仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

【'18.5.2_13~14時台の追記】通行人の安全も考えてくれまいか~「「京大の文化」立て看板、景観条例違反指導で学生ら困惑」(朝日新聞デジタル)から~

<今回の内容>

1.はじめに

【本日11月23日開始】Comic Community01( #こみこみ 1)委託参加 in 京大11月祭 - 仲見満月の研究室の時、学園祭である11月祭準備ちゅうの京都大学の構内をうろうろ、しておりました。京大の内外が立て看板であふれ、別の時期に学会や研究会で京大に行った時より、人も多く、混雑していました。通行する人たちの安全の面から「立て看板の設置は、どうなんだろうか」と考えていたところ、次のようなニュースを目にしました: 

 

www.asahi.com

 

今回は、上の朝日新聞を読んだ上で、京大のタテカン文化と私の考えを述べたいと思います。

 

 

2.「「京大の文化」立て看板、景観条例違反指導で学生ら困惑」(朝日新聞デジタル)を読む

さっそく、新聞記事を読んでいきましょう。

 

「京大の文化」立て看板、景観条例違反指導で学生ら困惑
足立耕作2017年11月25日20時44分

 

 京都大学の本部がある吉田キャンパス京都市左京区)に学生たちが置く立て看板が、京都市の景観を守る条例に違反するとして、行政指導を受けていることがわかった。京大は設置場所などの制限を検討している。大学紛争の時代も経て、様々な考えや身近な情報を伝えてきた通称タテカンは、美観とのはざまで消えゆく運命なのか。

 

 市が問題視するのは、キャンパスの敷地を囲む擁壁に立てかけられた看板や、敷地内にあるものの敷地外から見える看板。キャンパスは祇園と市北部を結ぶバス通りに面しており、周辺の道からは現在、20枚ほど目に入る。

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 立て看板は「京大の文化」とも言われてきた。1960~70年代の学生運動全盛期と比べれば減ったとされているが、大学の軍事研究に反対する政治的主張や、人工知能(AI)を考えるフォーラム、LGBT(性的少数者)の権利を考える集い、サークルの演奏会や公演の告知まで、扱う内容は多様だ。

(「京大の文化」立て看板、景観条例違反指導で学生ら困惑:朝日新聞デジタル

立て看板は、冒頭の記述のとおり、大学内の団体やサークルの催し、学術的なイベントの開催を知らせる目的で建てられるものもあれば、政治的主張をするものも、京大の構内や石垣の傍らに立ててあります。その数は、「キャンパスの敷地を囲む擁壁に立てかけられた看板や、敷地内にあるものの敷地外から見える看板。キャンパスは祇園と市北部を結ぶバス通りに面しており、周辺の道からは現在、20枚ほど」で、京都市が問題視しているのも、それらの看板だそうです。

 

目的はどうあれ、京都市のほうは次のような条例に基づき、京大の立て看板に行政指導をした模様です。

 朝日新聞が入手した文書によると、京都市はこれらの立て看板について、常時あるいは一定期間継続して屋外で公衆に表示される「屋外広告物」に該当すると判断。市の屋外広告物等に関する条例が設置を禁じている擁壁への立てかけや公道の不法占用に当たり、市長の許可も得ていないと指摘している。

 

 屋外広告物法は広告物の規制基準を定め、実際の規制は自治体が条例でそれぞれ行っている。京都市は条例で市全域を禁止地域や規制区域に指定しており、設置する場合は大きさや色などを審査し、市長が許可する仕組みだ。2007年、古都の景観を守る目的で新景観政策を打ち出し、厳格な適用を進めている。

 

 京都市広告景観づくり推進室は「条例違反の屋外広告物については順次、厳正に対応しており、京大への指導はその一環。京大といえども、特別な存在と認識していない」と話す。周辺住民の一部からは「立て看板は市の景観政策に反している」とする苦情も市に寄せられていると説明する。

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 京大関係者によると、市の指摘を受け、大学は11月中旬、対策案を学内に示した。設置場所は大学構内を中心にし、設置できるのは公認団体に限定。大きさや設置期間の基準をつくるといった内容だ。

(「京大の文化」立て看板、景観条例違反指導で学生ら困惑:朝日新聞デジタル

大学の擁壁、つまり大学と東大路を隔てる石垣の、東大路側の擁壁に立てかけたい看板があれば、立てかけたい場所は京都市の条例が適用される場所であり、その看板は奥書広告に当たる、とされるようです。だから、立て看板を掛けるには、京都市長の許可がひとつ、ひとつ必要であるという理屈です。

