仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

映画『パブリック 図書館の奇跡』を見る~公共図書館から見える米国の社会ほか~

<社会派ドラマの映画を見てきました>

1.はじめに

2020年4月くらいに、先行オンライン試写会が一部のフォロイーさんの間で話題になっていた映画。いちばん近い割引デーに、見に行ってきました。

 

 ●映画『パブリック 図書館の奇跡』公式サイト

longride.jp

 

主役は図書館員と利用者のホームレスたち。これは、寒波が襲うシンシナティ公共図書館で、屋根のある暖かな場所を求めた彼らの抵抗による一夜の事件。

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映画『パブリック 図書館の奇跡』を見る

(出典:アンティークな本棚イラスト - No: 1503833/無料イラストなら「イラストAC」

 

 

 

2.映画『パブリック 図書館の奇跡』の内容と感想コメント

市長選を控えた米国オハイオ州シンシナティが本作の舞台。市内の公共図書館に勤務するスチュアート・グッドマンは、日々、様々な利用者たちと業務で接する図書館員でした。利用者には、館内のトイレの洗面室で身だしなみを整えるホームレスたち、目的の資料を求めて質問に来る市民たち(レファレンス業務が大変そうだ!)。彼らとトイレで軽口を交わしたり、エコロジー運動に関心の高く、また文学部門への異動を願い出ている部下のマイアをたしなめたり。セキュリティ担当のエルネストとともに、館長のアンダーソンに体臭の苦情が来たことで原因の来館者を追放したら「差別扱いされた!」と訴訟の件で呼ばれたり。


ある時は、素っ裸で歌う謎の来館者を見つけ、グッドマンはマイラやエルネストたちと対応に追われる。何かと頭の痛い仕事場で業務に追われる中、彼は帰宅後、鉢植えのトマトを切って持ち帰りのピザにのせ、ささやな夕食と読書を楽しもうとする。しかし、彼を待っていたのは大家アンジェラで、壊れた暖房を何とかしようとしていた様子。彼女はどこからか借りてきた暖房を持ち込み、グッドマンの部屋で一緒にピザを食べ、彼のことを知ろうと迫り、キスを交わすくらいには、2人はいい感じ。

 

嫌なことも、いいことも起こる寒い日の朝、出勤した彼が目にしたのは、図書館の前の凍死体。救急隊員に顔を見せられると、それはよく来館していたホームレスの一人だった。彼は心を引っぱられながら、その日の開館を迎える。やって来たホームレスたちは、トイレに集まるが、物知りシーザーが今日はいない。ザワつく彼らに、グッドマンとエルネストがトイレの洗面室に入ってシーザーのことを尋ねると、シャイで不思議な思い込みのある青年ジョージが、「自分の目から出るレーザーでシーザーを殺してしまったんだ!」と告白する。エルネストやほかの男たちは映画のネタを持ち出し、笑う中、グッドマンはトイレを後にしたのでした。


こうしたシンシナティ公共図書館での出来事の隙間には、主人公のグッドマンやエルネストが訴えられた、体臭を出す人を図書館から追い出した訴訟の関係者で、市長選に立候補した郡の判事の選挙キャンペーンの動画がはさまれたり。あるいは、アンジェラがグッドマンに告白したように、アルコール中毒やドラッグの問題、また交渉役の刑事ビル抱える行方知れずになった息子マイクの捜索などなど、シンシナティで起こっている社会的な問題がバックグランドとして挿入されています。

 

そして、主軸になる「一晩の屋根と暖房を求めたホームレスたちによる公共図書館の占拠事件」と絡みながら、脇の話もメインストーリーと一緒に進行していきます。メインの図書館占拠事件は、凍死者の出た日の閉館間近の時。扉で区切られた閲覧室を数十人のホームレスたちが内側から閉め、出入口を書架や椅子で封鎖し、閲覧室にいたグッドマンとマイラは出られなくなってしまった。


