仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

理系の中の地学~文系寄りに見えるその特徴と接点~

先月から理系人々のことを書いていて、そういえば、身近だった割に触れていない分野のことを思い出しました。しかも、最もお世話になっていたところだったにも拘わらず。

それは、地学分野です。細かく分けると、岩石学や鉱物学など。院生時代、研究室の先輩に連れられて、初めて訪れて一飯のお世話になったのも、この分野に属する研究室でした。

 

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地学は、理系分野の中では、文系に近い特徴をいくつか、もっています。本記事では、私がお世話になっていた地学の研究室から、地学が文系に近いという学問分野の特徴を見つけた上で、その次に、地学が文系との接点を持っているポイントを紹介したいと思います。

 

なお、私自身は、高校時代に地学を学べず、それから数年して文理総合系大学院に進学してから、地学の研究室と関わるようになりました。そのため、今回の内容は、まったくの素人が外から見た事情を喋ったに過ぎません。その点について、ご了承ください。

 

〈今回のもくじ〉

1.身近な地学の研究室について~地学はどんなことをするのか?~

私の関わっていた地学の研究室は、主に岩石やそれに含まれる鉱物を調べることで、地域ごとの地層構成や大地の成り立ちを明らかにする研究をやっているようでした。先の一飯を頂いた時、自己紹介で出身地を言うと、どうやら地学の世界で有名な地層のある土地だったようです。その研究室の先生方やポスドクの人たちは、私の地元の地層、さらにその地元都道府県で観光地にある地層の話で、盛り上がっていました。

 

理系の中では、野外で岩石の調査に行くフィールド系に属します。定期的に日本の各地、海外ではヨーロッパ各地を訪ねては、サンプルになる岩石を採取し、記録をつけては持ち帰り、調べるのです。例えば、後輩のNさんがドイツに行った時は、ジャガイモ畑の周りを歩いて石を集めることになりました。採集対象の岩石の外側は土がつき、拾った見た石の目は周りの畑に落ちているジャガイモと変わらず、なかなか、採集に手間取ったらしいとのこと。やたら、岩石を求めて平野や丘の畑、山を登り、崖の下に降りるといったこともあるので、足腰が嫌でも鍛えられます。

 

同じ時、地層の様子をスケッチして、地層の構成を記録に残すこともあるようです。

 

集めたサンプルは、専用の機械で調べます。院生部屋の向かいには、作業室があり、院生が岩石や鉱物を持ってきては機械の台に載せ、スライス。その後、別の機械にかけて、試料に含まれる成分を測定するということをやっていました。岩石のサンプルと言っても、手のひらにおさまる石ころサイズから、直径が50センチを超える岩と呼べるようなサイズまであるわけで、それを軍手をつけた両手で持ち上げて運び、スライス機の台や測定機に載せます。男女関係なく、自分の研究試料は自分で運ぶのが暗黙のルール。皆さん、両腕の筋肉が隆々になってきます。

 

 

そして、ほかの理系分野の研究室と同じく、定期的に学会や研究会で出張があります。そのため、例えば、ほかの研究室と合同で何かイベントをしようとすると、誰かがいつ戻ってくるのか、知っておかないといけません。それ故、その地学研究室のメンバーの予定を把握する目的で、メンバーの予定が一目で分かるカレンダーが作業室に貼ってありました。

 

そんな感じで、地道な研究活動が中心の地学研究室の皆さんは、あちこちを移動するためか、地理感覚が非常に鋭かったです。またお酒が好きな人が多く、戻ってくる度に渡航先の地酒やおつまみを買ってきます。そうなると、私たち他の研究室の人々が遊びに行き、飲み会をしつつ、メンバーの行ってきた場所の話になり、現地の様子や治安、そして気がつくと、よく酒と食べ物の話になっていました。

 

研究面では、特定の地層や岩石・鉱物の名前、それらが採れる場所を沢山覚える必要があり、地理的な感覚が磨かれることから、記憶力に優れた人たちが地学を専攻するイメージが出来ました。また、私が学校で地学を担当していたの講師の方に聞いたでは、高校の地学では暗記する内容が多いそうです。こういった点からは、記憶力が重要な地学は、理系の中でも文系に近い特徴があると考えてよいでしょう。それに加えて、フィールド調査で上り下りをして歩き回り、大学に戻ってからは岩石サンプルを運ぶので、体力がつく。まとめると、地学を専攻する人たちは、「高い記憶力と身体を使う、文系に近い理系フィールド屋さん」といったところでしょうか。

 

次は、地学を文系寄りの分野と仮定し、文系との接点となるポイントを挙げていきたいと思います。

 

