仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

【再読】物理系男子学部生が恋人に突然起こった事情に悩むも、決めた進路~島本理生『クローバー』~

<今回のレビュー内容>

1.はじめに

昨年1月に筆者のlovekoさんにご許可を頂き、紹介をさせて頂いたブログの記事がありました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

上記の記事は、公開から約9カ月が経過した現在、ほぼ注目記事のなかで首位、少なくとも第3位までをキープしているという、人気のランカ―記事といっていいと思います。また、弊ブログを開設してから、理系の男子院生との交際の仕方、結婚での実生活にに悩んでいらっしゃる方が多いのか、 ポツポツと、次の目次に入っている記事が注目ランキングの10位以内に入ってくることがありました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

それほどにまで、理系の男子院生や職業研究者との恋や実生活について、お知りになりたい方が多いということが分かりました。そのあたりの需要は、ひしと受け取っています。

 

それでは、フィクションではありますが、こんな物語の筋書き、読者の方の中には読みたいと思われる方々は、いらっしゃるでしょうか。

 

21歳前後の男女の理系学部生カップルがいて、少なくとも修士課程までは、別々か同じ大学院に通い、軽い気持ちではないけれど、お互い、結婚するかは分からない。それでも、男子学生が真剣にこの先の将来を彼女と共に歩みたいと、自分の進学先を探していた矢先、料理の腕で娘を育てていた彼女の父親が倒れ、入院。最悪、父親に半身不随に近い後遺症が残り、不自由な生活に介助が必要になる可能性があり、彼女は大学院の研究室での業務や研究に追われながら、後遺症と闘う父親の生活を支えなければならなくなったとしたら…。

 

この筋書きは、ある島本理生さんのとある小説の後半部分です。フィクションではありますが、私が学部生3年次のゼミの先輩に、この小説の彼女とご実家のお父上が同じ状況になった先輩がいらっしゃいました。その赤井先輩(仮名)は、卒業が決まっていたものの、卒業式の直前まで就職活動を続けていらっしゃり、進学を目指していた小説の彼女と立場は違います。
当時、赤井先輩に彼女がいらっしゃったかも分かりませんが、少なくとも、20代初めの就職か、進学かという時期、実際にご実家のご家族が病気で倒れて、要介護になるケースは、少なくないと私は考えています。卒業式の日、スーツ姿で現れた赤井先輩は、「何とか、OB訪問していたサークルの先輩の紹介で、実家から電車で15分以内の介護職員の派遣会社の正規事務員として、内定が出ました」と報告していらっしゃいました。卒業後、隣県の実家まで徒歩10分圏内、転勤のため、長兄夫婦から譲られた持ち家に引っ越し、会社と実家とその家を三角形のようにまわる生活を送っておられるようです。

 

もしもの時、パートナーの実家のご家族が倒れて、要介護や介助が必要になったら、自分は、自分の将来の夢を追うため大学院に通いながら、かつ疲れのたまりやすいパートナーの日常を支え続けることができるだろうか。今回、レビューする小説は、分野に関係なく、また学部の新卒で就職する人にも起こり得る出来事に対して、暫定的ながら、自分なりの進路を決めた物理系男子学部生が主人公の小説です。

 

クローバー (角川文庫)

 

 

2.島本理生『クローバー』

 2-1.私が買った経緯とストーリーについて

実は、本書を私が読んだのは、私自身が博士院生の頃でした。自分自身が「博士課程を出た後、どうやって生計を立てていったらいいんだろう?」と、進路や、進まない研究作業、雑務で疲れ、大学生協の書籍部でやっていた各出版社文庫のシーズンフェアか何かで、手に取った本だと思います。その時、似た雰囲気で、姉弟が出てきそうだと(失礼にも感じた)カバー絵の『はるがいったら』 (集英社文庫)という小説も、衝動買いしていたと思います。

 

 5年前、本書を読んだ時の読書メモをもとに、大まかなストーリーを確認してみましょう。

 

