仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

【ニュース】香港科技大移籍予定の経済学者や産学官共同研究の文科省等によるファクトブックの話題

<2本のニュースをお送り致します>

0.はじめに

この27日の木曜から、続々・死後の人文学者の蔵書問題~頂いたコメントへの返信+補足+「桑原武夫氏蔵書 無断廃棄って何? 」まとめ~ まで、ずっと「死後の人文学者の蔵書問題」を書いていました。同時並行で、2017年4月末、大学院や研究者に関するニュースをチェックし、いくつかブックマーク。今回は、その中から次の2つを取り上げます。

 

  1. 香港科技大移籍予定の若手経済学者の話:

    「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース)

  2. 産学官共同研究の文科省等によるファクトブック:

    産学官共同研究におけるマッチング促進のための大学ファクトブック-パイロット版-:文部科学省

 

1と2、共に以前に本ブログで取り上げた話題の続編や関連する話となります。それでは、見ていきましょう。 

 

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1.香港科技大移籍予定の若手経済学者の話(withnews.jp、2017.4.29)

半月ほど前に書いた、【ニュース】「一橋大から香港科技大に移ります」という職業研究者の話と「院二年」のmstdn.jp管理者の奮闘 - 仲見満月の研究室。その記事の前半で、一橋大学経済学研究科の経済学の川口康平氏が、オファーを好条件で出してきた香港科学技術大学ビジネススクールへの異動を決めた、というお話を取り上げました。川口氏の呟いた香港科技大のオファー内容が、一橋大学との待遇の差について、

現在の講師職で

  • 給与は昨年,各種手当を全部ひっくるめて634万円
  • 四学期制で五限目の開始時間が17:10になったことで,この時間に開催されているセミナーに乳幼児を抱える研究者の出席が難しくなった.

(給与が段違い 一橋大から香港科技大に移ります - Togetterまとめより)

だそうです。給与はともかく、子育てをする環境としては、厳しいなと私も感じました。一方の香港科学技術大学は、同じくテニュアトラックAssistant Professor(≒講師?)で、

  • オファーはというと,USD144K,日本円で1500-1600万円
  • 大学内にファカルティハウスがあって,年収の10%を支払えば,100平米ぐらいの3LDKに召使い部屋と駐車場が付いた部屋を借りられるそうです.
  • しかも,キャンパス内に保育所が完備されており,子育てもし易いようです.

ということで、一橋大学の時よりも、給与は2倍以上、おまけに年収の1割である150~160万円を払えば、学内の上記設備のファカルティハウスが借りられる。更に、キャンパス内に保育所完備とくれば、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス経済学部に留学経験のある川口氏なら、 サクッと決断して移っても、何ら不思議ではないでしょう。

(【ニュース】「一橋大から香港科技大に移ります」という職業研究者の話と「院二年」のmstdn.jp管理者の奮闘 - 仲見満月の研究室)

上記のように、まとめとご本人のツイートをもとに、整理してお伝え致しました。

 

今回のwithニュースでは、わざわざ川口氏が待遇差をツイートした意図、その背景とツイート作戦が功を奏したのか、ということについて、川口氏自ら喋っておられました:

withnews.jp

 

読んでいて、恥ずかしながら私は「テニュアトラックって何?」と半月ほど放置したままでした。withニュースによると、川口氏の例をもとにしたテニュアトラックとは、

一橋大学大学院経済学研究科で2015年から、5年の任期で一定の業績を上げれば任期の制限がない講師になれるテニュアトラック講師を務めています。8月1日付けで移籍する香港科技大でも同じ立場です。

「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース)

ということです。一橋大にしても、香港科技大にしても、一定の任期の間に必要な業績を上げれば、パーマネント=任期に制限のない雇用形態になるというのが、テニュアトラックと言えそうです。本ブログの続・博士卒のアカデミックポスト就職の現実~「ポスドク問題/「出口」対策が弱すぎる」等の記事では、「特定」・「特任」の名前のつく大学教員、それから任期付きの職を渡り歩く「流動研究員」の話をしました。テニュアトラックとは、これらの職とは異なり、一定の期間に成果を上げて勤めれば、パーマネントになれます。日本の場合、一定の機関を勤めたら、数年間ほど任期が延長されまるポストがありますが、最近は最大3~5年ほどで雇止めになるケースが多いようです*1から、テニュアトラックをゲットして、任期中に踏ん張れば、パーマネントに雇用状態をシフトさせるチャンスとなります。

 

さて、川口氏が今の勤務先と移籍予定先の待遇差についてツイートしたのには、ある意図がありました。それは、社会に「大学の経営マインド」を問うことです。川口氏の「出身の東京大学大学院の修士課程は「留学予備校とも言われ、ほぼ全員が博士課程での留学を目指します。そして、かなりの人が海外で就職し、帰って来ない」そうで、頭脳流出がかなり起こっているとのこと。危機感を持った川口氏は、こう言います。

