仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

学振の特別研究員の「各制限の緩和について」(日本学術振興会より)~仲見とその周辺の話を交えて~

<制限が一部、解かれる話>

1.はじめに

先週末、2018年1月19日付に日本学術振興会(以下、学振もしくはガクシン)サイトの次のページで、特別研究員の方々の各種規制緩和が発表されました:

 

掲示板 | 特別研究員|日本学術振興会の「平成30年4月1日付け施行  各制限の緩和について」(2018年1月19日)

 ・「特別研究員及び特別研究員採用内定者宛」(PDFファイルで公開中)

 

この掲示板にリンクされたPDFファイル文書の1枚目には、

独立行政法人日本学術振興会
人材育成事業部研究者養成課


 平成30年4月1日付け施行 各制限の緩和について

 

 平素より、特別研究員事業についてご協力いただき、誠にありがとうございます。
 特別研究員については、これまで研究専念義務のもと、報酬受給の制限、海外渡航期間上限の制限、インターンシップ参加の制限がありましたが、特別研究員採用者からの要望等を踏まえ、平成30年4月1日付けで、別紙1~3のとおり各制限を一部緩和することとしましたので、緩和の趣旨に鑑み、遺漏の無いよう願います。
 なお、研究専念義務を緩和するものではありませんので、特別研究員の研究課題の研究遂行に支障が出ているのではないか、という疑念を持たれないよう注意してください。

 

(http://www.jsps.go.jp/j-pd/data/j-keiji/h29/20180119_2.pdf)

とあります。振り返ると、今までは「研究専念義務」を第一として、

がありました。ここまでが制限緩和の前提のお話です。実は、私の周囲には、後輩や学会の知人を含め、現役のガクシン特別研究員の方が何人かいるので、先週末にTwitterで流れた特別研究員の主にキャリアを築くことに関する制限緩和は、非常に気になっているところでした。今回は、ガクシン特別研究員の制限緩和について、具体的に見ていきたいと思います。

 

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2.学振の特別研究員の「各制限の緩和について」~どう変わるのか?~

 2-1.学振の特別研究員の経済事情など

まず、「そもそも、学振の特別研究員って何ですか?」という方には、次の研究資金に関する記事で、少々、説明させて頂きました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

そこの説明では、

ガクシン、つまり独立行政法人日本学術振興会という文部科学省の外郭団体がありまして、そこが日本の学術研究の発展の一つである特別研究員制度の審査に合格し、国から出される資金で研究を行う人たちのことです。

 

ガクシンの特別研究員は、2種類があって、

 ①DC:博士課程在学生向け、月々の生活費(「研究奨励金」)20万円×2~3年

    +研究費(科研費)年間100万円

 ②PD:博士号取得者向け、月々の生活費36万2000円×2~3年

    +研究費(科研費)年間100万円

と、ざっと上記のような資金を国から支給されて、研究業績を上げる責務が課されます。なお、申請する前には、申請者の受け入れを行う研究機関や施設、団体の責任者が必要となります。ややこしいことですが、特別研究員はたいてい、受け入れ先の責任者のいるところに詰めて普段は研究活動を行いますが、正式な所属は、ガクシンとなるそうで、生活費や研究費もガクシンを通じて国から出る形となります。

【2017.7.27_18追記】研究者の研究資金の使い方に対する「締め付け」:前編~ガクシンの特別研究員(DC・PD)の場合とその制度について~ - 仲見満月の研究室

という、具体的な月々の給与とも言うべき「研究奨励金」等の金額や、アルバイトをしようとしたら、どういった制限がかかっているのか、といった大雑把なお話を致しました。

 

詳しくは、次の本に書かれていますので、お読みいただけたらと思います:

 

先のリンク記事でお話を紹介したDCの志田さん含めて、月々の「研究奨励金」はDCで20万円、PDで36万円です。DCは博士院生の場合、その中から自分で大学院に授業料等の納付金、生活費、国民年金等を出している人もいて、生活がカツカツな人も少なくないようでした。研究室で博士号取得後に採用されたPDの方では、生活費、国民年金等に加えて、研究機関によっては、受け入れ先の研究機関から、施設費用として光熱費を月々10万円近く「天引き」されていた、と仰っていた方もおられました。

 

さらに、将来のキャリアを見据えて、他大学等に非常勤講師をしに行く場合は、先の「特別研究員及び特別研究員採用内定者宛」のPDF文書(p.2の「『遵守事項および諸手続の手引き』(抜粋)新旧対応表」)に出てきますが、 

採用期間中、特別研究員としての研究以外の業務に対する報酬を受給することは、原則禁止していますが、(中略)原則として週当たり総時間数5時間までの業務に対する 報酬の受給を例外的に認めています

(http://www.jsps.go.jp/j-pd/data/j-keiji/h29/20180119_2.pdf)

と、一週間で5時間までしか、外部に授業をしに行くことができないような規定となっていたようです。 

 

収入面やキャリア形成の面では、この他にも細かな制約があったらしく、私のいた大学院の同じ講座内のPDさんの一人は、「いちいち、規定を確認して、必要な場合に書類を受け入れ機関に提出するのは面倒くさい」と言っておられました。講演会や市民講座のような、ご本人によると「グレー」な依頼が来ると、引き受けはします。しかし、報酬は受け取らない形で、実質的には「無償ボランティア」をされていたようです。依頼した側の大学教員は、さすがにそのPDさんに報酬を支払わないのはいけないと思い、そのPDさんが別の大学に助教として着任されてから、機会を見つけては食事をおごる等、プライベートで報酬の代わりになる「お礼」をされていたと聞きました。

 

そのPDさんにとっては、自分の研究成果を発表する場も兼ねていたとはいえ、「学振の就業規定みたいなものに反するか、否かを判断すること自体が面倒くさい。必要な場合は、書類を準備して事前に届け出ないといけないことがあると、もっと面倒くさい」ということだったと思われます。確かに、届け出をする時は、「書類に詳しい事務の方が、出先から戻って来られたようだから、事務室に行ってくるね」と仰ってました。

研究室の科学研究費の書類について、先輩にくっ付いて事務室に説明を聞きに行ったことのある私は、このPDの方の心理は察せられます。

 

  2-2.具体的に「各制限の緩和」によって、どう変わる?

