仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

【'18.8.21_2240:一部訂正】蔵書や資料を納める施設の移転と引継問題~「高知県立大学で蔵書3万8000冊焼却 貴重な郷土本、絶版本多数」(高知新聞)~

1.はじめに

大学図書館の蔵書や付属博物館等の資料をめぐる問題には、これまで、以下のような記事を書いてきました。

naka3-3dsuki.hatenablog.com

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

蔵書や資料を納める物理的な施設をめぐる問題について、本日、はてなブックマークが付いて、学びのカテゴリーで話題になっていたのは、次のニュースです:

高知県立大学で蔵書3万8000冊焼却 貴重な郷土本、絶版本多数|高知新聞

(2018.08.17、08:45付、高知新聞、※無料会員登録で全文を読めます)

 

今回は、このニュースを読んで、少し上記の問題を考えてみたいと思います。

 

f:id:nakami_midsuki:20180817151947j:plain

 

 

2.「高知県立大学で蔵書3万8000冊焼却 貴重な郷土本、絶版本多数」(高知新聞)を読む('18.8.21_2240:一部訂正

 2-1.蔵書3万8000冊の処分の経緯

今回のニュースの概要は、事案が起こった高知県立大学の発表を説明した冒頭部分によると、以下のようになります。

  1. 永国寺キャンパスの図書館が2017年の春に新設される時、「旧館よりも建物が小さい」せいで、全部の蔵書を新しい図書館に「引き継げない」ことになった
  2. 1を受けて、「約3万8千冊に及ぶ図書や雑誌を焼却処分にしていたこと」が今月16日までに判明
  3. 蔵書には、戦前の郷土関係の本や、現在は古本屋でも入手が難しい絶版になった本、「高値で取引されている本」が多数含まれていた

上記の概要に続き、高知新聞は「焼却せずに活用する方策をなぜ取らなかったのか、議論になりそうだ」と、言葉を受け加えています。

 

新しいキャンパスへの建物移転にともない、旧キャンパスの資料をどうするか、といった問題は、国公立、私立の大学を問わず、これからも出てくる問題でしょう。「1.はじめに」にリンクした九州大学の博物館の資料については、記事を書いた時点で、そもそも移転後に後継の博物館や施設を建設する予定は最初からなかったという話だったと記憶しています。理由は、「お金がないから」に尽きるかと。その後、九大の博物館の件について、所属する学会の方から聞いた話では、一部、博物館関係の家具資料では専門の研究者が動いたそうですが、その後の詳しいことは不明です。

 

キャンパスの引っ越しは、予算や時間に制約があるため、今回の高知県立大学の図書館のように、移転後の図書館が狭い、というケース、実はけっこうあるんじゃないでしょうか。旧大学図書館→新館に移転するのにともない、処分された資料の数とその方法は、

  1. 焼却処分:3万8132冊(単行本や新書などの図書2万5432冊、雑誌1万2700冊)…「2014~16年度中に断続的に13回に分け」、業者に頼み、「高知市の清掃工場に運」んで委託し、「司書らが立ち会う下で」焼却したそう
  2. 焼却した「単行本や新書などの図書2万5432冊」は、「複数冊所蔵している同じ本(複本)を減らしたのが1万8773冊」で、複本のない「残りの6659冊」は、「今回の焼却で同大図書館からは完全に失われた」

ということです。ニュース記事の下の「永国寺キャンパスの図書館」を読むと、「現在の蔵書約22万冊」とあって、所蔵資料は「県公立大学法人傘下の県立3大学(高知県立大、高知短大、高知工科大)による共有」です。続きの情報によると、高知県の県公立大学法人傘下の短大や大学の廃止、施設や什器の管理は2015年以降、めまぐるしく変化していたことが窺え、現場で動いていた職員の人たちは、対応するのに精いっぱいだったように思われます。高知県立大のこの案件では、司書が焼却に立ち会っていたそうです。「【目次】「死後の人文学者の蔵書問題」まとめ 」の各記事に書いたように、人知れず故人の研究資料が行方知れずとなり、司書のような専門の職員がいないところで、資料が処分されていたこともあります。私は限られた時間の中で対応を迫られる図書館職員の人たちに、複雑な思いを向けざるを得ませんでした。

 

 2-2.旧図書館の所蔵資料の内訳と処分前の検討などについて('18.8.21_2240:一部訂正)

ところで、高知県立大学の旧図書館の所蔵資料で、まず、「完全焼却された図書」は、ニュース記事によると、

  •  郷土関係は、土佐藩国学者、鹿持雅澄が著したものを大正、昭和期に発行した「萬葉集古義」(1922~36年)
  • 自由民権運動研究文献目録」(1984年)
  • 10年がかりで全国の自然植生を調べた「日本植生誌」の四国の巻(1982年)
  • 満州中国東北部)やシベリア抑留、戦地などから引き揚げてきた高知県を含む全国の戦争体験者の話をまとめた連作

(「高知県立大学で蔵書3万8000冊焼却 貴重な郷土本、絶版本多数|高知新聞」より構成)

 

