仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

研究者の子育てと保育園の児童入所をめぐる問題~三鷹市の訴訟から~

1.はじめに

 1-1.非常勤講師を兼博士院生の子育てと保育園入所をめぐる問題への怒り

13日の午後、話題のドラマ「逃げ恥」の情報を求めて、今日もネットに出没し、Twitterで徘徊をしていたところ、下の記事がタイムラインに流れてきました↓

mainichi.jp

短めの記事を一読後、私は正直に申し上げますと、一瞬にして脂肪に包まれたハラワタが熱を持ち、グツグツと煮え始めたのを覚えずにはいられなくなしました。私が腹を立てたのには理由があります。それは、今年の流行語大賞に選定された「日本死ね」の原因となった保育所の待機児童問題との繋がりがあったことに加え、上記リンク先の毎日新聞が伝えるところでは、訴訟を起こした方が、育児をしている非常勤講師を兼ねる現役の博士課程の大学院生(以下、今回は博士院生と略称)だったことにあります。

 

一時的な怒りの感情に任せ、叫んでも自分の声に耳を傾けてくれる人は、いない。キレて大声を出しても、誰も本人の意見を聞いてくれないというのは、よく私の周囲では言われることでした。そこで、まず本記事では件の三鷹市の訴訟のあらましを紹介した上で、私を刺激したポイントを述べたいと思います。それから、出産・育児を経て、研究業務や職場といった仕事に、どうやって研究者が復帰したらよいのか、私の周囲の先輩方のお話を挙げ、考えてみたいと思います。

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 1-2.今回の三鷹市の認可保育園の入所をめぐる訴訟の概要

 報じる毎日新聞によると、三鷹市の訴訟の概要は、次のようなものでした。

子どもを認可保育園に入れられなかったのは自治体が責務を果たしていないためだとして、東京都三鷹市の女性(33)が市を相手取り、無認可の保育施設にかかった費用の一部60万円の賠償を求める訴訟を起こして争っている。夫婦共働きだが4人目の子どもは2年続けて選考に漏れ、入園はかなわない。弁護士に頼らない本人訴訟で、保育行政の不備を問うている。(上記リンク先の冒頭より引用

記事の続きによれば、 訴訟を起こした女性は、昨年春、第四子の次女を三鷹市の認可保育園に入所させようと入園選考に応募したところ、選考に落選。女性が愕然としたのは、第三子の長男を5年前に同じ保育園に入れていたこともあり、毎日新聞は「共働きなどの子育て世代が増え、競争が激化したとみられる」と伝えています。

 

この記事による入園選考のシステムでは、自治体ごとに保護者の就労状態などを点数化し、保育の必要度を点数化し、入園の選考を行うというもの。夫のほうは、フルタイムの勤務で40点。そして、女性のほうは非常勤講師とはいえ、博士課程に在籍するところを「学生」として見なされてしまい32点。応募した園に先の長男が通ってたいことで、4点の加点をがあったものの、私が計算すると、合計76点でした。市の窓口で女性が受けた説明では「夫婦ともフルタイムで80点はないと難しい」という、外野の私も悔しいと感じてしまうものでした。

 

その後、女性がとった行動は、現実的で苦渋のものだったと思われます。そのまま、記事より引用させて頂きます。

選考に漏れた後、慌てて三女の預け先を探した。無認可の施設が見つかったが、費用は認可園より高く、保育時間は短い。研究を家に持ち帰り、講師の授業日数も減らしてしのいできたが、今春も選考に漏れた。

上記リンク先より引用

その後、女性は「市は確実に保育を受けられるようにする児童福祉法の責務を果たすべきだ」と主張し、今年2月に訴訟を起こします。1審・東京地裁立川支部は同年7月、市は最善を尽くす責務はあるが、義務はない、と判断され、裁判では女性の訴えを退けられた。毎日新聞が続けて伝えるところでは、

