仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

ネットプリント配信を中心に創作文化の可能性を考える~ #ペーパーウェル02 に寄せて~

今週のお題「雨の日の楽しみ方」

 

<創作作品の作り手と受け手とそれらを取り巻く文化の話>

1.はじめに

コンビニのコピー機ネットプリント(ネプリ、ネットワークプリント)機能を通じた創作作品の同時配信企画「ぺーパーウェル」の第2回。 テーマは、水たまり・水玉模様で、有り難いことに、今回ここの研究室ブログの3周年記念冊子で参加させて頂き、6月1日の配信から、皆さまが20回近くプリントして下さいました。そして、私自身、ぺーパーウェル02の参加作品を拝読し、外出時は蒸し暑く、雨が多くて過ごしにくい1週間を乗り切ることができそうです。読了作品の感想ツイートは、次の記事にまとめました。よろしければ、ご覧ください。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

配信作品を楽しむ中で、私はネットプリント配信によって支えられた創作作品が読み手にもたらすことや、社会に与える「小さな変化」に関して、雨の日、あれこれと思索をめぐらすことに...。もともと、私は文学作品を材料に論文を書くような分野の研究をしておりました。本記事では、ネットプリント配信を中心に創作文化考えたことを少々、記しておきたいと思います。

 

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2.ネットプリントの創作作品が生み出すもの~読み手の心の変化や新たなコミュニティの可能性~

Twitterで何回か、ツイートしているように、私は、その時の気分ごとに読む本のジャンルやカテゴリー、内容に大きな差が出ます。Fate作品群の小説や『空の境界』、ノベライズ版『シェイプオブウォーター』のような、ぶ厚くて、長く、情報量の多い作品を読みたい時。勉強でビジネス書や参考書を読む時。論説的なブログ記事を書く時は、論文やルポを読んだり。忙しく、磨耗した心の状態だと、退廃的な雰囲気の小説を手に取ったり。ストレスによる精神的な負担が重い時期は、バスや電車を待つ刹那に、軽やかなエッセイやノンフィクションに手を伸ばしたり。そうして振り返ると、私のいる世界は様々な形の文章作品が生み出されていると、気づきました。これって、なかなか、凄いことです!

 

各種書店の商業書籍に、同人誌、紙や電子の本に、ネットプリント配信される作品などなど。生まれる作品が多いこたは、様々なジャンルや形の作品を、読み手が自分(のその時々の状況)に合わせて取得できることです。読者が手にできる作品の選択肢が多いというのは、求める人には有り難いことでもあると、私は考えました。読書は読み手の目的は何であれ、読みたい時、作品を選んで読めという環境は、救いにることもあるでしょう。例えば、ストレス耐性の低い状態の私は、「今、心が辛い時に、こういうジャンルの軽やかな作風の作品を読んで、負担を軽くしたい…」と欲求が強まって、積読本から何冊か選び、読むこともあります。現在、まさにそんな状態で。

 

今回、ペーパーウェルの作品を拝読している個人的な目的は、心を穏やかにしたい欲求がありました。実際、拝読していて、心が洗われるようです。ささくれ、刺々しい自分の精神状態が、まぁるく、均されるイメージで。ある種、破壊に結びつくような気持ちが、刺を抜かれるような。創作の文化的な効用を指摘するなら、その1つには、受け手の精神状態を暴力的・破壊的な衝動から遠ざけることも挙げられそうです。おそらく、書き手にも同じ効用はあるのでは無いでしょうか*1

(たしか、似たような指摘は、児童書シリーズにあるナイチンゲールの伝記のレビューや、借金玉さんのご著書の書評で、繰り返し、書いたかと思います。)

 

このあたりの話は、千野帽子さんのご著書を読んで再考してみたいところですね↓

 

あとは、SNSで書き手と読み手が交流することで、何かしら、生まれる感情の変化は、正負どちらもあるわけですが。今回、ペーパーウェル02の作品を読み、私が感想を呟いたことで、作者の方が喜んでおられたようで。私も嬉しかったです。作品を介したコミュニケーションにより、書き手と読み手の間に新たな関係を作り、それは、ちょっとしたコミュニティを作り出す下地になりそう。そのコミュニティが、また新たな作品の生まれる土壌になっていくのかな?と。

 

 

3.経済や社会への効用や変化について~ネットプリント配信のもたらすもの~

 3-1.ネットプリントという制約の中で生まれる贅沢さ

ここから、話は少し変わりまして。「ネプリ配信による作品による経済的な効果や社会的な効用」について、考えたことをお話いたします。

 

経済的な効果でいえば、しっかりした印刷・製本の同人誌の場合に比べ、ネプリ作品はコピー本に近く、保存には向かないものの、やり方次第で、作り手と受け手の両方のお財布にやさしくできそうです。基本的に、コピー機の普通紙プリントなので、印刷所に頼んで作れる同人誌やリトルプレスほど凝ったものは作れないでしょう。とはいっても、ネプリ作品を見ると、コピー機で印刷することを逆手に取ったデザインや装丁の作品があって、クオリティは高めようとすれば、いくらでも高くできるんだな、と。

