仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

第六回 #文フリ大阪 の作品書評~ #並木陽『マインツのヴィルヘルム』を読む~

<本記事の内容>

1.はじめに~第六回文学フリマ大阪お疲れさまでした!と作品紹介~

昨日、一般参加をしてきた第六回文学フリマ大阪、皆様、大変お疲れさまでした。申し込み損ねて出店できなかった私は、合間をぬって、複数のブースにお邪魔し、作品を買わせて頂き、ついでに弊サークルのポストカードや何やらを押しつけてきました(すみません…。他のイベントでお世話になったサークルさんのブースに伺いましたが、全部、回りきれず、申し訳ございません。ご挨拶に伺えなかったところには、別のイベントでお邪魔する予定でおります。

 

さて、今回、たくさん買った作品、さっそく拝読開始しました。以前よりやってる「即売会の戦利品レビュー」を継続ということで、文フリ大阪のものにも少しずつ、やっていきたいと思います*1

 

最初は、先日のラジオドラマ紹介記事「NHKラジオドラマ『 #暁のハルモニア 』で聴く欧州の三十年戦争~それから #並木陽 の歴史小説の紹介~ 」でも、気になる本として触れた、並木陽さんの歴史小説作品の1冊です↓

 

 マインツのヴィルヘルム』(銅のケトル社、2018年)

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サークル・バイロン本社さん(吸血鬼の出てくる作品を拝読中)の委託で買いました。さっそく、レビューしていきたいと思います。ネタバレには、ご注意ください!

 

 

2.『マインツのヴィルヘルム』を読む

 2ー1.この本の概要と内容

本文61ページの文庫本に、歴史短編小説二編が入っています。

 

表題作の「マインツのヴィルヘルム」は、10世紀の東フランク王国のオットー1世がスラブ族長の娘との間にもうけた庶子ヴィルヘルムの生涯を描いた物語です。父王の宮廷から遠く離され、母親に東方の物語を聞いてヴィルヘルムは育ちました。少年はやがて母親と引き離され、祖母のマチルデ太后に引き取られ、ラテン語をはじめ学問を学ばされます。ある日、庭で見かけた継母エドギダの王子ロイドルフを寵愛する父王に、ヴィルヘルムは身を引き裂かれる哀しみを抱きました。直後、スラブの血を引く少年は、王子の妹ロイドガルドと出会い、東方の神話を語り、親しくなっていきます。

 

彼女の仲介で、ヴィルヘルムはその婚約者コンラートとも友情を育み、「表向きはキリスト教を信仰するふりをして、心では東方の神々を大切に抱いて生きればよい」ことを言われます。父王に聖職者となるよう命令を受け、マインツの教会付属の学校に通い始めたヴィルヘルムは、コンラートから贈られたエメラルド付きの文箱に、母から聞いた数々の物語を書いては納めていこうと決めます。時が経ち、新しい王妃を迎えた王によって、廃太子となった義弟のロイドルフは、コンラートともに反乱を起こします。巻き込まれたマインツは炎に見舞われ、文箱は砕け散ったエメラルドの破片を残して、灰に帰しました。同じ頃、亡くなった前大司教に代わり、マインツ大司教にヴィルヘルムを叙任する命令がオットー1世より下されます。

 

大司教になったヴィルヘルムは、エメラルドを嵌めた指環を撫でながら、戦争の途上で亡くなっていったコンラートを思い、自分が葬儀の取り仕切りを務めたロイドルフの死を経て、幼い王太子摂政となりました。王の東方遠征の政策に異を唱えた彼は、歴史に名を残します。

 

 

もうひとつの話は「アウグステの結婚」です。ストーリーは、19世紀のバイエルン選帝侯の娘アウグステ・アマ―リエが婚約者のカールと別れさせられ、ヨーロッパ大陸の時の「支配者」ナポレオンの思惑で、その継子ウジェーヌに嫁ぐというものです。フランスとその宿敵オーストリアの戦いで、両者の狭間に位置するバイエルンから、選帝侯の一家は戦争を避けるべく、ミュンヒェンの館を後に、プロイセン王国の領内を経て、各地をさすらうことになったのでした。

