仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

短編小説集『 #間取りと妄想 』に描かれた大学教員と大学院生~ #大竹昭子 『間取りと妄想』( #亜紀書房)

<間取りを使った実験的短編集>

1.はじめに

本書は、建物や集合住宅の部屋が舞台となり、その間取りの描写を通じて展開される小説の短編集です。ツイキャスのほうで、頭の「船の舳先にいるような」と「巻貝」を朗読させて頂きました(録音は非公開)。

 

作品の扉ページには、舞台となる住宅の間取り図があり、それとは別で、各作品の平面図を集めて掲載した別冊が付いています。本書を片手に作品を読みながら、もう片手に別冊で間取りを確認して読み進められる仕掛けの書籍となっています。

 

 

心惹かれて、音読した頭の作品をまず、ご紹介しましょう。「船の舳先にいるような」は、建築士を目指していたことがあり、建設に関わる会社員が、ひょんなことから出会った彫刻家と交流するところから始まります。土地に、まるで水面に浮かぶ船のような一軒家を建てる人の話です。

 

 

最初の話に限りませんが、登場人物が癖のある人だらけで、個性的なので、それだけで楽しめます。

 

個人的に好きなのは、大学教員や院生が人物として、現場にいた私からすれば、リアリティをもって描写されている作品です。まず、玄関と中庭で繋がる「二世帯住宅」で起こったじいさんの企みが自らに混乱をもたらす「浴室と柿の木」、集合住宅のロフト部屋に引きこもる男子の理系院生が出てくる「巻貝」2編です。

 

それでは、2編の内容を紹介していきたいと思います。ネタバレありますので、ご注意ください。ただし、記憶を頼りにしたレビューのため、細かいところは誤りがあるかもしれません。見つけたら、適宜、修正していきます。ご寛恕、ください。

 

  

2.「浴室と柿の木」 

舞台となる「二世帯住宅」の間取りは、玄関と、そのすぐ正面に柿の木のある中庭をはさんで、右側が退職して10年以上経ってそうな男性・昌之の寝室と居間のある自宅。

 

左は、その息子で、三流女子大学で英語を教える職を得た、幹彦。幹彦は作中では50代の大学教員であり、その嫁で、聡明な美女の嫁は幹彦より12歳下の澄香と、二人の孫息子たちの家。 

 

柿の木を植えている中庭を眺められる昌之の自宅側の壁は、実はガラス張りでした。今は全面を覆うように本棚を設けています。実は、一枠だけ、本棚の奥板が外せるようになっており、柿の木の向こう側、息子一家の浴室が見えるような仕掛けが…。柿の木の葉っぱが茂る季節は、浴室が見えないが、木枯らしシーズンは見えやすくなります。

 

序盤が真面目で、ストイックな印象の昌之だけに、中盤以降は、スケベじいさんか?と昌之の印象が変化する読者も多いでしょう。

 

終盤では、嫁の裸を覗こうと自宅の書棚の板を外し、試みる昌之。名実ともに「エロジジイ」になりますが、そこ直後に息子が帰宅するのを告げる嫁の声。嫁の声が聞こえる位置から、昌之は、どうも入浴していたのは、嫁ではなさそうだと推測します。もしかして、肩のラインが嫁に似てきていた、息子の長男で、部活から帰宅した男子高校生の孫の裸を見てしまったのか?

 

という、昌之は自分の企みを果せないまま、空振りしてしまったオチで、このお話は終幕します。 ストーリーとしては、エロジジイの愚行は阻止されたという筋書きといったら、よいでしょうか?