都の認証園などにも入れなかった人も含め、今春の待機児童は4年連続増の264人。認可園に入れたのは5年連続で6割台にとどまり、国の待機児童緊急対策対象自治体にもなっている。女性には、市が最善を尽くしているとは思えない。
上記リンク先より引用

そうして、女性は東京高裁での第一回口頭弁論を今月に終え、保育園不足が仕方ない現状がおかしいという問題を、訴訟を通じて伝え続けるそうです。

 

 1-3.問題のポイント:女性の入園選考時の労働状況の扱われ方

今回の訴訟のあらまし、申し訳ないくらい、元の毎日新聞の記事を引っぱってきて、しまいました。問題があれば、書き直しますので、読者の皆様、ご指摘ください。

 

さて、私がこの記事を読み、頭にきたのは、三鷹市の入園選考システムにおいて、重視される児童の保護者の勤務状況に対する評価です。本ブログ記事の冒頭にも書きましが、訴訟をおこした女性は「非常勤講師を兼ねる現役の博士院生」でした。三鷹市の担当者には、大学や短大などで授業を行う非常勤講師という女性の仕事を、極端に言えば、学生の単なる「アルバイト」として正規の労働ではないと見なし、それよりも女性が博士課程に在籍している大学院生、つまり、学生という身分のほうに重点を置いた扱いをしたのだと考えられます。

 

もし、この記事をお読みの方で、性別関係なく、院生のまま学生結婚をなさり、伝手があって非常勤講師として働き、研究者として論文を書き続け、更には博士論文まで書いて学位を取得しようとしていらっしゃる方がいたら、よ~く覚えておいて欲しいことがあります。大学や短大、高等専門学校、そして専門学校などの高等教育機関で教員を志望した場合、大学教員などの研究職への採用審査において、非常勤講師は(立派な)職歴・教歴として認められ(ることがあり)ます。

ただ、非常勤講師に対する認識は、上記のアカデミックな世界を出ると、三鷹市の訴訟のように、自治体の保育園の入園選考など、世間では「ただの学生のアルバイト」と認識され、労働や職の経歴として、軽くでしか扱われないことがあります。

 

行政の方と仕事をする機会があった先輩のお話では、「私が行き始め大学の非常勤講師のお話をしたら、ただの学生のアルバイトですね、って軽く言われたことがあったよ」と仰っておられました。自治体の職員の方のには、修士卒の方も時々いますから、そういったアカデミックな世界に理解のある人なら、高等教育機関の非常勤講師の職の持つ意味が分かるかもしれません。でも、悲しいかな、自治体で決められた基準やマニュアルに照らせば、おそらく、非常勤講師は非正規労働であり、特に児童の入園選考では、院生のほうの身分が重く扱われがちになるのでしょう。

 

 それでは、研究も、非常勤講師の仕事をする立場の人たちで、例えば、

 ・身内に子どもを預けられない

  (実家や親族が遠方にいる、人間(関係)上の問題があるので預けたくない等)

 ・パートナーや自分の仕事柄、どうしても仕事場に子どもを連れていけない

  (実験施設等の勤務先の環境が危険等の事情)

といったような事情を抱え、子育てをする過程で、どうしても子どもを預けて働かざるを得ない場合、どうしたらよいのでしょうか?

 

次は、調べたこと、そして私の先輩研究者の方々の話をもとに、考えていたいと思います。

 

 

2.研究者の子育てと保育所入所への対処法~先輩方の体験談を中心に~

 2-1.キャンパス内の託児施設を利用する

naka3-3dsuki.hatenablog.com

半年ほど前、書きました。キャンパス内の託児所の詳細は、上記の拙記事のリンク先にを読んでいただきたいと思います。ポイントを纏めて書くと、

国立大学では、北海道大学東京大学京都大学名古屋大学などに多く、この形で設置されていたようです。認可保育所、保育室等、その形態は様々であり、保育料も、認可か認可外かで大きな差がある

ということと、

なお、入園の選考は学内の保育所の場合、大学の教職員、院生というように、学内での「身分」によって優先順位があるそうです。 

ということです。 三鷹市ほど、あるいはそれ以上に、大学内でも入園選考は厳しいかもしれませんが、チャレンジする価値はあると思います。

 