 

2.接点ポイントその1:文系から理転しやすい

文理総合系大学院にある地学研究室には、私が出入りしていた当時、後輩が3人いました。一人目のYさんは人文科系学部を2年次に転学し、うちの大学院の下に設置されている文理総合系の学部に3年次から編入し、地学をやるためにこの研究室に入り、修士課程に進学しました。もう一人のZさんは社会福祉系学部を卒業後、この大学院の修士課程に入学し、この地学研究室に入ってきました。残りのNさんは、文理総合系の学部に入学後、3年次に理系コースを選択し、研究室選択で地学研究室を選び、そのまま上の大学院に進学しました。

 

ここでは、YさんとZさんに注目して、見ていきましょう。

 

Yさんは、専攻していた人文科学から、積極的に文理総合系の学部・大学院で地学を学びたいという意志を持ち始め、難関の学籍変更手続きをパスし、地学研究室にやってきました。修士2年次の国際学会で賞を受けるほど、研究業績が優れており、地学への熱意と努力が伝わってきます。

Zさんは別の社会福祉系学部で卒業論文を書き、院試で地学研究室に入るための必要最低限の地学知識を身につけ、合格後に修士課程に入学しました。入学してきたタイミングはYさんより2年ほど遅めではありますが、地学を研究したいという熱心さについては、Yさんと同じものがあるようでした。

 

私が気になっているのは、大学受験で考えた時、理系の受験生が文転して文系学部を受験するケースはよく耳にするものの、逆に文系の受験生が理転して理系学部を受験するパターンは、ほとんど聞いたことがないということです。これは大学や大学院についても同様です。ときどき理系学部・大学院から文系学部・大学院に移るという文転した人は見かけるものの、逆の文系学部・大学院から理系学部・大学院に移るという理転する人は、非常に珍しいケースとなります。

おそらく、理系から文転するケースが多いのは、数学や理科といった理系科目には、数式やそれを基にした理論を覚え、しかもそれを体系立てて使えるようにするには、大雑把に言うと、国語・英語の文法や社会科といった暗記量は多くとも覚えるコツさえあればクリアできる可能性の高い文系の科目に比べて、試験対策に時間がかかってしまうと思われます。つまり、理系から文転するほうが、文系から理転するのに比べて、対策が立てやすく、試験対策に要する時間が少なくて済むといった利点があるからだと考えられます。

 

さて、その非常に珍しい文系から理転のケースには、YさんやZさんのように地学を選んだ人が含まれています。理系分野とはいえ、暗記する知識の量が多いとされる地学であれば、理工学や生物学等のほかの理系分野に比べれば、まだ試験対策に要する時間は少なくて済むと推測できます。つまり、文系の人にとって、地学を受験科目に選択できれば他の理系科目に比べて、試験勉強の負担が軽くなるのです。

 

YさんやZさんを指導している地学研究室の先生も、地学には文系の専攻から理転して入ってくる学生が多いと言っておられました。そのはっきりそた理由は先生からは聞けませんでしたが、おそらく、私の推測も理由の一つとして有りうるのであり、暗記で試験対策がしやすいというところが文系との接点になっているのでしょう。

 

大学の受験対策で考えると、今までのセンター試験で、文系の受験生が理科で地学を選ぶことは、試験勉強の負担を考えると得点を挙げる有効な方法になりえ、ひいては高校の理科でも地学を文系高校生に教えたほうが合理的だと考えられます。しかし、実際に日本の高校で地学を教えている学校は、なぜか物理や化学、生物に比べて圧倒的に少なく、私の母校では、文系・理系のどちらの生徒も、最初から理科の選択科目には地学がありませんでした。それは、一体、なぜなのでしょうか?

 

 

3.接点ポイントその2:その他の理系分野より就職が厳しい

単純に考えると、もともと、日本では地学を生かす道が少なくい=地学を学んでも生かせる進路に人材が行かなくなってしまい、高校で地学を選ぶ生徒が多くなく、それが地学を教える機会自体が少ないことに結びついている――。ネットサーフィンをしていると、日本ではその他の理系分野に比べ、地学の需要が少ないということは目にします。

 

先述のYさん、Zさんともに、修士課程の時に就職活動を行い、一般企業の文系総合職で内定を取って、修了後は内定先に就職したそうです。人生のプランとして、実は2人とも地学をやるのは修士課程までと決め、その課程を終えたら社会人として働き出すという覚悟のもと、大学院在学中は思いっきり好きな研究をしたと言って、研究室を出ていきました。それは、地学を専門とする仕事で食べていくのは、厳しいと認識していたから。

