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仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系の「真っ白」博士が大学院とその周辺問題を考える

専門卒社会人の著者による大学院修士課程の受験体験記~森井ユキ『突撃!オトナの大学院』~

<今回の目次>

1.はじめに~私の10代と周囲の社会人たちの経歴~

世の中には、様々な進路があり、色んな職業や肩書きの経歴を持つ人がいる。ということを、私は10代の半ばという、割と早い段階で知りました。 

人生で最初にそれを感じたのは、中学時代。数学教員の中に、通信制大学で働きながら学んで教員免許を取得後、採用試験をパスし、新任でやって来た先生がいらしたのです。その先生の授業は受けませんでしたが、掃除当番の時にお話を伺い、通信制大学とは送られてきた映像教材やテキストで勉強し、課題プリントを場所を選ばずに仕上げられ、送付して評価されるという話でした。当時、昼間や夜間に通学するタイプの教育機関は知っていた私には、それらと異なる教育機関の存在は新鮮に映りました。

 

その次は、高校生のとき、通っていた中国語教室。そこには、高卒で就職したOLさんが、取引先の中国の工場との連絡を取るため、学びに来ていました。自分より一回り年上だったその女性は、「自分も大学に行けばよかったなぁ、と今でも思うよ」と、働きながら学ぶ苦労を呟いておられました。

その教室講師、私の「中国語の師匠」もまた、社会人経験後に院卒者となった、当時の片田舎では珍しい経歴の方でした。その師匠は、バブル期に四年制大学の文学部言語学科中国語専攻で学び、学部の3年次には就活氷河にぶつかりつつも、運輸会社の国際部門に内定を得ます。が、5年目に会社を辞め、地元国立大学の院の修士課程に入って、中国語文法の研究をしつつ南中国の大学に中華人民共和国の国費で留学(毎年3月に募集締切のあるタイプ)。帰国後、修論を書きながら、フリーの通訳者として働き出した、パワフルな方でした。思い起こせば、研究室の人間関係の面倒さに注意を払うのを教えてくださったのも、この師匠でした。

 

長い前置きで言いたかったのは、意外な経歴から意外なところで大学院へ出願でき、受験の資格審査にパスして入試に合格すれば、そこで学び、研究ができるということがある!ということです。はい、これが今回のメインテーマでして、専門学校卒業後、四年生大学学部の学歴を飛び越し、東京造形芸術大学大学院の修士課程修了を実行したクリエイター・森井ユカ氏。今回は、仕事をしながらという社会人の修士院生だったこの方の著書をもとに、具体的な受験資格の審査手続き、願書と共に提出する研究計画書などを見ていきたいと思います。

 

なお、ところどころ、漫画も挿入されていて、読みやすい構成になっています。森井ユカ氏がクリエイターであることから、特に美術系の大学院へ進学を考えている人、サブカルチャーの研究をテーマにしたい人には、特に参考になると思われます↓

 

森井ユカ『突撃! オトナの大学院』主婦と生活社、2015年 

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 <本書の目次>

まえがき

第1章 ココロの準備編

 (今さら)勉強ってなんだ?
 転機は2007年にやってきた!
 社会人が大学を目指すということ 

 子供~学生時代

 どこの大学院に行って、何を研究すべきか?
第2章 受験の準備編(お金ってなんだ??
 受験までのダンドリ
 学校を見に行こう ほか

 さあ、学費どうする!?

 事前審査にチャレンジ

 研究計画書って、なんだー?

 わたしの先生になってください! 担当教授を決める

 100年ぶりの受験勉強、そして受験本番!
第3章 人生の準備編

 学校ってなんだ??
 いよいよ授業スタート! 楽しすぎる科目の選択
 たったひとりの社会人大学院生

 勉強って、こんなに面白かったっけ?

 怒涛の修士制作!