 2-2.事前に地域自治体の入園選考システムを調べてから出産、入園選考に挑む

上のキャンパス内託児所では、知人女性が研究生*1だった時に調べたところ、そもそも、所属大学では利用対象外。その時、ご主人は別の大学で正規職の常勤講師をされていました。知人女性とは入籍済みで、第一子を妊娠中。さあ、どうしようか、と。

 

この方は、社会人のご主人と相談し、徹底的に居住市町村の保育所選考システムを調べ上げたそうです。運よく、お子さんを入園申し込みに有利な時期に出産。ご主人が書類を集めておき、調べ上げた通りの手続きを踏んで、第7~8希望くらいまで入所希望を出したそうです。通知が届くと、何とか知人女性の通学圏内のところに「当選」したとお聞きしました。

 

その後、女性は第一子を保育所に預けながら、研究生から博士課程に進学され、育児をしつつ、博士院生として6年在籍されて博士論文を出され、博士学位を取得。現在、2人目のお子さんの「保活」をされながら、ポスドクとして研究を継続されているようです。

 

 2-3.異動であっても「契約職員」としての勤務先を確保する

何とか首の皮一枚で繋がった印象の博士号ホルダー女性・Lさんのお話です。

 

Lさんは、博士院生のころ、研究関係の財団資料館の専門司書として、年一回更新の契約職員の身分で働き始めました。勤務日は週の平日半分ほどで、それ以外の時間に大学院で授業やゼミに出席し、研究をしました。大学院を修了と同時に博士号を取得後は、伝手を得、出身大学院と同じ自治体内の別の大学に非常勤講師として、年一回更新の契約で、講義に行き始め、2年が経ちました。

博士卒後も、出身研究室のゼミや飲み会に参加されることがあり、そこに新任の教授が連れてきた社会人博士生の方とご結婚されました。数年後、Lさんは妊娠され、専門司書と非常勤講師のそれぞれ、妊娠3ヶ月目から一年の育児休暇に入られました。そこからが、いろいろ、大変だったそうです。

 

出産後、既に専門司書として勤務する契約更新期限を過ぎてしまっていました(育休中は契約更新手続きがとれないシステムだった模様)。非常勤講師のほうは、別の先生に半年ほど講義を代わってい頂いていたそうですが、その次の年度の大学カリキュラムの都合で、Lさんが担当されていた講義科目がすべて、廃止されることになりました。代わりの科目新設も財政上、厳しいということで、事実上、Lさんはその大学をクビになったのです。

 

Lさんの研究領域は日進月歩で、発見の続く分野でした。研究者としてのキャリア上、どうしても研究関係の職を続ける必要がLさんにはありました。その必要性は、社会人院生をしていた配偶者の方にも理解されていました。経済的に不安定になりがちなLさんを支えるため、配偶者の方は正社員の仕事を続けなければならず、どうしても、おこさんをお子さんを預けてなければなりません。

しかし、Lさんのご実家も、配偶者の方のご実家も遠方にあり、頼れる親族の方も2人の近くにいません。背に腹は代えられず、自治体の保育所入所を考え、「保活」を始めようと、居住する自治体の窓口に親子3人で行き、相談しました。担当職員は「うちの自治体では、保護者のお母さまのほうが働いていらっしゃらないと、入所の選考に応募できません」と返答がありませんでした。つまり、お子さんの保育所入所のため、Lさんは就職先を新たに見つける必要が出てきたのです。

 

このいきさつについて、私は仕事終わりにゼミに来ていた社会人院生の方から、構内の立ち話で伺って、愕然としました。じゃあ、体調面で妊娠後に退職して出産後に就職先が決まらないシングルマザー、シングルファーザーの人をはじめ、この自治体の保育所選考制度にもれる人は、たくさんいるんじゃなかろうかと。

 

