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仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

FIFAマスターと宮本恒靖の取り組み~スポーツの経営を学ぶ修士課程~

修士 大学院 進路 進学 留学 海外 生き方 文系

下の記事を書いていて、スポーツに関する大学院修士課程がFIFAに運営されいて、そこに元サッカー日本代表宮本恒靖氏が行っていたらいしという話を思い出しました。

Japones, Japonesas y futbol~川内イオ『サッカー馬鹿 海を渡る』~ - 仲見満月の研究室

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そういうわけで、改めてインターネットで調べていたところ、下の記事を発見しました。このサイトはクラウドファンディングを行うサイト。

このサイトによれば、現在、彼は「「マリモスト」という名のプロジェクトで、ボスニア・ヘルツェゴビナの民族融和を目的としてスポーツアカデミー設立を目指しています」とのこと。

greenfunding.jp

 

今回は、宮本恒靖氏の経歴を簡単に紹介した後、彼が現役の選手引退後、FIFAマスターで研究したこと、そして研究を生かした最近の活動を簡単に紹介します。その上で、スポーツ選手の引退後の進路における大学院の意味を検討します。

 

1.宮本恒靖ってどんな人?

まず、宮本恒靖氏について簡単にプロフィールを紹介。

 ◆生年月日:1977年2月7日生まれ

 ◆身長/体重:176cm・72kg

 ◆利き足:右

 ◆足のサイズ:27センチ

 ◆血液型:A型

 ◆出身地:大阪府富田林市

 ◆出身校:伏山台小学校→金剛中学校→生野高校→同志社大学経済学部卒

 以上、ご本人の公式サイトのプロフィールページより↓

footballerplus.net

すみません、勝手に引っ張ってきてしまいました(ご本人とスタッフ、サポーターの皆さま、申し訳ありません)。詳しい経歴と戦績については、上のリンクをご参照ください。

 

さて、日本代表選手として、彼を最も有名にしたのは、2002年の日韓W杯。骨折した鼻骨保護用の真っ黒なフェイスガードを装着して出場していたことから、海外でバットマンのようだと話題になり、人気者となりました。

ポジションはディフェンダーJリーグではユース時代からガンバ大阪に所属し、日本代表としては2002年からキャプテンを務めています。2007年より欧州のザルツブルクでプレー、2009年にヴィッセル神戸に移籍してJリーグに復帰。2011年12月に現役引退をして、翌年にFIFAマスターに進学して2年間で修了しています。

 

現役時代、特に国際試合のピッチでは堪能な英語とフランス語を使い、キャプテンとして審判とやり取りをしていたそうです。私が注目するのは学歴で、同志社大学経済学部を卒業していること。現役引退後に進学したFIFAマスターでは、スポーツに関する修士論文を英語で書いていることから、大学で学んだ語学を現役で生かし、選手としての経験を踏まえて書いた修論には、大学時代の経済学的な視点がベースにあったのではないかと考えられます。

 

 2.FIFAマスターで何を学び、何を研究していたの?

このFIFAマスターというのは、国際サッカー連盟運営の大学院「FIFAマスター」のこと。宮本恒靖氏がどんな学生生活を送っていたのか?どんなことを学んでいたのか?ということを話したインタビュー記事が2つあったので、挙げておきます。

 

number.bunshun.jp

 

number.bunshun.jp

 

FIFAマスターの教育プログラム

まず、宮本恒靖氏が受けた教育プログラムは、①の記事によると大まかに次のような予定だそうです。

第1期はレスターでスポーツの歴史などについて学び、第2期はイタリア・ミラノでマーケティングや財政学、組織論を学んだ。そして第3期のニューシャテルでは、法律の基礎知識や選手契約などに加え、八百長試合を防ぐ組織をどう作るかなど、法律的な視点で判断する研究などに取り組んだ。そしてこの7月、卒業を迎える。

ヨーロッパのあちこちを転々としながら、スポーツを歴史や経営、組織、法律の視点から学んだ後、法律的な視点で研究に取り組み、修士論文を書いて修了。大体、こういうスケジュールだった模様。これらの科目の中でも、①によれば

「歴史」「マーケティング」「法律」の3部門が主だった授業のなかで、より専門的で多角的な視点が求められる法律は、テストでもかなり苦労したようだ。

そうです。授業については、基本的に英語で講義が行われ、議論も英語で行われたらしく、入学した当初は英語で考えることができず、さすがの彼も苦労したようです。②の記事によると、一コマ90分の授業が一日に3~4回あり、一コマの中で先生の講義に対し、英語で学生が質問をしていく形式で授業が進むとのこと。サッカーは1試合が90分なので、試合に一日数回出場するような感覚で、慣れるまでキツかったと思います。

