仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

「役に立つかもしれない」研究と九井諒子『竜の学校は山の上』のこと~ #ヒアリ と家畜だった「竜」の保護が社会問題である日本が舞台のSF漫画~

<これは「竜」を通じて「役に立つかもしれないもの」の研究を問う物語>

1.はじめに

こちらの恐竜研究者養成の福井県立大学の話題:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

これに絡んで、生物資源を活用する研究について、思い出したSF漫画作品があったので、今回、紹介させていただきます↓

 

 

 

 2.『竜の学校は山の上』について

本書は、RPGの勇者の憂鬱、日本近世が舞台のおとぎ話、現代日本で表紙中央のケンタウロスこと馬人たちと猿人の両者が暮らすドラマ、といった様々な短編をまとめた作品集。作者の九井諒子さんは本書で注目を集め、後に『ダンジョン飯 1巻 (HARTA COMIX)』がヒットした漫画誌ハルタ』を代表する漫画家の一人となりました。

 

表題作の『竜の学校は山の上』は、現代日本を舞台に、人間にとって身近な生物をめぐって、それを社会問題として扱い、次世代の若者たちが教育研究機関で悩み、模索する姿を描き、リアリティを持ったSFに仕上がっています。

 

 「竜の学校は空の上」作品内容

かつて、「交通や運搬」、「食用や農耕」において、人に利用されてきた、ある意味で家畜と言ってよい「竜」のいる現代日本。実家の運送業に竜を活用できないかと考えたアズマ(東良隆、表紙画像の右奥の金髪青年)は、山の上にある宇ノ宮大学の日本で唯一の竜学部に入る。大学の入学シーズン、桜並木で他の新入生たちとサークル加入にあっていると、突如、できた人だかりにパイロットの乗った飛竜を見つける。手綱を引く青年・宮島(竜学部生)は、メガホンで演説を始め、竜学部に惹かれて入学したと思われる新入生に呼びかける。メガホンは、パイロットであり、彼らが団体「竜研究会」の部長・カノハシ(香野橋、表紙画像でアズマの左側に立つ白衣の人物)にわたり、アズマにとって衝撃的な内容が、カノハシの口から聞かされる。

  • 残念ながら、現在の日本に竜の需要が一切ないこと(ゲーム世界ではないので)
  • 新入生の就職先はないこと

そういった厳しい現状を訴えた上で、カノハシは、大学当局に妨害されながらも、需要のない竜の問題に正面から立ち向かおうと、新入生に語り掛ける。

 

大学当局に見つかり、竜研究会の面々が、この団体に出入りする獣医学部のスガノ(菅野)の実験室に逃げ込むと、アズマが追いかけてきて、「竜に需要はなく、仕事もない」ことをカノハシたちに聞き返してきた。カノハシは説明する。竜研究会の活動方針は、「現代日本においての竜の活用法を見出すこと」。

昔は交通や運搬 食用や農耕などに 幅広く活用されてきた竜だが

機械や工場に 役目を取って 代わられ 今や全くの 役立たずと 化している

 

日本では毎年 竜の保護と研究に 約百億円の税金が 投じられているが
基本的に 見返りのない 無駄金ということで
事業仕分けされ 年々縮小傾向にある

(本書p.212~213)

 

その上で、カノハシはアズマを竜研究会に勧誘する。

好きなもの 知識や扱いを 勉強するのもいいが
それでは 双方ともに飯を食えない のが現実だ

違った方向から 竜を生かす方法を
私たちと一緒に 考えてみないか?

 (本書p.213)

 

こうして、竜研究会に通うようになったアズマは、研究会で飼っているヒリュウのよし子を紹介され、このヒリュウで日本一周達成により竜活用アピールを聞かされたり、新歓鍋パーティーで、鳥型の竜肉(県外で竜園を営む部長の同期が送付)を食べて、カノハシがコスト面で、「未来永劫 竜の肉が家庭の食卓にあがることはない」ことを叫び、更に牛豚鶏が食肉として優れているか痛感したりと、サークル活動のレベルではありますが、竜の活用を模索する様子が描かれる。

 

授業開講後、アズマが受講する竜学部の実習に、竜の犬猫ハムスターレベルでのペットとしての普及を目論むカノハシがもぐりこみ、竜の飼育施設をまわる2人によって、作品世界の現代日本における竜の法的、飼育的なポジションが読者に示される。ペットとしての普及は難しいらしいが、これがゲームの世界なら、竜の部位は薬になるからと、アズマは言う。

 