(以下、2012.6.29ごろの読書メモ)========================

『はるがいったら』(集英社文庫)と同じく、姉弟の物語。ただし、こっちは双子で、2人とも大学生。前半は、姉の華子と彼女を気に入った「熊野さん」との恋の攻防戦。後半は弟の冬治が恋人・雪村さんとの関係に悩みつつ、進路を決めることで、新しい道へと共に歩んでゆく。「少し切ない」青春小説。

理系らしい冬治の大学生活には関数電卓が出てきたり、就職面接で苦闘する華子の様子があったり、イマドキの大学生には共感できる場面が沢山あります。

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大筋は読書メモのとおり。少し、本書の登場人物や話の展開に補足をしておくと、下のような感じです。

  その1.登場人物について
  • 姉の華子(本書カバー絵の下半分を占めるロングヘアの女性)と弟の冬治(カバー絵の右上に立ち、両手をズボンのポケットに入れている男性)は静岡県出身。
  • この双子の姉弟は、別々の大学の別の学部に通っているが、東京でルームシェアして共同生活をしている。
  • 華子を気に入った公務員の「熊野さん」(カバー絵では最も奥にいて、後姿を晒しながら薄ブルーの作業着を着ている男性)は、「経済力」と「粘着質」により、華子に猛アタックを仕掛け続け、紆余曲折ありながら、交際が進む。
  • 理系の単科大学に通い、物理学科らしき冬治と同じ実験班の雪村さんは、前半、やぼったく、挙動不審な「残念な女性」であったが、あるきっかけで華子と知り合い、華子の尽力でイメチェンに成功し、冬治と交際するようになる。

 

  その2.中盤以降のストーリー
  • 中盤の「淡い決意」で、雪村さんは冬治と通っている大学の上の院に進学志望をしており、

「神崎教授、いますよね。私、大学に入る前からあの人の著書を読んでいて、大好きで、それがきっかけで素粒子に興味を持つようになたんです。だから四年になったら彼のゼミを希望するつもりで、そのまま院に進んで研究ができればいいなって」

(本書p.207より)

  という話を冬治にしていた。

  • 一方の冬治は、他大学の大学院についても調べており、やりたいことに近い研究のため、静岡の実家に帰省して母親に話した後、熊野さん・華子、幸村さんとのダブルデートで行った先で、3人に東京から離れた大学院に行くことになる可能性、その大学院は東京よりも実家の静岡のほうが近くて、経済的な理由で実家に戻って通おうと考えていることを話す。そのことに、雪村さんは別れを告げられるんじゃないかと不安になったが、冬治は遠距離になっても交際を続けたいと告げる。
  • 終盤の「向こう岸へ渡る」では、料理人であり、男で一つで娘を育ててきた幸村さんの父親脳梗塞で倒れ、入院してしまう。何とか、父親の入院費用と生活はなりそうだが、そのことを告げられた冬治は、雪村さんを支えたい、彼女のことを本気で好きになっていることに気づく。
  • 雪村さんの傍にいて、冬治は学部卒業後も支えたいと考え始める。同じ大学の院に進学する進路も考え、実家の両親に帰省して援助を相談。激する母親を家に残し、向かった先の喫茶店で、父親と冬治は話し合いをする。双子の父親は、事情を聞いて答え始めた。

「相手の子の事情は分かった。冬治が心の底からなんとかしてあげたいと思うなら、大学院に行かないで、今からでも就活すればいい。お父さんも親戚や知り合いを当たってコネを見つけてやる。両方、中途半端っていうのは、それが最善の策だって言い切れるなら考えるけど、冬治はその子と結婚する気でもあるのか?」

結婚という言葉が出た瞬間、話の質がまったくべつのものに変化したように感じた。

「いや、社会人にもなってないうちから、そんなことは全然考えられない」

「結局は別れました、あのときやっぱり選択を間違えました、なんて後から思うようなら、彼女にも気の毒だよ」

「そんなふうには思わないよ」

「他人を説得するためには、少なくとも、強い決意がなければ話にならないよ。違うか?」

僕はふいに、両親の結婚した年齢がとても早かったことを思い出した。

(本書p.245)

