仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』は「ブラック」な研究業界にも言える

<今回の内容>

1.はじめに

今週頭に発売され、増刷が決定された本があります。本書のプロローグはTwitterで公開され、20万RTされるほどの共感を呼びました。出版後の反応は、即日重版決定! 『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』(著・汐街コナ 監修・ゆうきゆう)反響まとめ #死ぬ辞め - Togetterまとめで、その凄まじさを知ることが出来、また、出版元のサイトでは特設ページが作られています↓

special.asa21.com

 

さて、Amazonの「ノンフィクション」本では、4月12日付けで3位になっていたのが、こちらの本書です↓

 

プロローグは、昔、デザイナーをしていた著者がその会社で「90~100時間」となっていた毎日のある夜に残業時間が終わり、毎晩そうしていたように終電を地下鉄の駅のホームで待っていたところから始まります。その日、著者は

 

「今一歩踏み出せば明日は会社に行かなくていい」

 

「一歩 たった一歩 それだけで」

 

「明日は会社に行かなくていい?!」

 

という思いが浮かび、ナレーションが「それは素晴らしいアイディアのように思えました」という言葉が重なります。そうこうしているうちに、電車が到着し、乗り込んだ著者は自分が危ない状態に陥っていたことに気づき、その後、縁故だろうが、なんだろうが、「めちゃくちゃ転職活動した」そうで、事務職に転職したことが本作の中盤で語られます。

 

プロローグの途中で、過労自殺の恐ろしいところは、他の人は「死ぬくらいなら辞めればいいのに」と思うのに対し、本人は「その程度の判断力すら失ってしまうのがブラックの恐ろしいところなのです」と指摘。ブラックな職場にいることで、精神的にボロボロで、生命より精神的に楽になるほうを選んでしまうかも…、といった危険が身に染みました。

 

最初、この本を手に取った時、テーマとしてなかみ・みづきの灰だらけ資料庫(書庫)にレビュー記事を公開しようと思いました。ですが、読み進めるうち、「ブラック」な研究業界にも同じことが言えるよね?ということに気づいたのです。

例えば、院生時代にいた研究室でのボス先生の研究会や学会の論文集の編集業務をしていた時、私は日付が変わった直後に自転車で川沿いの道を入っていた帰宅途中、「ああ、このまま、ガードレールに当たって川に落ちて溺れたら、明日はとりあえず、編集の仕事をしなくていいんだな」ということを考えていたことがありました。その思考は、本書のプロローグで著者が陥ったのと同レベルで危うかったでしょう。

(おまけに、学生のただ働きのことが多くて、残業代なんて入らなかった…)

 

そうは言っても、私は先輩方は黙々と業務をされているし、口に出して一人で断る訳にもいかなかったため、「科研費の出版部門に落ちたから、最終締め切りが延びました」という取りまとめ役の常勤講師の先生が院生部屋に来た時、研究室メンバーが集まっている真ん前で、ゴチーン!と自分の席のスチール製本棚の柱に頭突きをかましました。言葉で言えない私は「もう、自分はその仕事、できません!」と行動で示し、研究室のメンバーを無言にさせ、ボス先生が常勤講師の先生に院生にこれ以上、仕事をふらないように仰いました。これ以降、口実を見つけては「ごめんなさい」と感じつつ、資料調べのふりをして、雑務から逃げるようにしました。

 

こういう感じで、実は本書に書いてある「ブラック企業」の過労自殺の危険は、研究室での雑務を含み、研究会や学会への参加・事務局の仕事ほか、けっこう、研究業界についても同じように院生や職業研究者を心身の極限にまで追い込む危うさは、同じだと考えられます。

 

そういうわけで、今回は『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』をとおして、実は「ブラック」な研究業界のことを振り返り、これから研究業界との付き合い方を考えてみたいと思います。

 

なお、本書はブラック企業を辞めるタイミングの見極め方、個人さがあるので頑張れなくても自分が弱いと思わなくてもよいこと、今後の社会復帰のためにブラック企業は元気なうちに離れて転職の準備をすること、メンタルクリニックへのかかり方等、実践的なアドバイスが、監修者で精神科医の ゆうきゆう氏によって解説されています。

