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仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

日本の大学は研究と教育を分離するべき話~「現役工学系教授からみた日本の大学の惨状」(Htelabo::AnonymousDiaryより)

<本記事の内容>

1.はじめに

 昨日、「灰だらけ資料庫」のほうで、次の記事を書きました↓

gray-naka3-3dsuki.hatenablog.jp

上の専門職大学の記事を書くのに、学校教育法を読んでいて、その第1条にしっかり、法律で大学は「学校」である、と記載してありました。上の専門職大学の記事に記載した大学の法律上の定義や設置目的は、

学校教育法に基づく、大学は「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的(第83条1項)」とし、「その目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする(第83条2項)」高等教育機関で、異本的には「学部を置くことを常例」とし(第85条)、「大学の修業年限は、四年」(第87条)です。大学を卒業すると授与される学位は、学士です(第104条)。

(専門職大学の創設に関する私見~キャリアの多様性にける「学位」授与の重要性~ - なかみ・みづきの灰だらけ資料庫)

というもの。同法第81条を読むと、大学の役割に研究と教育がガッチリ、組み合っている形で入ってしまっていることが分かります。この研究と教育が組み合っているというのは、けっこう厄介です。現場の先生方は、おそらく教育業務に含まれるカリキュラム編成、それから高校への広報活動にも駆り出されているところがあって、下にいた院生にも雑務として降ってくるものがありました。そういった雑務に研究時間を奪われているのでは?と院生時代に疑問を持っていたのですが、実際、研究時間の少なさについて、先週更新で取り上げた「若手研究者問題」シンポジウムにも議題として、挙がっていました↓

【メモ】「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 Togetterまとめ:前編~ #若手問題2017 ~ - 仲見満月の研究室

続「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 Togetterまとめ:後編~ #若手問題2017 ~ - 仲見満月の研究室

 

日本の大学教員の雑務の多さの原因は、シンポジウムの後編で書きました。

次の櫻田大造『大学教員 採用・人事のカラクリ』によれば、

 

日本の大学の「雑務」には学内行政・管理・運営活動などが含まれ、日本では大学教員が担っている。一方、北米の大学では、これらの「雑務」は実質的に職員の管轄事項であるという話です(第4章)。私の聞いた話では、北米から日本に赴任して来た大学教員がいて、あまりの日本での雑務の多さに、一年もしないうちに耐えきれず、別の国の大学へ移ってしまったということでした。

(続「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 Togetterまとめ:後編~ #若手問題2017 ~ - 仲見満月の研究室より)

 解決策として、

とすると、現時点では難しいかもしれませんが、徐々に「雑務」のほうを別のところに移管していく方向に持っていくしかない、と思います。または、理系の学部と同じように、講座単位で雑務を捌く秘書を雇えるように予算を回してもらうとか…。

 (続「若手研究者問題」シンポジウム2017『歴史学の担い手をいかに育て支えるか』 Togetterまとめ:後編~ #若手問題2017 ~ - 仲見満月の研究室より)

ということも挙げました。実際、私のいた文理総合系大学院の理系研究室では、非常勤の秘書の人を雇って、雑務を肩代わりしてもらっていたんです。ただ、秘書を雇うには予算が必要ですし、あまり、改善策が見つかっていませんでした。

 

さて、忙しさをどうするか?と考えていたところ、次の投稿が昨日、「ますだ」にアップされました。「若手研究者問題」シンポジウム2017に挙がっていたことと、重なる悲惨な状態が書いてありました。

anond.hatelabo.jp

 

読んだ感想として、次のツイートをしました。

 

今回は、この「ますだ」記事に含まれる教員の教育に関する雑務について、より細かく読んでいき、本記事のタイトルに書きましたように、日本の大学は研究と教育を分離する(される)べき話を致します。

 

f:id:nakami_midsuki:20170324204352j:plain

 

 