ここで、話はサークル活動に戻り、今度はヒリュウによる日本一周の計画の話し合いへと移る。よし子にバケツでエサを食べさせながら(一日、10キロ近くのエサが必要)、メンバーは、具体的な策を練り始める。

  • リュウが日本を一周するには、スポンサーが必要で、その広告をヒリュウのよし子のどこにつけるか(スガノが阻止)
  • スガノ曰く、ヒリュウの飛べる距離や他の性質を考え、お遍路さんレベルにすべしという意見に、カノハシは、それではインパクトがないから日本一周を推す
  • 自治体ごとに然るべき許可をとらないとヒリュウの飛行は認められず、京都府だけが許可してくれないから、どうにかしたいメンバーたち

 

こういった話のなかで、竜の種としての存続が人間の都合によるものであることをめぐって、人間によって竜の「価値がなかったら 絶滅しても仕方がないっていうんですか」と言うスガノに、カノハシは「そうなるな」と返答する。そういうことは誰かが決めらえることじゃない、と叫んで、怒り心頭のスガノは、サークル活動を後にする。途中、アズマが実家の配送業で竜を使おうとした話が蒸し返されるが、竜のエサ代金を考えると赤字になることが判明し、計画性のなさをカノハシになじられる。

 

時に、竜の活用がうまくいかず、やけ酒をするカノハシを横に、宮島はアズマに語る。3年前、カノハシが竜の活用に関する古今東西、ありとあらゆるデータを集め、分析して書いた論文、その結論は「現代日本に竜はいらない」というものであった。ある界隈から叩かれたものの、カノハシが目指したのは、「竜の排除」ではなく、そこからの留学の発展であった。しかし、カノハシの意図は伝わらず、論文の著者自身がその結論と戦う羽目になった。宮島がカノハシの傍にいるのは、カノハシが持論を覆す瞬間を見たいからだと言う。

 

再び、留学部の実習で、アズマは抱えられるサイズの竜を体重計にのせたり、竜の乗りこなし方を習ったりするなか、竜と人間との付き合い方に悩み続ける。終盤、飛行訓練で、キャンパスの上を飛び続けるカノハシとよし子を見上げたスガノに、アズマは持ち続けていた自分の疑問をもらす。世間はアズマ自身が思う以上に竜を必要とせず、アズマはそれを否定したいけれど、具体的なことは思いつかないという。スガノは、二人の前に現れ、よし子から降りたカノハシに対し、アズマの疑問をぶつける。カノハシは、こう答える。

 

世の中にはな――
ふたつのものしかないっ

 

役に立つものと これから役に立つかもしれないものだっ

 

なくしてしまったものを あれは役に立たなかった ってことは言えるけど
それは所詮 狐の葡萄 だから簡単に捨てちゃいけないんだ

 

でも役に立たないと諦めたら それでは捨ててしまうのと何も変わらないだろ

 

私は自分のやることに自信を持ってるつもりだよ

 (本書p.249~250)

 

そう言いながら、ゴーグルを外すスガノは、その日の部内会議で京都迂回の対策を練ろうと言い、補助に来た宮島やアズマとよし子を連れて、歩き出す。彼らの後を追うスガノの背後が描かれて、本作は終了する。

 

 

3.本作で考えた現実の現代日本でいう「竜」とは?~あと、ヒアリ問題等~

本書を最初に私が読んだのは、博士院生の頃でした。その頃には、「竜」のことについて深く考える余裕はなく、ただただ「自分の研究も、「役に立つかもしれないもの」と捉えて、頑張ってみよう」という、博論のモチベーションを維持するため、繰り返し、読んでいた作品でした。どうでもいいですが、カノハシさんの身分が学部生のままか、院生か、ポスドクか、不明なところも面白かったです。

 

博論を書き上げて、大学院を出た後、弊ブログを書いていて、この作品を読み直すと、もう少し、違った読み方もできるんじゃないかと思いました。我々のいる現実の現代日本でいう「竜」、つまり「役にたつかもしれない」研究のことです。例えば、かつては日本人にとって身近で、捉えては食べられ、環境破壊で絶滅が危惧され、保護・繁殖の研究や実践がなされている生物*1、昨今では予測が外れてるところから国家予算の投入による研究・開発に批判が出てきている地震予測や地震予報あたり、私は思いつきます。

 

恐竜研究者養成の前回の記事関連で、生物資源の活用研究で考えれば、ちょっと前では、いつかの夏に大量発生し、漁業に打撃を与えたエチゼンクラゲの利用方面が和田氏としてありました。

