仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

「予稿」と「「学会の全国大会」って、なんだ?」(Yahoo!ニュース個人):続々「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~情報学の研究と文化人類学的な調査手続きに関する話 Part3~

<Part3の内容>

 1.これまでのあらましと本記事の内容について

気がついたら、Part3までやってきました。本記事は、「文章フィルタリング研究」案件に関する指摘メモ」および情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か」シリーズで、第3弾となります。

 

以下、Part2までのお話の紹介です。既読の方は、飛ばして下さい。あと、本記事は1万9000字近くあります。目次を使って、適宜、移動して頂けたら、読みやすいかと。

 

 1-1.情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か~「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~

第1弾の記事が、次のものです:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

文章フィルタリング案件」について、第1弾では案件の「炎上」の経緯とあらましを書きました。次の通りです。 

人工知能学会の全国大会(第31回)のサイト内にて、学会員外の一般の人でも見られる形で、発表報告のレジュメ=梗概と思われるPDFファイル「ドメインにより意味が変化する単語に着目した猥褻な表現のフィルタリング」でした。

この発表の研究は、イラストや漫画、文章作品の投稿を中心とするSNSサービスpixivに公開された、BLを含む二次創作*1の小説でR-18指定ものについて、「青少年にとって有害な情報,特に猥褻な意味を持つ言葉は直接記述されず暗喩により表現」を含む文章を、ドメインごとに、人工知能機械学習をさせ、「表現の分類器を作り」、フィルタリングする手法の提案だったようです*2。この研究発表は、立命館大学の情報理工学部および大学院情報理工学研究科の学生と大学教員によって行われたとのことでした。

問題とされたのは、二次創作の小説について、その著者に説明や許諾がなく、研究にサンプルとして小説が使われた「らしい」ことに関する、研究倫理的な点だと思われます。さらに、無断で行った研究内容をPDF文書の形で、小説作品のURLやアカウント名等を含む情報をpixiv外に公開してしまい*3、著者にとって仲間の外には知られたくなかった自分の作品の存在を、外部の人にも知らされてしまったことが、大きな問題として指摘されているようでした。

(【2017.5.27_1745追記】情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か~「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~ - 仲見満月の研究室)

 

この案件の背景について、

全体的に見ると、お互いに文化を知らなかったことが、「炎上」の遠因だと、私は考え」、その異なる文化圏とは、

  • (pixiv内の)二次創作を含む同人活動の文化の人と、そうでない文化の人

つまり、同人活動の文化の人と、人工知能学会で件のPDF文書を執筆した研究者たち、もうひとつのコミュニティとは、

  • 大きな学会大会で使うPDF文書を含む発表レジュメの「軽さ」を知る人と、それが分からない一般の人

です。

続・「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か Part2~ - 仲見満月の研究室

というようにバックグラウンドを考えました。

 

以上を踏まえ、 

今後、情報学の研究について、近い事例が出てきた時のことを想定し、その研究に取り組むであろう人たちに向けて、「pixivをはじめとして、そのシステムを使うユーザーがどういった考えを持ち、どんなことを目的としてそのシステムを使うのか」、情報学とは別の「別の文化圏に踏み入るときは、入れさせてほしい文化圏の人たちに、きちんと説明をした上で」、相手の文化を遵守し、「不快な気持ちにさせないようにして、尊重すること」を意識すべきこと

(続・「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か Part2~ - 仲見満月の研究室

を最後にまとめとして、述べました。

 

 1-2.続・「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か Part2~

つづく第2弾: 

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 では、第1弾とはまた視点を変えて、

  • 研究当事者は、キャリア的に工学系の情報学で過ごしてきたため、案件の研究テーマは、情報学と文化人類学社会学の境界にあたことに気づけず、個人のプライバシーの絡む二次創作の小説作者たちに対して、参与調査的な手続きの必要性に気づかず、小説の作品にしかるべき配慮ができなかったこと
  • 「どの程度のオタク趣味をどの程度オープンにするか」に対して、第1弾に頂いたコメントを取り上げ、ジェネレーションギャップがあるでしょうし、また個人個人によって大きな差や扱い方が多様であると言えることを示唆し、別のオタクコミュニティに足を踏み入るときは、事前に説明をした上で許可をもらったら、研究対象の人たちに失礼にならないように「マナー」に気を付けること。特に、個人のプライバシーに対して配慮を忘れず、作品とそれに付随する情報の取り扱いには慎重になること。の2点は、変わらない注意事項であること

といった、2つの視点から、あるコミュニティ者が別の知らない文化圏に足を踏みれたことよって、今回の案件が「炎上」してしまった可能性を指摘し、掘り下げました。

 

 

その上で、二次創作を含む同人活動の界隈を研究するには、既に出版や刊行されているもので、同ジャンルの商業出版の小説、このあたりの研究者の著作や、同人イベントの主催者側がまとめたデータファイルや携わっている人が書いた本をもとに、研究をすべきことを結びに書きました。 

 

  1-3.本記事の内容について

今回の更新記事では、第1弾で掘り下げきれなかった「大きな学会大会で使うPDF文書を含む発表レジュメの「軽さ」を知る人と、それが分からない一般の人」について、取り上げたいと思います。人工知能学会のサイトにアップされ、問題となったPDF文書は、実は学術的にきちんと審査されたものではない「発表レジュメ」であり、学会内でしか議論するものであたはずの資料がwebに一般公開されていたことで、広く知られてしまったことが、研究当事者や学会、そして大学の対応が難しくなっているのだと思われます。