 

 

この「浴室と柿の木」については、昌之の息子で大学教員の幹彦に関する描写を読むと、職業研究者の夫像、およびその妻のワンパターンのイメージが見えてきます。例えば、「多忙なサラリーマンで子育てをした記憶がまったくない昌之」の息子の変わりようは、子育てに積極的なパパさん先生の息子の姿を見て、非常に驚いた、というものでした。

 

 あと、気になる点として、嫁の澄香が幹彦の大学で、果してどんな肩書きで所属していたのか、気になります。私のいた大学院では、大学職員の方が現実的。女子院生というのは、珍しいです。

大学職員だと新卒で大学法人に入り、そこから数年くらいで、出会いの限られた職場で、相性がよさそうな男性職員か、研究職のポスドクや大学教員あたりと交際の機会を得られれば、婚約→結婚というパターンもあり得ます。大学教員が配偶者なら、年齢が一回り離れていても、珍しくありません。 そういった男性の大学教員のイメージのひとつは、簡潔ではあれども、描かれていて、作品の展開と共に、面白く感じました。

 

 

 3.「巻貝」

読者の皆さんは、ロフト付きの住宅にお住まいになったご経験は、ありますか。私自身はありませんが、学部時代に新年会で鍋会場となった先輩のご自宅が、ロフト付きのアパートでした。その先輩の場合、ロフトが収納スペースで、その下の1DKの空間が生活スペースになっていました。

 

この「巻貝」のロフト付き部屋の家主・マサルの使い方は、ロフトの方を寝室というプライベートな空間にしている、おそらく理系の院生です。女性を口説いて、恋愛関係に持ち込むのは朝飯前という、このマサルの失恋から「巻貝」は始まります。

 

マサルは今まで、おそらく自分から好きになった女性は、修士課程からその研究室に入ってきた島村美紗。どうも、研究室で自分に対する笑顔や感情の出し方から、自分に気があるのだろうと考えたマサルは、夏休みのプランを聞くと、何と美紗はカルフォルニアに留学中のボーイフレンドとキャンプをするという。

 

そのボーイフレンドは、有名私立大の修士課程に籍を置く院生だと聞いたマサルは、ハートブレイキング!酒類や他の食糧を手にとって、自宅のロフトに上がり、おそらく数日間、毛布にくるまって、巻貝状態に身体をまるめるように、引きこもります。

 

実は、この作品はツイキャスのほうで中身を斜め読みしないまま、朗読してしまっておりました。引きこもり時は、マサルが尿意をもよおすも、ロフトを降りていくのが億劫な時は、酒の容器で用を足すシーンが出てきて、戸惑いながら、そのまま、読み上げてしまいました。

 

 マサルの女性なれしているところは、私の大学院にいた、実験の合間に学生街をふらついては、女子学生を引っかけて来る男子の理系院生を彷彿とさせます。そんなにはいませんが、時々は遭遇するタイプの男子院生のひとつの形式に、マサルは当てはめられるのではないでしょうか。

 

また、失恋した上、ボーイフレンドから美紗を略奪するほどのエネルギーはないマサル。彼は、自分の殻を象徴するような、ロフトの寝室にこもってしまうところ、先のトイレに用を足しに下へ行くのが面倒になる点は、実際の大学や院に通う学生の生活の生々しさが描かれています。

 

引きこもりが続く終盤で、マサルは自宅の外に広がる公園で過ごす人々に気がつき、巻貝状態を脱する。そのような描写で、この短編は完結します。

 

マサルの失恋による自宅での巻貝状態=引きこもりから、外へ出て行くことを示したラストという筋書き。そのなかには、少数ではあるけれど、「こんな理系院生、いるいる!」と私には納得させる情報を搭載して描かれたマサルの姿がありました。

 

 

4.まとめ

先月に書いていた学術論文の参考になるかな?と期待して、最初に研究資料用に買ったのが本書でした。読み進めるにしたがい、生活文化や民俗学関連分野を研究していた私には、うまく間取りを使って、登場人物を表現し、話を展開する装置として、住宅と間取り図の役割が実験的で面白かったです。

 

取り上げた作品については、個性の強い大学の構成員のなかでも、こんな子煩悩な大学教員や、口説くことは出来ても、失恋には引きこもる院生といった、実は探さなくても現場にいるひとつのタイプの人物像が、それとなく描かれていました。幹彦にしても、マサルにしても、私のいた大学院には見つかる人たちでした。

 

 総評として、実験的で面白い作品でした。本書の著者の別の書籍についても、今後、手に取る機会があれば、読んでみたいです。

 

おしまい。

 

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