監視カメラ室には、交渉担当の刑事ビル、次に郡判事が到着。無線電話を介して交渉が始まるものの、先の追い出し事件の訴訟関係で、郡の判事が嫌いになっていたグッドマンは、判事に対して「寒い外にスーツのまま出て、アスファルトの上に5分間、寝転べ」と要求する。既に集まっていたマスコミの前で判事は言われたままに寝転び、5分後に生放送で「これは人質事件だ」等と発言。ここで話がややこしくなり、籠城していた閲覧室にて、中のマイラがスマホでニュースをみて、「最悪だ」と呟く。実は彼女には病気を患う母親がおり、心配なので、なるべく早く図書館外へ出たいと言っていたのでした。

 

以降、図書館の占拠事件が続く中で、

  • ホームレスに急病人が出て緊急搬送(付き添いで、マイラが閲覧室の外へ出る) 
  • 急病人が出た時、刑事のビルがグッドマンに息子の写真を渡して、占拠するメンバーの中に息子がいないか聞く。その時、「いない」と答えたグッドマンは、後に届いたピザを一箱取って持ち去った青年を見つけ、それがマイクだと判明し、一悶着が起こる 
  • 図書館の近くまで来ていた大家のアンジェラとのやり取りを介して、中継していたテレビ局で「絵になる結末の事件」を求めるリポーターとグッドマンはやり取りする。この中で、過激なスクープを求めるマスコミの嫌らしさが浮かび上がる。
  • 籠城が続く途中、監視カメラ室を出たアンダーソンが閲覧室にやって来て、籠城組に加わった。

ほか、監視カメラ室では法律や権利の話が出てきたり。はたまた、マイクとの一悶着で彼に殴られたグッドマンが親のビルに息子を引き渡す際に「図書館は利用者のプライバシーを守る倫理」で刑事に「知識が説明の先に来て、頭でっかいだ」みたいな嫌みを言われたり。

 

占拠事件中、グッドマンの逮捕歴やホームレスの経歴、精神病院への入院歴などが明らかとなっていきます。彼自身は人生の節目に本を読んでここまで来たと言いますが、「どん底から這い上がり、学位を取得し、それを認めたアンダーソンが雇用した」ところまで行くのに、本の存在があったことが窺えます。

 

終盤は夜が明けてから、ビルと武装した警官隊が突入してくるらしい。そう察知したグッドマンとホームレスたちは、一計を案じて刑事たちを迎えることにしました。それは、冒頭にグッドマンが対応した人物にヒントを得たもの。すなわち、閲覧室の内側から扉を開け、すっぽんぽんで両手を挙げ、ホームレスたちと無抵抗の姿勢で、歌を大合唱すること。これには、ビルや警官隊たちが目のやり場に困る上、下手に攻撃することはできません!結局、占拠していた人たちは裸のまま、手錠やプラ紐で両手をまとめられ、バス型の輸送車に入れられることになりました。その頃、図書館の周りには、もう一人の市長選立候補者で慈善事業家の牧師がワゴン車に乗り、支援物資を持ってやって来ていました。テレビを見たのか、牧師のほかにも物資を届けに来る人たちが路上に現れ、帰宅途中のマイラが手伝いだしました。

 

そんは光景の中、裸のまま輸送車に乗るグッドマンを見つけたアンジェラは、「留置場に家から服を持っていくからね」と告げます。車の窓越しに返事をした彼は、知り合いのホームレスに今回のことを謝りますが、「後悔はしないさ」と言い、みんなで歌い続けるところで、本作に幕に下ります。

主な内容は、以上のとおりです。

 


3.この作品から分かることや合わせて見てほしい映画作品

この映画の公式サイトによれば、本作は監督・主演等をつとめるエミリオ・エステベスが、「ある公共図書館の元副理事がロサンゼルス・タイムズに寄稿したエッセイにインスピレーションを得て、完成までに11年を費やし」たという、力の入ったもの。作中の事件は、「寒波が襲うシンシナティ公共図書館で、屋根のある暖かな場所を求めたホームレス、そして自身も路上生活を経験したことのある図書館員グッドマンが抵抗のために起こしたものという、社会問題を提示する背景を背負っていました。ほかにも、冒頭では、体臭の臭う来館者をめぐって苦情が来たことからその人が追い出され、それがもとでライブラリアンたちが訴訟を起こされたエピソードが登場しており、この映画は何かと社会派ドラマ的な一面のある内容です。

 

