仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

噂の #藤村シシン講座 のアポロン神と神託の回に行ってみたレポ:講義の内容編~『 #古代ギリシャのリアル 』の話も~【 #FGO 関係】

1.FGOの医神にハマった仲見、その父アポロン神と神託のことを学びに「藤村シシン講座」へ行く~

2019年6月、第2部第四章の配信が始まり、スマホ向けRPGFate/Graod Order』(以下、FGO)の異聞インドの物語に、ギリシャ神話の医神アスクレピオスがキャラクターとして登場しました。この医神に心を掴まれてしまった私こと仲見満月は、彼について知りたいと思い、少しずつ調べ始めました。アスクレピオスを中心に、古代ギリシャの情報を集めるうち、オリュンポス十二神の一柱ずつの紹介や、古代ギリシャの人々の生活を紹介した書籍『古代ギリシャのリアル』(以下、本書)にたどり着き、読み進めることに↓

古代ギリシャのリアル

古代ギリシャのリアル

 

 

本書の著者で、古代ギリシャ研究家の藤村シシン先生については、以前から、色々とネット上で話題になることもあってか、お名前を存じ上げておりました。例えば、

といった数々の出来事。上記のとおり、藤村先生は「古代ギリシャへの愛」、それから研究で得た専門的な知見をフルに生かしたご活動をされており、ときどき、Twitterのタイムラインに流れて来るツイートによると、藤村先生のイベントや講座に参加した方々は、何だか、楽しそう。いつか、会って色々と古代ギリシャのことをお尋ねしてみたい、そんな気になる研究者の方でした。

 

さて、マイペースに本書を読んでいたある日。私は、アスクレピオスのことを調べていて、第3章の「病気の治療は夢の中で」の箇所と、その父神アポロンの紹介セクションを読んでいました。アポロンといえば、ギリシャ神話では、自他ともに恋が絡むと悲劇が起こるエピソードの多い神。私が知っているエピソードは、主に次の3つです。

  • クピドをからかったことによる呪いで、恋したダフネに嫌われ、彼女を追い続ける。追い詰められたダフネは、月桂樹に姿を変え、最後までアポロンを拒絶した
  • 恋仲にあった人間の王女コロニスは身籠る。(お互いに会えないうちに)アポロンは彼女の不貞の話を聞きつけ、激昂して矢を放ち、重傷を負わせた。彼女はアポロンとの子を妊娠していことを告げ、息絶えた。アポロンは火葬前にコロニスの胎内から子を助け出し、ケンタウロスの賢者ケイローンに預けた(この子がアスクレピオス) *1
  • 姉神アルテミスの恋人である狩人のオリオンを嫌い、一計を案じて、アルテミスにオリオンを殺させる

 

そんなアポロン、本書の権能の欄には、光明、律法や道徳と共に「疫病、突然死」と、不穏なワードが並んでいます(本書p.54)。この時、私の中のアポロンのイメージは、「色恋の話題を抜いても、権能からして疫病神やん!」と、(自分の知識のなさを棚に上げて)黒寄りのものとなりました*2

f:id:nakami_midsuki:20191029193314j:plain

(イメージ画像:アポロン アポロン-柱 像 - Pixabayの無料写真の写真を仲見がトリミングしたもの)

 

一方で、アポロンは律法や道徳を司る神でもあります。色恋により悲劇を起こす感情的で不安定なイメージと、律法や道徳といった規律や秩序に関係する要もの。「その二面性は、どこから来るのか?」と、私は不思議に思いました。

 

そんな折、NHK文化センターの京都教室で、藤村シシン先生が、「古代ギリシャの神託にせまる」と題して、講義をされる情報が入って来ます。神託といえば、デルフォイアポロン古代ギリシャ世界で一手に引き受けていたと聞いたことがあり、そういえば本書の彼の権能にも、太い文字で「神託」と記されていました。

 

分からないことは、専門の研究者に聞いてみよう!というわけで、私は楽しいと噂の藤村シシン先生の講座で、アポロンと神託の回に行ってきました:

 ●NHK文化センター京都教室:10/27 古代ギリシャの神託にせまる | 好奇心の、その先へ NHKカルチャー

 