 

<本書の目次>

プロローグ 昔、その気もないのにうっかり自殺しかけました。
第1章 なんで死ぬまでがんばり過ぎちゃうの?
第2章 SOSに気がついて
第3章 がんばらない勇気
第4章 自分の人生を生きるために
第5章 世界は広いんです
最終章 自分を犠牲にしてがんばりすぎちゃう人へ
【番外編】はじめての心療内科
【おしえて! ゆうき先生Q&A】
1.がんばることは大事だというけれど、いったいどこまでがんばればいいんですか?
2.心を病むのはその人が弱いから?
3.心療内科メンタルクリニックはどの段階で行けばいいのですか?
4.追いつめられるとなんで「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができないの?
5.ブラック企業で働いている家族を辞めさせたい。ただ、言うことを聞いてくれません。どうしたらいいですか?
6.つらいので会社辞めたいけど、家族が理解してくれません。どうしたらいいですか?

https://www.amazon.co.jp/dp/toc/4860639707/ref=dp_toc?_encoding=UTF8&n=465392

 

下のゆうきゆう氏の寄稿で一部、読めます。

 

 

 

2.本書の内容と「ブラック」な研究業界のこと

ここからは、本書の内容と「ブラック」な研究業界について、私のTwitterを引用しつつ、考えていきます。ツイート内容によって、対応する本書の箇所が多少、前後します。

 

 2-1.「第3章 がんばらない勇気」

さっそく、「第3章 がんばらない勇気」のメンタルクリニックへ行くタイミングの話が出てきました。本書では、①眠れない、②食欲がわかない、③仕事に行きたくない、④好きなことや趣味が楽しく思えない、⑤死について考えることが増えてきた、の5つ。ツイートでは、

 仲見満月@経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki
p.80の基準、③と⑤は半年以上、ずっとかな?実際、行ってるけど…

ということで、先の編集業務が終わって、研究室からの帰宅途中の状態がツイートに当てはまっていました。自分についてもそうなんですが、研究室の人たちはどうでしょうか?実は、「アカハラ」からどう身を守る?学生・院生のためのメンタルヘルス対策 – メンヘラ.jpの「3-3.大学に行けなくなってしまったら」のU先輩は、②~④の状態になっていたらしく、元気になってから改めて聞くと、非常に大変な状態だったようです。周囲の人についても、余裕があれば①~⑤の条件を客観的に見て、生命が危うい状態だったら、周囲に相談しつつ対応してはいかがでしょうか。

 

 2-2.「第4章 自分の人生を生きるために」

だいぶ読み進め、第4章の「その石に意志はあるのか」を読み、似た箇所を思い出しました。それは、「第1章 なんで死ぬまでがんばり過ぎちゃうの?」に戻って解説ページ「がんばることは大事だというけれど、いったいどこまでがんばればいいのですか?」のところでした。次のツイートは、それらの2か所を読んだ後の感想です。

 仲見満月@経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki 
p.99:「自分の意志で固めた石なら 我慢するに値するし」、p.36~:「自分できめたことか」…これ、研究室の無給労働にも言える。

そう、自分で「やる」と決めたことなら、やる気は出やすいです。でも、院生や職業研究者は、自分の研究はともかく、上から「滅私奉公」的に雑務が降って来て、無給労働をしなければならなくなることが、慣例であるケースがあったのです。先の編集業務だって、そう。例えば、ボス先生や指導教員が持ってきて「仲見さん、中国論文の翻訳投稿、しない?業績が一つ、増えるよ」とすすめられ、私一人で決められるなら、よいです。しかし、編集業務の校正や索引づくりはチームワークで効率よく行うため、院生が無給で駆り出されることがあったんです。

 

私の場合は、正直、無給労働に時間が使われていく上、博士論文の研究も博士課程の序盤はうまくいってなくて、「無給労働だけで、大学院を終えてもいいや」と、変な意味で焦燥感にかられていました。最終的に、中盤で危機感に苛まれ、急に自分の研究を始めました。「自分の研究を優先しなさい」と言って下さる方々もおられ、助かった時もありました。

