仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

【復刊リク応援】児童書で読むケルト戦士の物語~サトクリフ作品の #クー・フーリン と #フィン・マックール~('19.3.29、23時台の追記)【 #FGO 関連】

<サトクリフの神話・伝説の児童書を紹介>

1.はじめに

スマホ向けRPGFate/Grand Order』(FGO)を年末年始に始めました、管理人の仲見満月です。このゲームを始める前から、私が好きなキャラクターの一人に、スカサハがいます。彼女はケルトの女戦士で「影の国の女王」とも言われています。弟子のクー・フーリンと共に、ほかのFateシリーズへの参戦歴や、スカサハと縁のあるスコットランドのスカイ島に関しては、次の「分室」note.muにまとめました↓

note.mu

スカイ島で「1.6億年前の恐竜の足跡、空白の時代知るヒント」(ナショナルジオグラフォック)~「影の国」の女王と「時空を超える」ゆかりの地~|仲見満月の「分室」@ #院試 の相談受付中|note

 

ここ最近、改めてケルトの伝説や神話を知ろうと、井村君江氏の入門書:

ケルトの神話―女神と英雄と妖精と (ちくま文庫)

ケルトの神話―女神と英雄と妖精と (ちくま文庫)

 

を読んでいました。同書は、「ケルトとは何か?」という話、ケルト神話の舞台、物語群の違いから、具体的な神話や伝説の内容を含めて紹介したものです。これ1冊で、日本のゲームや漫画、小説等のメディア作品のケルトを題材にした多くの元ネタは、把握できるでしょう。出土品やケルト戦士のブロンズ像など、文物の写真も掲載され、イメージをつかむにはよさそうだな、と。

 

さて、本ブログでは昨年の秋に、「児童書で読む人文学シリーズ」と題して、

 ・主に古典文学や歴史などの人文系分野のテーマで、地図や登場人物の関係図が入っていて、親切な構成で、とっつきやすい内容

 ・平易な文章でありながら、成人が読むに耐えるもの

を条件に、主に10代までを対象とした本を選び、レビューしました。この企画で紹介した本を振り返るうち、「ケルトの神話や伝説に関する児童書で、できたらFGOに出てくる戦士の物語を取り上げたい!」と考えるようになりました。

 

そんな中、偶然、クー・フーリンに関する本ついて、次のようなツイートを発見!

 

それは、こちらの本です↓

ケルト神話 炎の戦士クーフリン

ケルト神話 炎の戦士クーフリン

 

 

この本の著者ローズマリー・サトクリフは、ヨーロッパの神話や伝説といった「物語」を子ども向けに再話した作品で知られるイギリスの作家。10代の頃、 私はサトクリフの作品に親しんだことがありました。そのなかには易しい文体ながら、成人が読んでも耐えうる日本語に翻訳された本もあったように思います。

 

版元のツイートでは、本書には復刊依頼が来てアンケートを取っていました。ふと「クー・フーリンの本のほか、同じ版元からは、フィアナ騎士団の団長フィン・マックールの本も出ていたはず」と調べたら、次のフィン・マックールの本も絶版していました...

ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール

ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール

 

 

というわけで、今回は

  • ケルトの神話や伝説で、とっつきやすいこれらの本を紹介すること
  • 絶版している上記の本の復刊応援をすること

を目的として、クー・フーリンとフィン・マック―ルに関する児童書について、内容に触れつつ、紹介したいと思います。ところどころ、井村君江氏の『ケルトの神話』の助けを借りながら、説明を加えていきたいです。


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2.ケルト神話の「物語群」と二人の戦士の物語の違い

クー・フーリンとフィン・マックール、それぞれの戦士の本を紹介する前に、『ケルトの神話』をもとに、まずは「物語群」の存在を説明いたします。

 

同書では、ケルト神話ではアイルランドが主な舞台となる、

 ・ダーナ神族の神話
 ・アルスター神話(クー・フーリン、スカサハと「影の国」が登場)
 ・フィアナ神話(フィン・マックール、ディルムッド・オディナが登場)

より、メインとなる話を選び、紹介しています。

 

上記の3つの神話や伝説のグループは、「神話群」とか「物語群」、「サイクル」とか、呼ばれます。例えば、アルスター神話のグループは、別名「アルスター神話群」、「アルスターサイクル」といい、クー・フ―リンがで出てきます。ちなみに、彼が所属したのが「赤枝騎士団」と呼ばれることから、この物語群はかつて「赤枝の騎士団のサイクル」も