 

下級貴族出身で、名のある人々と婚姻で繋がることを重視したナポレオンは、ヨーロッパ支配を進めるなかで、自分の一族ボナパルト家、妻と継子の一族ボアルネ家と、欧州の王侯貴族との縁組を持とうと画策します。バイエルンも縁組の対象となり、選帝侯マックス・ヨーゼフは、娘のアウグステとナポレオンの継子との縁談をつきつけられ、悩む日々で体調を崩す始末。アウグステはアウグステで、バーデン選帝侯子で世子カールとの先に婚約をしており、カールからの熱烈な愛もありましたが、家族の将来と板挟みに欝々としていました。

 

フランス皇后ジョゼフィーヌに衣裳合わせをされたり、離れて過ごす父や兄を巧みな話術と気さくな態度でナポレオンが虜にされたりする中、彼女は、亡き実母に言われた「定められた運命に、逆らおうとしないこと」という言葉を思い出します。監視を抜け出し、婚約者と共に駆け落ちを試みたアウグステは、一生の愛を誓うために入った礼拝所で、カールを諦めると宣言し、別れました。

 

後日、ナポレオンの継子で、新たな婚約者ウジェーヌとアウグステは対面します。庭を歩く時、ある出来事がきっかけで、ウジェーヌの飾らない、素朴な人柄に惹かれたアウグステは、母の言葉を胸に、この結婚を承知しました。2人の婚約により、バイエルン選帝侯マックス・ヨーゼフは、バイエルン国王に昇格。時が経ち、ナポレオンが失脚しても、アウグステとウジェーヌは平穏に暮らし、子宝にも恵まれました。

 

 2-2.本と各作品へのコメント

「あとがき」および「「マインツのヴィルヘルム」銅のケトル社@第二十六回文学フリマ東京 」によれば、この二編は神聖ローマ帝国の黎明と黄昏を描いたものということです。いずれも主な舞台は現在のドイツですが、世界史的な観点で見ると、「マインツのヴィルヘルム」が神聖ローマ帝国が「領邦国家」へ向かう中世的な世界なら、「アウグステの結婚」はナポレオン戦争を契機に欧州各地に新しい王国や大公国が誕生して「領邦国家」が解体されゆく近代の幕開けといったら、よいでしょうか。間に、ラジオドラマ『暁のハルモニア』をはさむと、その輪郭は、よりクリアになってくるかもしれません。ちなみに、本書は「あとがき」を含めて本書は61ページという長さで、一晩くらいで読めました。

 

「あとがき」には

  • ロイドガルドとコンラートのロイヤルカップルがお気に入りで、また関連作品を書きたいと思う
  • 表題作は『世界史C』というアンソロジーに寄稿した作品で、この作品がなければ、『斜陽の国のルスダン』や『ノーサンブリア物語』は生まれなかったかもしれない

という意味で、作者にはターニングポイントなったようです。

 

恥ずかしながら、私は西洋史に詳しくありません。特に、表題作は並木さんがどういった資料を参考にしながら、ストーリーを組み立てたのか、非常に気になるところではあります。しかし、そのあたり、よく分からないため、一部、手持ちの本をめくったり、ネットで調べたりして、知識を補いました。

 

マインツのヴィルヘルム」に関しては、フランク王国における王族や貴族の婚姻が知りたくて、次の本を読みました。

 

歴史を読み替える ジェンダーから見た世界史

「6-2 ゲルマン社会からフランク王国へ」(p.88-89)を開くと、フランク王国(5~10世紀)において、まだキリスト教的婚姻規範は貫徹されていなかったことが指摘されており、その時代のフランク王国では一夫一妻多妾制がとられていたことが窺えます。そういった背景に加えて、

サリカ法典に従って王国は男子が継承したが、王位継承順位は確定しておらず、庶子や兄弟にも相続権があった。このため王位継承紛争が絶えず、王家の女性たちも争いに参加した。(同書p.88)