つまり、②の記事にあるように

講義は、日本の大学にありがちな、ただ聞くだけというものではない。講師の授業内容に対して、学生が異論や質問を積極的に投げ掛け、その場で議論になることもある。

ということです。これ、元国際舞台で活躍していた選手とはいえ、現役引退後に1年以内で入学するという条件は、けっこう、しんどいでしょうね。

(①の記事によれば、日本人インタビュアーの取材を受けていて、逆に日本語が出てこなくなったそう) 

 

ちなみに、住む場所に関しては、5人制の寮住まい。「2段ベッドの相部屋ではない。それぞれ個室があり、共有スペースのリビングがある。個室は、四畳半ほどでベッドと机、クローゼットで一杯だ。一番早く予約したが、一番狭い部屋を当てがわれたという。」とのこと。より詳しい一週間と一日のスケジュール等ついては、②のこのページをどうぞ。

 

FIFAマスターで得たものと、そこで学ぶ人たちとは?  

FIFAマスター宮本恒靖氏は得たものについて、次のように語っています。

「すべてがいい経験になっているよ。IOCFIFAに行ったり、F1を見たり、ウィンブルドンの歴史を知ればテニスも面白いなって思えたし……。正直、知らないことが多すぎたと思う。選手であっても視野を広げることを怠ったらあかんって、10年前の自分に伝えたいですね」

つまり、マスターコースで学んだことにより、視野を今までより広げることができたということ。おそらく、そのベースには現役時代の選手経験も大いにあったと思われます。

 

彼と同じプログラムで学んだ人には②の記事によると、

「8月に語学から始まって、カリキュラムが本格的にスタートしたのは9月。学生は24カ国から30人が参加して、女性が11人。年齢は23歳から35歳まで。自分が最年長だけど、平均は28、29歳ぐらいかな。元プロサッカー選手は過去12年間で俺だけみたいで、弁護士、元TV局員やコンサルティング会社出身とか色々いて、かなりユニークな集まりやね」

宮本恒靖氏は言っています。要は、上にもあるように元プロのプレイヤーというより、サッカー業界に関わっている人たちのほうが多いようです。今まで日本人かつ元プロサッカー選手でFIFAマスターを修了したのは彼だけのようです。引退後にプロサッカークラブの経営のほうへ、第二の人生の舵を切ったという意味において、なかなか、宮本恒靖氏は貴重と言えます。

 

 研究のやり方と修士論文のテーマとは?

この教育プリグラムで学んだ後、いよいよ研究に取り組んでいきます。5人で共同研究を行い、そのテーマ は次のとおり。

ユーゴスラビア紛争後に民族が分断されてしまったボスニア・ヘルツェゴビナモスタル市に子ども対象のスポーツアカデミーを作り、 スポーツを通じて民族融和を進めることは可能か」

(引用元はこちら)

 宮本恒靖氏は自分の担当作業、および研究に関する思いを①の記事で次のように話す。

「(前略) その中で俺がやっているのは、世界のいろんなスポーツアカデミーの在り方の調査。スポーツって、少年をいい方向に持って行けるし、リスペクトの精神やルールを守る意味を教えられるツールだと思うんですよ。そのためにミヤモト・フットボール・アカデミーを作ったこともあるので、そんな自分の信条を今回の研究に組み込めたのは良かったし、自分の興味ともリンクできているんで、しんどかったけど楽しかった」

PCに残っているデータによると、「「ボスニアの歴史」など項目別に分けられ、105ページもあった。」とのこと。日本の大学院の修士論文の感覚としては、な、長い!

というイメージですね。

 

修士論文を完成させ、FIFAマスターを修了した後、宮本恒靖氏はJリーグの古巣・ガンバ大阪でコーチ、それから日本でサッカー解説の仕事をしつつ、研究で取り組んだテーマをさらに発展させ、2013年8月、実行にうつそうと動き出します。それが、本記事の冒頭でリンクを貼った「マリモスト」という名のプロジェクトなのです。

 

3.まとめ

「マリモスト」というのは、冒頭のリンク先の記事によれば、「マリモストは現地の言葉で小さな橋を意味し、この活動が民族の心の懸け橋になるという想いを込めています」とのこと。サッカーのアカデミーを通じて、民族紛争の問題にスポーツの分野の視点で挑戦するというのは、今までの紛争解決で用いられてきた政治や経済とは違った方面の手法です。私としては、十分、取り組む意義があると思います。

