仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

並木陽『 #斜陽の国のルスダン 』を読む~この小説で知った中世グルジアとその周辺+聖ゲオルギウスと国旗の話~

<今回の内容> 

1.はじめに

11月半ば、ちょうど、一ヶ月前に読了した歴史小説がありました。Twitterで粗筋と歴史的背景、個人的な感想を連続して呟きました。ちょうど、2月に出す予定の同人誌で扱うテーマと近い地域が舞台だったこともあり、レビューを収録しようか?別冊付録を用意して、南カフカスコーカサス)の紹介をする本にレビューを収録しようか?といったことを考えておりました。

 

しかし、より多くの方に本書のことを知って頂くには、公開記事で書くのが最もいいという結論に至り、今回、レビューすることに致しました:

 

 

2.『 斜陽の国のルスダン 』の歴史的背景

この『 斜陽の国のルスダン 』のお話が展開する地域は、グルジア。下に示した地図画像(上方が北)では、現在のトルコが位置する小アジア半島の東の付け根、それとロシアにはさまれた、南コーカサス地方の西南に位置する国で、赤色の枠で囲った範囲です。本書のあとがきで、著者の説明にもあったように、現在は国際的な国名として、「ジョージア」と2010年代半ばに変え、日本政府も「ジョージア」と呼んでいるそうです。しかし、歴史的にはグルジアと呼称されていた期間が長く、私も著者にならって、グルジアと呼ぶことに致します。

 

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さて、物語は、グルジアの13世紀が舞台。歴史的な背景を少し調べたところ、まず、ポイントとして、主要人物の一人・女王ルスダンの二代前の王で、彼女の母親に当たるタマル(タマラ)女王の時代が中世のバグラティオニ朝グルジアの最盛期だったことが、ストーリーに影を大きく落としています。タマル (グルジア女王) - Wikipediaによれば、父王ギオルギ3世の、娘であり、父王によって共同統治者とされ、若年のころから国の政治に関わり、ギオルギ3世の没後、単独でグルジア史上初の女王に即位します。

 

王配としては、最初の夫、ロシア人アンドレイ・ボゴリュブスキー大公の息子ユーリー(ギオルギ)を迎えますが、この夫の謀反を事前に知り、抑えこみ鎮圧した後、離縁。次の夫には、オセット人(本書作中では将軍だった)ダヴィト・ソスランと結婚。ソスランとの間に、息子ゲオルク(のちのゲオルク4世、本書作中のギオルギ光輝王)、そして娘のルスダンで本書の主人公をもうけます。

 

反発する者を抑え込む政治的手腕に加え、対外政策にも積極的なタマル女王は、積極的に遠征を行い、現在のアゼルバイジャンを版図におさめ、更にトルコ領エルズルムを配下に加え、南カフカスを統一したといってもよい領域にグルジアを広げました。更に、

タマル (グルジア女王) - Wikipediaの「軍事・外交」によると、

1204年、イタリアのヴェネチア商人の策謀によって第4回十字軍がコンスタンティノープルを占領し、東ローマ帝国が没落した際には、タマルは皇帝一族が現トルコ領内に建てた亡命政権トレビゾンド帝国の建国を援助している。

(タマル (グルジア女王) - Wikipedia)

そうです。トレビゾンド帝国の初代皇帝について解説したアレクシオス1世 (トレビゾンド皇帝) - Wikipediaによれば、その母親はグルジア王女のルスダンとされています。タマル女王の親族が東ローマ帝国(後継の国はビザンツ帝国とも呼ばれる)に嫁いでいた縁もあったのでしょう。この女王は、トレビゾンド帝国の建国後も、少なくない力を及ぼしていたようです。

 

文化的にもタマル女王の時代は、黄金期に当たるとされます。ショタ・ルスタヴェリの残した有名な長編叙事詩『豹皮の騎士』は、この女王に捧げられたとされています。その死後、タマル女王はキリスト正教会の聖人に列せられ、現在のグルジアの「50ラリ紙幣に肖像が使用されている」とWikipediaには、記されています。

 

さて、本書2つ目のポイントは、この中世グルジア最盛期のタマル女王が崩御した後、物語がルスダンの兄で、タマル女王と共同統治の経験もあったという、ギオルギ王の時代に始まることです。母親の女王が最盛期だったということは、次世代からは国が傾いていくのは必然的なことでした。外敵の遠征者との戦いで斃れた兄王を継ぎ、作中で即位したルスダン女王の時代には、まさにグルジアは斜陽を迎え、また兄王の庶子と彼女の息子という、2人の「ダヴィド」が「外敵の遠征者」を後ろ盾に、後継者争いをするといった、内政にも問題を抱えることとなりました。

 

こうした最盛期のタマル女王の後、兄ギオルギ王の残した「外敵の遠征者」への対処と、後継者問題を抱えた、ある意味、「重い荷物」をルスダン女王は、自分の時代にどうにかしていかなければ、なりませんでした。物語は、そのルスダンについて、王女時代から亡くなる寸前までを、駆け足で見ていく作品だと私は認識しました。

 

それでは、物語の紹介と個人的に感じたことを、書いていきます。

 

  

 

3.物語のあらすじ

主な舞台のグルジア。そのお隣の小アジア半島の東ローマ帝国は、十字軍のせいで、いくつかの諸侯領に分割され、東ローマの系譜を引くトレビゾンド帝国小アジア半島の北部に張り付くように、細長い領地を持つ。既に南部にはルーム・セルジューク朝トルコがアナトリアを領とている、西のキリスト教圏と南東部のイスラーム勢力がそれぞれの宗教圏内で争ったり、その枠を越えて婚姻関係を結んで同盟しようとたり、情勢が不安定な時代のユーラシア中央部のグルジアの話。