ところで、Twitter上で見かけた、あるシンポジウムの発表者と質問者のテープ起こしについても、「知的な関心を深め、研究能力を上げるための仕事なのだから、院生諸君は無給で従事すべき」という、どこかのご年配の大学教員の発言があり、私のいた研究室だけでなく、他の大学院でも無給労働はあったんだな、と背筋が寒くなったことがありました。この記事を読んで、無給労働を「心身をすり減らすレベル」で感じる院生や職業研究者の方がいて、後述するように集団で断りましょう!誘われても自分で決めたものでなく、押し付けられたものの中には、あなたを蝕んでいくものもあるかもしれません。

 

 

次のツイートは、こちら。

仲見満月@経歴「真っ白」博士 @naka3_3dsuki
p.106~「学習性無力感」…教員採用試験で、出る頃ではないでしょうか?と言われていました。発達心理学と労働環境改善はリンクする。

就活の一環で教員採用試験の勉強をしていた時、学習性無力感の話が本書p.106「Q.追い詰められるとなんで「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができないの?」に出てきます。解説するゆうきゆう氏は、サーカスで飼われ、足首を杭に繋がれたゾウが逃げ出さない例を出しました。そのゾウは杭を抜く力のない幼い頃、杭に繋がれたため、自分の力で杭を抜いて逃げることが出来ないという、抵抗への無力感を学習した。成長して、自分で杭が抜ける体格になったとしても、自分で杭をぬかないのは、杭を抜いてもムダということを幼少期に学習したため、そのゾウは逃げないという話。つまり、

人間も過度のストレスを受け続けると、逃げ出すという選択肢が見えなくなるのです。

(本書p.107)

ということなのです。また、「選択肢が見えていたとしても、「辞める」という決断」が、「辞めた後の生活が想像がつかない」という不安が大きい人がいることが、この解説で指摘されていました。この「辞めた後の生活が想像がつかない」不安というのは、特に文系の中の人文科学系の博士院生は、現在の日本の現状において、就職でつぶしが利きにくいことが挙げられるのです。このあたりについては、修士課程くらいまでに「そこそこやれる何か」の資格(例えば士業系の資格、小学校と中高の国・英・社の教員免許、物書き関係等)を見つけて取得し、食べていけるくらいの目途を立てるか、情報を集めておくと多少、落ち着くかもしれません。

 

 2-3.「第5章 世界は広いんです」

第5章は、「辞めた後の生活が想像つかない」ことへのアンサーとして、位置づけられ、過度のストレスでボロボロなのに仕事を辞められない人が、どうすればブラックな場所から出ていけるか?書かれています。私のツイートを通して、見ていきましょう。

仲見満月@経歴「真っ白」博士 @naka3_3dsuki

p.113~第5章「世界は本当に広いんです」…きちんと休職・退職して、転職がうまくいった人の事例だけ。社会復帰できていない人は?

私のこの疑問に対し、本書では、少なくとも過度なストレスのかかり続ける労働環境を離れた後のほうが、その前よりも当事者にとってはマシだろう、ということが書かれていました。実際、著者の方もブラックな労働環境を離れた後、その時のデザイナーの仕事を辞めたことは後悔しなかったそうです。つまり、

仲見満月@経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki 
第5章…社会復帰に時間がかかるくらいのダメージを受ける前に、休職・退職しようというお話しでした。

ということです。

 

本書p.118~129は、実際にブラックな職場から一旦、退職・求職した後、転職したり、職場が改善されて復帰したりした二人の方のインタビュー漫画が掲載されています。限界な職場にいつつ、転職エージェントに登録して転職活動に励み、あるいは休職中に振り返った趣味の世界に目を向けるなど、次に繋がる実践的な動きが書かれていて、非常に参考になると感じました。

 

さて、ここからは第5章のゆうきゆう氏の解説に移ります。私としては、本書の中で自分の経験とする合わせながら、「ブラック」な研究業界を離れる上で、最も大切なことが書かれていたと、多くツイートした箇所でした。