  • 答えが見つからないまま、東京に戻った冬治は、かつて合コンで知り合った金森佐和子と食事に出かけ、頭の思考を整理しようとする。しかし、不安で連絡してきた雪村さんにその出来事を正直に話してしまい、2人の仲はこじれてしまう。
  • 何とかデートを設定し、仲直りしたい冬治は、雪村さんが提示した珍しいドーナツを制限時間内に彼氏が買って、定めらえた場所に持ってこれれば、仲直りすると告げる。制限時間を超えたものの、冬治は約束のドーナツ屋で、開いたメールには、『変なことを頼んでごめんなさい。最後に、あなたにワガママを言ってみたかったんです。これでもう私のことを嫌いになってくれれば嬉しいです』と別れを告げる言葉があった。
  • キレた冬治は、交差点で肩をぶつけても謝らなかった若い男の背中に、ドーナツを投げつけ、騒ぎになる。警察に連れていかれ、華子が駆けつける事態となる。
  • 華子は、頭を抱える弟に対し、「今さら離れるのが嫌だって言い出すのは雪村さんの一方的な都合だよ。だから、もう後は冬治の気持ち次第だと思う。どうしたいの?」と言う。そこで、冬治は雪村さんのことを好きは好きでも、それが自分の人生を変える程度のものかは判断できない、と華子に言う。華子も「仕方ないね、このまま付き合い続けるのはたしかに大変よ」と返答。
  • この後、華子はとある賭けをして、弟に進路を決めるように提案する。
  • ラストの場面は、熊野さんを双子の自宅で双子の就職祝いが行われたことが分かり、またその報告を冬治が雪村さんに電話することから、冬治と雪村さんの復縁もなされていることが示唆されたところで、本作は終わる。

 非常に長くなりましたが、だいたい、本書のストーリーは以上のとおりです。

 

 2-2.仲見流『クローバー』の読み方

今回、本作を再読しました。一度目とは異なり、物理分野の理系学部生は、どのような授業を受けているのか、レポートはどんなものを提出するのか。はたまた、関数電卓はどの程度、授業や試験に必須なのか。など。

 

それ以上に、注目したのは、本作の語り手であり、主人公の片方である冬治の理系学生としての矜持や、優柔不断さでした。

 

前半、大学の実験班のなかで、雪村さんの好意に気づきながら、冬治が恋愛に積極的になれなかった理由が、中盤、イメチェンした行村さんとの初デートで明かされます。冬治には高校時代、バイト先で片思いし、休日には一緒に出掛ける朝比奈さんという年上の女性がいました。しかし、バイト先である時、冬治は朝比奈さんに彼氏がいて、しかも東大の物理工学科であり、しかもその彼氏が海外の大学院に受かっていたことが分かりました。実質、二股を朝比奈さんがかけていたことに加え、彼氏が日本ではピカイチの学歴を持っていたことから、違いすぎる学術レベルの差に、冬治は自分の物理学に対するプライドが傷つけられたようでした。それから、恋愛から距離を置くきっかけになったと語られます。

 

冬治が経験した、学歴コンプレックスに、恋愛感情が絡んでしまったことが、物語のなかでは、彼自身の将来に対する優柔不断さに影響しているように、私は感じました。余談ですが、私は私立大学の学部から、国立大学の文理総合系の大学院に進学した、いわゆる「学歴ロンダリング」組に当たり、院生時代、同大学院の人文学系の学部から内部進学してきた東洋学分野の院生と話をすると、訓練された知識レベルの差に愕然とすることが何度かありましたし、恋愛的な憧れを私が抱いたポスドクの方もいました。が、自分の研究がうまくいかなかったこともあって、このあたりの気持ちが歪んでしまい、ポスドクの方にも距離を置くようになってしまいました。そういった事情から、冬治の進路と恋愛に対する優柔不断さは、「こういう大学院志望の学部生もいる」と捉えてもいいと思いました。

