仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

【読了メモ】 #上阪徹『職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法』~仕事環境や人間関係の整え方、本のPR方法も~

<「ブックライター」について知る>

1.はじめに

久しぶりの更新になります。新しくここにやって来た読者の方簡単に自己紹介をしますと、私は大学院で人文系のテーマで研究論文を書いていたことがあり、好奇心が強いほうだと自覚しております。特に、行ったことはあるけれど知らない場所の裏側とか、体験したこのないジャンルの職業の日常には、とても興味をそそられます。

 

そんな私は、このブログを始めてから、いっそうドキュメンタリー映画や様々なジャンルで活躍する方々の手記を読むようになりました。ここの研究室ブログで紹介したものの一部は例えば、世界的なミュージアムの日々の仕事特別展の裏側を追った映画コミックエッセイ西アフリカはモーリタニアのバッタ研究所に赴任が決まった若き昆虫博士の「科学冒険《就職》ノンフィクション」な手記など。そのほか、伝記的な作品も見ます。自分のいたことのない世界を知るというのは、なかなか、面白くてやめられません。

 

そうした自分の知らない仕事や人物について取材を重ね、本を書いて紹介する職業があるのをご存知でしょうか? その1つが「ブックライター」であり、主にノンフィクション分野で経営者や芸能人、スポーツ選手などにインタビューを行い、諸々の統計データや業界の資料を集めて、それらをもとに彼らは本を執筆。分かりやすいところでは、雑誌やWebメディアのインタビューで、記事や最後に「構成/○○」とクレジットに名前が出ていることがあって、単行本の「あとがき」や謝辞に、構成や執筆した人として名前が出ている人がブックライターです。取材を受ける人が著者となるケースでは、その人に代わって執筆する形態について「ゴーストライター」と呼ばれることもあるとか。

 

今回は、そんなブックライターという職業について、私があちことでお名前を聞き、売れっ子とされる上阪徹さんの本(以下、本書)を読了したので、取り上げます↓

職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法

職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法

 

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このブログは、研究活動を行う大学教員やポスドク、大学院生の方々を情報発信で応援することがきっかけで、始めました。ブログの記事には、論文の書き方やスケジュールの立て方といったブックガイドも含んでいます。以前、上阪さんの『超スピード文章術』を取り上げたこともありました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

そういった観点を交えながら、ブックライターという職業を通じて、本記事では、ノンフィクション作品を書く視点から本書のレビューをしていきたいと思います。

 

 

2.上阪徹『職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法』を読む~本書の内容に関するコメント

 2―1.全体の概観とブックライターの大まかな説明

本の内容を知るのに手っ取り早いのは、目次を見ること。まずは、コンテンツを見ていきましょう。 

  • はじめに
  • 第1章:ブックライターの仕事はこんなに楽しい[仕事のスタイル]
  • 第2章:ブックライターの仕事のパートナー[出版社・編集者との関係作り]
  • 第3章:素材が七割、書くのが三割[企画と取材]
  • 第4章:「二五〇枚を一本」ではなく「五枚を五〇本」[目次を作る」
  • 第5章:毎月一冊すらすら書く技術[書き方と時間管理]
  • 第6章:ブックライターとして生きていくために[仕事に向かう心構え]
  • おわりに

 

冒頭の「はじめに」では、著者の上阪さんが、今まで各業界の第一線で活躍する「成功者」たち3000人に取材を行い、ブックライターとして年に2~3冊ずつ、執筆代行をしてきたことを、具体的な数字を出して話し始めます。本書の入口としては、読者に向けて「ブックライターとはどんな仕事をし、どのくらいのペースで自分が本を出しているのか?その本は、書店に行けば、どのジャンルの棚に置かれているのか?」といった情報が精励され、説明されている部分といったところです。ブックライターの説明箇所を少し、引用しましょう。

 著名な方々の著書を、著者に代わって書く。中心になるのは、ビジネス書やノンフィクション、実用書です。小説などの文芸や、作家性のあるノンフィクション、さらには専門書を除く本、と書いたほうがわかりやすいかもしれません。

 多くの場合で、十数時間、じっくりとインタビューをさせていただいて、本の形に仕上げていきます。著者の持っている「ファクト」を引き出す仕事。嘘や過剰演出されたストーリーを書くことはありません。

(本書のp.2より)

 

