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仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

スキャンダラスな平安朝歴史物語~『大鏡』~

大学院の授業で、百人一首の詠み人たちは、どんな人生を送っていたのか?興味が湧き、高校時代の古文ノートを捲っていたところ、「『大鏡』があるじゃん!平安時代を知るには、これが手っ取り早いぞ!」と購入(*2011年3月時点の話)。

 

武田友宏編『大鏡』(ビギナーズ・クラシックス日本の古典、

角川ソフィア文庫)角川学芸出版、2007

    

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どうして『大鏡』を読めば平安時代を手っ取り早く知ることができるのでしょうか?

 

ズバリ、摂関政治を牛耳った藤原道長を中心に、天皇家藤原氏の歴史物語で綴った古典だからです。

 

平安時代の歴史は、藤原氏抜きでは全くわけがわからない。しかも時間の流れに沿って、つらつらと年表みたいに事件や出来事を並べるだけじゃ、読んでるほうは飽きてしまう。(ちなみに、年表は編年体といって歴史書の記述形式の1つです。)

 

そんなわけで、天皇一人ひとりの御代に起こったことを「帝紀」に、藤原氏一族の各人の人生を"列伝"(本書では「大臣列伝」など)に、このほか宮廷の珍事件や秘密エピソードなどを「雑々物語(くさぐさものがたり)」としてまとめ、構成しています。

 

大鏡』の構成形式は、中国の正史(オフィシャルな歴史書)がとっている紀伝体という記述形式を参考にしています。中国は、王朝が何度も何度も滅び、次の王朝が立つ。この繰り返し。だいたい、新しい王朝は前の王朝の歴史書を作るのですが、皇帝一人ひとりの御代の出来事を「紀」、珍事件を起こした人や活躍した大臣・将軍などを選んで「列伝」として伝記をまとめます。この「紀」と「列伝」が紀伝体の根幹です。

 

 つまり、『大鏡』の「帝記」→ 中国正史の「紀」

     『大鏡』の"列伝" → 中国正史の「列伝」 こんな感じです。

 

大鏡』は150歳くらいの翁二人が、宮仕えしていた頃の思い出を語る。しかも、大衆の集まるお寺(当時のコミュニケーションセンター)でお坊さんが来るまで話しましょう!そんな感じで始まります。ときどき、30代の若侍がツッコミつつ、話が進んでゆきます。

 

爺ちゃん二人が孫たちに昔話を語って聞かせる。そんな親しみやすい流れで、歴史を感じることができます。これが中国の正史だと、文体が堅くって、話し手がいないから、読みづらいんです。

 

興味のない人の列伝は飛ばし、気になる人物の話は読んじゃえ!大雑把に言うと、必要な人物の情報だけ確認することが出来るんです。逆に、時代全体を知りたいなら、「帝記」を読んだ後、「帝記」に出てきた人物たちの"列伝"を読めば、だいたい、わかるかな?

 

 

個人的に面白かったのは、道長の政敵であり、彼の甥っ子二人の伊周・隆家兄弟のスキャンダル。

 

どんな話かというと、花山法王(法王は出家した元天皇)が自分の愛人のところへ通っている!と勘違いした伊周が弟の隆家に頼み、花山法王を追っ払おうとしたのです。穏便な方法もあったろうに、隆家は法王を待ち伏せて矢を放ってしまった。隆家は近くを掠める程度のつもりだったらしい。けれど、法王の袖を射抜くぐらいの結果に…。

 

「法王様に矢を放つとは何事ぞ!」ということで、兄弟は左遷。この事件で道長は権力争いに勝利したのでした!!

 

ほかにも、巫女に膝枕させて夢占いさせた政治家、奥さんに何度も詰め寄られて人事決定を曲げてしまった天皇など、個性豊かな平安朝の人々のエピソード満載です。

 

(2016.7.7追記)

読んだ時の印象を振り返ると、『大鏡』は現在の日本でいう王朝醜聞を載せた週刊誌でした。記事の後半に書いた、藤原伊周・隆家が花山法王に矢を射かけたスキャンダルなんて、今だと立派な刃傷沙汰ですよね。政治家としての威厳と求心力は、一夜にして失墜ですよ。

 

こういう調子の話が掲載されている『大鏡』のような歴史書って、中国にもなかったものか、と時間のある時に調べてみようと思っております。

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