仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

【'18.4.12_1930更新】いとおしさ、哀愁、そして北京のこと~鈴木智子の作品集と #歌集 出版プロジェクト~

<本記事の内容>

1.はじめに

先日、短歌を中心に、創作活動をされている鈴木智子さんの作品集『小説 三日目に悪夢 紀行文×短歌 天安門は霞 詩・四編』を拝読しました。

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今回は、主にこの作品集、それから写真集をレビューさせて頂き、最後に鈴木さんが挑戦されている歌集の出版プロジェクトとご活動を簡単に紹介させて頂きます。

 

 

2.作品集『小説 三日目に悪夢 紀行文×短歌 天安門は霞 詩・四編』

本作品集の構成は、前半が小説、中盤が詩、後半が北京に行かれた際の紀行文+短歌となっています。文学フリマで作品集を手に取った際、表紙にいくつかの形式の異なる作品が集めらえ、編まれていることに新しさを感じ、表紙が中華圏のものだったことがあって、買いました。

 

さっそく、レビューさせて頂きます。

 

 2-1.「小説 三日目に悪夢 」

前半の小説は、冒頭に月曜から始まり、日曜が来て、また月曜という順番で曜日が並べられており、曜日の下に短編小説のタイトルが示されていました。短編小説は、日常を切り取った話、未来の密閉された空間で生きる人間たちのエレジー、事業失敗で借金に苦しむ男が挽回を狙ってゲーム企画(実は相当突拍子もないことが判明)に命をかけて挑戦する話など、全部で8作品。

 

「ひまわり畑」のように、星新一ショートショートを彷彿とさせるものがありながら、終末の近さを感じる登場人物の生き様に哀愁を感じたり、だからこそ、生のいとおしさをに気づかされたり、 感じることの多い部分でした。

 

 

本ブログのメインテーマに近く、印象的だった作品には、「価値なき天才」があります。

 

「天才」と呼ばれた語り手・竹田は、幼い頃から、電気の配線や建築物の構造が気になり、エンジニアリングにしか興味がない人物でした。母親に小説などをすすめられても、見向きもしなかった竹田少年は、出身地の札幌近郊から工学を学ぶ目的の進学で、仙台の高校を経て、東京の学園都市の大学に進みます。工学部に入学した語り手は、誰とでも付き合いのよく、漫画や映画をはじめ様々な娯楽をたしなむ石橋と仲良くなります。3年生になり、就活が始まり、内定をゲットした石橋との酒の席で、竹田は自分が「拒否」し、受け付けなかった工学以外のものについて、思いをめぐらせます。その後、就活を離れたまま彼は卒業し、北海道に帰り、ぼうっとしながら、竹田は石橋の「一芸に秀でてはいるけれど、人間的な厚みはまるでない」の言葉を反芻するように、就活を通じて自分の生き方を振り返り、絶望します。

 

院生時代、竹田のようなその道一本で突き進んできた人が周りにいた私には、大学院で研究に挫折するような人がいたように思います。そのうちの一人は修士課程の終わりに国際的なジャーナルに論文が掲載されるほどの逸材でしたが、自分に限界を感じたらしく、博士課程で教員採用試験を受験し、博士号取得後、出身地にUターンで高校教員になりました。別の一人は、今の職業研究者の世界に幻滅し、修士課程で院を出て、バイトで出入りしていた会社に入りました。2人は方向転換しましたが、現実世界には竹田のように挫折を経験し、院を出た後、ぼんやりと家で過ごしたり、引きこもったりする大学院生がいて、それ故、竹田の絶望は決して作品だけのものではないと思えます。

 

 

さて、小説パートを読みながら、ふと考えたことがあります。登場人物の心情を短歌で挿入しながら、展開した著者の作品を読んでみたい、ということです。最近、日本の古典文学作品の紹介をブログでしましたが、紹介した作品と近い時代の物語文学には、『伊勢物語』や『大和物語』が有名な歌物語がありました。歌物語は、和歌に関する説明とされる「詞書」の部分がスト―リ―性があるもので、『源氏物語』など後世の作品に与えた影響が大きかったと言われています。もし、可能であれば、次は短歌が登場人物の心情、それから情景を表す歌物語のような作品を読んでみたいと思いました。

 

 2-2.詩・四編

中盤の詩は、「南砂町」から「拒絶と迎合」までの四編の詩で構成されています。

 