そんなガクシン特別研究員に対する研究活動や、収入・キャリア形成に関わることについて、平成30年4月から、具体的にどう変化するのか。「特別研究員及び特別研究員採用内定者宛」のPDF文書(p.2の「『遵守事項および諸手続の手引き』(抜粋)新旧対応表」)を見てみましょう。横に長いため、いちばん右側の備考欄は、カットして2枚目にまわしました:

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ざっと読んだ印象では、備考欄にも示されていますように、「旧(変更前)」の下線部に関する①・②について、具体的に教育機関や研究機関の種類を挙げて仕事が不可だったり、週当たりの制限時間数があったりした部分が、「新(変更後)」では具体的な「勤務」場所の種類が消え、制限時間数が撤廃になっているところが大きく異なる部分でしょう。逆に、面倒くさいことになったと私が感じたのは、「新(変更後)」の①~⑤の条件を満たした上で、必要であれば、届け出をしないといけない、という部分です。届け出の様式については、PDF文書の続きにありますので、上記のリンクより各自、ご確認下さい。

 

営利企業の役員になったり、起業すること自体には、まだ制限はありますが、ネット上では「とりあえず、前進はしたと捉えてよい」という声が上がっていました。

 

 2-3.「各制限の緩和」によって起こる懸念事項

今回の緩和に関しては、新たに起こることについて、ネット上では懸念する声も挙がっていました

例えば、今回の緩和と引き換えに、月々の「研究奨励金」の額が下げられることです。日本学術振興会が「研究に専念するのが第一」としていることから、支障が出ない範囲で、「他のところで研究に関する収入を得るなら、その分の額を、あなたの研究奨励金から差し引きますよ」と暗に特別研究員の人たちに通知してくる可能性がゼロではないでしょう。そうでなくとも、今の日本ではある程度、研究資金は自分でどうにか調達しなさい、というスタンスに徐々に政府は方針を示してきています(国が研究にお金を回そうとしていない可能性あり)。

 

 

もう一つの懸念は、時間制限が撤廃されたことで、TAやRAをはじめ、長時間労働が特別研究員の人たちに対して、今まで以上に降りかかる可能性があることです。今まで私の周囲のDCやPDに選ばれる方は、てきぱきとゼミや授業の補助的な雑務をこなしたり、研究プロジェクトや論文集の出版助成金申請で人に指示を出したり、実務面で有能な方が多かったです。ただでさえ、仕事ができるとその労働量と負担が増える彼らには、時間制限の撤廃により、今まで以上に研究室や学会、共同プロジェクト等での雑務が増えると予想されます。届け出を出していても、提出書類に書き込まれた業務内容ではなく、実際はその他の業務を多くさせれてくる場合があるでしょう。

 

今までも、TAやRAの業務時間の書類で、週当たりの時間数が書かれていても、実際は、記入者には準備や片付けの時間を含めて、業務時間を算出して記入するということがなかった。そういう人も、私の身近にはいました。そうでなくても、届け出の内容が形骸化していく可能性は、大いにあり得ます。先のPDさんではありませんが、研究者には煩雑な書類記入の作業を面倒と感じる人がいて、適当に書いて出してしまう人も実際、多いのです…。

 

 

4.最後に

大雑把にでしたが、学振の特別研究員の「各制限の緩和について」、本記事では日本学術振興会のサイトに出ていたPDF文書を見ながら、私とその周辺の人たちの話も交えて、考えてみました。

 

個人的な印象としては、せっかく、研究活動に関わる非常勤講師等の具体的な「勤務」場所や、仕事にかかる時間制限の撤廃をしても、新たに届け出を出さないといけないとなれば、届け出の扱いが煩雑になっていくのは避けられないと考えています。お話したPDさんや、私の知人のDCさんのような、なるべく、書類は簡素であってほしいタイプの研究者は、確かにいます。彼ら彼女らのような人たちは、「各制限の緩和」が実施されえば、書類記入を正確にせず、届け出があっても、仕事内容とその実態が大きく乖離していくこともあるでしょう。

 

現在の日本では、DCも、PDも、そして受け入れ側の大学教員や研究職員は、猛烈に忙し人が多いです。文系も、理系も、大学等の研究教育機関も、民間企業も、それは変わらないでしょう(財団法人の資料館や民間のシンクタンクも含めて)。ある大学の先生が官僚の人たちに意見交換会で説明する際、「あらかじめ、ご意見やご要望は、A4一枚にまとめて下さい」と言われたことがあったそうです。

 

そういうわけで、文科省の外郭的な機関である日本学術振興会の担当部門の方には、緩和と共に、必要な場合に出す書類についても、簡素化をして頂きたい。つまり、もっと合理的なシステムにして欲しい、ということをお伝えいたします。

 

おしまい。

 

 

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