仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

大学教員の個人研究費50万円未満が60パーセント~「没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 」(東洋経済オンライン)~

<本記事の内容>

1.はじめに

今月入ってから、主に2月の同人誌新刊と委託イベントの話題ばかりでした。そろそろ、本ブログの本来のテーマに沿ったニュースをお伝えしたいと思い、今回は、Twitterでキャッチした、地方国立大学の先生方の研究資金とその獲得の厳しさを次のオンライン記事を紹介して、お伝えしたいと思います:

toyokeizai.net

(個人研究費年50万円未満の教員が6割、西澤 佑介 : 東洋経済 記者、2018年02月05日)

 

このニュースは、昨日2月5日発売の『週刊東洋経済』2018年2月10日号の特集「大学が壊れる」の関連記事であり、その号では

資金不足で疲弊する国立大学や、18歳人口の減少でいよいよ淘汰の時期を迎えた私立大学の実情を特集している。

(没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準)

そうです。約一週間後にバレンタインを控えた今日、特集のタイトルを見て、板チョコレート製の大学研究棟が破壊されていくイメージを抱きました。ゆえに、本記事のアイキャッチ画像は、ハンマーで板チョコを砕くデッサン人形の絵面を作り、チョイス致しました。砕くことでビターになっていく現実を思い浮かべながら、本記事をお読みください。

 

f:id:nakami_midsuki:20180206155248p:plain

 

 

2.1年間50万円の研究費が地方国立大教員の現実~「没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 」(東洋経済オンライン)を読む~

 2-1.地方国立大教員の研究資金事情

今回のオンライン記事は、岡山大学の医学・生命科学系の研究室の研究費、および、その額にため息混じりで現状を訴える大学教員の声から始まります。

 岡山大学で免疫細胞を研究する田中智之教授の研究室には、計15人の学生が所属する。

 

 「僕らぐらいの陣容の研究室だったら最低限の実験機材、試薬代などで年間500万円はないと回らへん」(田中教授)。だが、大学から定期支給される研究費(運営費交付金に基づく講座費)はたかだか年50万円しかない。日本学術振興会の競争的資金制度である科学研究費(科研費)助成事業に応募したり、民間の科学研究助成財団からかき集めたりするが、十分な資金を安定的に確保するのはなかなか難しい。

(没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準)

免疫細胞の研究を含む、実験系の研究室では、高い機材、試薬は使い捨てのものでなければ成果が出ない場合もあり、ランニングコストを考えれば、年間500万円というのは、適切な額の必要資金です。しかし、大学からの運営交付金に基づく講座費は、年間50万円のみ。

 

オンライン記事の続きでは、実は岡山大の田中智之先生のところだけでなく、文科省の調査によって、地方国大学の大学教員の個人研究費の「6割が50万円未満――」という結果が明らかになったとされています。

文部科学省が2016年7月に行ったアンケートで、国立大学教員の窮状が明るみになった。所属機関から研究者に支給される個人研究費は、「50万円未満」と答えた教員が6割にのぼったのだ。「年の終わりになる11月~12月頃になると、研究資金が底をついて開店休業状態になるラボが続出する」と、取材に答えたある地方国立大学理系学部の教授は話す。

 

 研究に要する金額が大きい理系学部において、これは深刻な事態を生む。「研究室配属になった学生は、教員たちと一緒に研究をすることが教育にもなる。したがって開店休業状況では学生の教育すらできなくなる」(同教授)。

 (没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準)

ちなみに、私がフォローしている人文・科学系の大学教員の方には、年間10~20万円しか所属大学から支給されないと、Twitterでぼやきになるのを見かけたことがありました。 理系、文系問わず、岡山大の田中先生のように、周囲の国立大の先生方は、科学研究費(科研費)助成に毎年書類を出し、合わせて民間の研究助成財団にも応募して、少しでも資金調達を試みます。

 

が、なかなか、思うように書類が通って助成金が下りず、下りても所属大学に資金管理を移管しなければならず、移管したら所属大学の「締め付け」が厳しくて、頭が痛くなったり、大学事務との関係がギスギスしたり、世知辛い事情は過去の記事でお伝えしました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

お金がなければ「開店休業」の状態にするしかない。するわけにいかないと、プレッシャーがかかり、例えば任期付きの大学教員の場合、学生や部下の研究職員を使って書類を書かせ、あるいは、このようなブラックな研究室ができたりして、下の立場の人間は大学や研究の世界を去っていく。大学の教育の質が低下していくのは、必然でしょう。

 

「どうしてこうなったのか」という理由について、東洋経済オンラインは、詳細を続きで伝えています。

 

 2-2.国立大学の独立行政法人化による資金獲得競争と大学教員の多忙化~研究ができない!~

 多くの国立大教員は2004年の国立大学の独立行政法人化が転機になったと話す。国は、国立大学へ定期配分する基盤的予算(運営費交付金)を年々削減し、研究資金は公募・審査を通じた競争的資金で取ってくる形に変わった。しかも、その競争的資金の配分は、しばしば最新機器があって人数の多い大規模研究室や、学会の有力者がいる研究室に有利となるバイアスがある。結果として、研究資金は東大・京大など一握りのトップ大学に過度に集中する形となった。