 

ここまで、長々と書いてきましたが、このブログは「マリモスト」プロジェクトに頼まれて書いたわけではありませんので、これ以上、このプロジェクトのことを掘り下げませんし、紹介も致しません。「マリモスト」のクラウドファンディングに興味のある方は、冒頭のリンクからジャンプして、活動紹介記事をご覧になってください。

宮本恒靖氏のサイン入りの英語修士論文12000円、オリジナルのグッズ等が販売され、その収益がプロジェクト資金になるそうです。正直なところ、英語は読めなくても、サイン入りの修士論文は欲しいですけど)

 

今回、私が伝えたかったのは、スポーツ選手が引退した後の進路として、現役時代の経験を生かしつつ、今までのところとは別の役割で生きていくために、大学院で学び、研究を行う道もあるということです。冒頭にリンクした『サッカー馬鹿 海を渡る』のレビュー記事でも書いたように、サッカーを含めたスポーツ選手は引退後、第二の人生を歩む際、非常に悩むことがあると言います。

例えば、日本のサッカー界だと、Jリーグに3部(=J3)ができたことで、プレーヤーに加え、指導者、解説者といった周辺職業のすそ野が広がり、そこにアマチュアの人たちも参入しやすくなりました。今まで元選手が参入していた周辺職業の競争率も上がってきていると考えれるため、現役を引退した選手は、これまでとは少し異なった分野に進路をとる必要も出てきたのです。

 

宮本恒靖氏は周辺職業をしつつも、FIFAマスターを修了したことで「マリモスト」を立ち上げ、スポーツを通じて民族紛争に取り組むという、新たな生きる道を見つけました。このように、大学院修士課程には、その業界の今までとは少し異なった進路をとりたい人が新たなことを学び(直し)、課題を設定して研究を行い、次のステップへ進む準備をする場所だと言えるでしょう。

以上のような文脈において、今回の宮本恒靖氏がFIFAマスターを修了したことを紹介するのは大きな意味があると思い、この記事を執筆しました。

 

非常に長い記事を最後までお読み下さり、ありがとうございました。

 

 

(2016.7.30追記)

今、スポーツの分野で指導者を目指す人・運営側に行きたいと考えているお子さんのいる方人にも、読んでほしい記事があったので、リンクを貼っておきますね。やっぱり、現場を知っていると、大学院のスポーツ学分野に進み、指導者になるという意味でも、就職は強いようです。

toyokeizai.net

リンク記事にもありますが、日本のサッカー界ではよっぽど幼い時から続けていない限り、男性はJリーグを目指さないのがよいと思います。私のここの記事でも書いていますが、すそが広がりすぎてしまっていて、ちょっとできる!というのは特に男性だとけっこう、います。一方、女性のほうは、元日本代表の女性指導者が育ってきている途中で、まだまだ、食い込む余地はあるかなと(それでも、センスを磨くなら幼いころからやっていないと、ツライそうですが…)。

 

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以下、宮本恒靖氏のことを取り上げるに至った事情について

(特に読まなくてもいい蛇足):

 

実は私、ちょっと前までサッカー観戦を趣味にしていました。応援していたのは、男子日本代表!始まりは1998年のフランス大会のクロアチア戦に始まり、2010年の南アフリカ大会まで、でした。特に、今回、取り上げる宮本恒靖氏は、中村俊輔選手と並んで好きな選手で、深夜のスポーツ番組のMCが呼ぶ名前に因んで一時期、「ツネさん」と勝手に呼称。レプリカユニフォームは高かったため、何かのキャンペーンで販売されていた「ツネさん」の背番号入りユニフォーム型Tシャツを買いった覚えがあります。2000年代半ば、代表選のある日は一日中、大学・大学院関係なく、ずっとそれを着用していました。

 

足かけ十数年好きだったサッカー観戦で、スマホワンセグを用い、研究室棟の廊下でも応援していたくらいだったのが、選手の世代交代、博士論文の執筆による多忙で見なくなってゆきました。

そういう変化の中で、かつて熱烈に応援していた「ツネさん」はどうしているのだろうと検索していたところ、上のような記事に遭遇しました。そこから本記事の執筆まで、また時間を要しますが、今回、このような形で好きだったサッカーと大学院の話題を関連づけることが出来て、よかったと思います。

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