 

実は、学術業界の側が対応にワタワタしているのには理由があるようで、そのあたりの事情に関して、主に、会員数万人規模の全国大会を例に挙げ、今回の「文章フィルタリング研究」案件に引き寄せて、丁寧に書かれています。学術業界の「文化」やシステムが言語化されていて、分かりやすい論説記事がありました:
news.yahoo.co.jp

 

本記事の第2項以降では、みわよしこさんの上の論説記事の内容を適宜引用しながら、みささん曰く、これまで「同業者しか来ない・見ないのが当たり前」であったが故に「思わぬところで思わぬ関心を集めてしまうということに、まだ慣れていない学会」と、目を向けてしまった別の文化圏=一般社会の、異文化理解の差をポイントに、この案件について、考えていきたいと思います。

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なお、今回の案件に関するみわさんの個人ニュースが一度、非公開になっていました(記録魔的なブロガーとして、悲しかったです)。今後の案件の経過を見て話すためにも、 この論説文については、記録目的もあってところどころ、転載させて頂きますこと、どうかご理解下さい。

 

 

2.みわよしこ「「学会の全国大会」って、なんだ?」に見る学会システムと文化

 2-1.学会の仕組みと具体的な学会の例について

みわさんの論説文を見る前に、「学会って、何ですか?」という読者の方は、かいつまんで説明を致します。

学会とは、とある分野の研究者たちが集まる団体で、研究成果を大勢の前で発表報告する機会を設け、その報告を論文という形で募り、審査を経て文章で発表する場をジャーナル(ここでは学術雑誌を指す)として設ける、というのを大体、基本的な活動とていいます。

 

学会は会員から年会費を集め、そのお金をもとに、ジャーナルを発行し、また発表報告をする大会やシンポジウム(大体、年に一度の開催)を行います。その時期は日本(または世界)中から会員が一同に会し、学術的な議論を行ったり、分野の偉い先生方に講演やパネルディスカッションに出て頂いたり、知識を深めるイベント等を実行します。

 

あと、研究者同士の情報交換や親交を深めることを目的とする飲み会、いわゆる懇親会を実施したり、遺跡や近代建築、博物館の見学会やツアーを催したりします。(まぁ、人によっては、後者のほうが真の目的という方もいます)

 

(中略)学会のメインである発表報告や、講演会等の学術的イベントに参加する方には、自分の周りに預かってくれる施設や頼める人がおらず、小さなお子さんを大会に連れてこられる人もいらっしゃいます。そんな時、助かるのが一時預かりをしてくれる託児室です。

 (学会大会中の託児室 - 仲見満月の研究室の「1.まず学会それから大会やシンポジウムって何?」 )

 

非常に大雑把な言い方をすると、学会の全国大会といえば、その分野の研究者が大勢集まる「お祭り」です。 お祭りにも、世界中から観光客が集まる京都の祇園祭のような期間の長い大きなお祭りや、市町村内の特定の地区で開催される夏祭りのような小さなものまで、種類やスタイルがバラエティに富んでいるように、学会の大会やシンポジウムのシステムややり方も、千差万別なようです。

 

私が参加したことのある東洋文学系の全国大会のパネルディスカッションは、講堂であり、次の写真のような様子でした:

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みわさんによると、

どのような発表の場だったのか

 発表の場は、人工知能関連の学会が開催する全国大会でした。この学会の場合は全国大会が年1回あり、その他はテーマ別の大小さまざまな研究会が開催されているようです。


 大会や研究会の開催スタイルは、学会によってけっこう異なります。全国大会に相当するものを年2回開催する学会もあります。


 審査の有無や程度もさまざまです。全国大会の発表については審査を行っていない学会もあります。その場合は、エントリーすれば誰でも発表できます。ただ「発表資格は本学会の会員のみ」となっていることが多く、会員になるにあたっては審査があります。

「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース

ということです。

 

この項では、学会大会中の託児室 に取り上げた、工学系と人文科学系のそれぞれで規模が大きい2つの学会を例に挙げて、見ていきましょう。いずれも、私の身近な研究者の方々が会員でいらっしゃり、発表報告を見学しに行ったことのある学会です。

 

 日本建築学会(aij)の全国大会:

  • 基本的に年一回、開催時期は「毎年8~9月(そのうちの3日間)」
  • 学会としては、「工学系学会におてい2~3万人という一市町の人口規模の会員数を抱える学会であり、全国大会のたびに1万人は参加」する
  • 会員は、建物の構造設計や建材の耐久等を扱うバリバリの工学系、地域コミュニティと区画整理事業を考える政治学社会学的な領域の都市計画系、遺跡の遺構から建物や都市を復元しようとする考古学に近い建築史系、少数民族でフィールド調査を行って建築と住民の信仰との関係を明らかにするような文化人類学系まで、カバーする範囲は広い


  日本中国学会(日中学会)の全国大会:

  • 基本は年一回の開催、開催時期は「毎年10月(第2周土・日、2015年)」
  • 学会としては、「人文科学系学会の全国規模では平均的な2000人前後の会員数」を持つ
  • 会員は、「中国語学中国哲学(中哲)・中国文学(中国の文学作品に加えて日本の漢詩を含む)の分野の人々が所属」