「日本の国立大学は、本当なら、手放したくない人材によそからのオファーが来たらカウンターオファーすべきです。給与制度全体を変えられなくても、その人の等級をぐんと上げて高い待遇を示すとか。できるはずなのに、しない」

「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース)

定年で教授が退職されても、財政的に厳しいところの多い日本の大学は、ポストが増やせないんですよね。時々、准教授や講師の先生方が、教授職や准教授のポストに昇進されることもありますが、その空いたポストの欠員を学部の組織改編に合わせて削ることがあるようで、最近はアカデミックポスト自体が減っていく傾向にあるようです。ここらへんのことについて、私は

以前に書いた【追記】人文学の「価値」を「正面から問うこと」の一連の議論について - 仲見満月の研究室で書いたように、人文学について、このままでは日本で消滅しても不思議ではない、と感じていて、もし日本の研究者が海外に渡るのなら、それはそれで何らかの形で日本の研究が残る可能性があると考えています。悪くないんじゃないでしょうか?

「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース)

と考えました。川口氏のように、力のある若手研究者はどんどん、海外に行ってご活躍されて欲しいと思っております。一連の川口氏のツイートには、ポジティブな反応が多かったとのことで、エールを改めて送りたいと思いました。一方で、頭脳流出が進むと、「学生に留学の推薦状が書ける人がいなくなる。すると、世界の一線に行ける日本人がいなくなり、日本人経済学者がいなくなる恐れがあります」とことで、深刻に受け止めていらっしゃるようでした。

 

もう一つ、川口氏が社会に問いたかったのは、「現場の最適化」でした。大学教員の研究と仕事のバランスについて、適材適所ができておらず、一橋大学の論文数を見ると、大学全体のパフォーマンスが悪いとのこと。それは、次の文章に表れています。

 日本の国立大に職を得て2年。大学の経営陣が、文部科学省からの運営資金を得るためにキャッチコピーづくり的な事務作業を優先する一方で、限られた資金の中で現場を最適化する経営に目が向いていない、と感じています。

「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース)

大学教員の現場の多忙さについては、先生方が担当する雑務の量が半端なものではないことを、日本の大学は研究と教育を分離するべき話~「現役工学系教授からみた日本の大学の惨状」でお伝えしました。ついでに、私はトップの文科省を「解体してしまえ!」と言いました。もっと、文科省はスリムになって、小回りの利く文化行政を実行していったほうが効率がよくなるのではないでしょうか。

 

ところで、大学の効率化を試みた川口氏のツイートは、効果があったのでしょうか
?witnewsの続きを読むと、

 「失敗ですね。残念ながら、この件で大学からのヒアリングはありませんでした。すぐに動かない課題は実現しませんから、このツイートではなにも動かなかったということです」

「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース)

とのこと。一橋大学のほうで反応がなかったのは残念ですが、諦めていないようです。

一橋大の学生への教育内容とその後の学生の活動の関係を調べる計画を同僚と立て、移籍先の香港でも許されれば続ける予定です。「大学の経営に資する実用的なデータになるはずです」と話します。

「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース)

 経営学者というこで、その理論を用いて現場から始まる変革を起こしてほしいですね。

 

 

2.産学官共同研究の文科省等によるファクトブック(文部科学省、2017.4.27)

1のニュースで、「解体してしまえ!」と私が叫んだ文科省に関する話題です:

産学官共同研究におけるマッチング促進のための大学ファクトブック-パイロット版-:文部科学省

 

Twitterで流れてきたニュースでした。リンク先に行って読んだところ、

文部科学省では、産学官連携活動に関する大学の取組を企業に対して紹介するため、一般社団法人日本経済団体連合会及び経済産業省とともに、「産学官共同研究におけるマッチング促進のための大学ファクトブック-パイロット版-」を作成しました。本ファクトブックの活用により、大学と企業とのマッチングが促進され、本格的な産学官共同研究が一層推進されることを強く期待しています。(同時発表:一般社団法人日本経済団体連合会経済産業省

産学官共同研究におけるマッチング促進のための大学ファクトブック-パイロット版-:文部科学省

という、はしがきがあり、産学官連携を目指して、大学の取り組みを企業に対して紹介しよう!としてファクトブックが作れらた模様です。

 

最初に、ファクトブックで何だ?と思い、辞書サイト・weblio英和和英辞典で調べたところ、「実情調査書」と出てきました。つまり、今回のファクトブックは、産学官共同研究を促進するため、大学の取り組みを伝える実情調査書と、私は勝手に理解致しました。実際の概要は