 あっという間の修了、大学院ってなんだろう

 

友人たちと大学院1 佐々木貴士さんの場合

友人たちと大学院2 井出留美さんの場合

友人たちと大学院3 中村鈴子さんの場合

 

Yuka's memo 1 社会人大学院生のノート

Yuka's memo 2 社会人大学院生のペンケース

Yuka's memo 3 社会人大学院生のバッグ 

 

 

2.著者の森井ユカについて~なぜ大学院に行こうとしたのか?~

 2-1.森井ユカの仕事

著者の森井ユカ氏は、本書の表紙にある肩書きは、「立体造形家・雑貨コレクター」となっています。「第1章 ココロの準備編」最初のほうには、東京都港区という賃料の高額な土地に有限会社ユカデザインというデザイン事務所を構え、著者は本や広告のデザインを社員と請け負ったり、自身は立体造形家として、立体物のキャラクターグッズを制作したり*1、雑貨コレクターとして世界各地のスーパーマーケットで集めた雑貨の本を出版したり*2、20代初めで独立後、40代になるまで馬車馬のごとく、働いてきたそうです。

 

 2-2.専門学校卒で大学院進学を目指す決断~大卒でなくとも院は受験可能!~

転機は2007年ごろ、著者は母校の専門学校桑沢デザイン研究所で先輩の後を継いで、非常勤講師を始めます。この時、自分の頭がカラッポであることを改めて自覚!事務所でも、カラッポ、カラッポと騒いでいたこともあり、どこかで学ばないといけないという危機感を持ちます。

 

さて、どこで学ぼうか。専門学校卒だから、大学3年次に編入してもいいけど、朝から夕方までみっちり、授業というのは社会人としてはキツイ。そう考えていた著者に、高卒の有名女優が大学院に合格したニュースが届きます。

 

女優さんの大学院について調べたところ、そこは6つある出願資格のうち、6番目には次のようにあったそうです。

6 当研究科において個別の入学資格審査により、大学を卒業した者と同等以上の学力があると認められた者で、22歳に達した者。

(森井ユカ『突撃! オトナの大学院』p.24より引用)

他大学の院についてもチェックしたところ、似たような記述があることに気が付いた著者。つまり、「理論上は、最終学歴が中学卒業だとしても日本の大学院のほとんどに入れるチャンスがある」(本書p.24)ということ。「入学資格審査」について、欄外に分かりやすく記された図はこちら↓

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(本書p.24欄外より出典)

 

各大学の入学審査をパスすれば、大卒資格がない人でも学部4年間を飛び級でき、現役ストレートで来た受験生と共に、同じスタートラインで大学院を受験できるということになります。「なんてすばらしいことでしょう」と、専門学校卒の著者は書いています。

 

はい、この「入学資格審査」、中卒、高卒、高専卒、専門学校卒や短大卒などの方々、必見です。今回の記事の第一ポイントが、この「入学資格審査」です!

 

本書から話は脱線しますが、在野研究者のパイオニア・荒木優太氏がイベントで語ったところによると、そのご著書『これからのエリック・ホッファーのために: 在野研究者の生と心得』(東京書籍、2016年)は、大学全入時代の現在を考え、読者として大卒の人を想定しているそうです。

 

もちろん、この『これエリ』には、時代的に小学校卒で働きだし、途中で転機が訪れ、在野研究で業績を残した先人も出てきます。しかし、著者の荒木氏が読者として大卒者を想定しているならば、今回取り上げた森井ユカ氏のようなクリエイター系で職人的な仕事から出てきたテーマの人は、『これエリ』の在野研究では、ちょっとカバーできない範囲から出てきたことになると言えそうです。

 2-3.著者の研究テーマは『日本人にとって、「カワイイ」とは何か』

ところで、森井ユカ氏が具体的に学びたいものは、「キャラクターデザイン」だそうです。自身が長年、企業や商品のキャラクターデザインに携わっていたことから、母校の授業でも、

何をもってして愛されるキャラクターなのかのリサーチやディスカッション、キャラクターの歴史年表の検証からオリジナルキャラクターの制作まで、いくつもの課題に生徒たちと取り組んできました。(本書p.22)

 とのことです。第1章の「どこの大学院に行って、何を研究すべきか?」において、母校の系列大学・東京造形大学の大学院を受験することにした著者。研究計画書を書く際、著者が設定した研究テーマは『日本人にとって、「カワイイ」とは何か』でした。クライアントに求められ、その「可愛い」を作れる技術を著者は持つ一方、その本質を掘り下げないまま、感覚的に作業を続けていたそうです。

 