文理総合系の学部出身の後輩Nさんについても、地学の研究で厳しいというのは分かっており、それを覚悟の上でNさんは博士課程に進みました。Nさんは、積極的にいろんな研究助成プログラムに書類を出し、その一つに合格。某団体の特別博士研究員として研究助成金を受け取り、博士生として地学研究室に在籍して、研究を続けています。

 

彼ら院生が地学の就職が厳しいと認識していたのは、そのボスである先生自身が地学の分野で大学に教員のポストを得るのが難しかったという経験を聞いていたからかもしれません。

 

現実問題として、今の日本では地学で就職口を得るのは非常に困難だと、先日、Twitterでツイートが流れてきました。その中に、なぜ日本で地学の需要がないんだ?という疑問があります。これは私の推察ですが、気象学、災害に絡む自然環境のダイナミックな変化含む地球科学といった、地学とは異なる他分野に注目が集まり、研究予算がそちらのほうに行きやすいといった事情が考えられます。特に、地震の多い日本では、どうしても国民の生活に関わる災害対策により結びつきやすい、他の理系分野にお金が集まってしまい、注目されにくい地学までは予算がまわりにくい、といった事情があるのではないでしょうか。どんな学問でもお金がなければ、それに携わる者は生活の見通しが立たなくなり、結果として、その学問を目指す人口自体が減ることで、その学問で食べられるポストが減っていき、地学者の就職が厳しくなるスパイラルは、昨今の人文科学分野の人々の就職事情とも重なってきます。

 

 地学を専攻した人について、研究機関のポストのほか、考えられるのは科学館、恐竜博物館、閉山した炭坑・鉱山等や地層を公開している施設(参考:日本ジオパークネットワーク)といった社会教育施設の職員です。

しかし、こういった施設は、ほかの理系分野の出身者、文系の中では地学に近いフィールド分野の地理学、文化人類学民俗学等と競合しやすいのです。施設にアルバイトで勤めていたとか、研究活動で出入りしていたとか、施設の責任者に伝手があるとか、特別に有利な条件がないと、なかなか、就職に結びつかないでしょう。

 

地学での就職には、どうやら、研究予算の事情もあって研究ポストを得にくいと考えらえるところ、社会教育施設の職員ポストは他分野(ほかの理系、文系のフィールド系分野)と競合しやすいところがあるということが分かりました。こういった地学の人の就職が難しいバックグラウンドは、私の中ではどうしても、今の日本の人文科学系分野の置かれた立場と共通していると感じてしまいます。そして、そこには地学と文系分野との接点があるように思うのです。

 

 

4.まとめ

今回、院生時代に関わっていた地学研究室を入口として、最初に、地学は記憶力が重要なところがあり、理系の中でも文系寄りの分野だと言えることを述べました。次に、地学がもつ接点について、

 ・文系から理転しやすい

  (地学は暗記科目で、文系には試験対策がしやすい)

 ・その他の理系分野より就職が厳しい

  (他の理系分野より研究予算が少ないと考えられ、研究ポストを得にくい上、社会教育施設での就職についても他分野と競合するので厳しい)

の2つのポイントを挙げ、詳しく検討しました。結果、文系出身者にとって、地学は理系の中でも転向しやすい五峰で、よっぽど覚悟がなければ地学分野で食べていけないほど厳しい現実があることが分かりました。また、就職が難しい背景は、昨今の人文科学系分野と重なるものが見えました。

 

一般的に、理系と文系という大きな枠組みにおいて、理系は勉強に時間がかかり、負担が大きい分、文系よりも就職に有利と言われます。この言葉は、果たして本当なのか、私はずっと疑問を感じていました。理系と文系の大きなグループの中でも、それぞれ細かな分野を見ていくと、理系だからといて必ずしも就職に結びつく分野ばかりではないだろうと思い、今回、理系の中でも文系寄り地学について、取り上げたのです。

 

 

さて、ずっと記事を書いていた私は、地学の研究人口を増やすには、もっと盛り上がってほしいと思いました。

地学分野で何か学術的なイベントはないかと探したところ、日本地質学会では2008年に毎年5月10日を「地質の日」に定め、関連イベントを全国の大学や博物館等で開催しているとのことでした。サイトを見ていると、派手さはないものの、イベントは川の地質見学ツアー、地震にともなう地盤沈下の様子を見て回る探検会等、体験型の面白そうなものが沢山ありました。こうした活動で地学が盛り上がることで、少しずつでも、研究人口が増えていったら、うれしいと思います。

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