本記事では、この「古代ギリシャの神託にせまる」(以下、「アポロン神と神託の回」とも)のレポートをいたします。ところどころ、藤村先生のご著書『古代ギリシャのリアル』を読みつつ、補足。古代ギリシャに関して、私は学んでいる途上であり、よく分からない箇所がございますが、何卒、ご寛恕ください。

(誤りがありましたら、こっそり、こちらの「匿名メッセージ送信サービス」等で、ご指摘ください)

 

長くなるため、今回は「講義の内容編」と「主にアポロン神の二面性の謎編」の2回にわたって、お送り致します。

 

 

2.講義「古代ギリシャの神託にせまる」の内容を振り返る

 2-1.最初に「今回の講義内容の要点」

秩序を司るアポロン神は、古代ギリシャ世界の中心にあるデルフォイの神託所のおいて、各地からもたらされた人間の「お伺い」に答える、つまり、神託を与えることで問題を抱える人々の混沌とした状態を解消し、秩序をもたらす役割を果たしていました。「お伺い」の後、神→ピュティア(巫女)→神官→神託を求めてやってきた人々といった順で神託が伝えられました。

 

神託所での言葉のやり取りは、韻律のあるメッセージで行われ、そうした音楽的で情緒的な世界で、人々は神託を解釈し、自分たちで設定した選択肢から運命を選び取っていました。「お伺い」の中には、ペルシア戦争において、ギリシャ側の艦隊が勝利をおさめた「サラミスの海戦」もあったということです。

 

 2-2.講義「古代ギリシャの神託にせまる」の内容とそれへのコメント

  世界の中心地デルフォイとその神託所にアポロンがいる理由  

そもそも、デルフォイの神託所にアポロンがいて、しかも、そこが世界の中心とされたのか?この謎について、シシン先生は、こういう説明をされました。

 

まず、古代ギリシャの世界とは、円形の地図で表すと、

をそれぞれ、占めているイメージです(次の地図参照)。この古代ギリシャの世界のイメージでは、デルフォイがその中心点に位置しています。

 

f:id:nakami_midsuki:20191029223434p:plain
(画像:「古代ギリシャの人々にとっての世界」、講義内で示された図像を思い出しながら仲見が描いたもの) 

 

そのデルフォイに、秩序の神でもあるアポロンがいる、と。

 

アポロンデルフォイの神託所を受け持つようになった経緯については、一応、エピソードが存在します。もともと、デルフォイの神託所は大地の神々とされるガイアやニュクスらがいて、聖域の警護は大蛇ピュトンが任されていました。そこへアポロンがやって来て、ピュトンと死闘を展開。弓矢でこの大蛇が倒され、秩序の神がデルフォイの神域を手にしました*3。古いものの象徴である大蛇を倒し、アポロンが神託を担当する意味は、秩序の神が(問題を抱えた)人間たちの混沌とした状態をただす、ということです。ただし、この話は神話の中でのイメージとのことでした。

 

  「お伺い」から神託を受けるまでの流れとピュティアのこと

この神託所では、3~11月の毎月7日のみ、「お伺い」を受け付けており、それ以外の機関に行っても応じてもらえません。「お伺い」に来た人々は、次のようなプロセスを踏むことで、神託を与えられていたとされています。

  • 禊…泉で身体を清める
  • 初穂料をおさめる…神託を求める人の「お伺い」の内容や経済状況に合わせ、「お気持ち料金」をその場で支払い、買ったクッキーを神へ献上する
  • 導入供儀…神殿で用意されたヤギや牛を焼き、煙を神へ捧げる。動物の鳴き声や動作、調子によっては失敗となり、そうなると、神託を求める人々は出直すことになる。

 

なお、神託所の神殿跡は発掘報告が出ているが、その内部のどこにピュティアがいて、どのようにアポロンから神託を受け取っていたかのは、古代ギリシャの当時から秘されていたそう。ピュティアのイメージを伝える絵入りの皿が発見されていて、巫女が三脚台(もしくはスツール?)に腰かけ、水盆を手に取っている様子が分かります。この絵の解釈については諸説あり。絵そのものについても、「描き手は実際にはピュティアを見ずに自分の中のイメージで描いたのではないか?」と言っている研究者もいるんだとか。藤村先生曰く、皿に描かれた巫女は、当時の古代ギリシャ人が持つピュティアのイメージであるということは言えるんじゃないか、ということです。

 

  神託所は今のGoogle検索である!