 

縦書き文章の組版については、私は、読みやすい字間や余白の視覚的なデザインをする技術がありません。今回のペーパーウェル02の参加作品の折本を組み立て、めくって読むたび、作者さんたちはストーリー作品だけでなく、制約のある折本というフォーマットにちゃんと落とし込んで読みやすい文字組の技術があって、その作品を読めることは、贅沢なことに感じられました。

(今まで、私が発行した学術評論系の同人誌は、B5サイズで横書きの学術雑誌の文字組を手本に、制作したものばかり。もし、縦書きの学術系同人誌を出すなら、商業の講談社学術文庫や、ちくま学芸文庫に倣って、文字組してみたい。そこまで文字組の技術を身につける時間がなく、ペーパーウェル02では、今まで通り、B5判の学術ジャーナルのデザインにした)

 

ある意味、こうした高いクオリティ作品について、コンビニのコピー機で、1作あたり数十円から数百円で得られるのは、コスト的に素晴らしいことではないでしょうか?作り手は作り手で、自分で用紙代や印刷・製本の費用や時間を同人誌ほど気にしなくてよいのでは?

 

コンビニ側としては、コピー機のネプリに来た顧客が来店し、店内の商品を買ってくれる確率をアップさせる可能性があるでしょう。これも、経済的な効果の1つで。

 

以上のように考えると、ネットプリントの作品配信は、色々とメリットがあります。また、印刷したネプリ作品を組み立てたり、見たり、読んだりする時間は、極上のものだと、私は捉えたいと思いました。

 

 3-2.「紙もの」という魅力~ショートエディション社の小説の無料自動販売機の事例から~

先の第2項で、創作作品は、暴力や破壊に繋がる読み手(受け手)の心を穏やかに変える可能性があると指摘しました。もし、仕事の外回り、通勤や通学の途中でバスや電車を待つ間、乗車してからの移動の間に、不快な出来事を思い出して、心がネガティブな状態になるかもしれません。嫌なことを考え続けてしまい、心のゆとりを失って、周りの人に刺々した言動をとってしまって、トラブルを起こす。そんな精神的な余裕がない時、短めのネプリ作品を見て、楽しみつつ、深呼吸をする。心が落ち着いて、「八つ当たり」するように接することも、減るかもしれません。

 

 

なんてことを、ネプリ作品の社会的な効果として、考えるオンライン記事がありました:

karapaia.com

紹介されているのは、フランス南東部のグルノーブル市には、道行く人が操作すると、レシート用紙に印刷された短編小説が出てきて、紙をちぎり、持って行って読める機械のこと。カラーリングは、「オレンジと黒のツートンカラー」で、リンク先のカラパイアの記事の写真では、なかなか、おしゃれ。機械が設置されているのは、「駅、自治体の建物、地域の美術館など」であり、この「無料自動販売機」は、「現在のところ、街の中心部の、約18平方kmの範囲に14台が」あるといいます。

 

小説の無料自動販売機を開発したのは、同市の「ショートエディション」という会社で、「休憩時間にコーヒーを気軽に自販機で手に入れられるように、文化的な物も得られるようにしたいものだ」と社員が考えたことが、きっかけだったようです。このマシンの面白く、魅力的なところは、以下のとおり。

  • 「どのような小説を受け取れるかは選べない」ような、おみくじや「ガチャ要素」が存在すること(「読了にかかる時間の目安として、1分、3分、5分の3種類のボタン」をプッシュすると、その時間の長さを目安に読める作品がランダムに出てくる)
  • 「小説のストックは、現時点で10万作品」と豊富にあること(「ショートエディション社の開催するコンテストから常に新作が供給され」ており、この企業の「審査員が注意深く選定した作品」や、それとは別で「オンラインで20万人の読者コミュニティーが投票した作品」が受賞し、新作が追加されていく)

 

無料自動販売機による短編小説の提供は、「1分で読める文学を無料で買える自販機【1200万編もの小説や詩】 | TABIZINE~人生に旅心を~」のオンライン記事でも紹介されていました。TABIZINの記事によれば、2011年で「フランスから始まった」このサービスは、「それ以来、1万4500人以上の作家が執筆に参加し、1200万編もの小説や詩が「Short Edition」のために創作されたのだそう」で、とにかく、作品を供給する書き手の数が凄まじい!