2.「現役工学系教授からみた日本の大学の惨状」の大学教員が行う教育に関する雑務内容

今回の「ますだ」記事の内容は、英科学雑誌 日本の科学研究の失速を指摘 | NHKニュースを冒頭に置いています。

NHKのほか、次のネットニュースで報道あり。リンク切れ対策で貼っときます。

英科学誌:日本の科学研究は失速…論文数、5年で8%減少 - 毎日新聞

日本の科学研究は「失速」- 英科学誌-jp.sputniknews.com-

そのニュース内容を踏まえた上で、筆者である現役理工学系教授が、

この日本の科学研究の失速は、なるべくしてなったものだ。
なによりも重要な「研究時間」の減少がひどすぎて目も当てられない。
僕自身の論文生産性も低下の一方で、今後、以前のようにまた増えるなんてことは、まったく想像できない。
natureで言われている研究費減少の影響も大きいが、まずは研究時間が無いことにはどうにもならない。

(現役工学系教授からみた日本の大学の惨状)

と研究時間の減少による物理的な論文生産性を指摘した上で、

そして、意外と大事な要因がモチベーションだ。
別に論文が出なくなってもクビになるわけでも給料が減るわけでもなく、他の教授に何か言われることもない。
そんな生ぬるい環境だからこそ、自分の研究の価値を信じて、自らを奮い立たせる気持ちこそが研究の原動力と言っても過言ではない。
残念ながら、僕自身は研究時間が取れなくなるにつれ、モチベーションがすっかり低下してしまったので、昔のようには研究成果を上げ続けることができない。

(現役工学系教授からみた日本の大学の惨状)

と、モチベーションという、精神的に研究成果を上げられる状態ではなくなり、論文生産性が低下していることを訴えています。

 

ここでは、私から「ますだ」記事を読んで、物理的に、そして筆者から見て精神的に論文生産性を低下させているもの=「研究以外の不毛な業務」を具体的に見ていきましょう。もとの「ますだ」記事からピックアップし、「教育関係の雑務」と「研究関係の雑務」、「大学運営に関する雑務」に分けて、箇条書きに記していきます。

 

①教育関係の雑務

  • 試験監督
  • 事務書類
  • クラス連絡会とかオリエンテーションとか企画(すること)
  • 引きこもりで出てこない学生の両親に電話相談(すること)

②研究関係の雑務

  • 申請書作成やら制度設計に明け暮れること

③大学運営に関する雑務

(現役工学系教授からみた日本の大学の惨状より引用)

 

3つに分類した上で、改めて読んだんですが、②研究関係の雑務については、研究している本人が申請書を準備するか、最低でも誰かに口述筆記させた上で自分で確認するしかないとして、①の教育関係の業務、③の大学運営に関する雑務、および教授会で話し合われていることって、先のツイートに書いたように、「事務員を増やして、入試業務や広報の仕事をぶん投げ」たほうがいいと思いました。

 

実際、多忙な指導教員の下で雑務やらされた経験をもとに言うと、院生だって、指導教員が生気を出して、研究に必要な準備や文献を読み、その図面を起こすとか、やってくれているほうが、自分が博論を書くやる気だって出てきますよ。雑務に忙殺される研究室だと分かれば、下の世代は研究業界から離れていっちゃいますよ。

 

愚痴をいっていても仕方ないので、次の項では、①教育関係の雑務、それと関連の深い③大学運営に関する雑務に対し、どうしたらいいのか。考えていきます。

 

 

3.大学教員の「不毛な雑務」を減らすことを考えてみた

まず、①教育関係の雑務について、試験監督は、試験監督専門の職員をと置いて、任せた方がいいと思います。事務書類は、常駐的に担当する専門部署の大学職員を増やすこと。私も似たような仕事をしたことがあるのですが、「事務仕事、気楽にやってんじゃねーんだぞ!舐めんな」ということで、専門の人を置いた方が業務が捗ります。そうでないと、教員は学生に雑務を降らせるので、ハッキリ言って、学生には迷惑です。