と呼ばれていた模様。

 

一方、フィアナ神話は、別名「フィン物語群」とか、「フィニアンサイクル」ともいわれます。フィン・マックールが登場するのはこの物語群です。

 

物語群の違いのほかにも、クー・フーリンとフィン・マックールの各物語では、「その中の時代」、舞台となる主な地域の違いがあるようです。

 

物語の中の時代に関しては、そもそも、これらの神話や伝説は、現在のアイルランドが主な舞台ですが、例えば、西暦でいうところの年代でいつなのかは、分かりません。ですが、『ケルト神話 黄金の騎士 フィン・マックール』の「はじめに」によると、サトクリフの説明では、赤枝騎士団の時代が先で、フィアナ(紹介する本ではフィアンナ)騎士団のほうが後の時代になる説明がなされています。具体的には、

 ・「フィン・マックールの物語は、赤枝騎士団より時代もくだ」ること

 ・「赤枝騎士団の物語では神や半神としたの力を持っていたダナン族」(ダーナ神族)も、フィン・マックールの物語の時代には、「神としての力をほとんどうしない、妖精族としてあつかわれて」いること

(『ケルト神話 黄金の騎士 フィン・マックール』の「はじめに」、p.5-6参照)

ということです。

 

舞台となる主な地域は、現在のアイルランド。そのなかで、クー・フ―リンのほうは北部のアルスター(今の共和国首都ダブリンのある北西部)で、「赤枝騎士団のほうは北アイルランドのきびしい荒野でくりひろげられるのが、ふさわしい」物語とされます。フィン・マックールのほうは、例えば、「南の緑ゆたかなキラーニーの野」(アイルランド南西部)の野が物語に出てきます*1

 

同書巻末の地図(包囲は上が北)を見ると、位置関係が把握しやすいでしょう↓

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(出典:『ケルト神話 黄金の騎士 フィン・マックール』「訳者あとがき」の「古アイルランドの5王国」、p.313)

 

ちなみに、キラーニーは巻末地図だと、マンスターの中でも、更に南西部に位置するようです。

 

以上、クー・フーリンとフィン・マックールの戦士の各物語の違いは、

 1.属する物語群(それぞれ、アルスター物語群と、フィン物語群に属する)

 2.物語の中の時代(クー・フーリンのほうが先で、フィン・マックールが後)

 3.主な舞台の地域(前者がアルスター、後者がそれより南部のキラーニーなど)

の3点を挙げました。ひとまず、本記事では前提の話として、この3点は頭の隅に置いておいてください。

 

ついでに、

 ・ケルト神話は、もともと口承で伝えられ、8~11世紀に、アイルランドカトリック修道士が書きとめられたこと*2 

 ・その伝承には様々なバージョンがあり、著者のサトクリフのもとにした物語と、そうでない別の物語とでは、かなり印象が異なること

も、記憶に留めおいて頂けましたら、幸いです。

 

 

3.『ケルト神話 炎の戦士クーフリン』について

 3-1.物語の序盤を中心にした内容紹介

さっそく、サトクリフの作品の紹介をしていきます。まずは、クー・フーリン(作品ではクーフリンの物語の概要から入りましょう。

 

アルスター王国の王コノール・マク・ネサには、神族出身の女性マガをはさんで、縁者にデヒテラという姫がいました。コノールが王になって間もない年の夏至の日の午後、デヒテラ姫は侍女を連れて洗濯に出かけた帰り、姿を消します。捜索の末、見つからずに頼った神官で、デヒテラの父親カトバドによれば、姫は母親の一族のいる常若の国に渡ってしまったということ。

 

その3年後、農作物の被害を抑える目的で、戦士の一団を引き連れ、鳥打ちに出かけたコノール王は、ブルグ=ナ=ボイナにある妖精の土塚の近くで、夜営をしました。王の伯父フェルグス・マク・ロイは眠れず、妖精塚のほうへ歩き出すと、塚の門が開き、宮殿で太陽神ルグとデヒテラ姫に会いました。戻ったフェルグスはこのことを王に報告。コノール王は妖精塚にほかの戦士を送って、姫の言葉を受け取りました。姫曰く「今は、体の調子が悪く、回復したら王の御前に参り、贈り物をいたします」と。

 