 

 2-2.全国大会のシステムと事前審査の有無 

 先に、みわさんの文章で、全国大会のシステムと事前審査の有無について、確認しましょう。

 学会全国大会に事前審査がないことの意味

 多くの学会で年間1~2回開催される全国大会は、事前審査はなく「なんでもあり」が通例です。


 全国大会での発表形態は、プレゼンソフトを使用しての短時間の口頭発表(発表10分+質疑5分 など)またはポスターセッション(研究内容のポスターを会場に掲示し、来場者の質問に答えたりディスカッションしたりする)であることがほとんどです。


 発表内容が、審査(査読)ありの論文一本になるようなまとまったものであることは、ほとんどありません。また、特に優れた内容の発表が多いということもありません。事前審査してないんですから、玉石混交(どちらかというと石のほうが多い)になるのが当然です。


 逆にいうと、「今のところ特に注目すべきものではないけれども、どうでも良いわけではない」といった内容がたくさん出て来るわけです。そういった発表をして見聞して議論することそのものが、その人の研究・その研究コミュニティの大切な”肥やし”になります。


 また、レベルや内容を特に問わないからこそ、学生・院生、あるいはアカデミックな訓練を受けていない企業内研究者の訓練の機会にもなりうるのです。事前審査のない学会全国大会での発表や質疑応答の訓練を繰り返すことは、本人の視野を広げ、研究も人間的スキルもレベルアップさせる機会となります。そのうちに、事前審査のある学会発表が出来るレベルに達するかもしれません(人によりますが)。

 

「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

はい、まず注目すべきところは、

  • 全国大会は、事前審査はなく「なんでもあり」が通例
  • 全国大会での発表形態は、プレゼンソフトを使用しての短時間の口頭発表(発表10分+質疑5分 など)またはポスターセッション(研究内容のポスターを会場に掲示し、来場者の質問に答えたりディスカッションしたりする)であること

の2点です。全国大会で会員が発表するだけなら、 aijも日中学会も、発表申し込み時点では、ほぼ事前審査がありません。発表形態は、どちらの学会も、前者の短時間の口頭発表がとられているようです。カバーする細目分野の大きいどちらの学会では、全国大会の日程スケジュール上、分科会という時間的ブロックを作り、例えば一日目の午前中に「建築歴史・文化」、「中国文学(小説)」の大きなブロックを設け、その中を更に、西洋建築や東洋建築、古典小説や近代小説というような感じで、細かい分野のテーマごとのセッション枠を設定します。セッション枠の中で、aijでは一人発表6分+質疑5分、日中学会では一人発表20分+質疑8分という持ち時間で、口頭発表を回していきます。

 

発表人数の少ないセッションでは、aijの場合、次のような教室にPCを持ち込み、パワーポイントやキーノート等のスライドソフトを開いて、口頭発表を行います。

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ついでに言うと、知り合いのいる日本文化人類学会の全国大会では、一人発表15分+質疑5分で、一時間に3人回していくと聞いたことがありました。

 

 ポスター発表は、見学もしたこともないので、割愛させて頂きます。

 

事前審査がないというのは、みさわんが言われるように「特に優れた内容の発表が多いということも」なく、「「今のところ特に注目すべきものではないけれども、どうでも良いわけではない」といった内容がたくさん出て来るわけです」。そういった発表システムにする狙いは、「そういった発表をして見聞して議論することそのものが、その人の研究・その研究コミュニティの大切な”肥やし”になり」、また「レベルや内容を特に問わないからこそ、学生・院生、あるいはアカデミックな訓練を受けていない企業内研究者の訓練の機会にもなりうるのです」。

 

つまり、学会員や研究コミュニティにとって、第2弾にも書いた研究倫理やルール等を経験として蓄積したり、ビギナー研究者がアカデミックな訓練を積んだり、そういった”肥やし”の場となるのが、事前審査のない全国大会だったわけです。

今回の案件が色々と「レベルが浅く」、人工知能学会に取って前例が少ないテーマであったのは、チャレンジングなテーマを議論するための場所だったということが窺えます。

 

 2-3.発表しやすさと発表報告の準備にかかる時間

発表しやすさのメリットは、みわさん曰く、

発表しやすいから、特許などの知的財産を守るのに使える

具体的なモノやシステムに関する研究では
「今出来たばかりの(あるいは、もうすぐできそうな)新しい技術や構造を、公開すると同時に知的財産として守りたい」
という場面が多々あります。
学会の全国大会は、この目的のためにも使用されます。

「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース

ということで、後に続く特許出願と関係するところです。aijのほうだと、工学系の新しい技術や建材の開発に関する特許あたりが該当しそう。どちらかというと、人文科学系のテーマで博論を書いた私には、特許出願はよくわかりません。ここでは、発表報告の準備にかかる時間を見ていこうと思います。

 

 発表エントリーから発表までだいたい2~3ヶ月程度の場合、「できた」「すぐにできそう(中略)」という題材をエントリーしておき、発表など内容が公開される当日に特許などを出願するという使い方ができます。「できた」のであれば、2ヶ月あれば特許出願の準備は充分にできますから、学会で公開されると同時に、即、知的財産権を確立(出願だけでは確立できませんが、少なくとも出願)。(中略)