 

京都市は条例で市全域を禁止地域や規制区域に指定しており、設置する場合は大きさや色などを審査し、市長が許可する仕組みだ」ということで、その適用を厳格化している上、「周辺住民の一部からは「立て看板は市の景観政策に反している」とする苦情も市に寄せられている」と京都市広告景観づくり推進室は説明しています。

 

これら京都市側の行政指導や、条例に基づく説明に関して、京大の関係者は、次のように答えています。

 学生や卒業生、かつての京大を知る人たちには困惑が広がっている。ツイッター上では「立て看板なくなるとかもう京大じゃないやん」「大学周辺の景観そのものに歴史的な特別の価値があるわけではない。(私はむしろ立て看が京大の歴史を表したものだと思う)」などの投稿があった。(足立耕作)

 元京大総長で地震学者の尾池和夫・京都造形芸術大学長(77)は「京大の学生文化の一つが消えてしまう恐れがある」と気をもむ。

 

 理学部の学生時代には学園祭で南極展告知の立て看板を作った。総長時代には「京大の立て看板は日本の大学で一番見事」と語っていた。「立て看板は絶滅危惧種。消えた文化は復活できない。景観を守るという条例の趣旨は正しいが、立て看板のある風景は文化的景観だ。自由な学風だったはずの京大、ひいては社会の寛容さが問われている」と指摘する。

(「京大の文化」立て看板、景観条例違反指導で学生ら困惑:朝日新聞デジタル)

 「京大の学生文化」と、京都市という歴史的景観の保存という対立のように、一見すると見えます。しかし、もうひとつ、私はここに欠けている要素があると、感じました。それが、私の本記事に入れた「通行人の安全も考えてくれまいか京都市よ」という気持ちです。

 

 

3.京大の立て看板と通行人の安全についての私の見方

繰り返しますが、私は学会の全国大会や、研究会等で、割とオールシーズン、京大の時計台のあるキャンパスと、吉田南のキャンパスを中心に、出入りしています。朝日新聞で報じられたように、20枚を超える立て看板が大学の構内外に設置されており、特に11月祭や4月の新入生歓迎シーズンにはサークルの看板が増えて、東大路沿い、東一条を東大路との交差点から、突き当りの吉田神社の鳥居まで歩くと、その枚数と大きさに圧倒されのが分かります。

 

今年の11月祭で、同人誌即売会に委託物を持ち込んだ際、通りかかった様子では、京都市の行政指導の影響か、東大路と東一条の公道に面する立て看板は、ぐっと減っていたように思います。24日の晩、追加搬入に行った時は、吉田南の北門を出て、時計台のある本部キャンパス側の擁壁を見ると、サークル広告と思われる立て看版1枚を残して、東一条通りの看板はなかったように思います。その代わり、京大の外から見えない、キャンパス内の看板の枚数は、増加していたようで、祭りに来た人込みとで、危うく私は酔いかけ、また立て看板を避けようとして、石畳やアスファルトの割れ目に足を突っ込み、転びかけました。

 

今のところ、京大の立て看板については、道路側に立てるなら、条例は置いておいて、石垣の上に丈夫な柱を差し、その柱に看板をワイヤーか何かで固定し、道に落下しないよう、安全に設置する形にしたほうがよいと思いました。下の写真は、数年前の11月祭を告げる東大路・東一条の交差点に設置された立て看板を、私が撮影したものです:

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なお、その年の11月祭に行った時は、人が溢れて、看板固定用のブロックや看板の下のほうを、足でひっかけそうになり、やはり、私には危なかったです。加えて、東大路の公道では、京都の場合、頻繁に大量の観光客や学生の徒歩通行人がバス停の周辺に団子状態に固まり、その横を自転車通行人が猛スピードで通過します。学園祭の前後には、片手に大きなベニヤ板や、紙袋を小脇に抱え、自転車で通り過ぎる学生らしき人々がいて、私は避けきれないような状況のもと、何度も怖い思いをしました。

 

そのような、学生が政令指定都市の中でも最も多いといっていい自治体・京都市は、古都の景観を守ろうとして行政指導したり、規制したりするだけでなく、設置する時の方法についても安全面をチェックしてほしいと思いました。

 

 