デヒテラ姫を待つ一団が眠り、戦士たちが目覚めた暁の頃、そばには錦の布のなか、鹿皮にくるまれた赤子がおりました。それこそ、デヒテラ姫と太陽神ルグの御子で、後にアルスターの赤枝騎士団の英雄クー・フーリンでした。赤子はフェルグス・マク・ロイが盾を持つ腕に抱き、アルスターの首都エウィン・ワハの城へ連れて来ました。そこにいたデヒテラの末妹は、息子のコナルと共に赤子を育てます。

 

赤子は命名の日にセタンタの名を授けら、アルスターの族長や貴人の子弟と共に、少年組で教育を受け、戦士として成長していきました。少年セタンタを気に入ったコノール王は、ある日、名高い刀鍛冶クランの館へ招かれ、彼をお供に命じます。仲間とのハーリング(ホッケーに似たスポーツ)のため、セタンタは王に許可を取り、遅れて館に到着。お供の遅へた到着を聞いていなかったクランの館では、入ろうとしたセタンタに番犬が襲いかかり、彼は格闘の末、クランの犬を殺してしまいました。

 

この出来事で、悲しんだ飼い主のに、彼は、

「刀鍛冶のクラン殿、おれに同じ血統の子犬を与えてください。こいつの代わりになるように、おれが仕込みますから」

と申し出ます。そして、セタンタは子犬が育つ間、自分が番犬の代わりに館の守護をするとも言いました。クランは勇猛なセタンタに、アルスターの国全体を守る戦士になれと言って、申し出を断ります。その場にいたフェルグス・マク・ロイは、「そういうことなら」と少年に「クランの猛犬」を意味する「クーフリン」(あるいはクー・フリン)の呼び名を与えました。

 

成長したクーフリンは、

 

 ・祖父のカトバドの占いを隠れ見て、コノール王の御前に行き、出される武器をへし折り続け、王の馬を戦車で乗りこなし、一人の戦士として認めれる

 ・16歳の頃には、戦士たちの間に地位を築き、その姿は「髪は黒く、細身の身体で、少女のような華奢」だったが、女たちは彼に熱をあげたほどのモテぶりだった

 ・ミード(ミース)王国のタラで開催された大祭典で、ルスカの領主フォルガルの娘エウェルと出会って、求婚するも、相応の武勲を立てられる戦士となるほうが先と断られる

 ・戦士として成長するため、「影の国」の女王スカサハのもとで一年ほど修行を重ねる

 ・修行の間、師匠の敵で女領主アイフェの軍勢と戦って勝利したり、フェルディアら他の戦士たちと親友になったり、師匠に力を認められて、特別な槍のゲイ・ボルグを授けられたりする

 ・アルスターに帰還後、隣国コナハト(コンノート)の国境を襲撃し、栄えある勇者として認められ、紆余曲折の末にエウェルとの結婚にこぎつける

 

といった出来事を経て、赤枝騎士団のなかでも比類なき戦士となっていきます。

 

物語が中盤に入る「ブリクリウの大宴会」では、彼と長く対立するコナハトの女王メーブ(メイヴ)が登場。幾度かの戦いで、槍を交えることになります。その過程で、コナハトの貴族出身で親友のフェルディア、恋仲になったこたとのあるアイフェの産んだ息子のコンラを、ゲイ・ボルグで殺めてしまう。そのあたりから、彼の人生は終幕に向かうように暗い影が付きまとうように…。

 

 3-2.本書に対する感想やコメント

そんな激しくて、荒々しいクーフリンの生涯は、ターニングポイントには、本作によると、彼の大伯父に当たるフェルグス・マク・ロイが関わっています。本作では、クーフリン、および同じ少年組で過ごした親族の戦士にとっては「父親代わりのような存在」で、エウェルとの結婚でも、名前が出て来るほど。FGOでは、上半身裸にドリルのような刃の剣「カラドボルグ」を担いだ糸目のおっさん剣士です。女性好きで絶倫なところを除けば、だいたい、本作に出てくるフェルグス・マク・ロイのイメージとFGOでは、同じでした。この豪傑と主人公の親族関係は、実はバージョンによって違ってくるらしく、また本書のテキストを追うだけでは、分からなくなるかと。巻末に主要人物関係図があるので、適宜、確認することをおすすめ致します。

 