 通常の学術論文では、そうはいきません。エントリーから発表まで半年以上はかかるのが普通ですから。


 また、学会の大会でも「審査あり」だと、知的財産権を守るのには使いにくい場合があります。発表内容に関する審査(通常は予稿)では、内容の具体的記載がないと審査を通りませんが、そこで肝心なところをボカすのは容易ではありません。また審査があると、エントリーから発表までの時間も長くなります(通常は3~4ヶ月以上)。

(「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース)

院生時代、年度替わりごろにバタバタしていたaij会員の人との話では、aij全国大会のエントリー受付は3月初めに開始され、4月初上旬に予稿(後述、第1・2段では発表レジュメや梗概と表記)の締切があると聞きました。その人は都市計画系の領域の人で、自治体に関するデータを集め終わり、とりあえず然るべき統計処理をかけて作ったグラフを作って、バタバタと研究背景と目的、データの統計の手法、結果などを整理し、一カ月弱で予稿にまとめて提出していました。会員が自ら応募し、事前審査のないタイプの口頭発表は、だいたい、こういう感じです。

日中学会の場合、エントリーおよび大会プラグラムに載せる発表要旨(≒予稿)が6月末の締切であり、実際の発表で使うレジュメは、全国大会当日の1か月前にあらかた作り終え、発表者一人につき一人つく司会者にレジュメを送って打ち合わせを行います。会場で配る聴衆用のレジュメは、あらかじめ学会事務局から聞いていた人数分を発表者が刷って一部ずつまとめておき、当日、会場入口の所定の机の上に置いて配布します。もちろん、このレジュメにも審査はありません。

 

事前審査がないタイプに対し、数年に一回開かれる世界規模の学会大会での発表、全国大会内の特別に開かれる若手研究者を集めたセッション、単発で開催されるシンポジウム等では、学会やシンポジウムの事務局から、発表者を何人か選定して依頼するタイプの発表には、事前審査があることが多いです。審査があるのは、発表内容を書いた文書を集め、報告集を作るからです。この報告集は、審査がある分、学術的な信頼性が高いものであり、事前審査なしの予稿に比較すると、業績としては審査付き論文に匹敵する扱いを受けるものがあると聞いたことがありました。クオリティ重視ということで「審査があると、エントリーから発表までの時間も長くなります(通常は3~4ヶ月以上)」。aijが東アジアの他地域の建築学会と数年に一度、共同開催する国際学会シンポジウムに発表者が載せる文書は、おそらく、審査ありの原稿に当たると思われます。

 

きちんと審査のあるタイプに対し、事前審査のないタイプの口頭発表は、気軽に参加できるものでもあるようです。その分、みわさんが指摘するように「発表内容は「なんでもあり」、時にはトンデモも」な内容も含まれています。

でも学会が、「その学問分野としてありえない」「前回もその学問分野の話じゃなかった」を理由として発表を拒むことはありません。事前審査をしないということは、そういう可能性も織り込むということですから。

「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース)

 

 2-4.学会での発表は権威づけとして商品販売に利用されることがある

事前審査がない全国大会は、研究テーマが「トンデモ」なものが含まれていることがあり、中には学会での発表を商売に利用するためにしている人たちもいるようです。少し、長くなりますが、みわさんの論説文を引用致します。

 

怪しい健康食品や怪しい健康器具の開発元が、「学会で発表した」というお墨付きのためにだけ発表することがあるからです。


 発表が事実であるとしても、「発表した」というだけの話です。発表したら、たまたまヒマだった専門家たちから、寄ってたかって
 「そんなことありえんって、小学校の算数で分かるだろ、このボケ!」
と攻撃されたのかもしれません。


 でも、それらの食品や器具のチラシに「○○学会で発表」と書くのは、その個人や企業の自由です。売りつけるにあたっての権威付けには充分に使えてしまいます。問題であることは間違いありません。


 でも今のところ、「学術・研究のポリシー、それらに基づく学会のポリシーを曲げてまで拒否した」という話は聞いたことがありません。害毒を放置しているのでしょうか?

 (中略)

 それらの食品・器具の販売そのものが、おそらく、不当表示防止法をはじめとする他の何かで取り締まり可能でしょう。強引な売りつけ方やマルチまがい商法であることが問題なら、複数の法律に違反する可能性もあります。


「学術研究(イベント)としては、そこまで干渉しない」というのは、「なんでもあり」による害毒への許容ではなく、「そっちはそっちでちゃんとやって!」ということです。


 しかし、「あなたのご専門から見て、この”研究”と称するものは、どこが問題ですか?」という問い合わせには、喜んで答える研究者がたくさんいるでしょう。それが元になって、怪しい商品を取り締まれる法律ができるかもしれません。そういうことが、学術界のすべき仕事です。


 もちろん学術界は、問題の規模・内容・社会的インパクトによっては、政治にも行政にも社会にも口を出すことがあります。それは、「まさに学術界の問題」「ここで黙っていたら学術界がすたる」と考えられるから、です。