Lさんは一旦、ご実家にお子さんを連れて預かってもらい、居住自治体に戻ってきて就職活動をされました。なかなか仕事が決まりませんでしたが、事情を知った財団資料館の元同僚の方々が動かれて、同じ財団の別部署で契約職員としてですが、働けるように手続きをして下さったそうです。結局、Lさんは財団資料館から、財団の別の部署に「異動」する形で、新たに契約職員として働くことになったようです。

Lさんによれば、財団資料館の方々は優秀なLさんのことをかって、何とか正規職員として働けないか、財団のほうにはたらきかけていたそうですが、財政上の理由から、実現しなかったらしいとのことでした。

 

母親のLさんが契約職員に決まったことで、居住自治体の保育所の入所選考に応募できるようになったのです。以上のように、Lさんは博士院生のころから勤務していた財団に必要とされた優秀さにより、契約職員として新たに採用されたことで、お子さんを保育所に入所できる第一の条件を満たすことができました。

 

Lさんの経験談での教訓は、何としてでも、契約職員として勤務先を確保することにより、自治体の保育所の入所選考基準を満たすこと、ということでした。

 

 

3.最後に

前の「2.研究者の子育てと保育所入所への対処法~先輩方の体験談を中心に~」では、事例数は2件と少ないですが、先輩研究者の体験談を挙げ、保育所入所への対処法を考えてみました。

 

体験談を通じて私が学んだのは、面倒ではあるけれど、とにかく、早めに居住自治体の保育所の入所選考制度を調べておくこと。そして、なるべく早く、その制度に合わせた条件を整え、利用できるものは利用すること。

 

ところで、人生というものは、自分一人が思い描いた生涯設計や計画の通りにいかなくなることも、大いにあります。某西洋文学の先輩研究者が言っておられましたが、

「何歳までに留学したいとか、学位取りたいとか、こんな本を出したいとか、個人で考えてはいても、その通りには全部、いかないんだよね」と。その方は、博士号持ち、留学帰りの男性で業績バッチリ、非常勤講師の経験ありの研究職志望者としては優良物件でしたが、2年経って、やっと任期3年の特任助教に採用されました。そうして、やっと婚約者の方と入籍できたそうです。

 

思うに、先の体験談どおりに、保育園への入所がスムーズに決まったり、土壇場で入所選考の条件を満たせたり、うまくいくことの方が珍しいでしょう。日本全国の都市部の待機児童問題を振り返ると、私はそう考えざるを得ません。

 

 こういった妊娠、出産、子育てに絡む公的な支援システムが利用しにくいと、特に出産に対して、まだまだ生物的なタイムリミットがあると言われる女性は、これからの人生を考えると、産みたい気持ちがあっても躊躇ってしまう、と思われます。件の三鷹市の訴訟を鑑みるに、なおさら女性研究者は、出産のタイミングを見極めるのが困難とも言えそうです。

(Q&Aサイトには、次のような相談もポツポツ、あるようですし:

女性研究者の方に質問【転職と妊娠】 : キャリア・職場 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))

 

えいやっと、子どもがつくれるときに、つくっちゃえ!勢いで、産んじゃえ!と仰る、尾頭ヒロミ姉さん(女性の先輩方)もいらっしゃいました。確かにそういう思い切りがないとタイミングを見失い、充実した人生を送れない人もいるかもしれません。それでも、私はモヤモヤとして、先の西洋文学の先輩研究者の言葉が心に引っかかっております。

人生、時には思い切りのある行動をとると、突破口になることもあるでしょう。本ブログで書いているような、迷ってばかりは見苦しいかもしれません。そうだとしても、どうか今しばらく、私はここで院生の生き方について、書いて考えたいと思います。

 

今回も長くなりましたが、ここまで、お読みくださいまして、ありがとうございました。

 

 

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*1:大学院等の正規の学生ではないものの、それに準じる身分。研究生として大学に在籍すると、図書館の利用ができたり、単位履修はできないものの授業を聴講できたり、研究に必要な最低限の制度やサービスを利用することができるようになる。大学によってその名称はさまざま(研修生など)。つまり、「見習い院生」。

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