もうひとつ、クーフリンのターニングポイントで欠かせないのが、ハーリングと呼ばれるホッケーに似た競技の存在です。クランの館に向かうコノート王のお供に遅れる理が、ハーリング!スカサハのもとで共に学んだフェルディアやほかの戦士たちと知り合ったのも、ハーリング!作中の注によると、アイルランドの国技とされる球技であり、調べたら、スティックとボールを使用し、屋外で行うスポーツのようでした。今も現地で人気のスポーツということで、これは神話の時代から、アイルランドの青年には欠かせない存在なのかもしれません。

 

本作を改めて読んで新鮮だったのは、物語の中心である戦争描写において、戦車に乗る騎士の存在でした。古い時代の戦車といえば、ヨーロッパでも、中国でも、車輪の付いた乗り物を動物(馬の場合が多い)に引かせるチャリオットがイメージしやすいでしょう。本書のp.69にある挿絵では、二輪の戦車があって、戦場では戦士とは別に御者が操縦する説明がありました。FGOをはじめ、クー・フリンといえば槍の名手の印象が強かった私は、本書を読んだことで騎兵としてのイメージが強まった感じです。

 

 

4.『ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール』について

 4-1.物語の序盤を中心にした内容紹介

続いて、フィン・マックールの作品に話を進めましょう。彼の物語は、エリン(現地のアイルランド)の王国間の紛争をおさめる仕事をし、各国にひとつずつ置かれたフィアンナ騎士団の説明から始まります。

 

エリンの南東部に位置するレンスター国には、バスクナという一族の長で、フィアンナ騎士団の団長でもあるクール・マックトレンモーがいました。クール・マックトレンモーのいた時代、モーナの族長で、コノート・フィアンナの隊長エイ・マックモーナが、騎士団長の地位を狙います。バスクナ族とモーナ族は、現在のダブリンに近いクヌーハで激しく争い、エイ隊長は戦いの中で傷つき、『独眼』=ゴルと呼ばれるようになります。片目ながらクールとわたり合ったゴルは、彼を殺し団長のしるし「青と緋にそめたツルの皮袋」を奪いました。

 

この争いにより、バスクナの一族は勢いを失い、レンスター・フィアンナと、それに助勢したマンスター・フィアンナの騎士たちは、コノートの丘陵地をさすらうことになります。それは同時に、バスクナとモーナが宿敵同士となったことをも意味しました。

 

クールの年若い妻マーナは、夫の死の一報を受けると、身重な体をおして、信頼するふたりの侍女を連れ、追っ手を避けて、ブルーム山脈に逃れます。やがて、マーナは男子を出産し、デムナと名づけると侍女たちに養育を命じて、息子を追っ手から守るべく、自分は一人で去っていきました。

 

侍女たちはブルーム山脈の隠れ谷で、幼児に荒野で生きるスキルを教え込み、デムナをすばらしい狩人に育て上げます。裸足で牡鹿を追い詰めるほどのハンターとなった青年は、住んでいた隠れ家を離れ、はるか遠くまで歩くようになり、ある族長の館にたどり着きました。館では同じ年頃の男子たちがはハーリングに興じており、彼はそれに加わって勝利を重ね、存在を族長に知られるようになります。ハーリング仲間によると、デムナの姿は

「(前略)背が高くて力があって、髪は、刈り入れどきに太陽をあびて白く光る大麦の穂のように明るい色をしています」

(『ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール』、p.11)

というもので、族長によって「金色の髪」を意味するフィンの名前を与えられました。

 

族長はフィンのことを館に泊まっていた友人に話し、その話は次第に広まって、ゴル・マックモーナに伝わります。おそらく、フィンという男子は自分が殺したクール団長の息子だろう。そのことに気づいたゴルは、コノート・フィアンナに命じて、その男子を捕まえようと動き出します。フィンの育て親は魔法に通じており、水鏡を使って養い子に迫る危険を察知。侍女たちはこう言って、フィンを送り出しました。

「ゴル・マックモーナはあなたのうわさを耳にしてしまったのです。配下の騎士たちは森をめぐってあなたを殺そうとしています。なぜならゴルではなく、あなたこそ、正当なフィアンナ騎士団長だからです。いまや時がきました。あなたがこの谷を去るべき時が」

(『ケルト神話 黄金の騎士フィン・マックール』、p.13)

 

