仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

児童書で読む #平安時代 の衣食住と恋愛~川村裕子『平安女子の楽しい!生活』 (岩波ジュニア新書)~

今週のお題「読書の秋」

 

1.はじめに

今週のお題も、読書の秋!「児童書で読む神話や伝説の「物語」~加藤綾子/Tobi『ギリシア神話 知っておきたい!神様たちの物語』(角川つばさ文庫)~」( 仲見満月の研究室)に引き続き、「児童書×人文学」の第二弾として、今回は平安時代の貴族女性の生活恋愛や仕事を知るのによい、次の本を書評いたします。

 

 

 

2.児童書で読む平安時代の衣食住と恋愛~川村裕子『平安女子の楽しい!生活』 (岩波ジュニア新書)~

カバーの裏表紙側には、

おしゃれに恋バナ、占いや進路......、平安時代の女子たちも、私たちと同じように、楽しみ、悩みながら生きていました。この本では、そんな彼女たちの日々をのぞきつつ、古典を読むのに必要な、インテリア&ファッション用語、恋のお作法の基本が 学べます。難しい古文は出てきません。古典の楽しいところだけ、どうぞ召し上がれ♪

と内容紹介があります。

 

もともと、教えに行っていた勤務学校の図書室に置いてあった本で、書きかけの論文が関連するテーマだったこともあり、興味を持ったのが手に取るきっかけでした。私自身は大学院で中国前近代の衣食住、人々の信仰をテーマに、文化人類学的なアプローチで研究をしていました。そういった関係で、院生時代に読んだ先行研究には、平安時代の服飾、建築物や生活道具、設えに関するものがあったと思います。

 

そんなわけで、本書の頭にある「インテリア&ファッション編」を読み始め、寝殿造の邸宅の挿絵を見ながら、ちょっとした復習をしました。ちなみに、本書の全体構成は、「インテリア編」の次に、

 ・「ラブ編」:恋愛・結婚にまつわる和歌のやり取りを現代のコミュニケーションツールであるLINEやメールに絡めて説明した部分

 ・「ライフ編」:中流以下の貴族女性達が宮廷や大貴族のもとに出仕する事情や、夫の仕事着の染色・裁縫に始まる準備から仕事の相談役までを務めた妻の来る話の紹介

となっています。

 

さて、 「インテリア&ファッション編」では、見出しのとおり、挿絵には寝殿造の邸宅の鳥瞰図を用いて、「どこどこに、どんな役割を果たした門があったのか」とか、1階のみの邸宅で広いフロアを間仕切りに使われていた家具はどんな形をしていたとか、ビジュアル的に分かりやすかったです。巻末の「あとがき」を読むと、院展画家の早川圭子さんに依頼して、挿絵が用意されたことが、分かりました。早川さんについてネットで調べたところ、日本画がご専門とのこと。

 

本書の著者は、早川さんと

 最初はイラスト風に、ということだったのですが、彼女はたくさんの絵巻を見たり、資料を調べたりして、昔の姿を再現できるように細かいところまで気をつかってくれました。

(本書p.216)

というやり取りをしたそうです。その結果、「まるで一本一本の髪の毛に命が宿っているような、すてきな絵になりました」と、挿絵に感謝の意を表していました。

 

こうしたイラストには、実際に平安時代の文学作品の内容を取り上げて、説明が加えられています。文学作品で、本書の主軸となるのは藤原道綱母蜻蛉日記』。この日記作品は、著者の女性が、藤原道長の父親で時の権力者だった藤原兼家とのなれそめから破局に至る結婚生活を中心に、したためたものです。「インテリア&ファッション編」では、夫が妻の家を訪問する通い婚が貴族間で一般的であった平安時代、その邸宅の門の説明で、夫である兼家の来訪を待つ道綱母の気持ちが書かれた箇所が紹介され、読者は切なくなります。

 

蜻蛉日記』の書き手の感情は、「ラブ編」、「ライフ編」へと読み進めるにつれ、兼家と道綱母の二人が熱々だったり、兼家が病気になって彼の正室・藤原時姫のいる屋敷に道綱母が押しかける切迫した頃があったり、やがて行き来がなくなったりと、起伏に富んだ夫婦関係によって、変化します。よく一冊の日記を主軸に、平安時代の貴族女性の生活を書くことができるものだな、と私が感心していたら、その答えが本書に出てきました。著者によると、当時の日記は個人がこっそりとつける記録ではなく、現代のブログのように、広く情報を公開する媒体としても機能していたんだとか。日記とは少し異なりますが、清少納言の『枕草子』も、現代だとブログに近い感覚で回し読みされたのではないでしょうか。