「はじめに」の後半は、ゴーストライターフリーライターに対するイメージを述べ、上阪さんが自分の職業を「ブックライター」と呼ぶようになった理由や背景が語られます。最後に、本書で「文章を書くことで食べていきたいと考えている人」や「ブロガーやライターで本のジャンルに興味を持っている他人」たちに向け、自分の経験やメソッドをオープンにしていると、第1章に続く形で締められていました。

 

第1章から第6章では、いわゆるブックライターとして上阪さんが自分の仕事をもとに、さまざまなノウハウを公開。具体的な例を挙げて、快適な仕事環境や人間関係の作り方から、取材する時のテクニックや服装に姿勢、目次や原稿の工程や執筆スケジュールの立て方や時間管理の方法、次の仕事を得る新刊のPRまで語られています。

 

 2―2.仕事をスムーズに進めるための基礎知識と具体的なポイント~主に第1~6章について~

書かれているメソッドやノウハウの中では、上阪さんなりに仕事の効率をアップさせるため、コストを割くポイントが表れています。例えば、第1章ではブックライターをするメリットにも通じますが、仕事のスタイルでは、仕事の場所を変えること・主な仕事環境・移動手段において、上阪さんが何の利益取って、仕事をこなされているか、伺えます。具体的には、

  • 高級ホテルのゆったりした部屋で、よい気分でインタビューしたり、編集者と企画の打ち合わせをしたりすると、落ち着いて話しやすいし、気分が変わって新しいアイディアが出てくることもあってよい
  • 仕事場所の自宅は都心に近い高級住宅街を選ぶことで、仕事の移動時間を抑えられるし、家族と一緒に過ごせる時間を増やせる
  • 移動は基本的に自家用車を使うことで、夏でも涼しい顔で取材に臨め、汗を拭き拭き取材をするといった「余計なところに気を回す必要なく」、取材に集中ができる

といったところです。こうした仕事スタイルが取れるようになったのは、本書を出した2010年代半ばには選べるほど仕事の来ていた人だからこそでしょう。収入が少なく、来た目の前の仕事にがむしゃらに取り組み始めた頃の上阪さんでは、難しかったと考えられます。得られる教訓として、収入や心に余裕が出てきたら、仕事効率のため、かけられる部分にはコストを割いていけばよい、ということ。

 

ブックライターの仕事のやり方で、本番なのは第2章以降だと思われます。仕事における人間関係では、[出版社・編集者との関係作り]の部分が該当しています。最初に、書籍販売における「再販制度」と「委託制度」の違いの説明があって、仕組みを理解しにくい私は、読み返したいとところです*1

 

 

そもそも、ノンフィクションのブックライターの仕事をするのに「編集者にアピールする方法」については、「編集者は「自分で見つけたい」生き物」の項を読むと、読者でこの職業志望者の方は戦略を立てやすそうです。売り込みではなく、面白いコンテンツになりそうな人の話を振って、企画として立ててもらえるよう駆け引きをして、その書き手として「拾ってもらえる」ようにするとか。ちょっと、テクニックが要りそうです。

 

続きの第2章後半から、次のような本を出す仕事で欠かせない話に、チラホラ、触れられていきます。出版契約にも関わる事項ですので、要注意かもしれません。

  • 原稿を送ってから本が出るまでにかかる具体的な時間と版元とのやり取りの工程
  • ブックライターの報酬の程度
  • 上阪さんが仕事を受ける基本的な基準(スケジュールが空いていることが重要)

 

第3~5章は、[企画と取材]・[目次を作る]・[書き方と時間管理]について。上阪さんの出す本は、インタビュイーの話した内容を材料に、その情報整理と編集を行い、読みやすい文章にまとめたもの。例えば、企業の初期の危機、それを乗り越えて顧客を惹きつけるヒット商品を産み出した裏側に触れた本には、

なぜ気づいたらドトールを選んでしまうのか?

なぜ気づいたらドトールを選んでしまうのか?

 
成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?

成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?

