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仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

「忍者もの」のフィクション作品と人文科学~「「トカゲ丸焼き」で毒薬配合…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる」(ITmediaニュース/産経新聞)~

甲賀の「忍術書」と人文科学について>

1.「「秘伝」忍術書見つかる…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる」(ITmediaニュース/産経新聞)の概要と甲賀忍者のイメ-ジ

hatena.ne.jpの「学び」カテゴリーに5月8日お昼過ぎ、忍者の「秘伝」の書の内訳が分かったというニュースがあり、気になり、リンクを貼り、紹介することにしました:

www.itmedia.co.jp

提供元は、産経新聞の次の記事のようです:

www.sankei.com

内容のあらましは、

 滋賀県甲賀市で平成12年に見つかった江戸時代の古文書「渡辺家文書」に、毒薬配合や夜襲方法などを記した忍術書17点や、諜報活動をする「御忍役人」として仕えた尾張徳川家に「有事にはすぐに駆け付ける」「秘密契約のため、父子兄弟や友人にも話さない」と記した誓約書が見つかったことが30日分かった。

 

 17点のうち古い4点は江戸時代初期の1670~80年代に書かれていた。甲賀と伊賀の忍術を辞典のようにまとめた忍術書「万川集海」(1676年)と内容が似ている部分はあるが、甲賀で代々、忍術が継承されていたことを示す貴重な史料という。

 

 渡辺家文書は約150点で、甲賀市の元会社員渡辺俊経さん(79)宅で発見され、昨年から市が解読していた。

 

 古い4点は「忍次之火巻」「忍法行巻」など。毒薬としてハンミョウやトカゲを丸焼きにして粉にし、井戸に入れるとあった。ハンミョウは当時、毒があると信じられていた。「ネムリ薬」では「クソムシの抜け殻やタバコなどの粉を火であぶると、煙で敵は眠る」と書かれていた。

(「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も(1/3ページ) - 産経WEST、2017年05月08日 07時55分 更新)

 

国史以上に門外漢ですが、高校時代、文系クラスで習った日本史Bの教科書で確認すると、旧国制の地図に甲賀近江国南部の地名)は載っていました。ここは、三重県の伊賀と並んで、「忍者のふるさと」として知られた地域です。時代劇ファンの方の中には、山田風太郎甲賀忍法帖 』(1巻、講談社文庫)の小説シリーズ、私くらいの世代だと、前作の小説原作とする作品『バジリスク~甲賀忍法帖~』 (1巻、ヤングマガジンコミックス)シリーズ*1のアニメ版で、甲賀卍谷衆が登場し、知っている方もいらっしゃるかもしれません。産経新聞のニュースを読むと、どうやら、その甲賀忍者の渡辺家の末裔で、元会社員・渡辺俊経さん(79)宅で発見された文書を、「昨年から市が解読して」おり、どんな内容が書かれていたのか、今回分かり、合わせて忍者がどこの大名家とどのような雇用契約を結んでいたかも、合わせて産経新聞は伝えています。

 

本記事では、この「渡辺家文書」の甲賀忍者に関する報道を通じて、「忍者もの」のフィクション作品の背景、さらには古い時代の出来事や古典作品を一般の人たちに伝える過程における人文科学のはたらきについて、少し、書きました。

 

f:id:nakami_midsuki:20170508175654j:plain

 

 

2.「渡辺家文書」から分かる甲賀忍者とフィクション作品の忍者もの

毒薬をはじめ、「ネムリ薬」関しては、現代の軍事兵器や医薬品として、研究開発次第で応用できそうな内容だと思いました。面白いので、ニュース記事にある兵器や技術に関する記述を以下に転載致します。

 

呪術書も存在…多彩な技術習得

 「夜討之事」の項目では「敵の門外から手火矢や毒玉を打ち込み、敵が外に逃げ出したら、毒を含む手火矢で攻撃する。手火矢の火が消えても、その煙にまかれると危ないので、すぐには近寄らないこと」と記していた。手火矢は、火矢や手榴弾(しゅりゅうだん)のような武器とみられる。

 

 忍術書以外にも、鉄砲の砲術書や馬術居合術、呪術書などもあり、忍者がさまざまな分野の技術を習得していたことが分かる。

「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も(2/3ページ) - 産経WEST

 

