仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

現在のドイツの科学研究政策から~西川伸一「ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで」(Yahoo!ニュース-個人)~

<今回の内容>

1.はじめに

どうも、あちらこちら、休みながらも手をつけながら、メインブログをはじめ、いろいろと「工事」も始めた執筆管理人です。「工事」をする間、ふとSNSに目をやると、時たま、衝撃的なニュースが飛び込んでくるので、ちょっとのことでは驚かなくなりました。それでも、次のニュースには、腰を危うく抜かしかけました: 

news.yahoo.co.jp

 

上の西川さんのニュースによれば、「社会のニーズを見据えた、実践的な、職業教育を行う」と安倍首相のOECD閣僚理事会で行った演説とは逆に、

ドイツ政府はOECDでの安倍演説の逆、「すぐ役立つ職業教育ではなく、理論的学術研究を深める」方針を科学技術政策の根幹にしている。

(ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース)

ということを数々の実例を挙げながら、書いていらっしゃったからです。

 

ドイツ政府のこの科学技術政策の方針は、詳しくは後述しますが、

この結果、先に述べた学術研究が急速に進展しただけでなく、もう一つ我が国の大学の凋落を印象付けたタイムズ高等教育トップ200に、なんと22大学がランクイン(2005年には9校だけ)している(我が国では東大と京大の2校だけ)。この結果ドイツの大学の魅力は増して、今や外国人教員数は全体教員数の12.9%に達している。

(ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース)

 という事態にまで達しています。日本の大学が何位に入っていたか、などについては、

世界大学ランキング2018の結果に衝撃 アジア1位も程遠い東京大学の順位 - ライブドアニュースのほうをご参照ください。また、時間に余裕があれば、記事にするかもしれません。

 

海外の大学で教鞭をとっている大学教員の方々によれば、研究留学を希望する各国の学生が、何を指標に留学先の国を決めているか、という重要な条件の一つに、世界大学ランキングにどの国から、どんな大学がランクインしているか、というものがあります。加えて、どのような分野の研究で、優れた実績を上げているのか。といったことがあるようです。

 

そういうわけで、本記事では西川さんのYahoo!個人のニュースを読みながら、日本の教育や研究は、どのような意味で「ヤバい」のか、ドイツの卓越性はどういったところにあるのか、見ていきたいと思います。

 

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2.西川伸一「ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで」( Yahoo!ニュース-個人)を読む

 2-1.日本の首相の「2016年OECD閣僚理事会」での教育に関する演説がヤバい

ニュース記事の序盤は、筆者の西川さんは、おそらく大学を先日、退職される直前のご友人の最終講義の内容から始まります。ご友人は自身の研究についてではなく、

30年にわたる自らの経験をもとに、日本の大学を高いレベルに保つためには、何をすべきかを、若い人たちに熱く語るものだった。講義で友人は、どんな状況にあっても大学は長期視野に基づく優れた計画のもと自らを変え続ける必要があることを訴えていたが、講演の最後に、このような努力を無にしてしまう政府の見識の低さが最近目立ち始めたことを嘆いていた。

ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース

そうです。 では、その「努力を無にしてしまう政府の見識の低さ」を示す、ご友人が抗議においても引用した、先の安倍首相が行った「安倍首相が2016年OECD閣僚理事会で行った演説」を、西川さんの記事に載っている英語と日本語とで、西川さんの説明を含めて見てみましょう。

 

この演説は、安倍ミックスをはじめとする様々な改革と集中投資で日本経済は生まれ変わったことを強調する内容だが、その中で政府が目指すイノベーションの一つとしての教育改革について次のように述べている。

「日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。」、そして続けて 「だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。(Rather than deepening academic research that is highly theoretical, we will conduct more practical vocational education that better anticipates the needs of society. I intend to incorporate that kind of new framework into higher education.)」と述べている。

出典:首相官邸ホームページ

 

ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース

一読した私は、

内閣総理大臣閣下、 「モノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません」のは今までの政府の教育方針があったのは置いておくとして、それが仮にそうであったとしても、頼むから、教育改革と学術研究の制作を同じ台の上に載せた上で、社会のニーズを見据えたいからと、一律に教育改革もが記述研究も、職業教育の方向をめざしたら、それこそ多様性が失われかねませんよ。そうしたら、あなたが求める斬新な発想を生む土壌さえ、痩せていきますよ」