 

当時の貴族女性について、面白いと感じたのは、

  • 着る服が重かったのもあってか、立って移動するのがはしたないとされたのか、膝立ちで歩く「膝行」をしていたこと
  • 既製品の服を扱う店がなかったので、家族の着る服は、各邸宅で女主人たる妻が指揮を執って、家人を使役し、布を染め、縫製をして夫や息子、娘に着せていた
  • 女性の美の象徴である長い髪を現代ほど洗わなくても済んだのは、今ほど空気が汚れていたり、風で砂埃が立ったりするところに貴族女性はいかなかった

といった、生活に関する具体的な情報が出てきたところです。社会のあり方が現代日本とは大きく異なった平安時代の生活は、現代人の私たちには想像がつかない部分があるわけで、特に衣食住に関心のある私には有り難い内容でした。

 

そうそう、平安時代の貴族以上にとっての結婚は、一夫多妻制(一人の夫に、一人の正妻と複数の側妻(?))の形をとっていました。この時代、夫婦の婚姻関係は現代日本のそれに比べて、けっこう緩やかなものだったそうです。このあたり、一夫一妻多妾(一人の夫に、一人の正妻と複数の妾)がとれることのあった中国前近代の富裕層とは、また違った結婚の形であったと、私はみています。

 

本書の「ライフ編」では、宮廷や大貴族のもとに勤務していた女性の話が出てきて、ここでは道綱母の姪に当たる女性で、自身も内親王に仕えたことのある菅原孝標女が記した『更級日記』を交えつつ、進みます。 例えば、当時、中流貴族の女性が宮仕えをすることに対し、父親がどんな偏見を持っていたのか、といった「平安女子」を取り巻く人々の精神的な部分をも紹介。ここらへんは、女性史学とも関わって来そうです。

 

あとは、読書の目的について、はっとさせられる出来事がありました。その時のツイートを貼っておきます。

 

こんな感じで、現代語による平安時代の衣食住を中心に知る入門書としては、まずまずな内容でした。惜しむらくは、「ラブ編」を中心に出てくる和歌をはじめ、各古典文学作品を紹介する時、歴史的仮名遣いの原文が引用されていないことが、ひとつ。ここで岩波ジュニア新書の用途や対象読者を確認すると、公式サイトによると、

 1979年の創刊以来、岩波ジュニア新書はわかりやすい入門新書として、また社会を知り生き方を考えるための羅針盤として、多くの方々に親しまれてきました。中学生や高校生の学習に役立つサブテキスト、大学生が専門分野を学ぶ第一歩としての入門書、社会人が基本的な教養や知識を身につけるための教養書、そしてシニアの方々の学び直しにも最適なシリーズとして、世代を超えてご活用いただいています。 

https://www.iwanami.co.jp/news/n20531.html

という説明がされています。本書は、国語科の古文や、社会科の歴史や日本史が苦手な中高生だとよいかもしれません。しかし、古文や日本史が割と得意で、もっと理解を深めたいと思う生徒や、大学生以上の読者が復習目的で読もうとすれば、やはり、歴史的仮名遣いの原文が掲載されていないのは、物足りないのではないでしょうか。

 

もうひとつの惜しいポイントは、著者のノリ。ノリを中高生に寄せようとした結果、平安時代の貴族女性のことを紹介する内容と一部、合っておらず、違和感が感じられるところ。ノリが合わない読者には、特に「ラブ編」の部分は読みづらいかもしれません。 まだ、このあたりは、杉田圭さんの「うた恋い。」シリーズのほうが、ストーリーの運びが自然な感じかも↓

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

 

3.最後に

長くなりましたが、『源氏物語』や『枕草子』をはじめ、平安時代の貴族女性の衣食住と恋愛を知りたいという方は、本書を入口として、読み通されるのはよいかもしれません。読了後、登場する『更級日記』や『蜻蛉日記』等に興味が向けば、本書著者によるこれらの現代日本語訳の本や古典文学作品の入門書が出ています。そちらに手を伸ばしてみては、いかがでしょうか?

 

 

そのほか、平安時代の生活に関する研究で、私は昨年に出た乗物についての本が気になっています。どなたか、お読みになった方には感想をお聞きしたいところですね。

 

本書の書評は以上です。おしまい!

 

 

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