現在でいうところのスパイ。もっと言えば、軍隊の情報部や政府の諜報局員であり、契約したクライアントの依頼で敵方の組織に潜入し、情報収集や攪乱作戦を担う特殊な傭兵だと言えそうです。様々なことをこなすため、武器や兵器の使い方から医薬、呪術の方面まで、広い分野の知識とスキルを修得しておく必要があったと考えられます。

 

室町時代から江戸時代、忍者がどういった労働をしていたのか、分かる箇所があったので、引き続き、ニュース記事を引用してみようと思います。

 

 御忍役人としての誓約書は写しで、1700~1829年までの10枚が見つかり、代々尾張藩に提出されていた。渡辺さんの先祖は農民だったが「御用之節ハ、早速致参着」とあり、尾張藩に緊急事態があれば、駆け付けるとしている。

 

 甲賀市教育委員会伊藤誠之資料調査員によると、甲賀出身の木村奥之助という人物が渡辺家を含む甲賀の5家をまとめ、年に1人5両で御忍役人として秘密裏に尾張藩と契約。江戸時代の甲賀忍者は在宅・非常勤だったことが分かるという。平時は年に1度尾張藩に赴き、表向きは鉄砲指南役として砲術を指南していた。

 

 文書は近く刊行される予定。

 

足利将軍をゲリラ戦で襲撃

 甲賀忍者の活躍の起源は、1487年、室町幕府9代将軍足利義尚が、近江の六角氏を攻めた「鈎の陣」とされる。六角氏側の甲賀衆はゲリラ戦を得意とし、義尚側の陣に火討ちをしたり、夜襲をかけたりしたという。

 

 1585年、羽柴(豊臣)秀吉が和歌山の太田城を水攻めした際、甲賀衆に任せた堤防工事に不備があったとして、秀吉が多くの甲賀衆を追放する事件「甲賀ゆれ」が起きる。多くは武士身分を失い、甲賀で農民や町民となった。

 

 ただ、一部は徳川家康に登用され、江戸城の警備を担当した。また、江戸初期の島原の乱では、甲賀から幕府軍に参加した甲賀者が、敵城に忍び込み、城内の状況を報告したとされる。

 

 尾張藩に仕えた「御忍役人」も実績がある。

 

 1723年、大和郡山城(奈良県)の本多家に跡継ぎがなかったため、改易される際、本多家が籠城するとの情報があった。尾張藩から情報収集を命じられた御忍役人は城に忍び込み、情報を藩に提供。褒美として1人銀2枚を受け取った。

 

 一方、甲賀ゆれで帰農した人々の子孫は武士身分に戻ろうと、忍術書「万川集海」を幕府に提出、忍術が広く知られるきっかけに。忍者は歌舞伎などの人気の題材にもなり、黒装束で手裏剣のイメージが形成されたという。

 

 尾張藩に年1度しか現れない御忍役人は藩役人には気になる存在だったようだ。渡辺家文書の中に、さんざん、家筋や忍術の由緒について質問された揚げ句、「忍術の元祖は誰か」と聞かれた際、御忍役人が「元祖は聖徳太子だが、そう言えば、役人から『本当か』と、また根掘り葉掘り聞かれるから、答えるのをやめた」と記した文書もあった。

 

(「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も(2/3ページ) 「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も(3/3ページ) - 産経WEST)

 

大名の都合で実質的な忍者を辞め、農民や町民に転向したあたり、諜報活動を生業としていたスキルの汎用性の高さを鵜かかがえます。一方、「江戸時代の甲賀忍者は在宅・非常勤だった」あたりは、「それで食べていけていたの?普段は何の仕事をしていたの?」と私は心配になってしまいました。

 

ところで、産経新聞のニュース記事を読むと、面白いことがもう一つありまして、それは文芸や芸能方面の作品において、ジャンルとして忍者ものが作られるようになったきっかけが分かる部分です。

 

一方、甲賀ゆれで帰農した人々の子孫は武士身分に戻ろうと、忍術書「万川集海」を幕府に提出、忍術が広く知られるきっかけに。忍者は歌舞伎などの人気の題材にもなり、黒装束で手裏剣のイメージが形成されたという。

(「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も(3/3ページ) - 産経WEST)

 