 

 

2つ目の注目ポイントは、華子を気に入り、彼女の「手堅い保護者」となってしまった熊野さんが、冬治と進路の話をするたびに、しきりに公務員になるメリットを話してくることです。特に、4人でダブルデートした際、ドライブで熊野さんが運転する車について、作中では、

  • 公務員という信頼性の高い職業だからこそ、車を買うローンが組めたこ
  • 「夢なんて、なくてもいいじゃないですか」と言い、公務員が社会の様々な面で、「鉄板の肩書き」であること

を説明しています。ついでに言うと、ドライブに出かけるまで親しくなる前、熊野さんは冬治と食事をした時だったかに、冬治はコツコツ勉強するのに向いてそうだから、よかったら、公務員を目指してみるのもいいと思う、とつぶやいていたことがありました。

 

熊野さんの存在は、華子の恋の相手だけでなく、実は不安定な身分の院生として大学院に所属するチョイスをするか、「夢なんて」ないけれど安定して収入を得られる公務員のような進路を選ぶか、といった冬治に個人的に迫った大学卒業後の進路について、実質的に二つの選択肢しかないことを暗示しているように思われます。それと同時に、子恋人にしたい華子と違って、少し距離を置き、客観的な人物として冬治を見守る存在として、本作の展開で波乱が起こった時、読者が心を落ち着ける安心感を与えるキャラクターとして捉えることもできるでしょう。

 

 

今回の再読では、以上、2つの要素(片方は登場人物)に注目して、理系の学生が語り手の冬治の進路と恋愛に対するスタンスについて、読んでみました。

 

 

3.最後に

本書はフィクションではあるものの、実際にインターネット上の「Yahoo!知恵袋」や、「人力検索はてな」などを検索すると、冬治のように、恋人の家族が重い病気にかかってしまい、自分の希望進路とのはざまで悩み、苦しんだ末、質問を投稿したことが窺える投稿が見つかることがありました。ゆえに、本書は小説でありながら、そのなかに現実世界を生きる我々の生き方のヒントがあると言ってもいいかと。
 
雪村さんにドーナツを要求された末、別れを告げられて、頭を抱える冬治に、華子は、
「私は正直、冬治がこのまま彼女と別れても身勝手だとは思わない。この先、どうなるか分からない恋人のために将来を変えろなんて、誰にも言えない。(後略)」と告げます。何かを選ぶには、何かを捨てなければならない、ということは、選択をする際に教訓として私がよく周囲の年長者に言われることですが、それは冬治と同じような状況で悩み、苦しんでいる方々にも、突き刺さる言葉でしょう。
 
本作で結局、冬治は学部卒で社会人になる進路を選びました。帰省して、相談に訪れた冬治に、父親は「結局は別れました、あのときやっぱり選択を間違えました、なんて後から思うようなら、彼女にも気の毒だよ」、「他人を説得するためには、少なくとも、強い決意がなければ話にならないよ。違うか?」と厳しいことを言っています。冬治の就職先が双子の親戚のコネか、尽力があったかは分かりません。それでも、冬治は自分が雪村さんが今、好きで寄り添いたいという気持ちを優先して、就職するという「強い決意」をしたのでしょう。
 
もし、本作の続編があったとして、冬治が雪村さんと別れていたとしましょう。そうなっても、冬治は雪村さんと交際し、好きで傍にいたいからこそ、就職という進路を選んだことに悪い感情を抱いたりはしないのではないでしょうか。これは、私の個人的な妄想なので、違う解釈が他の読者の方には、あるかもしれません。
 
 
長いレビューとなりましたが、どうか本記事が、現在進行形で冬治のような立場にある人にとって、何かの参考になれば、幸いです。
 
 
最後に、異なる姉弟が登場しますが、院生時代に読み、将来の自分の恋愛や生き方を考えるきっかけになった、先に名前を出した小説のリンクを貼って、本記事の閉めに替えさせていただきます。

 

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