ごく最近の日本では、海外からの移入したヒアリが考えられるでしょうか。ヒアリ - Wikipediaを読むと、花粉症キャリアの私は、ヒアリの毒によるアレルギー症状が個人的には心配です。簡単にまとまっていて、特に東京都に通勤・通学、お住まいの方は、こちらをご覧になるといいかもしれません:

gairaisyu.tokyo

また、日本よりも先にヒアリが見つかり、広がった台湾の状況が伝えられているニュース記事もありました:

www.agrinews.co.jp

追加で、個人的に絵柄が好きな絵師さんによるヒアリの図解:

www.huffingtonpost.jp

 

次に、 Google、さらにCiniiでヒアリの生物資源的な研究がないか、調べてみたのですが、管見の限り、みつかりませんでした。そのなかで、私がTwitterでフォローさせて頂いているクマムシ博士のブログ、ヒアリについての記事がありました: 

horikawad.hatenadiary.com

上記のクマムシ博士の記事を拝読したところ、どうやらヒアリに対する研究は、日本では生物資源の方向には現段階では進んでいない模様です。上記の記事では、次の本の紹介でヒアリに関する生態が丁寧にまとめられていました。終盤では、

このように、ヒアリ社会生物学のモデル生物として、興味深い知見を提供してきた。これから日本でアリ研究者を目指す若い世代にとって、(日本国内で研究するのは難しいかもしれないが)ヒアリは防除研究と行動生態学研究の両方において魅力的な材料に映るのではないだろうか。

(『ヒアリの生物学』でヒアリの生態を知る - クマムシ博士のむしブロ)

という点が書かれていました。なお、紹介されていたヒアリの次の本については、Amazonでも、楽天でもメーカーお取り寄せ状態です。 

 

 

合わせて、出版社のリンクも貼っておきます。こちらから直接注文も可能らしいです:

ヒアリの生物学kaiyusha.wordpress.com

 

クマムシ博士の記事に加えて、ほかのネットメディアや、先の東京都環境局のページを読むと、とにかく、ヒアリからどう身を守るか、といった方向での対策が急がれているのが、今の日本の状態のようです。

 

現状でのヒアリは日本にとって「招かれざる客」であり、「竜の学校は山の上」の現代日本における竜とは、まったく、人間にとっての状況が違います。しかし、クマムシ博士が指摘するように、「ヒアリは防除研究と行動生態学研究の両方において魅力的な材料に映る」ことから、ヒアリの生態を研究することで、他の生物と人間が付き合っていくヒントを得ることはできそうではあります。ヒアリ研究が進む中で、ひょっとすると、近い将来、生物資源としてこの「危険な」アリを利用するような、新たな発見があるかもしれませんし、ないかもしれません。

 

正直なところ、私は蟻類の研究者ではないので、これ以上のことはわかりません。あと、英語ほか外国語の専門ジャーナルの論文は読める英語力も、知識も持ち合わせていませんので、ご了承下さい。

 

今は日本にとって「危険な存在」のヒアリの研究が、将来、日本の人々にとって、ひょっとしたら「役に立つかもしれない」ものになる。その可能性を思うと、私はこれを機にヒアリのまずは基礎的な研究が進むことを願ってしましました。

 

 

4.最後に

九井諒子さんの「竜の学校や山の上」 を起点に、この作品の中の人間にとっての「竜」が、現実世界の日本では何に当たるか、というお話に繋げて考えました。そのなかで出てきたのが、地震の予測研究だったり、生物資源の活用研究では、エチゼンクラゲだったり、思い出しましたが、最終的には最近の「ヒアリ問題」を絡めて、私の私見をまとめました。

 

「竜」そして「ヒアリ問題」だけでなく、

世の中にはな――
ふたつのものしかないっ

 

役に立つものと これから役に立つかもしれないものだっ

 

なくしてしまったものを あれは役に立たなかった ってことは言えるけど
それは所詮 狐の葡萄 だから簡単に捨てちゃいけないんだ

 

でも役に立たないと諦めたら それでは捨ててしまうのと何も変わらないだろ

本書p.249~250

カノハシさんの言ったという言葉は、他の領域で「自分のやってる研究って、果たして誰かの役に立つんだろうか…」と日々、頭を抱える研究に携わる方々にとって、 励ましの言葉として知らせたいと思います。

 

そして、こう言いたい。「あなた方の取り組まれている研究は、「これから役に立つかもしれないもの」です。だから、簡単には捨てないで欲しいです」。「けれど、やむにやまれぬ事情や、考え抜かれた事実があれば、その研究から離れてもよいと思います。きっと、他の誰かがその研究に気がついて取り組んでくれるでしょう」。

 

 

*1:だいぶイメージとしては異なりますが、トキ - Wikipedia等。

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