1、はじめに
最近、ミステリやSFの作品を中心に、積読の解消もあって、読書を進めている仲見満月です。皆様、こんにちは!一段と寒さの増す晩秋ですね~。
さて、今回は、悪魔的なウイルスにより、「地球の人口が一桁億になった800年後の世界からレスキューしてほしいという」メッセージビデオを受け取った青年が、強力なコンピューター・ウイルスとなって旅立つ。そんな恋愛要素アリのミステリSF作品のご紹介です。
2、人類が危機に瀕した2826年へレスキューしに向かう恋愛ミステリSF~河合莞爾『800年後に会いにいく』~
2-1、序盤から中盤までの内容と感想コメント
西暦2826年12月24日。地球全体の人口が「悪魔」により危機を迎えて、3億人台に減ってしまった世界。医療施設に収容され、人類の「希望」とされている女性メイは、絶滅したスズランを手に入れ、自分の早々の死亡を回避したい。それを目指して、21世紀前半の日本へ、未来に生きる自分へスズランを届けて欲しいというビデオレターを、ネットを介して送り付けます。それを東京の会社で、ギリギリ、クリスマス・イヴに受け取った大学4年生で、IT保守会社のアルバイト・飛田旅人は、何とか、メイを助けたいと思考を巡らす––。
2026年の飛田旅人の会社の忘年会でのこと。メイからのメッセージを上司のマリア(情報工学と総合医学の博士号持ち)が分析したところ、「悪魔」とはウイルスによる世界的なパンデミックであり、800年後の地球が危機に瀕していることを2人は察知します。その中で、抗体を持っているメイが「希望」と見なされている可能性も見えてきました。
そんな中、飛田旅人たちのいる2026年末の世界では、日本にある全国各地の原発が制御不能になる事態が起こる。IT面で原発の保守をしていた彼の会社では、マリアや社長が政府に招集されていた。帰ってきたマリアの発言によれば、原発の制御に関わっているシステムに、マルウェアが入り込み、原発の制御が不可能になった考えられるといいます。ここまま、冷却機能が制御できなければ、2011年 に起こったメルトダウンが再来してしまうとのこと。
社長の取った、ハードディスクごと取り換えるという、原発制御を再開するための策が功を奏して、再び、全国の原発が安全に稼働できるようになりました。一方、会社のPCの安全のため、メイからの動画は削除されてしまいます。しかし、飛田旅人は年末に社長とマリアが席を外した隙をついて、動画ファイルを記憶媒体にコピーし、自宅のパソコンに更に複製していました。彼は何度も、年始にメイの動画を見続けます。
それにより、800年後の世界にいるメイと通信することに成功した飛田旅人。彼は、年明け早々、そのことを社長とマリアに報告します。マリアの奇想天外な考えにより、飛田旅人はコンピューター・ウイルスとして、800年後の未来へと旅立ち、その後には彼の付けていた日記をもとにした人工知能としての「飛田旅人」が、メイに会うための計画が立ち上がりました。それにともない、飛田旅人は正社員へと昇格。こうして日々の作業自体は変わらずら1年が経過します。
ここで、一旦、感想を話させてください。本作には、コンピューター科学にはじまる情報工学から遺伝子医学、聖書や方丈記、古典的SFまで人文学の知識まで、様々な理科系・文系分野の横断的な知識が出され、話が展開してゆきます。三流大学出身と自己否定している語り手の飛田旅人は、マリアたちが話したり、スマホで調べたりした、それらに付いて行けるくらいの知能を持ち合わせた人物として描かれる。知能に合わせて、メイを助けようと行動し、周囲を説得して彼らの心を動かす所は、主人公然としており、読んでいて、熱いものを感じました。
そうした彼の周りには、彼がコンピューター・ウイルスとなり、最終的にメイに会いに行けるようにサポートできる学歴と技能を持ち合わせた大人たちが居り、淡々としていながら、応援してくれるようになった姿には、驚きを隠せません。最初、メイの動画が届いた時には、マリアや社長はジョーク動画と言って取り合わなかったり、怪しいものとして警戒して動画を削除したりしていました。それが、飛田旅人の説得により、変化する様は読んでいて、清々しい気持ちになります。
この作品を紹介した動画では、恋愛ミステリSFと銘打たれているとされているものの、まずは、ジャンルレスの小説として楽しんでみることが大切だ、とのことでした。ここまでの内容紹介では出てくる分野の情報から、ミステリSFのジャンルであることはたしかですが、恋愛要素をあまり感じることはなかったかと存じます。実は、メイからのビデオレターを見たり、彼女と通信したりするうち、飛田旅人はメイに恋をするようになります。恋した彼女に対して、たとえ、自分がその複製されたコンピューター・ウイルスの姿になっても、会いに行って助けたい――。その気持ちは、飛田旅人の中で切実なものとなっていくのでした。
2-2、中盤から終盤までの内容と感想コメント
正社員の飛田旅人は、12月23日、ハンバーガーショップで上司のマリアと忘年会をした後、南青山のバーで、深夜まで飲みます。美しいマリアと助けを求めたメイとの間で揺れ動いた彼は、バーを出た後に、マリアに告白します。しかし、彼女にはクリスマス・イヴに待っている大切な人がいました。
飛田旅人が本格的に告白しようとした矢先、テロリストのセブン・トランペッツが日本へ向かう民間航空機を7機ほどハイジャック。原子力発電へ向かうテロをしている事が判明します。不安な中、ネット制限がかかる前に、飛田旅人はコンピューター・ウイルスとして、ネットワークの世界に旅立ちました。そこで、今まで彼が語ってきたことは、飛田旅人の日記である「マイ・メモリー」から、紡ぎ出されたストーリーであること。それをコンピューター・ウイルスになった彼は、言い出します。セブン・トランペッツによる犯行が分からないまま、物語は長い終盤へと向かうのでした。