というような長文が頭を駆け巡りました。

 

確かに、私は教育業務と学術研究の業務は大学の中でも、職位単位で分離(大学の教育専任教員と研究職員とに分離する、とか)すべきだという考えを持っていますし、高卒の社会人、学部卒・修士卒の社会人がもう一度、大学や院に戻って「学び直し」して、スキルアップを目指すための場所として、教育課程を終えたら学士資格もらえる専門職大学の新設には、賛成の立場をとっています。

 

でも、安倍首相は全部を一律の方向にまとめて改革しようとしていたんですね。「学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています」という考えのもとに。そういったことが、今、明確に分かりました。愚かだったのは、私ですね。

 

政府の教育・学術研究に関する政策方針を理解していなかったバカな私は、科学者ではありません。が、そんな私でも西川さんが言うように、「これを読んだらこの国の科学はおしまいだ」と思いました。それから「Rather than deepening academic research that is highly theoretical(極めて理論的な学術研究を深めるのではなく)」といったフレーズを平気で使える官僚が日本の高等教育政策を担っているのかと思うと暗澹たる気持ちになる」という箇所にも、西川さんに同意します。

 

既に日本の科学研究が地盤沈下を起こして久しい詳細な現実は、こちら:

【ニュース】「日本の科学研究—地盤沈下は止められるのか」(nippon.com)~解決策は限りのある研究資金をバランスよく配分・投入する決定ができる人の存在~ - 仲見満月の研究室

に書きましたので、お読みいただくとして、 上記のような首相のトンデモ発言を執筆したであろう「平気でこのようなフレーズを首相の演説に盛り込む、科学について無知な官僚が科学政策を担っていることも」、きっと「今年3月、Natureは日本の科学力が14分野中11分野で大きく低下」したと指摘したことと無関係ではないのでしょう。それらの原因についても、西川さんに同意せざるを得ませんでした。

 

 2-2.ドイツの科学が目指すのは「理論的学術研究を深める」こと

 一方、ドイツの科学技術の状況について、まず西川さんは「絶好調」という見出しをつけています。

 

ドイツの科学は今絶好調
こんなことを考えながら、新しく発行されたNatureを眺めていたら、Abbottさんの記事「Germany’s secret to scientific excellence(ドイツの卓越性の秘密)(オープンアクセス)」という記事が目に止まった。

 

この記事で3つのグラフが示されている。最初は、科学技術への投資だが、着実に増加しているものの、ドイツは我が国より低い(民間投資も合わせた統計)。しかし、論文の引用レベルを示す指標でドイツは米国と肩を並べるまでになり、科学研究は絶好調だ。ところが最後に示された特許取得数の統計は、ドイツが日本の半分にも満たないことを示している。すなわち、ドイツ政府はOECDでの安倍演説の逆、「すぐ役立つ職業教育ではなく、理論的学術研究を深める」方針を科学技術政策の根幹にしている。

ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

上記の引用箇所に言及されている3つのグラフは、以下のものですね:

 

f:id:nakami_midsuki:20170912165332p:plain

(グラフ出典:「Germany’s secret to scientific excellence(ドイツの卓越性の秘密)

 

西川さんの指摘以上に、私は一つ目のグラフで、隣国の韓国のGDPに占めるが学術研究の費用の額に度肝を抜かされました。それは横に置いて、確かに「最初は、科学技術への投資だが、着実に増加しているものの、ドイツは我が国より低い」ものの、「論文の引用レベルを示す指標でドイツは米国と肩を並べるまでになり、科学研究は絶好調」であることは、納得させられます。西川さんは、更に特許の取得数について、ドイツと日本を比較して、ドイツの方(ついでに言うと韓国も)が「日本の半分にも満たないこと」を読み取って、「ドイツ政府はOECDでの安倍演説の逆、「すぐ役立つ職業教育ではなく、理論的学術研究を深める」方針を科学技術政策の根幹にしている」ことを、結論として導き出しています。

 