といった、「年代やジャンルをまたいで多数」の図書でした。土佐藩の地元ということで、郷土資料には、例えば日本近代史で考えても価値があるものがあると思われます。(一例としては、「歴史上の人物の伝記と人気スマホRPG~「「FGO効果」で…ついに4刷目へ 大反響『正伝 岡田以蔵』の版元に聞く」(ねとらぼ)~ 」をご参照ください)。2つ目の自由民権運動に関する文献目録は、運動自体が高校日本史Bの教科書で関連情報が太字、あるいは試験で重要語句になるものが少なくないと考えると、その価値の高さは言わずもがな、でしょう*1

 

高知県立大の大学図書館を管理・運営する「同大総合情報センター」は、焼却前、「学内の承認を経て、大学図書館として必要ないものを中心に、教員に十分チェックしてもらって適切に処置した」と答えています。同センターは、大学教員が本を引き取る機会を設けたのに対し、「学生や地域住民は対象外」だったことは認めている様子。時に、歴史学の分野では、郷土資料から新史料が見つかって、これまで言われてきたことに対して、見方が変わることはあり得ます。『正伝 岡田以蔵』のように、郷土資料を多く用いた評伝を知る者として、もし、県立大や同センターに郷土史家を知っている人がいたら、もう少し変わっていたのかな?と、あれこれ、考えをめぐらしてしまいます。

 

古書店で出回っている資料も、いずれは、古く傷んで、なくなっていくでしょう。一部は、所有者や管理者がスキャンできるうちにして、保存しておいたほうがマシかと…。

 

このニュース記事についたTwitterはてなブックマークのコメントには、「資料のデジタル化がどの程度、進んでいたのか?」、「デジタル化すればよかったのでは?」といった声がありました。私の憶測ですが、現場はデジタル化する予算が限られているでしょうし、それを施す資料の選定時間さえ十分になかったのではないでしょうか。

それから、古文書の保存については、紙の素材や記録に使われた墨といった、マテリアル的な部分も含めて、貴重な過去の資料とされることがありす。例えば、紙の素材と墨の成分を調べたら、どこから取り寄せた筆記用具で書かれ、高知の人たちはどこで材料を調達していたとか、分かることもあるでしょう。特に生活史や経済史の分野からいえば、保存するなら、デジタルデータと紙の資料は両方、とっておくべきかと。

 

==('18.8.17_1905追記)===============================================

資料の焼却については、もう、二度と復元できない状態にされたとこになります。現場の人たちは、思考停止していたんでしょうか。そのくらい、追い詰められていたのでしょうか。

 

個人情報が含まれている場合、封をして箱にいれた文書については、外箱ごと、上から薬品をかけて溶解する方法をとることがあるようです。

 

紙の資料維持には様々なコストがかかるとはいて、焼く廃棄については、資料保存に動けない時点で、もう、現場の人たちの心を焼いてしまい、考える余地を与えない。そんな恐ろしいことを、私は妄想してしまいました。

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('18.8.21_2240:一部訂正)

電話で直接、県立大の図書館に、質問された方による執筆記事↓


高知県立大学の件について、気になったところがあったので電話で確認させて頂いた: 不倒城

によりますと、約3万8千冊の資料すべてを燃やして、処分したわけではないと回答があったそうです。

 

 

3.最後に

以上、高知県立大の引っ越しにともなう蔵書の引き継ぎ問題を取り上げて、少し考えました。私は歴史学の方面で問題を切って考えてみましたが、いかがでしょうか。

 

現在の日本では、もし史料(資料)的価値が理解できるアーキビストが現場にいたとしても、時間と物理的な空間の制約があるのが前提となると、職員は苦しい判断をするしかないんじゃないでしょうか。また、「富士山測候所:日誌を廃棄 68年間つづった貴重な40冊 - 毎日新聞」の件では、気象学的な記録としてだけでなく、日本近代史的な視点がなければ日誌の廃棄を止めるのは難しかったかも…と、資料保存の判断は難しいところがありそうです。

 

これから、こういった大学図書館の蔵書をめぐる問題は、たくさん、出てくるでしょう。その時、どう動いたらいいのか、拙記事が現場の方々に届き、考えの一助になるますよう、願っています。

 

おしまい。

 

 

4.続編のリンク追加しました

本記事の最初の更新後、高知県立大が出した公式的な説明を中心に、ネット上のさまざま意見や現場の方とされる「声」、反応、続報をまとめ、自分が考えたことを書き、記事にしました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

この件については、思うところが多々ありますが、上記の続編にて、一旦、区切らせて頂きたいと思います。 

 

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*1:資料の具体的な内訳は、

 

幸徳秋水植木枝盛中江兆民、馬場辰猪、寺田寅彦の全集や日記のほか、高知市民図書館発行の「土佐日記の風土」(87年)と「西原清東研究」(94年)、県文教協会発行の「土佐及び紀州の魚類」(50年)、県内戦没学生の「運命と摂理 一戦没キリスト者学徒の手記」(68年)、岡上菊栄女史記念碑建設会の非売本「おばあちゃんの一生:岡上菊栄傳」(50年)など

(「高知県立大学で蔵書3万8000冊焼却 貴重な郷土本、絶版本多数|高知新聞」)

です。他の本については、以下の別ニュース記事をご覧ください:「高知県立大焚書 知の機会奪う 職員「移行へダイエット」」(2018.08.17 08:38付、高知新聞)。

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