クラス連絡会とかオリエンテーションとか企画あたりは、実際、大学によっては学部生のゼミ長にやらせているところもあります。私はゼミ委員の時、新歓の幹事をしました。

引きこもりで出てこない学生については、ケアする担当部門をつくって、その担当部門専属のカウンセラー、養護教員を置き、大学教員以外に学内で話をしやすい人を置いて、学生に案内して安定した人間関係を築けるようにすること。ケア担当部門には、学内で教鞭をとる大学教員、大学の授業の非常勤講師である臨床心理学や医学部のカウンセラー、医師を置かないこと。その大学の大学教員=ケア部門の専属のカウンセラーや医師とれば、「悩みを相談したら、カウンセラーの先生が同僚である私のゼミ教授に、私の悩みを漏らすかもしれまい」と、学生を不信にします。詳細は、次の記事に書いていますので、ご参照ください。 

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

次に、③大学運営に関する雑務についてです。

大学説明会、オープンキャンパス、はては高校訪問などの営業あたりは、PR関係に強い大学の広報課に投げましょう。研究内容の紹介、出前授業に関して、広報課の大学職員から相談があれば、1~2時間程度、応じるか、または模擬授業をビデオに撮ってもらい、高校への営業で流すこと。もしくは、院生を捕まえてきて、広報スタッフにすること。研究予算獲得のため、分からない人にも自分の研究をアピールする技術が必要だと思うし、実際、広報課の依頼で中高生に出前授業で研究内容と大学の紹介をしたことがあります。そして、出前授業一回きりにしないで、継続的に院生を育てること。大学説明会やオープンキャンパスでは、高校生の年代に近い学部生のアルバイトスタッフを雇い、数年単位で広報課職員が指導し、育てること。高校生には、年齢の近い学部生が大学の魅力を語り、保護者にはしっかりした大学生がこの大学にいてサポートしてくれる、という面をアピールすると、効果的です。

 

その次に、「教授会での議論」内容のこと。全部やめて、親玉の文部科学省を解体してしまって、文化省(文化庁の業務を中心に省に格上げ)・教育省・科学技術省くらいに分割して、今までの業務がスムーズにいくよう、小回りの利く省庁に改組したほうが効率的だと思います。そうして、人文社会学系は文化省、理系は科学技術省というように管轄を変え、それに当てはまりにくい分野は、ほかの省庁の管轄にしてもらうとか、してはいかがでしょうか。

 

こういった省庁の管轄変更に合わせて、先述の学校教育法における大学の定義や目的も、合わせて改正し、大学を研究機関にしてしまうこと。そもそも、日本の大学が中高の中等教育機関の延長上にあると考えられるのは、学校教育法で大学は「学校」である、という規定があるからです。現状として、大学が中高の教育機関としての延長上にあるのは仕方なく、その状況から「保健室」を置き、学生のケアはしてもよいとは思います。だからといって、研究者である大学教員に、中高の学校教員と同じように、生活・健康等の面倒まで担当させるというのは、重すぎるのではないでしょうか。

 

そういった意味で、本来なら教育関係に含まれる雑務の部分を、大学教員の管轄から切り離すため、極端ではありますが、私は文科省を解体した上で、解体後、各省庁に大学内の各専門部局を管轄させ、あるいは学校教育法における大学の定義や目的を改正するべきだと、述べました。ここまで、強引に研究と教育を文理することでもしないと、大学教員の「不毛な雑務」は多少でも減らないと思いました。

 

 

4.職業訓練と教育は専門職大学に担当してもらおう!という提案

「ますだ」記事の現役工学系教授からみた日本の大学の惨状には、「生産性の低い学生(留学生含む)を手厚く面倒みながら」という話が出てきます。生産性と言うのは、おそらく、論文や研究成果の生産性のことを指していると思われます。語弊を恐れず言ってしまえば、研究者には向かないタイプの学生が、「ますだ」記事の担当する学生として、来てしまったということが考えられます。

 

専門職大学の創設に関する私見~キャリアの多様性にける「学位」授与の重要性~ - なかみ・みづきの灰だらけ資料庫で、次のように書きましたように、誰もが大学に行き、就職したり、研究したりする進路に合っているとは、私は考えておりません。