「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

そう、いくら権威のある学会で発表したからといって、きちんとした審査を通った研究でなければ、それは怪しいものでしかないんです。文系だと「それって、あなたの妄想ですよね」の一言で、片付けられてしまうレベルのものだって、あり得ます。『研究者マンガ「ハカセといふ生物(いきもの)」』(実 験太朗,立花 美月 技術評論社 2012)で、生命科学者の北大路柿生も言っていました。科学の新発見に関するニュースで言えば、学会で発表されただけでなく、セルやサイエンスといった学術ジャーナルに審査を通過して論文が掲載されて、やっとその研究は「お墨付き」になるということです。

 

話が横道にそれました。もとの道に戻りましょう。

 

 2-5.学会全国大会で審査なしの発表と予稿の位置づけ

いよいよ、問題となった案件のPDF文書が予稿(前2件の記事ではレジュメ、梗概)を取り上げます。予稿とは、研究者の業績や学会発表では、どの程度の重さだったのか、みわさんの説明をひきつつ、考えてみます。

 

学会全国大会での発表(審査なし)の位置づけ

 審査がなく、エントリーすれば発表できる学会全国大会での発表は、実績としては「それさえないのでは困る」程度の扱いです。
 同じように比較的短時間の口頭発表やポスター発表という形態でも、審査のある学会大会や研究会もあります。もちろん、実績が評価される際には、審査のある方がやや高く評価されます。扱いは「あればなお良し」という感じです。

 

 いずれにしても研究実績としてカウントされるのは、ほぼ、審査(査読)がある学術雑誌に発表した論文だけです。


 今回の炎上の件で問題になったのは、そのような論文ではありません。

 

学会全国大会の予稿とは

 学会全国大会で発表するにあたっては、エントリー時に「予稿」と呼ばれるものを提出します。
 予稿には、研究内容(背景・検討などの内容・結論)と「どこが有意義なのか」を書きます。
 予稿の目的は、その大会の参加者たちに「自分が聴くべきものかどうか」の判断材料を提供することです。テレビの15秒CMのようなものです。だから文字数も少なく、たいていは300~600字程度、長くても800字くらいです。


 そこに、まとまった形で研究内容や結果を載せるのは、まあ無理というもの。しかもエントリー時点(=予稿を作っている時点)では、「まだその実験やってないんだけどさー」といったことが実はけっこうあります。そういう時には「○○実験などの実験を行い、△△などの検討を行った」とか書くことが多いです。「△△」だけが部分的にでも既に終わっていれば「あとはなんとかなるさ」というわけです。


 いずれにしても、大会で発表する当日には、それなりにまとまった研究成果となっている必要があります。それも無理なら、発表取り下げという最後の手段があります。
 ただ、「予稿に書いてあることが全部は出てこない発表」「予稿に出てこなかった題材がほとんどの発表」は、まあ「あるある」です。予稿時点では予期していなかったことが、当日までにいろいろと起こること自体は普通ですから。

 下の写真は、ちょうど20年前(1997年)の私の学会全国大会の予稿です。左右と下の1/3が切れてますけど。7月中旬エントリーで発表は10月初めだった記憶があります。この時は予稿提出時点で検討のほとんどが終わっており、私にしては珍しく、発表準備はかなり余裕でした。


 そこは会員数が万人単位のマンモス学会で、全国大会の参加者だけで1万人を超えたような記憶もあります。予稿集は3分冊にもなり、1ページに3発表分が掲載されていました。

 学会もいろいろです。

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 (「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

仰るとおりで、研究職を得ようとしたら、研究業績は基本的に「カウントされるのは、ほぼ、審査(査読)がある学術雑誌に発表した論文だけです」。大学の部局や研究機関が定期的に出しているタイプの学術雑誌の「紀要」タイプは、審査が緩いとされて、紀要に載った論文は、全国的な学会の学術雑誌掲載に比べると、かなり低いとされます。詳しくは、ジャーナルと院生をめぐるお金の話~掲載料のこと~ - 仲見満月の研究室の「ジャーナルと論文審査のシステム」をお読みください。

 

今回の案件で問題となったPDF文書は、厳密にいうと、ネットで私が調べたところでは4ページとされており、みわさんが言っておられる「予稿」に当たると考えられます。予稿というのは、「エントリー時に」出される「研究内容(背景・検討などの内容・結論)と「どこが有意義なのか」を書」いた文書のことです。ボリュームは、「テレビの15秒CMのようなものです。だから文字数も少なく、たいていは300~600字程度、長くても800字くらいです」。卒論や大学院のゼミで配る発表レジュメの、字数の短い外向けに体裁を整えたものと思っていただえれば、分かるでしょうか。

 

先の都市計画系の会員によると、aijの全国大会の予稿に当たる「梗概」は、B5サイズの紙2枚程度で2000字程度とのこと。文字数は、文系学部生の少し短めのレポートくらいです。実験系の予稿については、上記のみわさんのことを見て頂くとして、都市計画系の会員の人は、集め終えたデータに然るべき統計処理をかけ、グラフを作って、バタバタと研究背景と目的、データの統計の手法、結果などを整理し、梗概を作成して提出。研究背景や目的、統計の手法は、調査前にまとめたものを要約し、あとは残った結果から言えることを言語化するのに手間取ったそうです。梗概提出後は、締切を過ぎると一切、訂正や修正はできません。