母校の授業でも、「カワイイ」についてぼんやりとしたまま、教え続けてきてしまった著者は、商品の販売促進にダイレクトに絡むこの概念に対し、研究の必要性を感じていました。そういうわけで、いろいろと先行研究を調べた上で、日本では研究分野としての発展途上にある「カワイイ」を大学院での研究テーマに決定したのでした。

 

もう一つ、第1章の最後で著者が言っている大切なことがあります。それは、著者のようなテーマであったとしても、美大である必要はない、ということです。「経済学部の中にも、文学部の中にも見つけられると思います。(本書p.49)」と著者は述べています。

 

 

3.大学選びから受験まで~第2章を中心に~

  3-1.「受験までのダンドリ」

さて、第2章では大学見学から院試まで、そのプロセスが語られます。まず、第2章の頭では、社会人が大学院を受験するまでの「ダンドリ」として、その工程が大まかに書かれています。

 

 1 学校案内を取り寄せる

  「学校案内」「募集案内」「出願書類(願書)」

 たいていどの学校でもこの3つはセットになっています。

   (私の場合)大学を飛び越して受験したいので「出願資格事前審査

    申請書」も取り寄せ、あるいはダウンロードします。

  ↓

2 オープンキャンパス(学校説明会)などに行ってみる

  このときに学校案内を直接もらうのもよしですが、案外かさばり

  ます。

  学校のオリジナルグッズをもらえることもあり。

  ↓

3 受験する大学院を決めたら検定料を振り込む

  ↓

4 研究計画書を作成する

  ↓

5 担当教授を決める

   (私の場合)自分の担当教授(志望教員)を決め、アポを取り面談

    のうえ、了承してもらいます。

  ↓

6 願書提出

 「出願書類」(願書)と共に必要書類を提出する。必要書類は

 「研究計画書」「推薦書」*3「検定料の振込領収書」など。

    (私の場合)通常の願書を提出するおよそ1ヶ月前に、記入した

    「出願資格事前審査申請書」と必要書類を送り、

    「大学を飛び越して、 他の学生と一緒に大学院を受験しても

     よいかどうか」の事前審査をしてもらいました。

     必要書類は「最終出身校の卒業証明」成績証明書」

    「住民票(外国人の場合は在留カード)」に加え、

     これまでの仕事の経歴をまとめたファイルなど。

     

     事前審査に合格したら、出願書類の提出を準備します。

  ↓

7 受験書類などが送付される。受験勉強のラストスパート。

    (私の場合)教育ローンの申し込み。

  ↓

8 とにかく全力で受験に臨む!

  ↓

9 合格発表(最近はネットでも確認できます)

  ↓

10 入学式!

(本書p.64~67)

本書で大切な第2ポイント!社会人の院志望者の方は、受験までの上のプロセスを頭に入れて、イメージして置いておいてください。 

 

 3-2.東京造形大学大学院の見学 

著者が一番最初にしたことは、学校案内の取り寄せ。ちょっとした後悔として、「今考えると他の美大大学院の書類ももらっておけばよかったかも。」(本書p.69)があった模様。

 

次に、実際の敷地に見学に行きます。東京造形大学のあるのは東京都の西の果てのほう…、著者の出身地の近くということで、多摩地方のようで、著者の事務所から電車などのドアツードアで約90分。最寄駅からスクールバスに乗って向かう途中、田園風景が広がていました(大阪府だと、能勢のほう??)

 

キャンパスには、2005年の大学院創設に合わせて作られた新しい棟。ひとりひとりに与えられた作業スペースは気持ちがいい空間のようで、

窓は広く天井の高い大きな部屋に広めの机が並んでいて、他人とはパーテーションでゆるく仕切られ、パブリックスペースとプライベートスペースのバランスがよく

(本書p.72)

 著者はほとんど座ることなく修了したそうです。制作をする人には、こういった環境的な部分も大学院施設では重要なのでしょう。

 

ちなみに、東京造形大学大学院には東京都西部のキャンパスのほか、渋谷の桑沢デザイン研究所の上にサテライトキャンパスがあるそうで、著者は最悪事務所からタクシーを飛ばして十数分で到着することが、東京造形大学の大学院を選んだポイントとして高かったそうです。

 

こうして、実際に大学院のキャンパスを見学することで、社会人受験者は、忙しい仕事との両立のため、どんな交通機関でどのくらいで着くか、といった具体的なイメージを描いた上で、志望大学院の候補を絞っていけると思います。