仲見満月@経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki 
p.131~「Q.ブラック企業で働いている家族を辞めさせたいのに、言うことを聞いてくれません。どうしたらいいですか?」は、心身ボロボロな人への寄り添い方のヒントに。

問いを変えれば、「Q.ブラック研究室にいる家族を辞めさせたいのに、…」とか「Q.滅私奉公的な研究会で発表者にも交通費が出ないところで、心身も経済的にも擦り減っている家族がいます。辞めさせたいのに、言うことを聞いてくれません。どうしたらいいですか?」にも置き換えられる。なお、二つ目の置き換え質問については、発表者が会場まで交通費が出ないため、断ったケースも私の身近にあり。

 

若手の場合、よほど力のある人に気に入られ、かつ業績があって内定されても、簡単に内定取り消しに遭う現状あり。ここらへん、先の研究会の発表を断った方のように、人付き合いをドライにしてもいいと思います。お金の余裕のある時、埋め合わせで発表させてくれ、と言ってもいいと思います。

学会も研究会も、そして研究機関も、院生や職業研究者がアカハラや過労で、その心身が傷病状態になり、障害を患っても、補償をしてくれない。それどころか、ブラックなところは、解雇や冷遇をするところさえあるかもしれません。あと、雑務や付き合いを優先していると、研究業績が積めなくなります。

先の「アカハラ」からどう身を守る?学生・院生のためのメンタルヘルス対策 – メンヘラ.jpの「3-3.大学に行けなくなってしまったら」のU先輩のような人に気づいた時の対処法としても使えます。次に登場する、研究会の発表者が交通費が出ないから、発表報告を断ったケースは、補足しますと、ご本人はその後の研究会活動で埋め合わせをするから(本当にするかどうかは別として)と仰ってました。その電話を横で聞いていた私は、経済的にカツカツの研究会だと察知しまして、今の時代なら、インターネットを使って遠隔地をビデオ中継で結び、発表報告をしてもよかったのでは?と思いました。(ビデオ中継だと、伝わらないニュアンスや雰囲気があるようで、却下されるかと思いますが)

 

また、直前の下線部は、p.92~93において、本書の著者の母親がハローワークに勤務していた時の経験談で、私がなるほどと思い、書きました。その関西人の母親曰く「会社の指示通りに仕事をした結果」、「身体が不自由になって」、「会社は責任もとらんとクビにして」、「でも身体不自由やし次の仕事も決まらなくて」、「…会社はいざって時」、「何もしてくれんから自分の身体は自分で守らなあかん」ということです。

実験系で爆発が起き、大けがを負ったとかなら、研究機関ですすめている保険に入っていれば治療費は出るとは思います。が、雑務のデスクワークでヘルニアになり、身体を痛めても、それは痛めた人の責任ということ。自分で病院に行って対処することいになります。このあたりは、私の姿勢や運土不足もあり、自己責任の範囲内だと当時は反省しましましたが、病院に行った日にあると知らされた研究会には、申し訳ありませんでしたが、お休みをさせて頂きました。その理由は、次のツイートに書きました。

仲見満月@経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki 
ある程度、ドライになれ、というようなことは、修士入学後、学会で再会した学部時代の先生に言われたことがありました。本書を読んでいると、本当にそうだと思います。

 

アカポス志望者として死亡」し、「アカポスに就けなかった亡霊」と私が称しているのは、もうコネと優秀さがある人でも、アカポスに就けない現状を見、先の先生の言葉があるからです。

 

私はある意味、既に「死亡」しました。よほど、今の研究業界が自分の目線でホワイトにならないと、「蘇生」はしないかも。私の「屍」と「亡霊の手記」が少しでも、後生の方に役立てば、と思っています。

「滅私奉公」的なことを半ば強制的に求めてくる学会、研究会について、苦しんでいる院生、職業研究者の方がいらっしゃったら、 一人だと上から潰されるかもしれませんから、仲間を作って主張をしましょう。先月、ブログ記事で紹介したように、「若手研究者問題」シンポジウムに参加された先生方に相談されてみても、いいかもしれません。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

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 2-4.「最終章 自分を犠牲にしてがんばりすぎちゃう人へ」