 

aijの場合、4月に梗概を提出後、全国大会のプログラムが7月くらいに送られてきて、その間、この会員の人は、他の学会の発表準備や別のジャーナルに送る投稿論文の執筆を行い、ちょこちょこ、全国大会の発表に向けたパワーポイントを作るそうです。パワーポイントのスライドは5枚程度におさめますが、スライドを作っている途中で、「梗概に載せ忘れた説明があった」、「データの読み方、間違えていた」と後から気が付くことも多いんだそうです。

 

みわさんは最後の手段として、取り下げを挙げていらっしゃいますが、そういう方法で発表をキャンセルすると、駆け出しの院生には、よくない評価がつくとのこと。「「予稿に書いてあることが全部は出てこない発表」「予稿に出てこなかった題材がほとんどの発表」は、まあ「あるある」 」のは、aijで発表するこの会員曰く、「発表当日までに、予期しないことが発表内容に出てきたら、きちんと当日の説明で訂正して、カバーしました」ということで、実は同じような発表者がたくさんいるようでした。

 

ちなみに、参加者が1万人規模のaij全国大会は、分科ごとに梗概集が用意されています。都市計画系を含む分科の梗概集を見せてもらったら、印象としては、みわさんの言うものと同じくらい厚かったです。

 

 2-6.予稿の公開・非公開について 

その予稿の公開・非公開について、みわさんのいた学会のことが分からないため、第1弾に引用したツイートを転載しました。この梗概PDFは、aij全国大会のシステムに他の理系学会のシステムを混ぜたものになっています。

 仲見満月 👻経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki

今回の件は、二次創作小説の著者にコンタクトをとり、その時点で「許可できません」と言われたら、それ以上、学会発表の研究として進めてはいけなかったと思いました。

たとえ、それが査読のつかない、学会大会の発表レジュメ、つまり梗概PDFという学会員には「軽い」ものであったとしても、です。

 

会員の多い学会の場合、発表内容の要旨やレジュメについて、梗概PDFとしてweb上で共有するケースが増えています。学会のサイトシステム内に梗概PDFを公開し、IDとパスワードを付与された会員だけがログインして、学会大会の要旨やレジュメのPDFを閲覧する。そういうシステムだったら、web上での秘匿性は、保たれていたかもしれません。

が、最近はPDFの中身は見られなくても、学会大会で行われた発表報告のタイトルや概要が、Ciniiをはじめ、webに広く公開され、研究の情報が共有される方向にあります。

今回の研究の発表内容がどんな形で公開されようと、調査の初期段階で、やっぱり、二次創作小説の著者に然るべき説明と許可の手続きをし、許可が下りなければ、研究を中止すべきだったのでは、ないでしょうか。

 

【2017.5.27_1745追記】情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か~「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~ - 仲見満月の研究室

 

先のaij会員の話では、aijでは全国大会の開催期間中限定で、学会のサイトシステム内に梗概PDFを公開するそうです。大会が終わってしばらくすると、Ciniiなどの学術情報検索サービスで検索できるよう、web上に広く公開されるそうです。

 

件のPDF文書はどうだったのでしょうか。みわさんがまとめておられます。

 

「炎上」の件ではどうだったのか

今回、「炎上」が起こった学会全国大会は、論文の発表がセットになっており、

 

前年12月~1月 エントリー
2月 採択通知
3月 論文提出
5月 発表+論文公開

 

 となっているようです(学会サイトより)。


 ただし、2月に行われる採択通知は、発表そのものの可否ではなく希望のセッションで発表できるかどうかに関するものらしく、そこでの発表が出来なかった場合には人数制限のないセッションに回されるようです。エントリー自体が拒否される可能性の有無までは分かりません。


 提出された論文については、それ以後の審査はなく、提出されたものがそのまま掲載されるようです。また論文に求められるボリュームも、日本語の場合で4000~8000文字。ずいぶん少ないです。学術論文のフツーは少なくとも10000文字以上ではないでしょうか。


 この大会で公開される論文が、そのギョーカイ、おっとっと、その分野で「審査(査読)ありの論文」「審査(査読)なしの論文」のいずれとして扱われているのかまでは分かりません。ただ私の感覚では、「審査ありの発表」と「審査(査読)なしの論文」の間くらいの感じ、論文は、当日の発表内容がちゃんと分かる予稿かな? という感じです。当日使うプレゼンソフトの映像と口頭で話す内容を文章に置き換えたら、もうそれだけで文字数ギリギリになりそうです。もちろん、そこに素晴らしい研究論文が含まれる可能性はありますが、全体としては「そこで発表した論文があるということ自体は、研究上の業績として高い評価はされにくいけれども、業績であることは間違いない」というところでしょうか。


 また、この学会では、発表の2週間前に論文をWebで公開しているようです。知的財産権については注意をうながす記述がありますけれども、クリティカルな「盗った・盗られた」に神経質になっている感じは受けません。日本の半導体研究が盛んだったときの半導体関連学会だと考えられない運営ですが、エントリーから発表までに半年近くかかるのなら、そもそも知的財産の防衛には使いやすくないでしょう。

 いずれにしても、論文投稿にあたって「審査(査読)ありの論文」と同様のレベルを要求されているわけではないし、外野がそれを求めるべきでもない感がします。

(「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース)

 