 

 3-3.学費の工面について

 院に合格して、制作環境がよくとも、蔵書が図書館にそろってようとも、エキスパートの教員から授業があろうとも、その制作・研究環境・授業を享受しようと思えば、お金は必須。学資がかかってきます。

 

森井ユカ氏が目指した東京造形大学の大学院では、修士課程において、

 初年度…前期92万5000円、後期72万5000円他

 次年度…前期72万5000円、後期72万5000円

ということで、2年間で合計約300万円オーバーする学費がかかることになりました。ちなみに、他の美大大学院も同じくらいの金額。相場はこのくらいで、どうしても「施設の使用料」があるので高い傾向にあるようです。どうにか、頑張って著者は金策に走らないと!

 

著者の自由にできる貯金は80万円で、初年度納付額の165万円に到底届かない!著者には、同じく社会人院生をした友人たちのような貯金はなかったので、お金を借りてローンを組むことにしました(ちなみに、著者は金策の一環として外貨預金として英国ポンドに換えた貯金80万円が、その後の大暴落で60万円に減ってしまったそうです…。)

 

大学学部卒後の現役院生が使える、いわゆる大学が紹介する学資ローンともいうべき「奨学金」は、著者には制限があって使えない。しかし、完全社会人対象の大学院ならば、「独自の奨学金制度、クレジット会社との提携ローンなどがある場合も多く、より資金調達しやすい環境がととのっています。」(本書p.79)とのこと。

 

さて、著者が具体的に検討したのは、3つ。

 

1 国が運営する日本政策金融公庫(通称「日本公庫」)の教育ローン:

  金利は当時2%、住宅・事業共に著者にはおなじみのところ。

 

2 都市銀行の教育ローン:

  当時の金利3%、審査は厳しめであり、著者は何度か事業ローンの申し込みで

  却下されているので、可能性は低め。

 

3 クレジットカードでの借り入れ:

  最後の手段であり、条件はかなり緩いものの、金利が高いのがネックだそう。

 

その後、著者が知ったところでは、厚労省の「教育訓練給付制度」。雇用保険から受給できる仕組みがあるそうで、給付金額には様々なパターンがある模様。全国の百数十校の指定大学院を修了時に、国から給付金が出る制度ですが、厚労省のサイトで指定を受けた大学院を著者が確認したところ、「当時も現在もこのリストに美大大学院は入っていませんでした。」とのこと。

 

とりあえず、まず森井ユカ氏は1の日本国庫に申し込み。サイトからフォームで申し込み後、大量の必要書類(住民票、源泉徴収票か確定申告書、預金通帳のコピー半年分、合格通知(合格前の申し込みも可能)、保証人を立てる場合は保証人の源泉徴収票か確定申告書)を息を切らせてそろえ、郵送。結果が出るまで7~10日間。日本国庫の結果はOKということで、初年度の納付金の心配はなくなりました。

(受験結果が不合格の場合、借り入れはキャンセル可)

 

次年度の納付金については、加入済みの民間の生命保険の「契約貸付制度」を利用することに。生命保険の解約返戻金の所定の範囲内で現金を貸してくれる制度であり、積立や年金のオプションがある保険の殆どに適用されている模様。著者の加入している生命保険での貸し付け利率は3%で、返済期限・毎月の返済額は自分で決定する自由度がある上、返済の催促なしのせいで、「うっかりするとたくさん借りてしまう恐れがある」ので、本当にピンチでない時は使わないほうがよさそうです。

(これで、外貨預金による大損は埋めたそうです)

 

なお、本書執筆時に、初年度の180万円は苦労しつつ、著者は完済したそうです。次年度の契約貸付制度の借金は、残っていたそうですが…。

 

 3-4.事前審査はどうしたのか?