 
「胸キュン」で100億円

「胸キュン」で100億円

 

といったものが挙げられます。上記の3冊は私が気になるものです。

 

特に3番目の『「胸キュン」て100億円 』は、女性向け恋愛ゲームに特化した株式会社ボルテージについて、ユーザーの心をとらえるシナリオ作りのマニュアル化や、ゲーム内の1シナリオの長さ調整など、面白い話が少なくありませんでした。最近、FGOのようなシナリオにボリュームのあるゲームに親しんでいた私とって、この本を読むと、ゲームの運営者側が気をつけているポイントが分かって、理解が深まりました*2。こうした本は、知りたい人にとっては、コンテンツとして面白く、また、業界で仕事をしたいと考えるような読者には、参考になるでしょう。つまり、需要があるということ。

 

本を作る側は、面白い話を持っている人を探してきて、著者になるような企画を立て、取材して本にまとめられる力量のあるブックライターを求めています。話し手に気持ちよく語ってもらえるよう、場を作れる人。読者目線で、的確なクエスチョンを話し手に投げられる人。初期の企画案をベースに、取材の膨大な情報を切り分け、編集者とのやり取りの中で、整理して目次に落とし込める人。その過程において、編集者と信頼関係を築き、きちんと締切を守って仕事を進めらるような、意思疏通のできる人―――。そうしたことが求められる人には、最低限のコミュニケーション能力が備わっているように、私には感じられました。

 

編集者とのやり取りでは、少しずつ原稿を送る連載の仕事と異なり、ブックライターは本の原稿をまとめて納める部分があるそうです。しっかりと著者も交え、本の内容を話し合い、確認をしながら執筆作業を進めなければ、ある程度、原稿が書き上がった段階で書き直しや大幅な変更をせざるを得ない状況を迎える危険があるとのこと。それらの問題を避けるため、上阪さんは頻繁に本作りに関わる編集者に作業報告を行い、また、本原稿とは異なると明言した上で「プレビュー原稿」を送るなど、本のイメージを伝え、共有することを惜しまない重要さを説いていました。

 

目次の作り方、書き方と時間管理の基本的な方法は、本書より後に出された『超スピード文章術』のほうで特化されたメソッドが紹介されています。気になる方は、先にリンクした拙記事:


物書きは「素材」が命~ #上阪徹 『10倍速く書ける #超スピード文章術 』を読む~ - 仲見満月の研究室

を合わせてご覧ください。

 

第6章の[仕事に向かう心構え]では、出した本の宣伝で昨今では欠かせないSNSでのPRのやり方に、本を書くための情報収集などなど。私が第2~5章での編集者との関係と共に、重要さを感じた項目は、次の3つ。

  • 編集者は、ブックライターの何に困っているのか
  • 編集者に甘えず、何でも聞く
  • 起こりうる「お蔵入り」「書き上げた後のトラブル」

 

心配性の私は、上阪さんの説かれるように、自分がブックライターだったら、細々と確認のメールを送ったり、進捗状況をしらせたりと、編集者の方に連絡を取ることが多くなりそう。院生時代、アシスタントをしていた出版物のことで、編纂者の先生方に確認をしていました。頻繁に連絡を取らないと、ストレスで体の調子が悪くなる時もあったかと。相手の不安を和らげるという意味でも、私はのやり取りを重視するでしょう。上阪さんも重ねて言われてますが、後からトラブルになるより、先に問題点が判明して、取り組めたほうが、よいのは、ビジネスにおいてベターです。

 

そうは言っても、本を作るには数ヵ月から1年以上かかるもので、その間に著者が体調を崩して入院で出版が延期になったり、取材先の経営が傾いて本を出す状況ではなくなったり。最悪、「お蔵入り」や出版の中止になることもあり得ます。執筆した人が、涙を呑んで受け入れるしかなかった出版企画も、実際にあるでしょう。上阪さんは、よくない状況になった時のためにも、パートナーである編集者とは信頼関係を築いておく重要性を、第6章で再度、説明していました。

 

だいたい、本書の内容について、私の気になるところに触れました。

 

 2-3.主に文献を扱う人文系の論文や学術的な本を書く視点からのコメント

さて、ここからは学術的な出版物の執筆者の視点から、本書のコメントをしていきたいと思います。具体的には、論文や、それらをまとめた学術的な本を執筆していく立場からの話。

 

上阪さんの現在の主なお仕事は、いわゆる「成功者」に取材して、事前に下調べをした上で、取材を行い、本にする仕事がメインとのことです。

 

人文系の論文や学術的な本を書く場合、私がいた文献を主に扱う分野では、事前に研究対象の先行研究を調べて問題点を洗いだしてから、論文で提示する(新たに議論すべき)課題を立てることを検討する作業がありました。文献を扱う分野では、出版物の材料は、基本的に文献。先行研究者の講演や研究発表も、テキストに書き起こされて刊行された本を参考にすることが少なくないんじゃないでしょうか?