さて、デルフォイには個人から各共同体、国家の使者が来ており、の神託所にはかなりの情報の蓄積がありました。持ち込まれた「お伺い」と神託については、統計学的な研究がされています。その中の研究の1つには質問文のリストが入っており、講義で配布されたレジュメに和訳された一覧表が掲載されていました。例えば、神話に見える質問では、疫病・飢饉・天災に関するものが最も多く(41件)、歴史上に見える質問は儀礼の創始(15件)が最も多いとか。「聞き方の特徴」としては、すべきことを尋ねるもの、尋ねる側が選択肢を提示した上でどちらを選ぶべきかと問うもの、ある事に対する真実を問うもの、の3パターンに分類されていました*4

 

神託所では、蓄積した情報を様々に組み合わせ、神託を待つ人々への回答を出すことができたことも指摘できるということです。例えば、外交関係で、AとBの国が戦争のことで神託所に来た後、C国がAとBのどちらと仲良くすべきかと「お伺い」をした場合など。シシン先生曰く、情報を駆使して答えを用意し、神託のメッセージを準備し、それを問題を抱えた人たちが受け取るという一連の流れは、今だとGoogle検索を使う現代人と似ています。


問題を抱えたら、ネット検索で調べ、答えにたどり着く。そのプロセスの話を聞いて、ふと、私は中国古代において行われた牛骨や亀甲を使った占卜のことを思い出しました。戦国時代(だいたい紀元前5~紀元前3世紀半ば)の中国では、各地の共同体の有力者が、例えば雇用したい人物について、占卜で神意を問い、吉凶と共に問題があるなら対策を立てようとする。この占卜は、物事を実行しようとする際の事前調査とみなせば、今のインターネット検索のような役割を果たしていたともいえるのではないでしょうか?*5

この点、デルフォイの神託と中国の占卜は、ネット検索のような存在として、共通点があったと思われます。

(中国古代の占卜には、古代ギリシャ世界のデルフォイの神託所のように、各地から神意を問いたい者たちが集まるような特定の場所はなかったようです。)

 

  韻律をもつ神託のメッセージ

実際にやり取りされた神託のメッセージ文には、韻律(リズム)がついていて、日本人の感覚だと和歌や俳句の「五・七・五・七…」に近いものだったんだとか。講義では、シシン先生が古代ギリシャ文字の部分を読み上げられ、聞いていた私には音楽的でメロディーのある文章で、先の<要点>に書いた通り、古代ギリシャの人たちは、非常にリズミカルな世界に生きていたことが想像できました。

 

講義で紹介された神託メッセージには、誌的で解釈に幅をもたせるものが多い。より詳しい情報を引き出すためには新たな「お伺い」をした上で神託を受ける、あるいは神託の文を質問した側が解釈した上で選択肢を設定して答えを決める必要があったということです。「お伺い」をしに行く人間としては、面倒臭く感じた人もいても不思議ではなさそうで、最初から詳しい質問文を作って行くと何が起こるのか、と考えました。

 

  デルフォイの神託所の終焉

各地から様々な情報の集まったデルフォイの神託所は、紀元前9世紀~紀元後4世紀の間、千年以上、存続しました。最後の神託は、紀元後361年、つまり紀元後4世紀半ばにローマ皇帝のユリアヌスの頃、皇帝の死者が持ち込んだ「お伺い」です。「あなたの崇拝を復活させたい」という問いに、返って来た神託は、

帰りて皇帝に伝えよ。精緻なる神殿は地に倒れた。

もはやフォイボス・アポローンの拠り所はない。霊験ある月桂樹も、

物言う泉もない。ここに言の葉は枯れたり。

(講義レジュメp.6より)

というものでした。講義では、この神託の文の韻律は、古代ギリシャの古い時代からすると下手くそなもの。 「フォイボス・アポローン」というのアポロン自身が主語ではなく、三人称であり、いなくなった神に代わって神官が歌ったものであるという説もあるそうです。

 

紀元後4世紀といえば、コンスタンティヌス1世が313年にミラノ勅令を公布し、ローマ帝国におけるキリスト教の公認がなされ、375年ごろにはゲルマン人の大移動が起こり、帝国の衰退カウントダウンが本格的に始まった時期でした。この頃になると、古代ギリシャの神々への信仰も薄れ、アポロンのいなくなった神託所では、神託文にともなわれていた韻律の技術も失われてしまっていたのでしょう。