金策OK!次にやるのは、「事前審査」。大学4年間をすっ飛ばして、大学院を受験する資格があるか否か、大学院に審査してもらう制度です(なお、大卒者の社会人には、必要なし)。

 

必要書類は、大学院のサイトからDLして記入した「出願資格事前審査申請書」で、最終出身校の卒業証明、成績証明書などを添えて郵送。「申請書」は履歴書のような体裁で、転職希望者がするように、学歴・職歴・賞罰から資格の項目の中で、著者は特に職歴に重点を絞って書き込んだそうです。

 

10日後に無事、森井ユカ氏は審査通知でOKを知り、受験資格を得たのでした。

 

 3-5.「研究計画書って、なんだー?」

私にとっては数年前の話ですが、大学によってこの研究計画書は提出あり・なしがあるので、よく覚えていません。通うことになった大学院の研究科では、修士課程受験で要求されなかったからです。ほかの院試を受けた国公立大学の院では、卒論が固まっていない夏季受験だった中、あらゆる卒論の発展性を書いてみて、まとまりのない内容のまま提出。院試では午前の筆記試験の後、午後の面接で研究計画書をもとに、受け入れ教員を囲んで面接で質問されましたが、今となっては記憶の片隅に消し飛んでしまっています。

 

さて、著者のほうに話は戻ります。願書と一緒に出す書類の一つが、こいつ。記入用紙は願書一式に同封されており、入学後の2年間、どのように研究を進めるために過ごす方法を伝える大切なもののようです(私は研究計画を書くのが苦手で、学振のDCも落ち続けたので)。

 

確かに、書き方の参考書も、Amazon楽天ブックス、hontoなどオンライン書店で検索すると、山ほどヒットします。著者によると、押えるべきポイントが多いこともあって、添削指導や直接指導する予備校まであるんだとか。

参考書を見比べ、著者がピンと来たのは次のものでした。

 

この本によると、

研究の意味・意義・位置付けをしっかり考え、どうしてその研究が重要なのかについて明確に相手を納得させるもの、

(本書p.88)

というものが「研究計画書」だったと。

 

東京造形大学大学院の研究計画書にあった項目は、

  • 本学大学院への志望理由(約250字)
  • これまでに学んだり、研究したこと(約600字)
  • 研究テーマ(約150字)
  • 研究計画や方法などについて具体的に記入(約730字)

の4つでした。なお、文字数は著者なりにみっちり、記入した場合の概算の数。彼女の研究内容は、「日本人にとってかわいいとは何か」であり、この不可解なモノを探究し、自分が担当しているキャラクターデザインの授業、事務所での仕事に生かせるように、意気込んで書類に書き込んだそうです。仕事と関わるテーマだけに、面白そうです。

 

この研究計画書の時点で、著者は修士制作を選択して、それはどのような体裁にするのか、というところまで明記していたそうです。「たいていの美大では、修士論文か修士制作化を選ぶことができますが、おそらくそこまで書かなくても大丈夫でしょう。」(本書p.90)とのこと。蛇足で書くと、美大の博士学位を取得するには、博士論文を求められ、あの村上隆氏も博士論文を執筆したそうです*4

 

著者は、「これまでに学んだり、研究したこと」の補足として、自著を数冊ほど資料として同封したそうですが、大学院によって必要ないところもあるそうですので、確認してほしいそうです。

 

 3-6.担当志望教員にアポを取って許可を得に行く

受験資格を得、研究計画書を作成したら、次は大学院の教員の中から、指導してほしい先生を決めて、担当になってもらうように交渉をする、という段階になります。

(著者によれば、他校ではゼミで選んだり、教授に連絡なしで希望教授名を願書に記入するだけのパターンもあるそうです)

 

東京造形大学大学院では、個人でアポを取り、「研究計画書を携えて門を叩き、合格後は担当になっていただくという確約をもらわなければなりませんでした」(本書p.92)。

大学院での研究内容には、担当教授の専門分野が大きく関係します。立体造形を研究するならば彫刻家の先生にお願いを、映画の研究をするならば、映画監督の先生を選ぶ、というように。(本書p.92)

うん、著者のいうこと、案外、大事ですよ。

この担当教員、指導教員の専門分野を見誤ると、修士課程でも博士課程でも、特に論文を書く分野では、院生が苦労することになります。よく、人文科学系では指導教員の専門分野と自分の分野が合致していなくても、頑張って論文書くのは院生だから、それほど重視しなくてもよい、という意見も聞きます。しかし、私のように文理総合系大学院に行くと、芸術工学×東洋学(社会生活史)というような、精密な論文を書くなら院ゼミで話を嚙み合わせようとすると、微妙にずれていく苦しさが発生します。 

 

果たして、著者はカワイイを研究するために、頼めそうな先生を見つけられたのでしょうか。ただでさえ、日本では専門でカワイイを特化して研究する先生は、大学院に少ないとされているのに…、と調べていたら、いたのです!