私自身が高校で臨時講師をしていた経験から考えると、どんなに経験があり、生徒にとって面白く、わかりやすい授業ができる教員がいたとしても、それを受ける生徒の誰もが座学中心の科目に向いているわけではなく、成績が伸びない生徒はいます。彼らの中には、非常に手先が器用だったり、観察力があったりして、絵画や彫刻で受賞経験があったり、精密なロボットをくみ上げたり、然るべき職業訓練を受けたら、開花しそうな才能を見せる人もいました。そういった彼らには、より高度な職業訓練を受けられる教育施設に進路を選択する方が、適切だと思いました。

(専門職大学の創設に関する私見~キャリアの多様性にける「学位」授与の重要性~ - なかみ・みづきの灰だらけ資料庫

実家が貧困状態にあり、下の兄弟姉妹が多く、落ち着いて勉強できる書いてい環境にない生徒も、実際、私の受け持ちにはいましたが、彼らの中には手先が器用で、文化祭の展示を見ていると、ハッとさせれるような、素晴らしい作品を仕上げた生徒がいます。

 

みんながみんな、座学だけでなく、大学での勉強や研究に向いていたり、あるいは落ち着いて勉強できるわけではありません。それ以前に、大学に進学できるほど、財力がある家庭ばかりではありません。こうした状態にある中、無理をして大学に進学し、大学教員の求める力が出せず、経済的にも、精神的にも学生が追い詰められてしまうことは、無いとは言い切れないと思います。進路のミスマッチというのは、大学教員と学生、双方にとって不幸ではないでしょうか。

 

ここで、もし専門職大学という進路の選択肢があれば、いかがでしょうか。上記のような高校生にとって、「大学で学びたいことはあるけれど、今の経済状況からして、手に職をつけたい。だから、アルバイト・パートをしながら、専門職大学に行ってみよう」という、現実に即した進路を選ぶことができるでしょう。専門職大学を卒業後、その学生が何とか経済的に自立し、自分のキャリアをじっくり考えたり、勉強したりする余裕が出きた場合、その時、大学に行きたいと思えば入試を受けてもいいと思います。また、専門職大学では学位が取得できます。例えば、専門職大学で工学系の学士の学位を取得すれば、海外の大学院に進学する道があります。

 

このように、実践的な職業訓練や教育について、従来の大学ではなく、専門職大学のほうに担当をしてもらい、その進路の選択肢を作ることで、従来の大学教員と学生のミスマッチを減らすことにより、詰まることろ、大学教員の教育的な負担を減らすことができるのではないでしょうか。

 

専門職大学に関して、従来の大学制度の中に作ることに批判があるようです。それに関しては、こちらも強引ですが、文科省を解体後、作った教育省、および経済産業省農林水産省厚生労働省等と連携し、専門職大学を含んだ職業訓練や教育を行い、それを施した人材を活用するための部署を作って、職業人をバックアップする政策が有効かと考えました。

(タテ割り行政の日本だと、現実的には無茶をしない限り、困難だということは承知しております。あくまで、アイディアの一つに過ぎません)

 

 

5.最後に

以上、だいぶ強引な手段で、現実には大変困難ですが、大学教員の教育雑務を少しでも軽くするため、「ならば、日本の大学は研究と教育を分離してしまえ!文科省を解体してしまえ!」という、自分としては過激なことを申し上げました。炎上したら、どうしようかと、心配しております。

 

雑務については、今ある機械技術を組み合わせ、人を介さなくてもできるようにして、その分、手の空いた大学職員を大学教員がしていた雑務に充てること。ここは、アイディアと企画勝負です。

 

また、専門職大学については、数々の批判があります。また別記事で議論したいと考えております。

 

あと、文科省解体ともう一つ、科研費については、財務省へ各大学から学振を通じて申請し、直接、とれるようにするとか、とにかく、大学がお金を今よりも直接的に財務省から取得できるようにしないと、日本全体の研究は失速どころか、停止すると思います。

 

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