 

芸術も司る神であるアポロンだけに、時代を下るごとに神託文の音楽性の高さが衰退していくというのは、もっともだ、と私は感じました。

 

 

3.講義の内容編の終わりに

以上が、「アポロン神と神託の回」の大まかな講義内容、および受講した私のコメントです。講義内容の中から、レジュメを見ながら記憶をたどり、自分が重要だと感じた部分をポイントとしてピックアップし、まとめてみました。振り返ってみると、今回の講義内容では、デルフォイにおける神託担当のアポロン神と神託と伝える人々の仕事内容の解説と、そこに「お伺い」に来た人たちの「悩み」を通じてみた、古代ギリシャの人々の生活を知ることができたように思います。

 

講師の藤村シシン先生は、講義を聞きに行く前から想像していたとおり、「古代ギリシャ大好き!」なオーラ全開の方で、とても楽しそうにレクチャーをされました。受講していた側としては、先生がポジティブな雰囲気で授業をされると、自分も楽しくなるという体験、久しぶりにできたと思います。

 

さて、次回の「主にアポロン神の二面性の謎編」では、本記事の冒頭に書いたように、

  • 前半では、「仲見の持つアポロン神へのマイナスイメージの変化は起こったのか?」をメインに、
  • それに加えて、後半では「シシン先生の講義のどういった点に面白さを感じたのか」といった教授方法に注目したことについても、

お話をしていく予定です。

 

ここで「講義の内容編」、おしまい!次回へ続く。

 

 

<関連記事>

naka3-3dsuki.hatenablog.com

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

 

ブロトピ:アクセスアップのお手伝い!ブロサーあんてなにあなたも入会してみないか!

ブロトピ:ブログ更新のお知らせはこちらで!

ブロトピ:今日の学問・教育情報

ブロトピ:はてなブログの更新報告♪

ブロトピ:Twitterに投稿したら、紹介♪

*1:この「アポロンとコロニスの恋物語」は、本書によると、今流布しているバージョンで、もとはオウィディウス『変身物語』がベースになっているタイプだそう。オウィディウスは、ギリシャ神話のマイナーな話を題材にストーリーを膨らませたり、「まったく新しい解釈を付け加えたりして神話をより物語的なものにし」ました(いわゆる、古いギリシャ神話の二次創作的な存在が『変身物語』、本書p.63参照)。

古代ギリシャのバージョン(本書p.65~)では、アポロンが姉神アルテミスをコロニスのもとに向かわせて殺させたことになっている、とのことです(後者は、ヘシオドス『エホイアイ』、パウサニス『ギリシャ案内記』第2巻26の話などから藤村先生が要約したも部分を参照のこと。

*2:紀元前4世紀以降、アポロンと太陽神ヘリオスは、混同されるようになり(本書p.59)、太陽に関する権能も引き継がれたのではないでしょうか?その権能の中には、「植物を枯らし、物を腐らせ、疫病を流行らせ」、生物を死に至らしめる(本書p.60)といった、太陽のマイナスイメージも付与されるようになったようです。

*3:このエピソードの続きは、本書p.57のアポロンの経歴部分に詳しい。

*4:一覧表のもとは、次の本にあったそうです:

 ●J.Fontenrose. , The Delhic Oracle : Its Responses and Operaitions With a Catalog of Responses. 1978。たぶん、次の本だと思われます。

Delphic Oracle: Its Responses and Operations - With a Catalogue of Responses

Delphic Oracle: Its Responses and Operations - With a Catalogue of Responses

 

ご興味のある方は、読まれてみると面白いかもしれません。

*5:そのあたり、色々と私が考えた話は、前に出した同人誌:

 

www.seichoku.com

 

の「歴史エンタメ作品と佐藤信弥『中国古代史研究の最前線』で考える歴史学の諸問題」に載せました。佐藤信弥さんのご著書:

 

中国古代史研究の最前線 (星海社新書)

中国古代史研究の最前線 (星海社新書)

 

 

と共にお読みいただけたらと思います。

↓いいね!だったら、ポチッとお願いします。

にほんブログ村 大学生日記ブログ 博士課程大学院生へ
にほんブログ村