理論と言うと難しいイメージですが、要は「道具としての思考」とか、方法論とか、そういった技術や商品開発の基礎になる考え方だと、思っていただければいいのではないでしょうか。詰まるところ、ドイツは応用ではなく、どちらかというと基礎の学術研究の方を深めていると考えられます。

 

少し、今回のニュースから脱線します。院生時代、隣の研究室のPDさんが予備校に「賢い」講師がいたことを教えて下さいました。その講師の方は、「今、君たちが受験で学んでいる知識は古くなっていく。けれども、ベースとなる思考や方法論といった考え方は、古くなれども残っていくものだ。だから、基礎の思考方法や方法論は大切にしなさい」と、PDさんが高3の時に仰ったようです。ちょうど、古今東西の思想や思考法を論文に使おうとしていた私は、「その講師の方って、受験勉強の先の大学教育まで、目が向いた頭のいいかたですね」というようなことを話したのを覚えています。

 

話をドイツのことに戻しましょう。現在、ドイツの科学が目指している方向は、きっと様々なもののベースとなる理論的学術研究を深めることなのでしょう。「道具としての思考」は、本ブログでテーマとしている文系分野の学術研究とも繋がっております。例えば、受精卵は何日目から人権を認め、ヒトとして法的に扱うのか、といった線引きをするには、生命倫理学にある理論や考え方が必要となります。

 

個人的な見解として、理論的学術研究に力を入れようとしているドイツは、これからグーンと伸びるのではないでしょうか。

 

 2-3.ドイツ政府の科学技術政策

 続いて、実際にドイツの連邦政府が取り組んでいることを見ていきましょう。

 

ドイツ科学の好調さは政策が支える

記事の中心は、「広く深く教育を進め、政治宗教から自由でなければならない」というフンボルトの思想をドイツ教育のDNAと捉え、将来展望に立って安定的に科学技術を推進するためメルケル政権が行った2つの政策についてだ。一つは大学改革で、これまで州政府の予算で運営されてきた大学に、連邦政府も「卓越クラスター」として直接予算を導入し大学の学術研究を促進する政策、そしてもう一つは大学やマックスプランクヘルムホルツなどの研究機関を競わせるだけではなく、垣根を払った共同研究を促進するために行った政策だ。

 

この結果、先に述べた学術研究が急速に進展しただけでなく、もう一つ我が国の大学の凋落を印象付けたタイムズ高等教育トップ200に、なんと22大学がランクイン(2005年には9校だけ)している(我が国では東大と京大の2校だけ)。この結果ドイツの大学の魅力は増して、今や外国人教員数は全体教員数の12.9%に達している。

他にも参考になることの多い記事だが、この成功が全てドイツ政府の政策の結果であることがこの記事の要点だ

 (ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース

連邦政府が行った新たな政策は、メルケル政権のもと、

  1. 大学改革で、これまで州政府の予算で運営されてきた大学に、連邦政府も「卓越クラスター」として直接予算を導入し大学の学術研究を促進する政策
  2. 大学やマックスプランクヘルムホルツなどの研究機関を競わせるだけではなく、垣根を払った共同研究を促進するために行った政策

の2つの政策です。そういえば、ドイツはアメリカと同じ連邦制であり、基本的には州政府が大学に研究予算を出すものだったはずですが、それにプラスで連邦政府から「「卓越クラスター」として直接予算」を投入してくることになると、かなり資金が潤いそうです。

 

一方の共同研究促進は、大学同士で競うだけでなく、力を合わせて学術研究をアップさせていこうとすることになり、ドイツ連邦としての科学力の底上げにも結び付きそうですね。さらに、理論的学術研究を深めることを方向として持っているため、更なる底上げになりそうです。

 

 2-4.政策の陰にメルケル首相の存在あり

忘れてはいけないのが、こうしたドイツの科学技術の政策の陰に、メルケル首相の存在があるということです。

 

そして、「ドイツの研究者になぜドイツの学術が花開いているのかと質問すると、誰もがメルケル首相のおかげだと答える」と述べている。

 

