仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

「 #事件の涙 「そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~」」('18.12.28放送、 #NHK 総合)で2019年に向けて考えたこと~「 #博士キャリアの可能性 」#phdcarrer1027 も交えて~('20.5.17、15時台、 #リンク貼り直し )

今週のお題「2019年の抱負」

 

<2018年の「事件」で、研究業界において最も切実だったこと>

1.はじめに

たまたま、Twitterのタイムラインで放送予定のページを見かけ、

www4.nhk.or.jp事件の涙 - NHK

年末年始の忙しい中、しっかり見ようと録画しました。

 

今回の「事件の涙」で取り上げられたのは、キャンパス移転で閉鎖が予定されていた九州大・箱崎キャンパスにある研究棟(通称「院生長屋」)で起きた火災「事件」です。焼け跡からは、46歳のオーバードクターの男性と見られる遺体が見つかりました。9月初旬に起きた事件で、私はオンラインの新聞記事、ニュースで報じられたことから、さ様々な研究者や院生の方が「他人事ではない」とツイートされていたのを覚えています。

 

本記事では、「事件の涙」の12月28日の回を見て、忘れず2019年を迎えたいと思って、感想やコメントを書いておくことにしました。

 

f:id:nakami_midsuki:20181229203716j:plain
 

 

2.「事件の涙「そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~」」('18.12.28放送、 NHK 総合)を見て考えたこと

この事件については、前に次の記事で取り上げたことがあります。そこでは、院卒者のキャリアという視点から「籍を失ったオーバードクターの存在」の問題について、少しお話を致しました↓

naka3-3dsuki.hatenablog.com

見えにくい、籍を失ったオーバードクターの存在~九州大の箱崎キャンパスで起きた事件から~ - 仲見満月の研究室、'18.9.18公開)

  

今回の「事件の涙」では、亡くなったオーバードクターのK氏(前に取り上げた私の記事では「Aさん」)の生い立ち、家庭の経済的な事情で15歳で陸上自衛隊の工科学校に入学し、自力で九州大の法学部に進み、困難を抱えながら研究者の道を歩んでいたことが明らかにされていました。番組では進行するにしたがい、ざっくりしたK氏の経歴の紹介を経て、博士課程を出た後に奨学金700万円を返済しながら大学・専門学校で非常勤講師をしつつ、各種アルバイトで苦学していたことが、

  • 小学校時代の親友で、現在は国家公務員の後藤和也さん
  • 九州大学大学院時代の先輩で大学教授の鈴木博康さん*1 

  • よく通っていたラーメン屋の店主の和田寛幸さん
  • 九州大の名誉教授で弁護士の木佐茂男さん
  • K氏の身体を心配して革靴を贈ったことのある整骨院の森美紀さん

という、生前に交流のあった方々への取材をとおして、伝えられます*2

 

番組の序盤では、K氏と親しかった整骨院の森さんが1万円のしっかりした革靴をプレゼントしたところ、「自分にはもったいないし、誰か代わりに履く人にあげてほしい」と返された話しが出てきます。革靴に添えられた手紙が映し出され、整った字で丁寧に断りが述べられていたことから、K氏が非常に礼儀正しく、気遣いのできる真面目な性格であったことが分かりました。折々に手紙をもらっていた小学校からの友人・後藤さん、メールのやり取りを事件の近い時期まで行い、ドイツ語が堪能なK氏に研究の手伝いをしてもらっていた木佐さんの話からは、K氏が人との付き合いを避けていたどころか、ある程度は積極的にしていたことが窺えます。

 

後藤さん、K氏の先輩で焼け跡で涙を流していた鈴木さんは、番組内で「苦しいのであれば、何か自分にできたかもしれない」と言っていました。K氏自身は苦しい境に不満を同輩や先輩に漏らすことは少なく、経済的な窮状に耐えていた、と。目上に当たる木佐さんへのメールでも「雇止めをされました。経済的に厳しく、次の仕事を探さなければ」と漏らすものの、NHKの取材では、仕事の紹介を頼むメッセージは出されませんでした。事件の2週間前にはお世話になった人に魚を贈っていたこともあって、K氏は周囲との交流を続けていたものの、自分から助けを求めることはしづらい気持ちだったのかもしれません。通っていたラーメン屋の店主・和田さんも、ラーメンをK氏が食べながら1時間以上も話をすることがあったが、彼は自分のこと詳しくは語らなかったそうです。

 

決して人を避けはしないけれど、生活に困難を抱えているK氏。研究のほうでは、博士課程に在籍期間中に博士論文を提出できず、37歳で九州大の大学院博士課程を出されます。1990年代の後半の当時は、国の政策で大学院生の受け入れ数は増やされていき、減っていく大学や研究所の任期なしアカデミック・ポストの競争率はアップしていくばかりの頃。人文・社会系の研究では、私のいた歴史学、文学に限らず、法学のように文献と向き合うタイプのジャンルだと、一人で本を読んで情報をまとめ、論文を書いていくことがあります。その長時間の作業は、非常に独特の孤独感を育み、親しい人が周囲にいくらいたとしても、その苦しさを本人が伝えるのは難しいでしょう。そういった背景に、性格に真面目さや律義さのあるK氏は、「助けて欲しい」と言い出すのが難しかったのかもしれません。今回の放送を見て、そんなことを私は感じました。

 

K氏は事件後、遺骨となって、京都に住む母親のもとで眠っています。その母親は、K氏と中学卒業以来離れていたといいますから、彼の抱えていた孤独を考えずにはいられませんでした。

 

 