4.事故や災害から人を守る存在としての「景観」について

看板をきちんと固定しないと、看板が降ってくる。実際、私は同じ京都市内で屋根一枚を隔てて、事故に遭うのを免れたことがありました。

この出来事は、修士時代の経験です。ある研究会の前に、河原町三条の東側を歩いていたら、突然、頭上でドゴーン!と音がしました。

 

通りすぎた後に振り返ると、アーケードが凹んでました。何が起きたんだろうと河原町通の西を目指し、現在のminaのあるビルあたりの横断歩道を渡って、自分のいた場所を反対側から眺めました。その場所を見上げると、ビル上階のヘアサロンっぼい広告写真が、京大の立て看板サイズで落下していました。アーケード屋根が凹んでくれたおかげで、怪我人は出なかったようでした。

 

院生時代、私がいた研究室は、芸術工学の研究をしている人が多く、京都市の景観について研究している人もいました。他研究室のゼミでは、他国の首都の歴史的景観の政策と比較されることがあり、祇園四条通のアーケードは邪魔で景観を悪くしているとか、台北の日本統治時代のファザードについての調査で、私もくっ付いて(一応、通訳もした)見学に行くとか、学術研究の目的でテーマにする機会がありました。

 

京都市の景観の事例では、実際に四条通にお店を持つ経営者の方も招いて、ヒアリングをしている先輩もいました。その際、「京極通や寺町通のアーケードについては、その通りにお店を持つオーナーが修繕費やメンテナンスの手続きをしております。正直、アーケードの維持費が重く、困っています」と仰っていたオーナーの方もいらっしゃったと聞きました。確かに、京都市という古都の景観や、また歴史的な都市のなかで生きている人にとって、アーケードや建物の一部の保存・維持は経済的に大きな負担となることがあるでしょう。

 

京都の景観条例から見て、河原町通祇園四条通のアーケードは、どのような説明に基づいて許可されているのか、私は知りません。ただ、アーケードについて、古都として京都を見た場合の景観や、その維持費の重さから、よく思っていない人がいることは確かでしょう。

 

しかし、道行く人の安全も考える場合、アーケードの設置は、命に関わることではないでしょうか。そのような点について、京都市全体で景観条例について議論をする時、事故や災害から人命を守るという観点から、考えて頂きたいと思いました。私は、アーケード代金を河原町三条通の商店の方々が払ってるのを、先述のとおり、知った上で申し上げています。古都の景観を守ることも、維持費用が安くなることも大切ですが、自然災害や事故の防止といった安全面における、建物のあり方も重要視して頂きたいところです。

 

 

5.最後に

翻って、京都大学の立て看板を規制する、しないという話題については、下手に行政指導すると、ただでさえ、学生以外の人も多い京大(平日でも何かしら、シンポジウムをしていることが多い)なので、立て看板をキャンパス内にひっこめられて、訪問者としては窮屈になり、今年の11月祭のように、転倒して怪我をする可能性が高い通行人もいるでしょう(私のことです)。 

 

おそらく、京都市長に申請をしても、京大の立て看板の内容を考慮すると、許可は難しいでしょう。そこで、京都市の景観条例について、京大関係者の側からも京都市議会に代表者を議員として送り込むなりして、改正する方向で話し合いをしたほうがいいと私は思います。

 

ちなみに、京都市内の他の私立大学になりますが、同じ今出川沿いにある同志社大学は、立て看板はキャンパス内のみに立てられる模様で、一歩、入り込むとその数に圧倒された時期もありました。更に西の立命館大学衣笠キャンパスでは、構内に立て看板をはめる枠が並んでいて、そこに看板を立てるには申請が要りそうな雰囲気でした。

 

これまで、様々な主張をするため、設置されてきた立て看板自体が、規制の対象になってきている昨今の京大のようです。主張するだけでなく、メディアや文化として、関係者が立て看板を捉えているなら、景観条例に関して話し合い、変えていける場に人員を送り込むところから、挑戦してみてはいかがでしょうか?もちろん、私がいちばんに考えて、主張したように、通る人の安全面を重視した上で、立て看板が設置できる方向で、話し合いをお願いしたいと思います。

 

おしまい。

  

景観まちづくり最前線

 

6.関連記事とその後の動向('18.5.2_13~14時台の追記)

色々と新しい動きが半年近くの間にあり、別記事で補足させて頂きました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

合わせてお読み頂きたい、関連記事です:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

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