仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

オーストラリアと日本の大学状況の差に見る出世払い型の教育費支給システム~「安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる」(ダイアモンドオンライン)~

<本記事の内容>

1.はじめに~日本のリーダーは「出世払い型教育国債」を実行?~

大学の授業料出世払いを国債を使ってまでしようと、国のリーダーが検討しているニュースについては、5月末にお伝えしました。その時は授業料出世払い制の弊害、および返済型奨学金を受けた人の返済の困難さについて、書きました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

合わせて、給付型、もしくは卒業後に一定期間の労働義務を果たすことで、返済の代わりとするシステムを一部、紹介しました。詳しくは、上記記事の続編もご参照ください:給付型奨学金や学生に対する経済的支援をする大学や企業・団体の取り組み~「800万円支給の大学、返済支援する企業…知っておくべき奨学金活用術」(週刊朝日)~ - 仲見満月の研究室

 

あれから、約3カ月が経つわけですが、与党や首相の間でこの「出世払い型教育国債」による教育資金政策が進んでいるニュースがありました:

diamond.jp

ニュース筆者の 岸博幸さんによると、「出世払い型教育国債」はオーストラリアの制度を参考にしようとしているけれど、だいたい、オーストラリアと日本の大学の現状では、数や学生数といった点で異なる点が多いわけで、うまくいかないですよ、ということが指摘されています。

 

今回は、岸さんの指摘を中心に、オーストラリアと日本の大学状況の差を整理して、出世払い型の教育費支給システムを日本で行うリスクについて考えてみたいと思います。

 

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2.オーストラリアと日本の大学状況の差と出世払い型の教育費支給システムについて(「安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる」、ダイアモンドオンラインより)

 2-1.出世払いでの教育国債という構想の「失敗」の繰り返し?

岸さんの記事の最初のほうには、8月13日の日本経済新聞で報道された、新しい安倍政権の「人づくり革命」についての言及があり、そのあとに「出世払い型教育国債」の話が出てきます。

・安倍首相は教育無償化の実現を掲げており、人づくり革命の具体策を検討する「人生100年時代構想会議」では、こども保険による幼児教育の無償化と、出世払いでの教育国債による大学の無償化を検討する。

・出世払いでの教育国債については、オーストラリアのHECS(高等教育拠出金制度)を参考に制度設計する方針。この制度は、国債を原資に大学の成績優秀者の授業料を優先的に免除し、その学生は卒業後に所得が一定水準を超えた年に一部を国に返済するもの。

安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる | 岸博幸の政策ウォッチ | ダイヤモンド・オンライン

岸さんの指摘によると、「典型例としては、金融庁が英国の制度を真似て導入した非常に使いにくいNISA(少額投資非課税制度)」のように、「海外で成功した政策をパクって導入するけれど、その政策が成功した国と日本との社会風土や習慣の違いを無視して政策だけを真似した結果、日本ではうまく機能しないこと」です。

 

それでは、今回の 「出世払い型教育国債」実施にあたり、参考にするオーストラリアと日本とでは、大学の状況について、どのくらいの差があるのでしょうか。岸さんの指摘を整理して、コメントしていこうと思います。

 

 2-2.オーストラリアと日本の大学状況の差

まず、ダイアモンドオンラインの今回の記事によると、大学の数や教育水準のあり方が大きく異なることが分かります。

  2-2-1.大学数の違い

オーストラリアの大学の数は全部で43と非常に少なく、かつその教育水準は法律によって管理されているので、全体として高い教育水準が維持されています。ちなみに、HECSの対象は主に公立大学ですので、そのうち40の大学が対象となります。

 

それに対して、日本では大学の数は779(2015年)とオーストラリアの20倍です。オーストラリアの人口が2400万人なので、人口比で考えても4倍あります。かつ、8割近い604校が私立大学で、当然ながら大学の教育水準も千差万別となっています。

安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる | 岸博幸の政策ウォッチ | ダイヤモンド・オンライン