 

グルジアの王女だったルスダンは、政治的な教育や実績のないまま、突然の蒙古襲来を迎え撃った兄ギオルギ王の亡き後、グルジア女王として即位します。長年、セルジューク朝の王族・エルゼルム公の第四子で、グルジアに人質に出されていた、幼馴染みで、キリスト教徒になっていたディミトリを王配に、結婚して、国の建て直しにかかります。

 

モンゴルへの迎撃や、去ったモンゴルの後にやって来たイスラーム勢力の亡きホラズム朝の後継者のジャラルッディーンの軍に対抗する中で、グルジア軍の指揮官たちも一枚岩ではなく、それがグルジアをますます傾けていく状況になっていきます。ルスダンにとって、二代前の母親で、女神ともいうべきグルジアの最盛期を自ら作り出したタマル女王の威光が、為政者としての娘にプレッシャーとなって、のしかかります。

 

更に、夫のディミトリが母国イスラーム勢力のセルジューク朝から帰還を促され、そのやり取りで女王と子供たちを守ろうとした動きが、ジャラルッディーン側に情報を流しているんじゃないかという疑惑と裏付けに繋げられます。ルスダンはショックで不義をおかします。

 

ディミトリの立ち位置は、結婚から国内に火種を抱えたものでしたが、ラストでは元ホラズムの勢力に渡ったディミトリの健気な努力で、ルスダンはジャラルッディーンに、首都トリビシ奪還で、一矢、報います。

 

グルジアへの密通をジャラルッディーンの書記官ナサウィーに見つかり、その場で服毒していたのが効いて、亡くなります。出だしのルスダンと臣下とのやり取りも、終わりのトリビシの王宮庭園を歩くルスダンが遭遇した夫の亡霊の気配を感じたシーンも、ただただ、グルジアの哀しい歴史の数行に過ぎないのかもしれません。その前に、この小説は歴史を下敷きにしたフィクションです。

 

 

4.個人的な感想

本作は、同人誌のグルジア歴史アンソロジーの短編をもとにした小説のようで、展開がスピーディーでした。もっと、ゆったり読みたかったです…。全体が駆け足でルスダンの時代を見ていく物語のような速さで、だいぶ 物足りなさを感じました。

 

グルジア側のルスダンやディミトリの二人は、情勢に翻弄された君主と王配で、周囲の大宰相や将軍たちの存在が薄かったですね。でも、大宰相は戦場では、若くて傲慢な将軍の援軍要請を無視して、若い将軍と軍勢は、全滅。それが国をますます傾ける結果になる残酷さは、しっかり描かれています。

 

主要登場人物を除いて、この小説は脇を固めるキャラクターの影が薄く、もっとストーリーを追いかけて楽しむ作品なのかと、感じました。

 

そんな中で、ジャラルッディーンの傍らに侍る書記官ナサウィーは、キャラが立ってて、しばしば、私の笑いを誘いました。

何でもお金に換算して、主君がアドバイスを求めれば、いくらいくらと返事をしています。いくらの価値のある文章を自分が書くとか、グルジアを明け渡し要求に、拒否の返信をしたルスダンの書状に主君を激動させ、戦いに向かわせるという意味で、いくらの貨幣価値があるとか、ナサウィーは逐一、発言しています。2読目は、ナサウィーの換算発言を追う楽しみ方をしても、よいかもしれません。ただ、著者の並木さんは、ナサウィー、どのようなキャラクターとして、思ってらっしゃるかは不明です。

 

個人的な感想は、以上です。ちなみに、NHK-FM青春アドベンチャーの枠で、今年の夏にラジオドラマ化されていたようで、聞き逃し配信が終了後に気づきました…orz:

斜陽の国のルスダン | NHK オーディオドラマ

 

今後、ぜひ、ドラマCD化して頂きたい作品ですね。

 

おしまい。

 

 

5.余談:ギオルギの名前について~聖ゲオルギウスとグルジア現国旗
のこと~

ルスダンの兄・ギオルギ。グルジアの王名にあるギオルギ(ゲオルク)とは、竜退治の伝説で知られるキリスト教のゲオルギウス(ゲオルギオス)のことです。私が注目しているTYPEMOONのゲーム・Fateシリーズでは、『Fate/Grand Order』にライダー・クラスのサーヴァントとして登場しました。また、昨年、盛り上がったフィギュアスケートを取り上げたアニメ『ユーリ!!! on ICE』のロシア人選手のユーリ・プリセツキ-の「ユーリ」は、タマル女王の最初の夫・ロシア人のユーリーと同じく、ギオルギ、もとはゲオルギオスだったとされています。

 

英語では、聖ジョージ。聖ゲオルギオス - Wikipediaによれば、彼の伝説の成立は11~12世紀頃のグルジアとされています。彼を守護聖人とするところは、イングランド、モスクワ、そしてグルジア。白地に赤十字の長方形の旗は、英語で「セント・ジョージ・クロス」と呼ばれ、イングランドの国旗であり、ユニオンジャックの一部にも含まれています。

 

聖ゲオルギオスを守護世人とするグルジアの現国旗は、この白地に赤十字の長方形を中央に配し、その赤十字の中央に近い白地の部分に、小さな赤十字を配したデザインをしています。グルジアの国旗について調べていたところ、現国旗をグルジアの現在の国土の形でくり抜いたような画像がフリーフォトのサイトにありましたので、載せておきますね。 

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なお、聖ゲオルギオスの竜退治伝説については、「分室」note.muの記事:

note.mu

でも取り上げた次の本に詳しく書かれています。ご興味のある方は、ご参照ください:

 

龍のファンタジー

 

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