仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

【2016.12.2追記】Why academic books are very expensive ?~研究成果としての学術書の出版とその問題~

今回は、特に人文・社会学系の研究者の方々にとって、研究を続ける上で死活問題になりそうな、日本の学術書の話題です。なぜ、記事にするかというと、私が学術書を研究で使うのに、大変な不便を感じているからです。

 

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〈今回の目次〉

1.ここでの「研究成果としての学術書」の「定義」と出版背景

平たく言うと、博士論文や投稿論文、とある学術団体の研究報告書などの研究成果をベースに(場合によっては加筆・修正を行い)、本としてまとめた出版物のことを指します。 研究成果としての学術書とは、次のような認識を私は持っています。

 

 ①学部生・院生にとって高価であること。

 ②少部数の印刷にとどまること。

 

①の価格に関しては、個人的には3000~4000円台が低価格(東洋学では、関西大学東西学術研究所研究叢刊の本が、この価格帯に入る模様)、それでも安いほうに入るのでは?と感じるのが1万円まで。それ以上の高価なものは、3万円以上しても、不思議ではないというのが、学術書の価格でしょうか。それでは、どうしてこんなに高価になるのでしょうか?

 

それは②の少部数、数百部しか印刷されないことと深い関係があります。もともと、博論をベースにした学術書の出版は、私のいた分野は数百部ほど刷って、予算のある大学図書館、大都市の公立図書館に購入してもらい、そこで借りて読むシステムによって成り立っていました。(2016.12.2追記政治学系だと初版は500~1200部ほどだと予想されている方も

購入者がいたとしても、該当分野の研究者が中心です。つまり、最初から売れないのを前提としているので、学術書を出すというのは、出版社には非常にリスキーな仕事なんですね。少なく刷って、資金のあるところを中心にして、売る戦略をとるから、学術書は高額になるのです。

 

だから、博士論文をベースにした著書、研究会の報告となる論文集を出す時は、科研費、学内の財団、民間財団などの出版助成金を申請して、Amazon楽天ブックスなどのオンライン書店ジュンク堂紀伊国屋書店などの既存の商業的な流通経路にのせ、一般の人でも注文・購入できる、いわゆる公開出版をとることが可能なんです。自費出版だと著者の負担に当たる部分を助成金で助けてもらい、商業的な流通に回るようにするのが、学術書の出版背景としてあります。

 

実際、知り合いのポスドクの方は科研費の出版助成を受け、博士論文を加筆・修正したご著書を出されました。私が今、拝読している内藤理恵子氏の『現代日本の葬送文化』(岩田書店、2013年)の「あとがき」の序盤に、

また、本書は、日本学術振興会より平成24年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金研究成果公開促進費〉)の交付を受けた。

 と書かれ、このご著書が助成金を受けて出版されたことが分かります。その他、私の指導教員が所属研究会の論文集を出した時は、学内の財団に助成金申請をして、出版を行いました。なお、こういった出版助成を受けて出された本には、どこの助成を受けたのか、明確に記さなければならないというルールがあるようです。

 

追記すると、偉い先生や指導教員が科研費の出版助成を申請する際、院生やポスドクは、

 ・申請理由について、先生のおっしゃったことを口述筆記で文書に書き起こす。

 ・申請書類の審査に出す原稿を指定部数分、印刷してファイリングして提出する。

という、下働きをさせられることもあります。

(本当は、いけないのかもしれませんが、やらされた先輩や同期がいました)

 

 

2.研究者が学術書を出版する意義およびその出版形態のこと

さて、苦労して書類をそろえて助成金を申請してでも、名の知られた出版社から学術書を出す大きな意義は、研究成果として信頼性を担保するところにあるそうです。先のポスドクの方、そして指導教員の先生は、付き合いの長い学術出版社に頼み、出版をしてもらったようです。偉い先生は、いくつか懇意にしていて、該当分野の書籍出版に強い会社があるとのこと。優秀な博士論文や文章を書いた弟子やポスドクを見つけると、偉い先生は自分と付き合いのある出版社を彼らに紹介し、公開出版できるように力添えをするそうです。

 

駆け出しの新米研究者にとって、名の知られた出版社から著書を出せるというのは、自分の研究成果を信頼のできるものとして、広く世の中に知ってもらうという文脈において、登竜門として大きな意味を持っているといえるでしょう。

(専門分野や、単著か共著といったスタイル等によっても、異なる可能性は大いにあるでしょうが、)ここが、知る人ぞ知る同人誌的論文集の発行と頒布、自費出版に特化したパブリッシャーから自費で公開出版するのと、大きな違いだと、私は考えています。

 

以上、ボス先生や先輩方との会話を思い出し、学術書には付きまとう出版背景と意義をまとめました。その次に、新米研究者が新書を出すことが出来たら、研究者として次のステップへ進めたことになるそうです。新書は、専門的な内容を簡潔にまとめたスタイルの書籍。一般向けに自分の研究成果を分かり易く書けるという、この新書を出せて、やっと、研究者として一人前なんだそうです。少なくとも、商業的な売り上げが見込める、新書出版の話が来たら、一人前と言えるようです。

 

そういうわけで、博士号取得後の新米研究者が、先輩研究者に言われるというのが、「早く本を出しなさい」という一言。偉い先生になると「出版社を紹介してやるから」の一文も加わります。

 

 

3.読者から見た学術書出版に潜む問題  

ここまで、著者や出版する側の事情の話をしてきました。ここからは、学術書の読者側の事情を少し、お話し致します。

 

