が出てきました。そして、地域史や地方での歴史学の方法についても、課題として挙がっていました。前者については、年齢をあえて区切る必要はないんじゃいかという意見が出て、私もそれに賛成しております。もう少し、緩い枠組みで考えることで、学振や「課程博士」での博士号取得といった年齢的な締めつけの方向に向かっている日本の職業研究者の行政制度から離れ、自由な発想で問題を議論してゆく余裕が生まれると思います。

 

また、地域史や地方での歴史学の方法については、今回のtogetterまとめの続編となる次のまとめで少し、議論がされています。在野研究者や在野ドクターの問題とも重なってくるようです。また、改めて記事を立て、考えたいと思いました。

togetter.com

 

前編と後編に分けて、お送りしました「「若手研究者問題」シンポジウム2017のTgetterまとめ」、これにて、お終いです。ここまで、お付き合い下さり、ありがとうございました。

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