といったことが解説されおり、カール大帝(位768~814)は相続争いを封じる目的で、庶男子をすべて修道院に入れたそうです。ヴィルヘルムが庶子であり、キリスト教の聖職者にされたり、彼の妹婿のコンラートが宗教面で父王に服従背反することを言ったり、というところに、こうした10世紀のまだまだキリスト教化が進み続けていたことが読み取れます。

 

父王に愛されず、政治の道具に使われたヴィルヘルムは、聖職者として王国政治の中心に据えられますが、そこで遠征を阻止しました。ある意味、私には翻弄されてきた運命に最後で抗ったように見えました。それに対し、もうひとつの「アウグステの結婚」は、激動の18~19世紀のヨーロッパに生を受けたアウグステが、ナポレオンに人生を翻弄されたものの、運命を受け入れることで、平穏な生活を手に入れたように描写されています。

 

アウグステは、父親のバイエルン国王昇格と引き換え条件に、自分とウジェーヌが結婚することが出ていました。このウジェーヌ・ド・ボアルネは史実によると、フランス軍人のボアルネ子爵の息子であり、革命のあおりを受け、父親が処刑されたところ母と妹ともに助かり、困窮していた時代には、パリの貸家に住んでいたようです*2。本作では、困窮時代に生き抜くため、大工に弟子入りし、身につけた技術や、下級貴族出身で庶民的な素朴さを持っていたことが、初対面のアウグステに気に入られた様子が分かります。うん、私もウジェーヌは好きだわ。

 

史実に話を戻すと、アウグステと結婚した後、軍人で既にイタリア副王だったウジェーヌは、数々の遠征に行きました。しかし、ロシア遠征後にナポレオンと距離を取り始め、百日天下から二度目の廃位の頃は、静観を貫いていたとされています。後年には、義父のバイエルン国王から爵位と領を賜り、資産を守って、多くの子をなしたそうです。亡くなった際には、その死を嘆いたバイエルンの国民たちの様子から、実質的に婿に行った先では作品に見えるように彼は愛されていたようです*3

 

一方、アウグステの婚約者だったバーデン選帝侯子のカールは、ウジェーヌの親族であるステファニー・ド・ボアルネと結婚させられました。史実でもナポレオンの命令もあって、夫婦は別居していたそうですが、カールがアウグステを忘れなくて心を開かなかったのか、それにステファニーが気がついて夫を拒んだのか。どうも、夫婦仲がよくなかったのは事実で、子をつくったのも後継者を得るという義務感からだったようです。このあたり、アウグステと元婚約者のカールとで、その後、結婚後の人生が対比的ではないでしょうか。 

 

世界史的なところで見ると「アウグステの結婚」は、ナポレオンの主導で、ドイツの領邦がライン同盟のもと、神聖ローマ帝国を脱退したことにより、近代のヨーロッパにおける国際体制に新たな動きが加わることになりました。そのあたりの話は、「あとがき」に少し出ていますので、ぜひご覧ください。

 

 

3.むすび

といった感じで、 第六回 文フリ大阪で買った作品の書評第1回をしてみました。

 

即売会でアンケートを書く時に購入冊数が5冊を超えていて、そのあと、出発するギリギリまで会場にいて、同じ冊数を買いました。全部、読み終えるのに時間がかかりそうですが、読了次第、書いていけたらと考えています。

 

おしまい。

 

 

<第六回文学フリマ大阪の書評続き>

書きました。並木さんのもう1冊について。

 

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*1:購入した作品全体に関する感想は、『マインツのヴィルヘルム』も含めて、こんな感じです:

@naka3_3dsuki

フィクションとノンフィクションを問わず、地名がたくさん出てくる作品は、地図が欲しいなあ、という私。どうも社会科で地図を作ってた頃の思考癖が抜けない( #文フリ大阪 の戦利品を拝読中) 

 

*2: ウジェーヌ・ド・ボアルネ - Wikipedia参照。

*3: 以上、ウジェーヌ・ド・ボアルネ - Wikipedia参照。

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