育て親に槍を授けた男子は、石弓とマントを携えて、エリン隅々までめぐる放浪の旅に出発。「こちらの王、あちらの族長に仕え、武器の扱いをおぼえた戦士としての訓練を積み」、その時が来たと感じたら、自分と似た「気性が激しく、陽気で怖いもの知らずの若者」たちを率いて、コノートの国へ渡りました。国境を越えると、ルケアのリヤに息子を殺された婦人に出会い、リヤを追って交戦。たおすと、リヤの身につけていた青に染めた皮袋を開き、鉄の槍の穂と、銀をはめこんだ冑に盾といった、捨てていくにはおしい品が出てきました。フィンはそれらの品を袋にしまい、紐にベルトで己の身に結んで、仲間と前進を続けます。

 

コノートの森深いところ、ちいさく開けた開墾地にたどり着くと、そこには並んだ枝編みの小屋があって、中から歴戦の戦士と思われる老人たちが剣を握り、出てきました。品のある武器の扱いになれた老人たちは、きっと父クールと共に戦った戦士に違いない。そう感じたフィンが、

バスクナ一族のかたがたですね!クールの弟クリムナルはいらっしゃいますか?」

と呼びかけます。すると、剣を持った老人のひとりが進み出、フィンの差し出した青い皮袋と中身を見ると、それはフィアンナの宝袋で、かつてバスクナの一族がゴル・マックモーナに奪われたものでした。

 

この出会いをきっかけに、クールの息子、つまりフィン・マック―ルは、18年前にゴルによって奪われたフィアンナの主の座を取り戻すべく、宝袋を老人たちに預け、仲間に護衛させ、一人で再び旅に出ます。向かったのは、ボイン川の近くに住むドルイド僧のフィニガスのところ。目的は「古来の知恵と民族の歴史を秘めた詩と物語を学ぶ」ことでした。このドルイド僧はそれまでの7年間、川辺で『大いなる知恵の鮭』フィンタンを捕まえようと奮闘するものの、なかなか、捕まえられません。そこへフィンがやってくると、あっさり、フィンタンは捕まりました。この知恵の鮭を食べた者は、「この世の始まりから蓄えられたすべての知恵がそなわる」とされ、フィニガスは弟子に命じて鮭を調理。ところが、串焼きにする途中で、フィンはやけどした手の親指についた鮭の熱い汁をなめます。それを知ったドルイド僧は、大いなる知恵が弟子に移ってしまったことを知り、鮭の残りもすべてフィンに食べさせました。

鮭を食べたことで得た予言の力に加えて、彼は癒しの力を手に入れます。その手ですくった水でどんな症状の人でも癒す力。

 

こうしてゴル・マックモーナに挑む準備を整えたフィン・マック―ルは、父の座を継ぐ時が来たと考え、ミードのターラにいる上王を目指しました。ちょうど、秋のサウワン祭りのころ、ターラ王宮で開かれた宴席に出たフィンは、エリンのすべての王と族長が寄り集う場所で、上王コルマクに自分の出自を明かして、近衛騎士として仕えることを申し出ます。

フィアンナ騎士団の一員としてではなく、近衛騎士として仕えたい理由は、ゴルに忠誠を誓わなければならいことを知っていたから)

 

コルマクは快くフィンを近衛騎士として迎え入れました。さて、宴会の続き。やがて静かになっていく広間は、祭りの頃に妖精の丘からやってくる怪物『炎の息のアイレン』の恐怖で、静かになっていきます。アイレンが竪琴の甘美な音で人間を深い眠りにつかせ、王宮に炎を放つせいで、毎年、宮殿を再建するはめになっていたのでした。アイレン退治に名乗りを上げたフィンは、父クールに恩のある戦士に魔法の槍を借りて、眠気を飛ばし、怪物を討ち果たします。この褒美として、フィンは怪物退治の前に上王に誓った願いにより、フィアンナ騎士団団長の座に着きました。上王コルマクのもと、前騎士団長で、父の仇敵ゴル・マックモーナと手を結び、フィンのもと、フィアンナ騎士団は最盛期を迎えることに——。

 

騎士団長になってからのフィンは、

 

 ・コルマクに与えられたアルムの砦を守り、その近くに雌鹿の姿にされた妖精のサーバを助け、深く愛し合い、婚姻関係を結ぶものの、騎士団が戦争に出かけている間、サーバは黒いドルイド僧にさらわれる

 ・サーバを探した7年の間、ダーナ族の美しい姉妹に求婚されるも、見向きもしなかったせいで、姉妹の一方に魔法をかけられて老人姿となる(魔法が解けて元の姿に戻っても、姉妹と結婚しない意思を示して、髪は銀色の髪のままにした)