事件が起こったのは、オハイオ州シンシナティ公共図書館です。日本の視聴者にはあまり馴染みがないことかもしれませんが、公共図書館は日本でいうところの公立図書館と必ずしも同じ行政上の扱いではありません。公共図書館、つまりパブリック・ライブラリーとは、州や市といった自治体が直接的に運営する公立図書館とは異なり、自治体に予算を出されながらも、別の組織が主体で運営を行い、また寄付を募って財源に充てているよいった仕組みを持つ図書館です。日本では、例えば、京都市図書館の運営方式がパブリック・ライブラリーに近いかもしれません:

 ●参考:【2017.4.28_2325追記】死後の人文学者の蔵書問題~「桑原武夫蔵書 遺族に無断で1万冊廃棄 京都市が謝罪」(毎日新聞より)から考える~ - 仲見満月の研究室

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

この映画を見て、米国の公共図書館について知りたいと考えた方には、ドキュメンタリー映画の『ニューヨーク公共図書館』をご覧になると、色んなことが分かると思います。ディスクの発売が来月、各サービスでのデジタル配信がスタートするようです↓

 

 ●映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が配信・ブルーレイ・DVDで発売決定!世界最大級の〈知の殿堂〉の知られざる舞台裏を描いた劇場大ヒット作! | PONYCANYON NEWS

news.ponycanyon.co.jp

アメリカの公共図書館は、日本でイメージされる図書館に、市民講座やちょっとしたミュージアム的な機能を足した感じの、ある種のコミュニティセンターのような存在ということが、映画『ニューヨーク図書館』を見ると分かります。移民の人向けに英語でインターネットの情報にアクセスする講座を開いたり、エクササイズの教室で運動をする機会を増やしたり。私が見たら、図書館でするとは思いもしなかった企画がニューヨーク公共図書館ではイベントになっていたことに気づきました。

 

こうした公共図書館の存在を知った後、本作で避けて通れないことが、米国の公共空間としての図書館の構造とホームレスの関係です。私は大学と大学院で図書館司書の講義を取っていた時のことを思い出しながら、この映画を見ました。米国の図書館史の授業によると、例えば、新聞を読めるスペースが図書館の入口付近や1階にある理由は、新聞の求人情報を求めてやって来る貧困層の路上生活者をそのエリアに集中させるためだったんだとか。米国にパブリック・ライブラリーができて歴史の浅かった頃は、裕福な利用者が貧困層と同じ空間で蔵書を読むのを嫌がるような時代だったんだそうです。それゆえに、新聞コーナーは図書館の入口や1階に設けられ、蔵書はそれより奥か上の階のエリアに設置されていたと授業で聞いた覚えがあります。

 

そのあたり、知りたい方は図書館学者の川崎良孝先生のアメリカの図書館の歴史に関する本を読むと、詳しいことが分かるかもしれません。このあたり、本作では貧困層公共図書館の関わりを浮き彫りにしているので、見た後に図書館史の本を探して読むと学べることは多いかと。

 

アメリカの貧困層の話といえば、ラッパーのエミネムが主演の映画『8マイル』を見た人にも、本作は響くものがあるかもしれません。『8マイル』は、自動車工場で働く青年が「冴えない日々」の中で、ラップだけが救いであり、もがくように生きるような姿が感じられました。本作の主人公というべき図書館員グッドマンの経歴が明らかになるシーンでは、彼が貧困や前科のあるところから這い上がって社会復帰できたことに対して、今、同じような経験をして、しんどい思いをしている人は希望を見いだせるかもしれないな、と私は感じました。『パブリック 図書館の奇跡』も、オープニングとエンディングはラップの曲がかかっており、この作品を見た人が次に『8マイル』を見てもよいかもしれません。

 

8 マイル (吹替版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
8マイル(字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
8 Mile [Blu-ray]

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  • 発売日: 2012/04/13
  • メディア: Blu-ray
 

 

 

4.おわりに

この映画の内容紹介や感想は、以上です。本作は、貧困層公共図書館の関わりを浮き彫りにしたり、図書館員グッドマン個人やその周りの人たちが貧困や前科のあるところから這い上がって社会復帰する姿を事件のプロセスを通して見せたりと、色々と考えさせられるよい映画でした。

 

おしまい。

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