大学の数からして、オーストラリアは日本の20分の1であり、高い教育水準が法律によって管理されている、と。院生時代、ポスドクで地学系の研究室に所属していたドイツ人の男性が、オーストラリアでPh.Dを取得していた、とたどたどしい英語で話していたのを覚えていますが、何だか、納得してしまいました。

なお、人口は、オーストラリアと日本で1:4であり、また日本と同様に私立校が多い地域では、アジアでは韓国や台湾になりますが、こちらも日本の人口の3分の1ほどで、比較は容易ではありません。

 

  2-2-2.大学の「あり方」や位置づけ等の違い

次に大きいのが、大学のあり方や社会における大学の位置づけです。

大学への進学のあり方もだいぶ違います。オーストラリアでは、パートタイムの学生の割合が29%もあります。かつ、大学入学者に占める25歳以上の割合が24%と、社会人を経験してから大学に入り直す人の数も多いのです。これらの数字から、オーストラリアの大学生は学ぶ意欲がかなり高いと推測できます。

 

 これに対して日本では、大学生の大半は高校を卒業してそのまま(または浪人して)大学に入り、かつフルタイムの学生です。言い方が悪くなってしまいますが、学ぶ意欲も目的も不明確だけれど、周りに合わせて取りあえず大学に入ったという大学生も多いのではないかと思います。

安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる | 岸博幸の政策ウォッチ | ダイヤモンド・オンライン

オーストラリアでは、大学生は非常勤での労働者が3割、そのうえ日本では博士課程にストレートで入って1年次の年齢に当たる25歳より上の入学者がオーストラリアでは24パーセント。

 

この状況は、日本で経済的な理由や家庭の事情で高卒で大学へ行けない人にとって、

教育と研究の業務分離の話ほか~「奨学金問題の根本原因は教育・雇用の歪みだ」(東洋経済オンライン) ~ - 仲見満月の研究室の中で書いたように、

駒崎氏が言っていますが、「高卒者が非正規になる割合が高くて、貧困に陥りやすい可能性が高いのは事実。「大卒」というシグナリング効果はまだまだ大きくて、相対的に貧困から脱する可能性が高くなる」のは、残念ながら、私も現実的にそうだと認めざるを得ません。現状として、私は

貧困の連鎖を断ち切るためには、高卒で働く時期を挟んでも、様々なスキル記憶力や体力できるだけ若年のうち、大学に通って身に付ける。そして、大卒として働き出す、というのがベターだと考えてしましました。

【ニュース】「生活保護世帯 大学進学に給付金 厚労省検討」(毎日新聞) - 仲見満月の研究室

  (教育と研究の業務分離の話ほか~「奨学金問題の根本原因は教育・雇用の歪みだ」(東洋経済オンライン) ~ - 仲見満月の研究室

と、私が考えていることがオーストラリアでは「そういう人も大学生にはいる」というレベルで分かります。

 

岸さんは、オーストラリアの大学生のこうした状況に対して、日本については、

 これに対して日本では、大学生の大半は高校を卒業してそのまま(または浪人して)大学に入り、かつフルタイムの学生です。言い方が悪くなってしまいますが、学ぶ意欲も目的も不明確だけれど、周りに合わせて取りあえず大学に入ったという大学生も多いのではないかと思います。

 

 第三に、日本の大学進学率は先進国の中で高くないと言われます。実際、日本の大学進学率が51%であるのに対して、オーストラリアは96%(2010年、OECD調べ)という数字もあります。格差が拡大する中で大学に進学できない人も多いので、だから大学も無償化すべきだという主張です。

 

 この大学進学率は、留学生も含めた入学者数を人口で割っただけです。よって、留学生が非常に多いオーストラリアについて留学生を除外して計算すると57%となり、日本とあまり変わらない数字となります。かつ、日本は若年層の人口減少が進んでいることを考えると、今後は一層大学に入りやすい“大学全入時代”になることもあり得るのではないかと思います。

 

 このように考えると、オーストラリアの仕組みを日本にそのまま持ってくるのには無理があることがわかります。

(安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる | 岸博幸の政策ウォッチ | ダイヤモンド・オンライン)