案件のPDF文書は、みわさんの調べによれば、人工知能学会の全国大会の「研究内容の審査なし論文」で、日本語では4000字から8000字。先のaij会員によると、4000字はaijの地方支部での予稿として提出する「研究報告書」と同じ程度の長さだそうです。「学術論文のフツーは少なくとも10000文字以上ではないでしょうか」という指摘は、人文・社会系でもそのくらいですが、文理総合系の小さな学会誌では、8000~10000字はあり得ます。そういうわけで、件のPDFは、みわさんが仰る「「審査ありの発表」と「審査(査読)なしの論文」の間くらいの感じ、論文は、当日の発表内容がちゃんと分かる予稿かな?」という軽さの学術的な文書と言えるのではないでしょうか。

 

みわさんには、「いずれにしても、論文投稿にあたって「審査(査読)ありの論文」と同様のレベルを要求されているわけではないし、外野がそれを求めるべきでもない感」があり、私もおおむね同意です。

 

また、人工知能学会では、「学会では、発表の2週間前に論文をWebで公開し」、今回の騒ぎが起こった後、案件以外の研究のPDF文書は公開されたままになっていました*4。この様子から、人工知能学会では以前から、発表者の研究発表を記したPDF文書すべてをweb上で一般の人にも見えるように公開していたことが窺えます。

 

 2-7.小結

予稿に関して情報を整理すると、今回の騒ぎは、 「審査(査読)ありの論文」と同様のレベルを要求されているわけではない」予稿に該当するレベルの研究内容を記したPDF文書が、人工知能学会の今までのシステム上、全国大会終了後にもwebで誰でも見られる状態であった。たまたま、学術業界の予稿の位置づけが分からない一般の人が、件の「文章フィルタリング研究」のPDFに気がつき、Twitterで取り上げてしまった。そのツイートを見た人たちが、pixivに公開制限がかけられ、限られた人にしか見えなくなっていた、作者のプライバシーの絡む二次創作のR-18指定の小説が、(査読つきの)立派人工知能学会のさいと内の論文に著者の許諾なく、サンプルとして使われたていたが故、「二次創作の作品を広く、猥褻なものとしてさらした」と重く受け止められたと推察されます。

 

今まで長々と書いてきた学術業界の研究発表に関する文書の軽重の事情は、その世界に身を置いている人でない限り、特に下線部の部分は、情緒と結びつく肌感覚のレベルでは感知できないと思われました。その感知できない部分が、「炎上」をますます大きくしてしまった原因の一つになったのではないでしょうか。

 

 

3.本記事のまとめ 

件の研究PDF文書は、騒動のあと、非公開のままになっています。そのあたりの事情は、第1弾でバズフィードの記事をもとに書いたような動きがありました。

最適な対応が、研究メンバーがPDF文書の内容に自ら不備を認めて、非公開にするということでした。それから、学会側が大学に先んじて、その会員の作成したPDF文書を一時的に非公開にしているのは、学会大会の終了後ということと、会員の研究内容に不備があったと判断してのことであれば、問題が決着するまでの措置としては適切だと思われます。(中略)

人工知能学会や立命館大学の見解は? ピクシブの今後の対応は?

人工知能学会はBuzzFeed Newsの取材に対し、「本学会ならびに本全国大会の幹部で、本件について検討するため、いったん非公開とさせていただきました」と回答。非公開の判断に至った理由なども追加で問い合わせている。

立命館大学は「現在、事実関係を確認中」。大学としてコメントなどを発表する予定はあるか? という質問には「それも含め、対応は事実関係把握後に検討する」とした。

論文PDFの削除については、学会や論文著者から大学側に事前に連絡はなかったという。

【追記あり】「モラルを疑う」pixiv上のR-18小説を“晒し上げ” 立命館大学の論文が炎上 今後の対応は

【2017.5.28_1710更新】情報学の研究に文化人類学的な調査手続きは必要か~「文章フィルタリング研究」案件に関する私的メモ~ - 仲見満月の研究室

 

研究対象の選定や手法については、「不適切」という意見がネット上で指摘されており、その改善法については、第2弾の拙記事で取り上げました。研究PDF文書のタイトルについては、「猥褻」や「有害」といった主観の強い言葉の使い方に、疑問を持つ方々がおられ、非常に難しいと痛感させられました。

 

さて、この案件について、私は異なる文化圏のエンカウントという視点から、ここまで書いてきました。本記事では、学術業界のコミュニティと一般の人たちが「出くわしてしまった」という視点から、件のPDF文書のアカデミックな世界における「重さ」を、みわよしこさんの論説文を引き、コメントをはさみながら、説明しました。

 

この「エンカウント」について、みわさんは下のように仰いました。

 私から見て最も悩ましいと思われるのは、「研究として問題」というわけではないポイントから研究・学会・本人の所属機関に対する「炎上」がもたらされ、学会が対応を迫られたことです。研究上の問題ではないのだけど、とりあえず炎上が拡大したり波及しないようにすることを含めて、研究の問題となっているわけです。(中略)

 

 新しい形で思わぬところから噴き出したのは、「学術研究と社会の関係はどうあるべきか」という永遠のテーマ。研究業界の中と外のどちらにいても、じっくり考える必要がありそうです。

(「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から(みわよしこ) - 個人 - Yahoo!ニュース)

 

みわさんのご指摘は、分野に関係なく、web上に全国大会の「予稿」や「論文」を公開している諸学会についても、言えると思います。

 