3.「事件の涙」と'18.10.27の公開シンポジウム「博士キャリアの可能性」を交えて考えたこと~'19年に向けて('20.5.17、15時台にリンク貼り直し済み)~

今回の放送を見て、「K氏が身近にいたら、私には何ができただろうか?」 と改めて考えました。実際、大学院時代、私の身近に心身が弱ってしまい、音信不通になりかけた(なった)院生*3がいらっしゃいました。その院生を探して、私は心当たりのある人や部署に電話をしたものの、本人が現れるまでどうしようもなかったです。

 

改めて考えてみると、困難になっているK氏のような人がいた場合、周りがギリギリになる前の段階で気づき、どこか専門機関に無理やりにでも繋ぐ。あるいは話しやすい関係を築いておく程度しか、他者ができることはないんじゃないか、と。じゃあ、ギリギリの前の兆候には、どういったことがあるのか?どこに繋いだらよいのか?を院生時代から考えた結果、この「研究室ブログ」を書くに至りました。現在も、博士課程に進んだ院生たち、およびその後のオーバードクターの厳しい状況は、「事件の涙」の冒頭において、PCモニタに映し出された「他人事ではない」と呟く人たちがいて、私は社会問題として考えていく必要があると感じています。

 

具体的な取り組みとして、今年の10月末、公開シンポジウムとして「博士キャリアの可能性」が開かれました。発起人・進行役は「がんばるポスドクを応援するマガジン」の『月刊ポスドク』発行者のHitrataさんです。登壇者は、「迷える博士院生たち」の相談に乗ってこられ、自身も進路に悩んだ経験をお持ちの西原史暁さん*4マイナビやアカリクなどで院生の就職活動に携わっておられた方、元理系院生で文科省官僚の研究キャリア事業担当者の方。なお、開催当日のネット中継を見た時、リアルタイムで私がまとめたTwitter実況のモーメントを公開しております(※非公式)↓

min.togetter.com

【非公式-実況】公開シンポジウム「 #博士キャリアの可能性 」#phdcarrer1027 まとめ (更新終了) - min.t (ミント)

 

公開シンポジウムで、特に博士課程の院生に向けて言われたことで、私の印象に残ったのは、

  • 多忙でもインターンシップに行って、働くことを体験しよう(就活時に自分が社会性を持つアピール材料にもなる)
  • 辛かったり、困ったりした時に「助けて」と言ったら、ちょっとしたことでも、手を差し伸べたいという人はいるはず
  • 就活にも、困った時の相談にも、ネットのコミュニティを探して活用しよう!

といったことです。あとは、西原さんは当事者だったこともあってかお優しい!ということと、文科省は自分からサポート事業の情報(JREC-INの特設ページ等)を取りに来るぐらいのことはして欲しい、という姿勢でした。

 

司会者のHirataさんは、「研究室には大人しく、気配を消している方々がいて、気がついたら、消えるようにいなくなっていることが多いです。少しでもアクションがあれば、相談に乗ってくれる方はいらっしゃるかもしれません」といったことをおっしゃっていました。たしかに、愚痴を吐き出そうと思えば、何かしらできるコミュニティはネットにあります。ただ、私個人は、周りに相談してもどうしようもなかったこと、不安な進路に悩んで気晴らしにネットを見ていたら、「研究で忙しいのに、ネットサーフィンの時間、よくあるね」と院生時代に言われた経験により、素直に相談やヘルプを求められない状況も察せらます。ひょっとしたら、K氏もそういった状況にあったのかもしれません。また、あちことに相談する元気があれば、その分の気力を研究に注ぎたいと考える院生もいると思います。

 

公開シンポジウム議論され、出された方法は現場で苦しむある院生には、救いとなるでしょう。その一方で、どんな院生の特効薬にもなることばかりではありません。それでも、今回の「事件の涙」のK氏のような人たちを忘れないよう、2019年も引き続き、「仲見研」では研究者や院生に関する問題を考えていきたいと思います。 

 

 

4.最後にお知らせ

最後に2つお知らせがございます。1つは、今回の「事件の涙「そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~」」の再放送リクエストの受付が始まっていることです。本記事で取り上げた問題について、より広く知っていただきたいので、よろしければ再放送リクエストのほど、お願い致します↓

www.nhk.or.jp

NHKドキュメンタリー - 事件の涙「そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~」

 

2つ目は、博士課程在籍中の院生が登場する超短編小説を「分室」note.muで公開しました。以前、弊サークルで出した『学術系ニュース』の大学教員特集号の初売り特典です。終わりに、関係作品の公開ページへのリンクもあるので、ぜひご覧ください:

note.mu

【小説】博士の愛したもの(『学 術 系 ニ ュ ー ス 』 2018年5月春号 特典)【投げ銭note】|仲見満月の「分室」|note

 

それでは、皆さま、よいお年を! 

 

<最近の研究者や院生の生き方を考えるための関連記事> 

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

 

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*1:研究者としてのご経歴から、おそらく、この方だと思われます:

http://www.kiu.ac.jp/wp-content/uploads/2018/06/suzuki_2018.pdf

*2:なお、番組内容の大まかなところは、「[事件の涙 【そして、研究棟の一室で〜九州大学 ある研究者の死〜】 ]の番組概要ページ - gooテレビ番組(関東版)」で確認できるので、気になる方はチェックしてみてください。

*3:「アカハラ」からどう身を守る?学生・院生のためのメンタルヘルス対策 - メンヘラ.jp」の「3-2.メンタル面の不調は学外の医療機関を頼ろう」参照。

*4:西原さんのサイト:「Colorless Greens – 西原史暁 (Fumiaki Nishihara) のウェブサイト」。

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