 と、下線部で厳しくも、非常勤で高校に教えに行っていた私としては、自分の高校時代の同級生の進路に対する姿勢と合わせて、否定できない日本の現状でです。加えて、「日本の大学進学率は先進国の中で高くないと言われます。実際、日本の大学進学率が51%であるのに対して、オーストラリアは96%(2010年、OECD調べ)という数字」が挙がっています。

 

弊ブログのあちこちで書いていますが、私は割と10代の半ばくらいで「こういう道に進みたい」というものは、東洋学の研究がひとつ、それから、教育心理や福祉の方向(自分の発達障害傾向が分かっていことが動機)に進みたい道が見つかっていました。大学の4年間は、ハッキリ言って、勉強している間委は長いようでいて、この先の一生について、何をして食べていくかを見つけるかを探すには、非常に短いです。

 

だからこそ、高校か、高等専門学校等の中等教育後期課程の段階で、「何とか自分でもできそう」レベルのものを見つけ、経済状態が許せば、大学へ進学、もしくは編入してスキルアップを行い、一旦、就職。大学に進学できないなら、とにかく、22歳くらいまでに、アルバイトでもパートでも、四年制大学(全日制、通信制含む)へ行く資金を貯め、「何とか自分でもできそう」レベルの分野のものを見つけて、就活をして、新卒で就職すること。就職した後も、必要を感じたら、大学に入学してスキルアップを目指す。

 

つまり、むやみに大学無償化、その財源を国債に頼るのではなく、上記のような、「何とか自分でもできそう」な分野とお仕事を探している人、または目の前の分野の技術アップや勉強に取り組んでいる人に、ピンポイントで資金援助ができるような制度を日本政府は作った方が建設的だと考えました。

 

 2-3.こんな結果で、日本の「出世払い型教育国債」はうまくいかない?

 以上のようなオーストラリアと日本の大学に対する大きな差を考えて、岸さんは、この「出世払い型教育国債」がうまくいかないことを考察しています。

 もちろん学ぶ意欲がある学生や成績優秀な学生への支援は必要ですが、大学の数が多過ぎて水準にもかなりの差があり、かつ高校からストレートに大学に入る学生が圧倒的に多いなかで、学ぶ意欲や「成績優秀」の客観的な判断基準をつくれるのかが疑問だからです。

 

 調べたところ、オーストラリアのHECSは公立大学が対象で、かつそれらの大学ではHECSの対象外の生徒は全生徒数の35%までと定められているようです(この点、“成績優秀者が対象”と書いている日経の記事は不正確)。つまり、半数以上の学生がHECSを受給しているのです。

 

 これを日本の全大学に当てはめると、凄まじい数の大学生が出世払いの対象になるでしょう。将来返済できない人も多くなるでしょうから、財政の負担はかなり大きくなると想定されます

 

 だからと言って、たとえば国公立大学や一部の偏差値の高い私立大学だけに対象を限定するのも無理なはずです。たとえば、国立大学で中くらいの成績の大学生と、偏差値が低い私大でトップクラスの大学生を比較して、どちらが学ぶ意欲や成績から受給対象にふさわしいかの判断は非常に難しいからです。

安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる | 岸博幸の政策ウォッチ | ダイヤモンド・オンライン

下線部のにほんにおける「学ぶ意欲や「成績優秀」の客観的な判断基準をつくれるのかが疑問」というのは、私も同意です。客観性では測れないものでしょう。

 

オーストラリアの HECSが公立大学を対象としていることについて、日本での「出世払い型教育国債」を仮に国公立大学の学生に広げてみましょう。現時点で、国公立大学の卒業生社会人で、日本学生支援機構規制緩和をしたとしても、返済に苦しんでいる隣の研究室にいた後輩学部、先輩院生は私の身近にいます。現時点で、「将来返済できない人も多くなるでしょうから、財政の負担はかなり大きくなると想定されます」。

 

何度か書いていますが、日本には国家財政が危うく、この国に教育や研究のほうにお金を回そうとしてくれる、そういう采配がベターにできる政治的リーダーはいなささそうです。それでは、私たちは自分たちでどう変わっていったら、よいのでしょうか?f:id:nakami_midsuki:20170819143825p:plain