1つずつ、テーマは異なるものの、どれも「大人の童謡」といったらよいのでしょうか。日常を必死に、傷つきながら働き、眠って、食べている。そのように生きる人を思い浮かべてしまい、心を揺さぶられました。「南砂町」はヒリヒリしたものを、「拒絶と迎合」は潤いを求めながら、でも手が届かない哀しみが織りこまれているように感じました。

 

繰り返し読んでいるうちに、ふと四編にメロディーをつけてみたらどうだろう?と思いつきました。私は数年前、ライブの告知ポスターをローソンで見かけたのをきっかえに、歌手の米津玄師さんを知りました。彼の曲を聞いているうち、なぜか、この四編に合うメロディーは米津さんのものだと思われるようになりました。

 

それほどまでに、口ずさみたくなる作品ばかりでした。

 

 2-3.「紀行文×短歌 天安門は霞 詩・四編」

後半の北京をめぐる紀行文+短い歌は、中国研究をしている者として、いちばん、作品集のなかで響きました。就活で上海に行っていたため、その時の体験と比較して、面白かったということも、あります。

 

まず、街の変化のスピードに、旅行ガイドの改訂が追いついていない様に、苦笑いしてしまいました。その一方、所謂"老北京"な人たちが生きるフートン、四合院の街並みを歩き回る話エピソードや、各地下鉄でセキユリティ検査がある気づき、中国国家博物館の広さを上野の東京国立博物館と比べた表現など、2016年あたりで北京に行かれた日本の方なら、「あるある!」というカルチャーギャップが、はさまれています。

 

なお、上海でも地下鉄でいちいち、セキュリティ確認はありました。中国って、広いけど都市部は人口過密なのか、防犯上の観点からセキュリティの必要性があるんでしょう。 そこは人海戦術でやろうとしてるのかな、と。

 

北京のフートン(胡同)は、非常に乱暴に言えば、石造りの長屋です。個人的に、韓国は石+木、日本は木が家の主な素材のイメージ石造りなので、日本の長屋を知っていると、北京の石造り長屋の雰囲気の違いに驚かされます。このフートン、北京では密集して建っており、家と家の間が塀でふさがり、小道が少ないようです。工事が一画で始まると、1キロ単位で迂回しないといけないのは、納得。鈴木さん、大変でしたね…。

 

さて、そのようなフートンを抜けて、やって来ました紫禁城。とにかく、広かった!というのは、

 

でかすぎて笑うひたすら歩く道数えきれない提灯の赤

 

の歌に集約されています。赤い提灯は、なぜか観光地にも下げられていることがあって、何かもう、この歌はストレートで、笑ってしまいました。ちょうど、今月1日が中華圏では旧正月の最終日・元宵節だったようで、数日前から灯籠を町筋に下げ、見て歩き回る風習があると聞いたことがあります。ですが、どうも最近は元宵節以外で、中国では赤い提灯を下げている通りが多いように感じています。

 

 

3.写真集『天安門は霞』と『マカオのベランダ』

『小説 三日目に悪夢 紀行文×短歌 天安門は霞 詩・四編』の作品集後半で語られた、北京の様子は、同名の写真集『天安門は霞』で見ることができます。フートンの密集具合や紫禁城のドデカさを体感できます。

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また、ポルトガルから、そろそろ返還されて20年近くとなるマカオの写真集『マカオのベランダ』。中華とラテンなものが共存し、独特の雰囲気を伝える写真に、鈴木さんが素朴な一言を添えて、読む者をノスタルジーに誘う作品です。

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4.ご活動と歌集出版プロジェクトのお知らせ~むすびにかえて~('18.4.12_1930更新)

今回、レビューさせて頂いた作品の著者・鈴木智子さんは、現在、クラウドファンディングで、歌集の出版に挑戦されています。1000円からスタートで、コースによって、出版された歌集、その歌集に名前が入れられる権利、また新たに出される私家版の作品集、批評会への参加権、オリジナルのトートバッグなどが、リターンに挙がっています:

faavo.jp

 

それから、鈴木さんは、文学フリマやデザフェスなどのイベントにご出展され、作品を発表されています。私がご活動を知ったのは、文学フリマでした。

 

本記事で紹介させて頂いた作品を含めて、この機会にぜひ、鈴木さんの短歌や写真、小説に触れてみては、いかがでしょうか。

 

おしまい。 

 

 

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