複数の物語を漂ったコンピューター・ウイルスのトビタ・タビトは、セブン・トランペッツによる原発自爆テロで、北海道の一部の谷間を除く、日本のほとんどの地域に人間が住めなくなったことを知ります。情報の海をたゆたううち、タビトが「寄生」したのは、400年後の世界で、「心」という名の人工知能を持ち、自立して動くロボット・マリアでした。マリアは80代の老婆に従事しており、タビトが乗り移った時には、当時には珍しい無毒化されていないスズランを持っていた。タビトは、ロボットのマリアと話した後、再び、ネットワーク世界へと旅立ちます。ロボットのマリアに、無毒化されていないスズランを400年間も守り抜き、メイが生まれた時、その手で助けてあげられるように告げて––。
そして、タビトがたどり着いたのは、800年後の「未来」とされるメイのいる病室でした。彼は、飛田旅人の上司だった菜野マリアの作った人工知能を入れられたロボットのフレンチブルドッグのスマイルに「寄生」。やがてタビトは、メイとの会話から、ここが800年後の世界ではなく、社長や菜野マリア、彼らの仲間のケインが作った、悲劇の物語創作による未来予測コンピューター「ノヴェリスト」の創り出した予測された世界であることを聞きます。メイはノヴェリストの人格的な存在でした。ノヴェリストの創作した悲劇の物語は、何割かの確率で実現するようになっている、と。
ここで、反原発派のケインは、菜野マリアの自分への愛情を利用して、ノヴェリストが創作した日本の原発への自爆テロ「セブン・トランペッツ計画」を実行しようとします。メイとタビトのいる世界は、セブン・トランペッツ計画が実行される直前の時点。タビトは原発への自爆テロを防ぐため、2027年のクリスマス・イヴへと戻り、ケインと会話する菜野マリアを人間の飛田旅人が説得。やがて、彼女がケインと決別することにより、民間機を操作するノヴェリストを菜野マリアに削除させ、テロを防いだのでした。
ノヴェリストの削除により、その主人格であったメイも消失します。タビトは、再びネットワーク世界を漂った先で、ロボットのマリアに「寄生」。彼女の従事していた老婆が、元・菜野マリアが結婚した後の科学者・飛田マリアの子孫であることを知りました(もっとも、これも創作された物語のひとつの可能性でしかないそうで)。
一方、2027年12月24日の飛田旅人は、タクシーを呼び、テロに関わった罪で警察へ出頭するという菜野マリアに、「800年、待っています」と言い、送り出します。2人は別れる前に、コンピューター・ウイルスのタビトがどうしているのか、と想像し合って言葉を交わしたのでした。
本作は、これで、おしまいです。ここから、作品の振り返りと私の感想コメントになります。最終盤で明らかにされた、予測的な仮想の悲劇的物語を創作する「ノヴェリスト」の登場で、一気に物語の流れがひっくり返る。いわゆる、この「どんでん返し」は、ミステリにはつきものの、からくりでしょう。なお、社長と菜野マリアの作り出したノヴェリストは、最初は(テキストによると思われる)物語しか作れなかったのが、2026年12月には、本作のすべての始まりである「メイの助けを求める動画」まで、創り出すことができるようになっていました。
さて、この作品は、文庫本で500ページを超える大長編です。途中、セブン・トランペッツによる原発への自爆テロのあたりで、私は一区切りする印象を受けました。なぜなら、この自爆テロの直後に、ネットワーク世界へとトビタ・タビトがコンピューター・ウイルスの形で解き放たれたからです。本作を前編と後編に分けるならば、このあたりでしょうか?正直に申し上げれば、このあたりで少し、中だるみの感じがして疲れました。疲れたものの、ここからのしばらくの「中だるみ」を乗り越えられれば、後は本作の核心に迫る「どんでん返し」にたどり着くことができます。そこからは、ハイスピードで読み進め、最後の菜野マリアの出頭する所まで、一気読させられました。中盤から終盤までの感想コメントは、以上です。
3、全体をとおしての感想
全体として本作を眺めてみれば、文庫版が発刊された平成30年。つまり、2018年からしても、著者はこの物語を2026年という「未来」から始めていることになります。また、この小説のベースは先にも触れたように、情報工学や遺伝子医学等の理系、聖書や方丈記等、タイムトラベルを扱う古典的SF作品等の文系と、理系と文系の両方の知識となっています。どちらにも素人な私は、作中の社長、菜野マリアや飛田旅人の説明を読みながら、「へぇ、そうなんだ」と思うしかありませんでした。しかし、それらの知識がある人たちからすれば、SF作品として大いに楽しめる作品なのではないでしょうか。
恋愛要素については、メイのモデルになった人物が菜野マリアであった可能性が、終盤で示唆されています。主人公の飛田旅人は、結局、同じ人物に恋をしていたことになる、というオチでした。「どんでん返し」ありの800年後の少女を助けに行く、というミステリSF的な要素が主軸として強いと私の感じた本作としては、この恋愛要素は、主軸を支えるためのサブ軸として働いていたと考えられます。
4、おわりに
おわりに 以上で、河合莞爾『800年後に会いにいく』のレビューを終えたいと思います。いかがでしたでしょうか。
実は最初のほうで、見慣れない知識の要る恋愛ミステリSF作品であり、しかも大長編ということで、「これ、読み終えられるのかな?」読み始めました。サクサク読み進められるようになる中盤以降になるまで、理系や文系の専門的な解説の展開される序盤が続きます。読むのに忍耐の要る作品かもしれませんが、たまには、こうした作品を読むのもいいかもしれません。
次回は、再び、短編集的な作品を読む予定です。お楽しみに、お待ちください。