 

 

3.最後に

このニュース記事の最後に、記事さんはこう書いておられます。

 

出世払いと国債の組み合わせは
出来の悪い大学の補助金と化する

 このように考えると、単純に出世払いと国債の組み合わせというオーストラリア方式を導入するだけではダメで、少なくとも出来の悪い大学は潰す(=教育の市場から退出させる)仕組みを同時に導入することが必要なはずです。それなしには、政策目的は教育無償化と耳触りがよくても、結果的に出来の悪い大学が生き残るための補助金に化けてしまい、文科省の権限と予算が膨張するだけです。

 

 かつ、それに加えて、大学新卒の一括採用という就職の仕組みを徹底的に破壊して、学ぶ意欲がある人は何歳からでも大学に入って学び直すのが当たり前の風土を定着させる必要もあるはずです。

安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる | 岸博幸の政策ウォッチ | ダイヤモンド・オンライン

見出しの「出世払いと国債の組み合わせは 出来の悪い大学の補助金と化する」の部分については、適切なところに資金が適切に投入されないことによって、悪い言い方をすると、「何とかできるレベル」のものをミスマッチしたまま入学した大学を卒業する見通しが立ち、就活に苦しむ沢山の学生を不幸にしている。そのような意味において、「政策目的は教育無償化」はムダと言っても間違いないではないと思いました。

だからといって、今あるすべての大学を「出来の悪い大学」として見なすことは、軽率ではないでしょうか。

 

大卒一括採用については、たしか常見陽平さんも何かの新聞で仰っておられましたが、私は廃止反対派です。身近な学部時代の同期が心身の傷病で入院してしまい、内定が出ていた企業を辞退して、休学してしまった後、退院して復学後、新卒のカードが強く、25歳になるとして新人として入れた会社があったからです。オーストラリアのように、新卒一括採用が全くない就活環境になるのは、今の日本の大学生、修士院生にとっては、適応が難しい状態だと思います。それよりも、中途採用や通年採用といった、採用制度の多様化を推進してほしいです。

 

学ぶ意欲がある人は何歳からでも大学に入って学び直すのが当たり前の風土を定着させる必要」については、賛成です。理由は、先ほど第2項の途中で述べましたとおり、「何かできそうなレベル」のものについて、スキルアップをしていく中で、取り組む対象をキャリア上、チェンジしていってもいいのです。もともと学んでいたものや、研究していた対象と、チェンジした先で学んだ技能を掛け合わせることで、新たなものを生み出し、それを生業にしていく可能性があるでしょう。

 

共に学ぶ10~20代の大学生側は、自分たちよりも、はるかに年上、場合によっては、親世代や祖父母世代の大学生と一緒に授業で学えるよう、意識を変えていく。どんどん、全日制の大学に、様々な年代の大学生が増えてほしいです。

 

岸さんの文章に戻りましょう。 

 高等教育の無償化という方向性自体は非常に大事です。私自身、かつては母子家庭で非常に貧しいなか、奨学金で4年間の授業料支払いを免除されたからこそ大学を卒業できて今があるので、誰よりもその重要性は痛感しています。

 

 しかしだからと言って、日経の記事でも指摘されているように、憲法改正の手段として教育の無償化を安直に実現してもダメです。この秋からい「人生100年時代構想会議」で、単にオーストラリアの仕組みを持ってくるだけでなく、正しい方向で検討が行われるよう、私たち国民の側も注視していく必要があるのではないでしょうか。

安倍政権の「出世払い型教育国債」は低レベル大学を延命させる | 岸博幸の政策ウォッチ | ダイヤモンド・オンライン

そう、「日経の記事でも指摘されているように、憲法改正の手段として教育の無償化を安直に実現してもダメ」だと思います。「単にオーストラリアの仕組みを持ってくるだけでなく」、日本の現在や風土に合ったような方向で、我々国民も意識を変えていくように、制度を作っていけるよう、政治的動向を注視していくこと。そして、民間でもシステムを作っていくことが大切になってくるでしょう。

 

おしまい。

 

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