 

TABIZINの続きを読むと、

今ではこの「Short Edition」のマシーンを設置してくれる代理店は123か所にもなり、主にフランスの鉄道(SNCF)や地下鉄の駅、空港や病院にまで置かれるようになっているのだとか。確かに待ち時間を持て余しそうな場所ばかり。 そんな時にこのマシーンが近くにあれば、時間もつぶせるし文学に触れることで待ち時間のイライラも軽減しそうです。

1分で読める文学を無料で買える自販機【1200万編もの小説や詩】 | TABIZINE~人生に旅心を~

という広がりを見せているとのこと。ポイントは、マシンのセット場所が「待ち時間を持て余しそうな場所ばかり」であるところで、時間つぶしだけでなく、文章を紙で読むことで気分転換し、「イライラも軽減しそう」なところは、大切だと感じました。スマホタブレットPCの画面で下に画面をスクロールするのと違って、ショートエディションの短編小説は、話の長さにもよるでしょうが、読み進めるうち、レシート用紙を手でめくったり、手繰り寄せて巻き取ったりといった、物理的な動作が出てきます。読む時に、紙の操作に意識を向けることになり、そこがデジタル端末を片手で握り、画面に添えた指一本でスクロールして読むのと、読み手に異なった感覚を与えるのではないでしょうか。

 

話をネットプリント配信の創作作品に戻すと、今回、ぺーパーウェル02の参加作品は、一枚の紙に切り込みを入れて組み立てるタイプの折本の小説や詩集、イラストに短歌を添えたペーパーで絵を切り取って折り曲げて「飛び出す絵本」のように楽しめるもの、ブックカバーにも栞にも加工できるペーパーなど、形は多様です。普通紙に印刷した後に組み立てたり、加工したりと、受け手が手を加えて楽しむこうした作品は、物理的な「紙もの」として受け取れるネットプリント配信の特徴や魅力が認められます。ここらへん、小説の無料自動販売機は違いますが、一方、作品を受容する過程において、物理的な感覚を受け手の人に与えて楽しませる部分は、ネットプリント配信による創作作品と共通すると考えられそうです。

 

日本だと、pixiv、「小説家になろう」や「カクヨム」、「エブリスタ」といった、様々な小説投稿サイトやオンラインコミュニティが存在し、各プラットフォームの投稿作品はネット上で公開されています。もし、日本でもプラットフォームを運営する会社が、ショートエディション社の取り組みを参考に、コンビニのネットプリント配信を利用して、ランダムで投稿サイトのコンテスト入賞作品を読めるサービスを始めたら、面白いんじゃないでしょうか?創作活動をする側として、私は自分の作品を読んでもらえる場所が増えるわけで、ぜひ、やってみて欲しいと思いました。

 

ちなみに、小説の無料自動販売機のお金まわりの話では、カラパイアの情報によると、「販売機本体は約100万円、月々のコストは約2万円」。コストの負担は、例えば、マシン設置場所のカフェがしているとかで、カフェスタッフによると、

 小説販売機が有名になったため、時には、何も注文せず、小説を手に入れるためだけにカフェに入ってくる人もいるらしい。

 

 本来なら失礼とみなされる行動だが、カフェの支配人はこういった行動をも歓迎している。文学の持つ力を通して、新しい顧客になる可能性があるからだ。

 

 「今日は小説を読みたくて来た。今まで一度も来たことがない人が、です。ドアを開けて、この場所を見た。ここを気に入って、また来てくれるでしょう」

これは楽しい!短編小説がチケットのように出てくる無料自動販売機が街のいたるところに設置されたフランスの都市 : カラパイア

といった、文学を通じた新たな顧客の開拓効果を期待しているようです。

 

ショートエディション社の短編小説の自販マシンは、人気が「フランス国内にとどまらず、アメリカのペンシルベニア州立大学でも設置が完了したのだとか。そしてTABIZINEの取材に対し、「近いうちに香港大学にも置かれる予定」」とのこと。

それに対して、日本のネットプリント配信は、今後、コンビニのコピー機を介して、どこまで行くのか、私は気になります。私が海外に行った限りでは、コンビニのコピー機がネットに繋がっており、イベントのチケット販売や、ファックス等のサービスのある地域は、日本に加えて2010年代半ば以降の台北や上海で確認できました*2ソウルやプサンは分かりませんが、もし、自分のいるコンビニのコピー機一台から、ネットプリントによって、ワールドワイドな形で作品の配信ができたら、ワクワクしませんか?

 

 

4.まとめ

最後に話の規模がグローバルなところへ飛躍しました。そこまでいかずとも、本記事でお話したように、ネットプリント配信を中心とした創作文化には様々な可能性があることは、否定できないでしょう。そういう感じで、ぺーパーウェル02の参加作品を読みながら、踏ん張ることができた1週間でした。

 

最後に、再度、告知です。弊サークル仲見研の作品は、6月8日㈯いっぱいまで、セブンイレブンのマルチコピー機で配信しております。 詳しくは、こちら:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

オンデマンド版のほうは、ネプリ版の配信終了後も、次の注文ページで受注しておりますので、ご利用ください(特に、マットPP加工の表紙で、保存用に欲しい方向け)↓

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

久しぶりに、6500文字を超える記事になりました。今回は、ここでおしまい! 

 

*1:(逆に、創作とは、やり方によっては、暴力や破壊に繋がるような心の状態に人を駆り立てる可能性も、十分、あるでしょう。)

*2:なお、2016年の上海のファミリーマートでは、コピー機まわりの漫画やアニメのイラスト、中国語の雰囲気から、同人イベント関係の申込もできたのかもしれません。確証はないので、そのあたり、詳しい方がおられたら、仲見までご一報ください。

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