ところで、人工知能学会について、情報学系の学会として見ている私としては、周りのプログラマや情報学をやっていた院生から、「情報は(なるべく)公開し、自由にアクセスされるようにしたほうがいい」という考えの人が多いと聞いたことがあり*5、それ故に全国大会の「予稿」や「論文」も公開していたのかもしれません。このあたりは、私の邪推ではありますが、公開しているということは、人工知能学会以外の「自分たちの学術的な慣習やシステムの感覚がない」一般の人たちの目にもつくわけで、そのあたりに気がついていなかったんでしょう。この学会の人たちは、一般の人たちから思わぬ形で、「火種が飛んで」きたことで、やっと、内輪の「しきたり」を知らない人たちに対処すべきことに気がついたと思われます。

 

「情報は(なるべく)公開し、自由にアクセスされるようにしたほうがいい」という考えのある人もいる分野ですが、逆にアクセスされて発生する事態について、意識が向いていなかったところが、外野の私には、人工知能学会の方々も、学術業界の文化圏の人たちだったんだな、と妙に納得してしまいました。

 

今後は、学術業界にいる人たちは、今回のような学会資料の公開を含めて、違う文化圏の人たちと、問題が起こった時、どう向き合って対応するのか、意識をもっていかないといけないことを、今回の案件は我々に示唆してくれています。

 

とりあえず、の本題はここで終わりです。

 

 

4.オーサーである院生に対する配慮について

さて、この案件に注目している人たちには、直接の関係者である当事者、学会、大学、そして企業がどう動くか、気になるところです。当事者のなかでは、ファーストオーサーになっていた院生が、この案件の中心にいるがゆえに、将来の様々な道が閉ざされないか、心配です。もし、PDF文書が公開のままであったら、より院生は注目され続け、非難にさらされていたかもしれません。院生を非難から守り、とりあえず、関係者同士だけで冷静な議論をするという見方をすれば、人工知能学会がPDF文書を一時的に非公開にしたことは、適切な判断だと思いました。

 

第2弾に論説文を引用させて頂いた松谷さん、それから、みわさんがご指摘されるように、今回の案件は、様々な領域の絡む問題と言えます。そのような意味で、直接の関係者以外の学術業界の人たちも話題にする必要はあるでしょう。

 

日本文学研究者の次のエントリ記事を拝読して、 議論のために、PDF文書を公開すべし、というお考えが窺えました:

hibi.hatenadiary.jp

 

しかし、研究ビギナーで修行中の身であり、PDF文書を執筆した院生の今後の研究活動や、就職活動のことを考慮して、その人の人生を潰さないよう、外野の人たちも配慮はすべきではないでしょうか。一度、非公開にした学会側の措置はしかるべきものであると私は思いました。院生が獲得した助成金をめぐる問題~人力検索はてなの質問から~ 院生の助成金申請書類の作成過程~院生獲得の助成金使用問題の補足~ 【2017.4.23_0220更新:目次】アカデミック・ハラスメント(アカハラ)に関する記事まとめ(外部記事含む) の中の記事で書いてきたように、人間関係がせまく、一種の「ムラ社会」である学術業界で、一度、トラブルに巻き込まれると、特に若年世代の人は職業研究者としての将来が閉ざされることがあると、よく聞きます。

 

 問題が起こってしまった時、当事者の院生に対して、周囲はどう対応すべきなのか。実は、このあたりのことについて、みわさんが昨日の晩に公開なさった論説文があったらしく、そのあたりのポイントを読みたかったところ、ご事情があったようで、非公開になっていました。本記事に引かせて頂いた論説文には、これから、ファーストオーサーの院生の「保護」についても書かれるようです。関係者の動きを見ながら、みわさんの新たな記事公開を楽しみに待つことに致しました。

 

非常に長くなりましたが、本記事は、ここで終わりです。お読みいただき、ありがとうざいました。

 

 

5.更に続きの記事を書きました

研究そのものの活用と、工学系の大学院での施されるのは、「技術者倫理」の教育であり、参与調査的な「研究倫理」ではないこと、および案件のファーストオーサーの院生の「保護」とチェック・指導する立場にあったと思われる連名者二人のことについて、書きました。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

*1:「これは既存のマンガやアニメなどの設定を用い、ファンが二次的な創作をした作品のことだ。それらのほとんどは、原作者の許諾を得ずに勝手に創っているものばかりだ。
二次創作は、オタク文化の根幹をなす表現活動だが、著作権法的にはグレーの状況にある」という:立命館大学の研究者による「pixiv論文」の論点とは──“晒し上げ”批判はどれほど妥当なのか(松谷創一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース

*2:jsai2017:2M2-OS-34a-1 ドメインにより意味が変化する単語に着目した猥褻な表現のフィルタリング参照

*3:現在、PDFは非公開、おおよその内容は、次のまとめの冒頭の画像で一部、確認可能な模様:立命館大学の論文がBLを含むpixivのR-18小説を無許可で有害な情報のサンプルとして晒し上げてして炎上 - Togetterまとめ

*4:ここで確認できます:jsai2017:2M2-OS-34a オーガナイズドセッション「OS-34 マイニングと知識創発(1)」

*5:たしかに、オープンソースという言葉は私も耳にしますし、『文系女子だけど新卒でSEやってます』のしま子氏も、公開されたライブラリを使って、仕事をしようとした場面がありました。

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