 ・妻を探す途中、森で一人の少年と出会い、それがサーバと自分の息子だということ、サーバの運命を伝えらえて、二度と彼女と会えないこと知って、少年をアシーンと名づける

 ・大らかで、笑って許すような陽気さを持つ一方、彼は長い時間をかけて人を憎む性格を持ち合わせ、それは3番目の妻に迎えようとした上王の娘グラー二アをめぐり、部下のディアミッドとの間に起きた確執にも表れている

 ・生きているうちに、仕えていた上王コルマクが亡くなり、その息子ケアブリが即位するものの、フィンと騎士団を怖れた次代の王は、誓いを破って騎士団の戦士たちを殺害し、ケアブリ王派とフィン団長派に分かれたフィアンナ騎士団は崩壊していった

 

といった経験を経て、ガヴラの戦いで戦死します。

 

 4-2.感想やコメント

クー・フーリンの物語に比べると、荒々しさに欠けるとはいえ、フィンの人生は「殺された父の仇敵をたおし、フィアンナ騎士団団長の座を継ぐ」という、バスクナの戦士たちからすれば「復讐」をやり遂げることから始まります。サトクリフの本品では、アイレン退治の後、ゴル・マックモーナは団長の地位をフィンに譲っていますが、一説にはフィンはゴルと決闘を行い、それに勝って団長の座を得た、とされるそう。雌伏の時代には、自分と似た「気性が激しく、陽気で怖いもの知らずの若者」たちを集め、率いていたことを考えると、どこか彼の人生には湿ったものがつきまとうように思います。

 

そんな情緒的な部分は、時に愛情深いところを持ち合わせていることでもあるでしょう。一番目の妻で妖精サーバとは種族の壁を超越して愛し合い、彼女が攫われた後も7年間も探し続けたエピソードからは、そんなフィンの一面が窺えます。とはいえ、こうした気性は、次に挙げる部下と3番目の妻グラーニアをめぐる三角関係によって、彼は周囲の評価を下げる一因にもなりました。

 

作中ではディアミッド・オダイナ、Fateシリーズではディルムッド・オディナと呼ばれる騎士団一の戦士は、フィンの信頼した部下であり、彼の孫オスカ(アシーンの息子)の親友でもありました。ディアミッドは「愛のほくろ」を顔に持ち、それを見た婦人は皆、彼を愛するようになる、と。フィンとの婚姻に関わる儀礼で、出席していたディアミッドを見たグラーニアは彼を好きになってしまいます。

ゲッシュ(一種のタブー)で王女との駆け落ちにディアミッドは縛られ、騎士団を抜けて逃避行を繰り広げます。激怒したフィンは、部下を殺そうとしますが、手を貸した育て親をはじめ、たくさんの命を失いました。時が経ち、フィンとディアミッドは一応の和睦を結び、二人の結婚を認めはしました。しかし、団長の恨みは消えておらず、「冷たい和解」が得られたのみ。グラーニアの提案で、ディアミッドは館でフィンの一行を招き、狩りと宴を行います。その狩りで、獰猛なイノシシが二人の前に現れ、ディアミッドは瀕死の傷を負い、恨みのあったフィンは癒しの手ですくった水をすぐには与えず、やっと水を与えられるようになったと同時に、部下は息絶えた後でした。

 

夫を亡くしたグラーニアのもとにフィンは通い、やっと彼は王女との結婚を果たします。部下の命よりもグラーニアとの結婚を取った形のフィンに、騎士たちの反応は冷たいものでした。

 

そもそも、2番目の妻を亡くし、サーバを思い起こしては悲しむ父親に、息子のアシーンが再婚をすすめたのが、不幸の始まりだったように思います。新たな妻を迎える気持ちは持っても、主君の娘を娶ることには気の進まない様子だった父親。果たして、アシーンはこの結果を知ったらどう感じたのか、私は直接、聞いてみたいですね。自分の息子のオスカーと父親の対立もあって複雑に思っているのか、はたまた、妖精と人間との間に生まれた存在ゆえに、オスカーほど気にしていないのか——。

 

こうした女性絡みの部分は、森で美しい姉妹に求婚された際に魔法をかけられた逸話と合わせて、FGOでフィンが得たスキル「女難の美」や「華麗奔走」に 繋がっているように思います。湿っぽい性格の一方、陽気なところはゲームにも反映されており、よく軽口をたたくんだとか。