 (没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準)

国立大学の独立行政法人化は、実施から十数年経った現在、日本の学術研究を後退させたことを示唆する、そんな現役大学教員と名乗るTwitterユーザーの声を目にしたことがありました。声を上げた方のなかには、上記の資金の分配を多くしてもらうため、「一握りのトップ大学」を除いて、地方国立大学は文科省をはじめ、国のトップの「意向」に対して、より注意しなければならなくなった、と嘆く人もおられたように思います。

 

その国のトップの「意向」に振り回される様子を、東洋経済オンラインはこう伝えます。

 カネに窮する国立大学は、そして何のために行うのかわからないような「大学改革」に乗り出す。たとえばカリキュラム変更や、グローバル化対応を目的とした頻繁な改組、新学部の開設などである。

 

 名目としては、世の中の変化に対応して大学の社会的存在感を高めるためであるが、文科省から改革に関する補助金を得られるからという事情も大きい。それがまた、改革を本質的でないものとし、教員達は関連する学内事務に膨大な時間を割かれることになり、疲弊ぶりを深めてしまう逆効果になっているのである。

 (没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

小中高、さらに大学の教員まで忙しくなっている背景について、お分かり頂けたでしょうか。一応、大学では「カリキュラム変更や、グローバル化対応を目的とした頻繁な改組、新学部の開設など」は教育と密接に関わっている部門であり、大学教員が関わるのが外せないのかもしれません。しかし、

 地方国立大学は、運営費交付金削減の影響をもろに被って、教員の新規採用凍結(定年などで退職した教員のポストの不補充)や、個人研究費の削減を余儀なくされた。教員は減っても、授業は既存の教員が受け持たなければならないので、教育負担は増えて研究時間は減った。このように資金面でも時間面でも研究しにくい環境になった。

 (没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

という、授業も今まで通りしなければならない先生方は、やりきれない気持ちで日々、心がいっぱいな人も少なくないと思われます。ちなみに、学会でお世話になっていたポスドクの方のなかには、採用が決まっていた既存の学部ポストの内定が無しになり、その代わり、新設された別分野の新学部のほうの内定者はそのまま就任となったそうで、そのお話をされたポスドクさんは、肩を落とされていました。

 

先生方は多忙になり、若年世代は内定取り消しになる人も存在し、みんな、疲弊していく。研究と教育の分離の話は以前しましたが、そもそもの原因には、研究資金の支給を盾にされ、国が国立大学をコントロールしようとする背景が存在します。そのせいで、教員たちは研究時間を奪われ、研究の基盤は壊され、消耗と疲弊が激しいのは地方国立大学と言えるでしょう。

 

その証左といっていいのか分かりませんが、

文部科学省 科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2017」によれば、2013~2015年における国立大学の科学研究論文は3万1850本と10年前から2620本減、8%減となっている。

 (没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

東洋経済オンラインは報じています。2013~2015年の2年間の論文数は10年前から2620本と、1割近い減りは私でなくとも、日本の国立大学の研究する力に暗澹たる思いを抱かずにはいられないのでは?と思いました。こうした論文数の減少を国の政策の結果として見た場合、東洋経済オンラインは次のようなことを指摘しています。

 ドイツが代表例だが、欧米では比較的層の厚い中堅上位校が論文生産量と研究の多様性を担保している。日本の改革は、中堅層の大学を没落させる結果となった。

 

 競争原理による集中は、マクロで見ても研究力を強くはしなかった。週刊東洋経済が2月5日発売号の特集で国立大学における研究費と論文の生産性を独自に調べてみたところ、一握りの上位大学だけに資金を過度に集中させても論文の生産性は結局上がらないこともわかった。

 

 日本国内で産み出される論文の半分は、国立大学に所属する教員たちによるもの。研究力の低下を突きつめれば、科学研究の担い手である国立大学の疲弊が表面化したものであるといえる。

 (没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

 

3.最後に

国立大学、特に地方の国立大学に所属する教員たちが、研究資金の獲得競争に巻き込まれ、国の「意向」に振り回され、研究時間を奪われ、基盤を壊された結果、日本のか悪研究は大きく後退してしまった。東洋経済オンラインの今回の記事を読むと、以上のことが言えます。

 

なお、国際的に見ても、日本の科学研究の論文数が大幅に減少したこと、および、「どうしたらよいのか?」といった話については、次の別記事で掘り下げていますので、本記事と合わせてお読みください:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

正直、今回の東洋経済オンラインの記事を読んで、私は大きな声を出して、泣きたくなりました。一橋大から香港科技大に移籍した川口氏のように、外国語に自信があって、海外でやっていけそうなら、

もし日本の研究者が海外に渡るのなら、それはそれで何らかの形で日本の研究が残る可能性があると考えています。悪くないんじゃないでしょうか?

(【ニュース】「一橋大から香港科技大に移ります」という職業研究者の話と「院二年」のmstdn.jp管理者の奮闘 - 仲見満月の研究室)

と私は考えています。だから、海外でやっていけそうな人には、とりあえず、一度はキャリア上、出てみて欲しい。そう言わざるを得ない、地方国立大学の現状を伝えるオンライン記事でした。

 

おしまい。

  

 

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