仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

なぜ研究室に「お母さん」や「お父さん」がいるのか?~組織の疑似家族的な側面について~

しばらく、同人活動や長めのニュースに関する記事が続いたため、本日は短めの投稿に致します。テーマは、タイトルどおり。別に、研究室に限った話ではなく、日本では職場や学校等の教育機関、社会人サークルやスポーツクラブといった組織で、疑似的な家族のようなところは、私の知っている範囲では、広くある気がします。漫画作品などのメディアでも見られるでしょう。

 

例えば、(本人の自覚や好む・好まざるとに拘わらず)他者のことに気がつき、注意を促し、世話を焼くようなポジションの人を「お母さん」と呼び、グループや班の首長や行事でまとめ役を担う人物を「お父さん」と称すことがあります。具体的な漫画作品で言えば、

 

のシリーズがあります。作品内では、舞台となる日本の地獄の頂点に君臨する、大らかを通り越して、だらしない感じの閻魔大王に対し、補佐官トップ(地獄の官房長官的地位)の鬼灯(画像の一本角の鬼神)が、ビシバシと物理的なツッコミを入れながら教育的指導をしている場面が出てきます。強靭な肉体を持つものの、鬼灯のツッコミに対して辟易している閻魔大王は、「君は僕のお母さんなの?」といった発言をしていることから、鬼灯のキャラクター性が窺えます。一方の閻魔大王は、抜けているところはあるものの、亡者をビシッと裁くところや、地獄の諸行事で挨拶をするようなところを見ると、上記の父親的な役割が付されていると解釈できます。 

 

別の家族的なものでは、ある組織で指導的立場にある上司と、指導される部下という上下関係では、部下から見ると、ある上司は「お母さん」で、別の上司は「お父さん」に当てはめられているケースです。漫画作品で言えば、

 

 東京喰種トーキョーグール:re 1 (ヤングジャンプコミックス)

のシリーズだと、喰種対策局(CCG)の捜査官・佐々木琲世(画像の人物)の上官2人がそれに当たります。琲世にとって、「ヒト」を喰らう亜人的な種族・喰種(グ-ル)を取り締まる組織・CCGにおける最強の捜査官・有馬貴将が「父親」、直属の上司として面倒を見る立場の真戸暁が「母親」にそれぞれ当たると、本人が作中で語っていました。

 

 

漫画作品のチョイスが完全に筆者の趣味丸出しなのは、置くとしまして。そもそも、「(日本の)組織における疑似的な家族」については、フォロワーさんのツイートがきっかけで今回、考えました。その中で、フォロワーさんは、前者の「他者のことに気がつき、注意を促し、世話を焼くようなポジションの人」を「お母さん」と呼ぶことを指摘されていたんですね。それに対して、私は「そういえば、大学や大学院の組織にも、こういった母親的、父親的な役割を周囲から与えられる人は少なくなかったな~」と自分がいた研究室と部局のことを思い出しました。

 

例えば、雑務から逃げようとする先生(方)がいる場合、その予定を管理し、時に先生を叱咤激励して仕事をさせるような秘書さんやスタッフ(何故か、大体は女性でした)、そして雑務では指示を出して効率よくメンバーに仕事をさせるような助教先生やポスドク、院生(男女両方いる)の方々は、よく「お母さんみたい」と言われていた気がします。年齢が若い人でも「お母さんみたい」と言われ、決して、「お姉さん」、「お兄さん」とは呼ばれなかったのが、不思議でした。場合によっては、(実験や論文執筆等からも)逃げているメンバーを「捕獲」してはラボに連れ戻したり、心身の不調で助けを求めてきたメンバーを支えるように「ケア」したりする人がいて、そういった人たちは「保護者」と呼ばれていたように思います。

 

一方で、 部局のトップ、研究室の主宰者(PI)といった先生方は、「お父さん」(性別や年齢によっては「おじいちゃん」)と言われることは、あった気がします。イメージとしては、普段はどっしりと構えていて、節目、節目の行事で挨拶をし、締めをするような役割をする人たちといったら、よいでしょうか。私が院生の頃、このような先生方は『鬼灯の冷徹』の閻魔大王のようなキャラクターの人物が当てはまる人が、実はけっこう、いらっしゃいました。男性教授だけでなく、女性教授にも身体はスリムで、動きは敏捷なのに、発しているオーラ全体を見ると「どっしり」と構えていらっしゃるような方ばかりでした。思い返してみても、ちょっと、謎です。

 

 

なお、私の研究室におけるポジションは、おそらく、「万年、子ども」だったと勝手に思っています。博士課程に自分が進学してから数年間、ラボに新規メンバーは入って来ず、自分が下っ端だった時間が長かったことが理由のひとつ。それに加えて、特性のせいか、面倒見のよい方々が集まっていたのか、世話を焼いて頂くことが多かったからでしょう。先輩のYさんに「仲見さんは、研究室を家庭とするなら、兄や姉ではなく、妹や弟のようなイメージかも」と言われたことがあり、似たようなことは他のメンバーに指摘されたことがあります。

 

話を戻して、このように、日本社会では広い範囲で、研究室を含む様々な組織において、疑似的な家族のような側面があるのでしょうか。前近代中国の歴史民俗学的なテーマで博論を書いた者としては、他の東アジア地域で現在、こういった現象は見られるのか、気になっています。もし、今回のテーマに関して、取り上げている学術論文、随筆、ノンフィクション作品などがあれば、教えてください。TwitterのDMでも、弊ブログのメールフォームでも、匿名の投稿ができる下の質問箱でも、受付ております:

peing.net

 

おしまい。

 

 

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