 

ちなみに、部下のディアムッド、Fateシリーズではディルムッドは、第四次聖杯戦争が描かれたストーリーの『Fate/Zero*3に、ランサーのクラスで召喚されます。マスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトとは反りが合わない上、グラーニアと上司との間に起こった生前の三角関係をなぞるようなストーリー展開となり、印象深いサーヴァントの一騎。日本のFate作品群のユーザーにけっこう、知られている人物だそうです。

 

フィン物語群では本来、フィン・マック―ルがメインなものの、部下のディルムッドが『Fate/Zero』で先に知られたことで、私の中のフィンはFGOよりも、本書の「実力があって美麗な容姿を持ち、感情豊かなところが良いことも悪いことの両方を起こすケルトの戦士」というイメージが強いです。

FGOでは団長が星4、ディルムッドが星3と、フィンのほうが槍兵サーヴァントだとレアリティは高いようです。私はフィンを入手していないので、確かめていませんが)

 

 

5.むすび~著者サトクリフのこと、および復刊に関するお願い~ ('19.3.29、23時台の追記)

長くなりなしたが、サトクリフの再話した二人のケルト戦士の物語作品の紹介でした。クー・フーリン(クーフリン)、フィン・マックールの話がメインで、まったく著者に触れていなかったので、ここで簡単に経歴に触れたいと思います。

 

ローズマリー・サトクリフは、イギリスの作家で、1920年に生まれ、1992年に没しました。幼い時にスティルス氏病のために歩行が不自由になります。美術学校に通い、細密画家をしていたこともありますが、第二次世界大戦後に作家に転向。『第九軍団のワシ』、『銀の枝』、『ともしびをかかげて』(1959年のカーネギー賞受賞作)のローマン・ブリテン三部作で、歴史小説家としての地位を確立しました*4。この三部作は、日本語版が岩波少年文庫から出ており、上記のタイトルに貼ったリンク先で確認できます。

 

アイルランドのほか、イギリスの伝説や神話をもとに再話した作品として、例えば、

ベーオウルフ 妖怪と竜と英雄の物語―サトクリフ・オリジナル〈7〉 (サトクリフ・オリジナル (7))

ベーオウルフ 妖怪と竜と英雄の物語―サトクリフ・オリジナル〈7〉 (サトクリフ・オリジナル (7))

 

があります。

 

それから、アーサー王と円卓の騎士の物語をもとにした作品群に、

アーサー王と円卓の騎士―サトクリフ・オリジナル

アーサー王と円卓の騎士―サトクリフ・オリジナル

 
アーサー王と聖杯の物語―サトクリフ・オリジナル〈2〉 (サトクリフ・オリジナル (2))

アーサー王と聖杯の物語―サトクリフ・オリジナル〈2〉 (サトクリフ・オリジナル (2))

 
アーサー王最後の戦い―サトクリフ・オリジナル〈3〉 (サトクリフ・オリジナル (3))

アーサー王最後の戦い―サトクリフ・オリジナル〈3〉 (サトクリフ・オリジナル (3))

 

などがあります*5

 

FGOに登場するサーヴァントを扱った作品では、ローマ帝国軍に叛乱を起こしたブリテンの女王ブーディカを題材にした作品もあります↓

闇の女王にささげる歌

闇の女王にささげる歌

 

 

サトクリフの作品は、主に子ども向けのものが日本で多く翻訳出版されており、私のように10代に親しんだ後、Fateシリーズ等のメディア作品で、神話や伝説のキャラクターに「再会」する人もいるんじゃないでしょうか。彼女の作品には、よく読まれているアーサー王のシリーズ作品や、ローマン・ブリテン三部作のように児童書の文庫レーベルで出ている作品のように、発行が続いているものもある一方、本記事で紹介した2作品のように絶版の本も少なくありません。

 

本記事の冒頭で触れたように、版元では復刊依頼があったようで、『ケルト神話 炎の戦士クーフリン』は絶版で、また『ケルト神話 黄金の戦士フィン・マック―ル』も今は発行がされていません。いずれも、ほるぷ出版のバージョンはAmazonで高値がついて買いづらく、私は図書館で予約が入っていない時期を狙って、借りて読んでいる状態です。なお、この2冊の物語を収録した本が2013年に、ちくま文庫から下の形で出されました。が、文庫のほうも絶版状態、かつ中古が高額で入手しづらい状態です↓