 

上阪さんのようなブックライターと大きく違うのは、文献を扱う分野の場合、論文や学術的な本の執筆のメイン材料の多くが、文字に起こされた文献資料だということ。中には、既に文献の執筆者が亡くなって数千年から数百年も経っている資料も存在します。例えば、古典文学作品や近代の学者の著書などがそうです。

ブックライターであれば、著者である話し手とやり取りする機会もあるでしょう。しかし、文献を扱う人文系の書き手の場合、著者が亡くなって久しければ、当たり前ですが、連絡のやり取りをすることができません。ということで、やり取りの代わりに、メイン材料にする文献資料について、解説した本や解釈をするような文献を新たに集め、読み込む作業を行い、執筆していくことになる、と。

(ある意味、はるか昔の著者と「対話」するようなものかもしれません…)

 

文献を扱う人文系の書き手は、ブックライターと違い、生きている人間と「話す」のではなく、大量のテキスト資料を目で追い、得た情報を論文や本にしていく作業が主となります。長時間、文献を読み続けることに苦痛が少ないとできないことに加え、高度で難解な読みにくい文章に当たると、頭が疲労しやすくて、辛いんですよ。場所として、図書館の書庫や、研究室の資料室、自宅の本棚だらけの部屋に籠って、ひたすら一人で文献の文字を追いながら、PCやノートにメモを取る、精神的に孤独を感じる作業もします。

(大学や大学院の研究室にいてま、ほかのラボメンバーが忙しくて不在がちだと、自分一人で黙々と作業をすることもある)

 

大量の情報を相手に、それらを整理して文章にまとめていくのは、ブックライターも変わりません。しかし、インタビュイーとやり取りすることに代わって、孤独に追加の文献を基本的には一人で読み込んでいくのは、文献を扱う人文系の書き手としては、それなりの忍耐力が要ります。

 

それに、物理的なことから生じる精神的な孤独感に強くないと、しんどい!そこらへん、乗り切るため、文献屋の研究者には、様々な仕事や趣味をお持ちの方もいるようです。

 

 

3.さいごに

大変な長文となりましたが、本書の気になる内容の紹介、および指摘したいコメントは、あらかた書きました。ここまで、読者の皆様、お疲れ様でした!終わりのほう、何だか、グダグダな感じになり、申し訳ありませんでした。

 

最近、ブックライターの本を読んだのは、ちょうど1年前、私のTwitterのタイムライン上で、若手研究者が研究成果を学術出版の形で出す場合、様々な問題があって「きっつい!」という話題が出たのを思い出したから。そのあたりの詳しい話は、弊サークルの次の同人誌で通称「FGOと学術出版の本を」の後半にまとめているので、興味のある方は、ご覧ください:

 

FGOと学術出版の本」を出してから約半年。プリントオンデマンド等による新たな出版のサービスが増え、システムも今までより著者にはリーズナブルなプランの提供が始まるなど、学術出版を取り巻く環境は変わってきていると聞きます。

 

プライベートなところでは、FGOの影響で、再び、人文系ジャンルの学術的な本を読む機会が増えまして。それらの本の著者の方には、上阪さんのようなブックライターに近い経歴の方々もいる様子。そこで、学術的なノンフィクション書籍の業界を知るウォーミングアップも兼ねて、本書を読んだ経緯がありました。

 

少しずつですが、今度はよりダイレクトに学術出版の事情を知れる本を紹介できたらと考えております。それまで、お時間をしばらく頂くと思いますが、気長にお付き合いくださいませ。

 

おしまい。

*1:ここらへんの話は、別のnote.muの「分室」で、IT技術書の書籍化にまつわる同人誌のレビューでも少し、触れていました:

「『技術書同人誌を書いたあなたへ 著者の幸せなミライ』と同人誌の商業出版まわりのメモ【前編】('19.5.10、23時台に後編リンク追加)|仲見満月の「分室」|note(ノート)

 

の「3.悩む著者の彷徨~Chapte2にある装丁や本文のデザイン・クオリティや部数など商業出版の現実について~」

*2:例えば、忙しくて疲れているユーザーに対して、ストーリーを開放する時期を決めたり、ログインボーナスで支給するアイテム数を調節したりして、負担をかけないようにする、など。ボルテージの場合、ビジュアルノベル形式の恋愛コンテンツでは、アドベンチャーパートを1話15分程度の短い時間で読み切れるようにしているそうです。

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