いよいよ、最終章まで来ました。自分を犠牲にしがちな人に向けて、思い切って「やめちゃえよ!」と進言。大雑把に言うと、「職業選択の自由」は憲法に定めらた権利で、「会社に辞めさせない」権利はないから、「辞めにくくする内容が契約書等に書かれている場合は、契約自体が無効になることが」あると説明した上で、とにかく、「やめちゃえよ」ということが書かれています。うん、「ブラック」な研究業界にいる人も、逃げちゃえよ!と私は言いたい。その心は、次のツイートをご参照ください。

仲見満月@経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki

p.145…「会社をやめる際(中略)、「立つ鳥跡をにごしてもいい!」(中略)「やめる会社がどうなっても知ったこっちゃねえよ」こんくらいの気持ちでいこう」 

置き換えるならば、「辞める大学や院、学会や研究会がどうなっても知ったこっちゃねえよ」と、心身がギリギリ状態の人は、ドライになるしか、自分を守るには行動するしかないかも。

辞めるには、ドライになった上、集団で「辞めること」。それは、次のようなこと。

仲見満月@経歴「真っ白」博士‏ @naka3_3dsuki 
最終章p.147…「各自がまず自分を大切にすることで「結果的に全員生き延びる」(中略)「全員が我慢して結果共倒れ」は避けましょう」で、「私の先パイは前職があまりにキツすぎて話し合って同僚全員で一気に辞めたそうです」とのこと。確かに「誰か残したらマジでヤバイ」(残された人に皺寄せ)

 

皆で一気に辞めるのは、手段として有効そう。室町期の一揆や江戸後期の打ちこわしを彷彿とさせます。

 

研究業界のほうでも、Twitterを中心に「それ、おかしいよ!」とアカハラアカポスの公募の内定取り消し周辺の「闇」について、声が上がってきています。10年代前だったら、ブログや各種SNSで書かれてはいても、今ほどの動きの大きさにはなってなかったと思います。書いたら筆者のクビがとぶ時代でしたし、今もされる人はいるようです。ただ、泣き寝入りや転職活動だけでなく、不法行為的なことをされたら、きちんと戦おうとする人たちが出てきたことは、大きな変化だと認識しています。有り難いです!

一揆や打ちこわしまではいかないと思いますが、アカデミック・ポストの就活について、研究職の内定取り消しと採用先の都合で着任取り消しにされるのは、おかしい!という声が上がっていることは、先日の記事でお伝えしました↓

naka3-3dsuki.hatenablog.com

入っているtogetterのコメントどおり、採用側の研究機関ではコンプライアンスが徹底されていないどころか、法令が捻じ曲げらてしまうことが現状として、あるのです。 これからは、泣き寝入りではなく、「「ブラック」な研究業界、みんなで大声上げれば、変わっていく」。声を上げて、仲間と協力して変えていく方向に持っていきましょう。

 

 

3.最後に

 今回は『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』をとおして、実は「ブラック」な研究業界のことを振り返り、これから研究業界との付き合い方を考えて来ました。結論から言うと、心身に限界が来たと自覚したら、とにかく、休む・辞める、自分がやると決めたことでない雑務は断ること。学会や研究会等の活動で、参加や運営、発表を強制されそうだと感じたら、断ること。一人だけでなく、自分以外に「おかしい」と感じている人がいたら、相談して仲間を増やし、潰されないように動くこと。

 

そして、究極のところ、「辞める大学や院、学会や研究会がどうなっても知ったこっちゃねえよ」と、心身がギリギリ状態の人は、ドライになって辞めること。ポスドク助教、孤立している教授、准教授や常勤講師といった職業研究者、院生といった立場が弱い人たちは、他の研究機関や学術団体の人たちにも連絡をとり、仲間を一人でも増やして、辞められるように動くこと(毎度、おなじみの河野議員のように、できたら国会議員にもはたらきかける)。

 

あなた自身の精神と身体を守るため、できる限りのことをしよう。アカハラアカポス公募で、「薄暗さ」のある研究業界ですが、うまく付き合っていくために、少しでも本記事の内容が参考になれば、幸いです。おしまい!

 

 

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