文部科学省では、一般社団法人日本経済団体連合会及び経済産業省とともに、大学の産学官連携活動に関する公開情報(文部科学省による平成27年度大学等における産学連携等の実施状況調査、特許庁による公開特許公報)を集約し、作成しました。

 

(1)掲載している情報
研究者数、共同研究実績、受託研究実績、特許関係実績(特許保有件数、特許権実施等収入等)、産学連携の取組事例等

 

(2)掲載している大学
国立大学86校、公立大学73校、私立大学117校

産学官共同研究におけるマッチング促進のための大学ファクトブック-パイロット版-:文部科学省

となっているようです。

 

ファクトブックの作成背景を読むと、いろいろと難しいことが書いてありましたが、かいつまむと「近年、企業や大学等を巻き込んだ国際競争が激化している中」、「オープンイノベーションを推進する上で」、「産業界と大学のパートナーシップが加速し、産学官での資金・知・人材の好循環へと発展していくことが期待されます」ということ。

 

背景を読んでいて気がついたのが、先日、本ブログでお伝えした人工知能の研究・開発を担う人材育成を目的の一つとしていることでした: 

naka3-3dsuki.hatenablog.com

サブタイトルに「~「博士、AI担う人材に 文科省、産学連携」(日本経済新聞より)~」と付いているように、博士院生や博士研究者を人工知能を担う人材として、研究教育機関で育て、企業のほうに就職させましょう!というのが上の記事の話題です。この中に引いた、webライターのヨッピー氏がAI開発企業に突撃したレポート:AIってやたら流行ってるけどなんなの?楽天とソネット・メディアに聞いてきた|CodeIQ MAGAZINEによると、

  • 日本の大学は、AIの研究に必要な膨大なデータを持たず、企業はそういうデータを持ってたりする
  • AI開発企業は、博士とか院卒のアカデミックな素養があるデータ分析系の技術者、特に数学の知識すごく欲しい

という事情があるようです。大学は博士や院卒のアカデミックな人材を育て、AI研究・開発に必要な膨大なデータを持つ企業は、大学が育てた人材を迎え入れる。そういうところの利害一致に文科省等がバックアップを行い、産学官連携活動を推進しよう。そのバックアップのひとつが、先のファクトブックの模様です。

 

今回のファクトブックは、パイロット版であり、14のPDFファイルで構成されています。各大学のデータが載っているのは、2/14のPDFファイル以降で、開くと国立大学の東京大学京都大学大阪大学…と続き、大学ごとの研究者数、共同研究実績、受託研究実績、特許関係実績(特許保有件数、特許権実施等収入等)、産学連携の取組事例等の情報が載っていました。「技術分類別出願分布」のグラフは、多角形のレーダーチャートの形で表現され、品目や材料ごとに年ごとの実績が分かります。

 

ファクトブックの印象は、ニンテンドー3DSの「ポケットモンスター サン&ムーン」のポケモン一体ごとのステータス画面です。ファクトブックを読んだ企業には、各大学の得意な分野を視覚的に理解でき、どこの大学と手を組めばよいか、判断材料として使える実用的な構成。経済産業省日本経済団体連合会等が関わっていただけあって、素人の私が見ても面白かったです。

 

ファクトブックを読んで、産学官連携活動を打診してきた企業に対し、大学の現場は更に忙しくなる…前に、企業側にファクトブックの存在がどれほど知られているのか、これから十分に活用されるのか、未知数だと感じました。

 

文科省のほか、このファクトブックは、経済産業省のサイトにも公開されています:

www.meti.go.jp

経産省の法のファクトブックは、ひとつのPDFファイルになっており、web上での閲覧は重く、途中で開くのを諦めました。

 

 

3.最後に

今回のニュースは、日本の大学・大学院の現状について、主にビジネス的な面を考えさせられるものでした。

 

香港科技大に移籍予定の若手経済学者・川口氏は、日本の大学に対して、より効率化した運営によって、パフォーマンスのよい方向への変化を目指し、一橋大と香港科技大の待遇さを示すツイートを行いました。

 

産学官共同研究の文科省等によるファクトブックは、大学と企業、それをバックアップする行政側の連携を高めることを目的として、大学の取り組みを企業に対し、視覚的に伝える構成となっていました。その背景には、人工知能の分野で活躍する人材の育成と活用を目論み、各業界の共同を高めようとする文科省経産省等の狙いが見えてきます。

 

川口氏には香港科技大でいっそうの活躍を期待しつつ、私はファクトブックの浸透度を疑問に思い、PCを打つ手を一度、置くことに致します。 よい、”黄金周”をお過ごし下さい。

 

 

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*1:非正規の学芸員や司書職の雇用形態に多い形です。

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