傭兵要素のある武士身分だった「忍者」の子孫が、「武士身分を与えてください」!と幕府に提出した忍術書「万川集海」。この忍術書がきっかけで、歌舞伎等の人気の題材になり、「黒装束で手裏剣のイメージが形成されたという」とのこと。おそらく、忍者ものの人気マンガ『NARUTO』シリーズで主人公の師匠の一人・自来也の元ネタと思われる江戸時代の読本『自来也説話』も、忍術書「万川集海」の提出が間接的に影響したのかもしれません。

 

 

3.今回の「甲賀の「秘伝」忍術書」と「忍者もの」のフィクション作品に関する私のコメント~結びにかえて~

「渡辺家文書」の読解をしていたのは、次の産経新聞の記事では、甲賀市教育委員会伊藤誠之資料調査員をはじめ、何枚にもわたる古文書を読解していたことが窺えます:

www.itmedia.co.jp

 

実は、私は江戸時代の武士身分の地方領主の古文書について、学部時代、博物館実習で扱ったことがありました。東洋学をやっていた私は、漢文は読めても、日本の古文書の「くずし字」は訓練を受けておらず、読めないので保存するための作業を実習ではしました。その施設には、くずし字を読める人が少なく、どこかの大学の日本史の先生方を呼んできて、解読作業を進めていたようです。

 

忍術書「万川集海」から数百年、現代日本の文芸・芸能、アニメやゲーム、映画等において、忍者ジャンルは人気となっています。今回の「渡辺家文書」の内容について新聞で報道されるほど、一般の人たちにも忍者の存在が注目されるようになりました。しかし、忍者の仕事内容や雇用形態に関する「くずし字」で書かれた古文書の読解は、専門知識と訓練を受けた人でなければ、正確に行うことはできないでしょう。くずし字が書かれ、忍術書「万川集海」の提出された江戸時代と異なり、現代の日本人が時代考証に基づき、リアルな忍者のフィクション作品を作ろうとすれば、古文書が読める人がいないと、難しいわけです。

 

私の周りのくずし字を読める人たちは、人文学系の大学・大学院で日本文学や日本史を専攻し、古文書を読む訓練とともに、文書の背景を含めて扱い方の知識を叩きこまれた人。それから、同じく大学・大学院の文化財や博物館の専攻で、古文書に関する訓練を積んだ人たち。加えて、市民講座のくずし字を読解するコースを受講し、練習を重ねて読めるようになった人たちでしょうか。

 

どの方法をとるにしても、数百年前の人々の営みを伝える古文書を読解するには、長い時間、専門的な訓練を受けることが必要です。くずし字読解の技能修得には、お金と時間と教える側に人手がつぎこまれ、そうして古文書の読める人が要請され、読める人たちの成果によって、昔の人たちの生活や仕事の実態が分かるのです。これらの研究成果は、室町時代や江戸時代の忍者の姿を明らかにし、その営みをもとに現代日本では忍者に関するフィクション作品が製作されることになり、その作品は時として、私たちの生活を豊かにしてくれます。

 

古い時代の文書を読める人を大量に養成できることは、古典作品を現代語訳し、古文書を読むスキルのない一般の人たちにも届けることを意味します。何も近世日本の文書に限らず、『竹取物語』、『伊勢物語』や『源氏物語』、『徒然草』や『方丈記』といった、中高の国語教科書に掲載されている古典文学の作品についても、いうことができるでしょう。特に、『源氏物語』は後世、数々の文学作品に影響を与えたとされ、現代では様々なメディアで作品化されました。

 

このように、経済的な面においても、古典作品を大きな力を一般の人たちにも届けることは、大いに意味のあることだと考えられます。特殊なスキルはなくとも、遠く離れた時代の名作を読むことで、我々は自分たちの置かれた状況に立ち向かう力を得ることもあるでしょう。詰まるところ、人文科学は、古い時代の出来事をもとにしたフィクション作品は、現代の私たちの豊かな生活を支えたり、古典作品を読むことで我々は人生の逆境に立ち向かったり、することができるのです。

 

 

長くなりましたが、今回の甲賀忍者の実態を伝える「渡辺家文書」のニュースを入口に、「忍者」もののフィクション作品等のメディア作品を人文科学に携わる人たちが支えていること、およびその意味について、書きました。読者の方々に、人文科学の現状を考えるきっかけにして頂けたら、幸いです。

 

忍者に関することは、日本の大学・大学院の人文科学分野において、気になるニュースがありました。また、後日、改めて書けたらと思います。

 

 

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