炎の戦士クーフリン/黄金の戦士フィン・マックール―ケルト神話ファンタジー (ちくま文庫)
 

 

版元がTwitterでアンケートを取っているほか、以下のページでほるぷ出版のバージョン(『炎の戦士 クーフリン』のみ)、ちくま文庫版の復刊リクエストが出ています。ほるぷ版の『炎の戦士 クーフリン』は、夕日と石像をバックにした壮大に美しい表紙で、ちくま文庫版の作品は武器を握って炎を背負った勇猛な戦士の表紙。それぞれの装丁で読みたい方は、それぞれ、読者の方がおられるかと思いますので、両方の本の復刊リクエストページのリンクを貼りました。投票の結果次第で、再版や新装版が出される可能性があるので、復刊ドットコムにアカウントをお持ちの方、差し支えありませんでしたら、ご投票のほど、よろしくお願い致します。

 

ほるぷ出版のバージョン>

www.fukkan.com

 

ちくま文庫版>

www.fukkan.com

 

あと本記事の関連として、冒頭のスカサハに関する記事や、近代アイルランドを中心に起こったケルト文化の復興運動、学術的に見た歴史の中の「ケルト」に関する最近(主に2000年代以降)の話は、次の同人誌に収録しています。試し読みのページもあるので、合わせてどうぞ↓

naka3-ken.booth.pm

 

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。おしまい!

 

(以下、'19.3.29、23時台の追記)

ちくま文庫のバージョンについて、3月半ばに復刊重版が決定したそうです。復刊ドットコムのページ↓

www.fukkan.com

ほか、私が調べた範囲ではhontoやHMVe-honで4月の復刊に合わせて予約注文を受け付けている模様。クー・フーリン、そしてフィン・マックールのファンの方、サトクリフの読者の方は、この機会を逃さないよう、予約注文をされてはいかがでしょうか?

 

 

6.ケルト翻訳マンのnote.mu紹介('19.1.23、14時台の追記)

紹介をし損ねていましたが、note.muのほうで、クー・フーリンやスカサハ、フィン・マックールなど、ケルトの神話や伝説を翻訳し、解説されている方がおられました。その方、ケルト翻訳マンさんのnote.muへのリンクがこちらです↓


ケルト神話翻訳マン|note

 

各話のバージョン、戦士たちの名の由来や発音など、学術的で専門的な面白いことが書かれています。最新の記事では、フィン・マックールの生涯や、以前のデムナというの名前の意味などを解説。

 

もっと詳しいことを知りたくなったら、ケルト翻訳マンさんのところへ、行ってみてください。大学院で研究をされていたとのことで、私は自分で分からなかったことが解決して、とても勉強になりました。

 

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*1:サトクリフは時代と地域の違いと合わせて、「物語の根ざす世界」が異なっていることを指摘しています。その指摘は、クー・フーリンの出てくる赤枝騎士団の物語は、「あらあらしく激し」く、「黒い火のような魔法が描かれ、登場する人々も現実味」のある叙事詩。一方、フィン・マックールの物語は、「民話や妖精物語といったほうがいい」もので、「英雄物語のなごりは「ナナカマドの木の宿」の浅瀬の戦いの場面などに、ちらほら、残るだけになってい」るということです(『ケルト神話 黄金の騎士 フィン・マックール』の「はじめに」、p.5-6参照のこと)。

*2:ケルト神話 炎の戦士クーフリン』の「訳者あとがき」、p.310-311参照。

*3:余談ですが、Fate作品群に私が初めて接したものは、実はアニメ版の『Fate/Zero』です。院生時代に夜中、テレビをつけたら、たまたま放送していて、断続的に見ました。また、この作品は劇場版『Fate/stay night [Heaven's feel]』第2章において、間桐桜の成長過程に関わる内容を少し含んでいるように思います。

*4:ケルト神話 炎の戦士クーフリン』の奥付、および次の論文を参照:川崎明子「 ローズマリ・サトクリフの『第九軍団のワシ』における傷と痛み」、駒澤大学文学部英米文学科『英米文学』、Vol.48、2013.11

*5:なお、アーサー王と円卓の騎士の物語と比べて、サトクリフ作品では、ランスロットに代わって、ベディヴィエールが王妃の「ギネヴィアの不倫相手というポジションを務めている」という指摘があります。気になる方がいたら、読むとき、少し記憶にとめておいたほうがよいかもしれません。

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