一応、研究を続けている私は現在、学術書を大学や自治体の図書館で借りて読んでいます。借りた本だと、当たり前ですが汚損・破損しないように細心の注意を払って扱い、常に私は緊張して手に取っています。学術書は専門的な内容であり、そんなに速いスピードで目を通すことができないまま、返却期限がやって来る。借りた本だと、ハラハラしながら、落ち着いて読むことができないことが多く、それならお小遣いをためて学術書の購入をしようと思い、検討し始めます。

 

購入でネックになるのは、学術書の場合、まず少部数であること。オンライン書店では新刊書だと品切れだったり、出版社に在庫があっても発送に日数を要したり、読者のもとに届くには時間がかかる。次に問題となるのは、やはり高価格であること。もともと、定価が高いため、注文に至るまでに逡巡を繰り返します。著者の方には大変申し訳ないと考えつつ、古書店のサイトで目当てのタイトルを検索してたどり着くも、古書も手が届かないお値段なんです…。もともと、少部数印刷の学術書は、古書になると希少価値が高まることがよくあり、新刊で出たときの何倍もの値段になる場合が少なくありません。

 

さて、どうやって手元に学術書を持っておこうかと、現在も思案を続けております。現実的には、「自炊」が最適解かもしれません。以前、下の記事に書いたように、ハードカバー学術書のスキャンは大変疲れますけど。 

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

 

4.読者にも出版側にも快適な学術書のあり方とは?

実は先日、読者にも出版側にも、バッドニュースなことを、最近、小耳にはさみました。

 

大学、公立図書館の図書購入費、年々、減らされているため、学術書購入にも大きな制限がつくようになってきているそうです。こうなると、出版側もよほど意義のある研究成果だと認められない限り、今までのようにリスクを冒してまで高額な学術書を出版できなくなる可能性があります。このまま、既存の学術書出版制度を続けていると、特に人文・社会系の研究者は、研究継続ができなくなるといっても過言ではないでしょう。

 

そこで、読者にも出版側にも、快適な学術書のあり方を考えてみました。初歩として、とりあえず、研究成果を自費で出し、既存の商業的な流通経路にのせる公開出版の手段をとることがあります。この方法で出版された本としては、次のものがあります。 

 

 荒木優太『小林多喜二と埴谷雄高』ブイツーソリューション、2013年(Amazon)

www.v2-solution.com

このご著書は、著者の荒木氏が「電子書籍販売サイト「パブー」」のご自身のページでで公開なさった論考をもとに、練り上げて出版された成果だそうです。文庫サイズのペーパーバックであり、「在野研究の仕方――「しか(た)ない」? « マガジン航[kɔː]」の出版経緯によれば、Amazon等に流通させるのに必要な「ISBNを獲得し、印刷部数150部で請求金額は税込25万8025円に抑えることができた。」とのこと。先の学術書の公開出版に比べて、非常にリーズナブルだと感じます。とにかく、研究成果として速く本を出版してしまいたいんだ!という新米の研究者には、現実的な方法だと言えるでしょう。画期的な点は、もとになっている原稿が電子書籍のため、インターネットにアクサエスできれば、入手できるという利便性です。

 

こちらの荒木氏のご著書の内容については、失礼ながら、現在、拝読中のため、レビューは別の機会に譲るとして、ここでは、大学図書館での所蔵やAmazonでの在庫状況を少し書きます。私が少し調べた範囲では、日本全国の大学図書館における所蔵状況が検索できるCiNii booksによると、関西の某国立大学1館にのみ所蔵でした。Amazonでの在庫状況は、中古品の出品が1件のみ2万円…。とても、現役の学部生や院生には手の届かない値段でした。著者本人も呟かれていましたが、一刻も早く、商業的な流通を持つ出版社から復刊されることを願っています。

 

次のステップとしては、ある程度の名の知れた出版社のレーベルから、まず電子書籍として出版された後、紙書籍として出版されるようになること。これは、自己啓発やビジネスといった実用書、復刊された過去の人気漫画作品が電子書籍として出され、読者からの要望や売り上げ予想により、紙媒体での出版が決定されるケースです。学術書といっても、一般の人たちにとって身近な話題で、昨今では少子化、育児、学校教育、ジェンダー、恋愛・結婚といった新書で出されることの多い分野が、考えられます。人文・社会系なら、実学的な分野の本が出しやすいのではないでしょうか?

 

素人なりに、2つのアイディアを出してみました。結論として、電子書籍と紙書籍の2つの媒体で出版することで、読者の手に届きやすくし、出版側にとっては都合に合わせて手っ取り早く世の中に本を送り出すことができるという、双方にとって快適な学術書のあり方を考えました。

 

5.最後に

そもそも、今回、本記事を書くことになったきっかけは、Twitter上で、どなたかの「人文・社会系の研究は本さえあれば、研究できるというけれど、その元になる本のある図書館自体の所蔵数が減ってきている。このままでは、日本の人文・社会系全体の研究全体が危うくなるんじゃないか」という内容のツイ―トを見たことでした。私自身は読者側として、学術書のあり方に利用者の立場として不便を感じているだけでした。しかし、先のツイートによって、このまま、既存の学術書の出版システムが維持されると、出版側としても、読者側としても、人文・社会系の研究者は研究を続けられないことに気づき、本記事に業界事情をまとめた次第です。

 

学術書の出版やあり方は、一般の人たちから見れば、かなり特殊に思われるのではないでしょうか?私一人の声は非常に小さいとは思いますが、少しでも多くの方に届けることができれば、幸いです。

 

長くなりましたが、今回はここで終わりです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

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