これは記者の誇張だというかもしれない。しかしこのことを私自身は実感として感じている。現役最後の2012年、ベルリンにあるマックス・デルブリュックセンターで行われた幹細胞のシンポジウムのオーガナイザーの一人として手伝ったことがある。この時、メルケル首相が若い研究者と公開討論会を行うので、シンポジウムを一時中断して、そちらに参加することになった。そこで、メルケル首相一人と、あとはセンターの若い研究者三人(だったと思う)が科学者の前で討論をしていた。内容はドイツ語のせいもあって全く覚えていないが、我が国で行われる研究所見学名目の大名行列の様子と比べ、首相自らが研究者の生の声を聞きに研究センターに来ているのを見て感銘した。

 (ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース) 

西川さんは、若手研究者に身近な形で接する一国の首相に感銘を受けていらっしゃるが、たぶん、メルケル首相は自然体で研究者の中に混じっているのだと思います。要は、気軽に科学者たちに混ざっていける知識や思考を含むカルチャーを肌で持っているということです。

 

実は、アンゲラ・メルケル - Wikipediaを読むと分かりますが、メルケル首相は旧東ドイツで教育課程を終え、科学アカデミーに就職し、博士号を取得した物理学者でした。政治家に転身する以前の長い職業研究者として、身につけた肌感覚やカルチャーが、現在のドイツ連邦政府のトップとして、科学の政策を支えるのに大いに役立っていると言っても不思議ではありません。そして、シンポジウムなどで、すんなりとメルケル首相を科学者たちが討論に受け入れているにも、同じ科学者としてのカルチャーを持つ「同族」として尊重している部分が無意識のうちにあるのではないでしょうか。

 

つまり、ドイツ科学の卓越性の秘密は、かつて科学者であったメルケル首相が国のトップにおり、政策とカルチャーの両面で陰の「守護者」となっていると思われます。

 

 

3.最後に~実はドイツの教育制度は初等教育時に分かれる~

本記事の結論としては、ドイツは理論的学術研究を深める方向に舵を切っており、その陰には元科学者で政策と文化面で求心力をも持つと思われる「守護者」・メルケル首相の存在があることを指摘しました。

 

 取り上げたニュースでは、西川さんが次のようにまとめておられます。

つまるところ、大学の凋落を招いている我が国の問題は、「生の声」と「データ」に基づかず、お仲間の官僚や政治家のウケだけを狙う思いつきを政策にしてしまう、内閣府に集まる少し頭のいい官僚の問題ではないかと私は思っている。「日本の大学の凋落をもたらしたのは安倍首相」などと語られる日がないよう、内閣府が主導して、データと生の声を反映した科学技術行政を構想し直して欲しいと思う。

(ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで(西川伸一) - 個人 - Yahoo!ニュース)

 

言っておられることは、もっともなのですが、最後に本記事でもう一つ、私が指摘しておきたいのは、実は、ドイツは教育制度上、小学校低学年くらいの時期、児童は進路を職業教育(マイスター制度の存在等あり)の方向か、学術研究の方向か、大まかに決めるテストを受けるシステムがあるそうです。見方によっては、初等教育の初期段階で、ドイツの小学校に通う子どもの進路が割と早く決まってしまう、というデメリットのある教育システムをドイツは持っている国なんです。 言い換えれば、当たり前のように、職業教育と学術研究の教育という2つのシステムが分かれているから、科学技術を高める政策も進めやすいという背景があると考えられます。

 

一方の日本は、中等教育後期(高校・高専)の課程、高等教育(大学・短大・高専の5~6年次ほか)、そして職業教育の教育課程とが、行政のなかで、業務分離していないんだと思われます。乱暴に言えば、全部は文科省がその中心にいて、握っていると言ってもよいかもしれません(防衛大学校や防衛医科大などの特殊な例を除いて)

 

とりあえず、大学教員の業務負担の軽減案として、私は文科省自体を細分化して、我が国の教育と研究の行政分離について、書いたことがありました↓

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

今回の「ドイツ科学の卓越性」のニュースを読んで、これからは日本の教育と学術研究の発展を目指した予算投入のためには、真剣に、国の省庁レべルで教育と研究の行政分離を議論し始めてもよい時期に来ているんではないでしょうか。

 

今回も長くなりましたが、お読みくださいまして、ありがとうございました。

 

最後の最後に、気になるメルケル首相の評伝をリンク置いておいきますね↓

 

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