立体造形家で、アニメーション作家の森まさあき先生でした。油粘土を使用したキャラクターによるコマ撮りのクレイアニメーションでは、日本のパイオニア!以前に面識もあった著者は、さっそく、面談に挑みます。が、森先生からは、

大学院じゃなくて海外留学しなさい!」という第一声が。

 

著者の年齢と活動(資金)を考慮してのアドバイスでしたが、講師をしつつ、大学院に通うのが前提だったので、著者は長い間、日本から離れられません。そういうことを含め、世間話をしたのか、とにかく、熱意を伝えたことで、森先生に担当教授の了承がとれました。よかったね、著者さん。

 

ところで、私が気になったのは、学生よりもずっと森先生に年齢が近かった著者へ、「やりにくいなあ(笑)」という森先生の一言。著者は、ブランクがあるから問題ありません、という一言で押し切りました。しかし、この指導教員と社会人院生との年齢の近さ、あるいは指導教員よりも社会人院生のほうが年上という状況は、時に注意が必要です。最悪、指導教員のほうが社会人院生へ指導を遠慮したり、放置してしまったり、指導放棄に近い状態に陥る危険性があるからです。この指導放棄は、私の知人の社会人院生に実際、アカハラとして起こったこともりましたので、本当に気を付けてください。

 

ここまで来て、実は2人体制の指導体制ということが分かり、森先生が「主査」、「福主査」には視覚芸術でフィールドワーカーのO先生が引き受けて下さることになったようです。著者には国内外のスーパーマーケット研究(主に雑貨)という、O先生と通じるところがあったようです。

 

 3-7.受験勉強と入学試験本番

担当教授の許可を得た著者は、いよいよ、受験勉強を本格化させます。普通どおり仕事を請け負い、母校で講師を続けながらの受験生が誕生しました。

 

勉強嫌いの著者かつ、ここ一番の勝負に弱い自覚のあった著者は、受験日前夜に東京造形大学の近くに宿をとりました。

 

受験科目は、小論文・面接・ポートフォリオ(作品のファイル)または論文の提出、の3つ。デザインで仕事をしてきた著者は、ここ数年間の仕事の画像に説明を加え、30ページくらいのポートフォリオを作成。

なお、著者が指摘するように、大学院によっては語学の試験が必須のところ非常に多く、私もそこは次の記事で書いていました。 

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

 

ラッキーなことに、英語なしの東京造形大学大学院の院試。著者は小論文対策のため、参考書を一冊買って、そのセオリーを確認しつつ、備えます。

 

 

ただし、物書きを仕事にしていた著者は、受験の「800~1200字を90分で」という条件を軽視してしまいます。小論文の構成をアタマに入れておき、出題に合わせて調整すれば問題ないと。

 

 

試験日はきちんと朝起きし、本番では、小論文の試験で、下書き用紙から提出用紙に書き写す時間を配分していなかったらしく、誤字脱字チェックも追いつかなったまま、提出したようです。

 

その後の面接は、研究計画書とポートフォリオをもとにプレゼンもしました。ここで著者は、社会人受験生と現役学生との違いを指摘しています。

 作品をファイルしたポートフォリオ作りというのは、学生にとっては荷が重く、渋々作るものと相場が決まっています。が、私は当然のことながらすでに仕事をしていたのでストックも多く、苦しむことなく制作できたのは助かりました。

(本書p.102)

 

面接官からは、社会人院生なので刺激となってほしい、よいうようなことを言われた著者。しかし、小論文の結果がどう響くのか、心配でなりません。

 

 

4.東京造形大学大学院の修士受験の結果とまとめ 

受験結果は、大学内で直接掲示、サイトアップとが同時だったそうです。著者は、事務所で合格を確認しました。本書の残り3分の1では、カワイイを追究する著者の怒涛の2年間が始まるのです。

 

ここまで、東京造形大学大学院を社会人として受験した著者・森井ユカ氏の受験体験記にあたる本書の第1・2章を中心に紹介してきました。その中で、この記事をお読みの社会人の院志望者の方に覚えておいて頂きたいポイントは、2点+1つの次の3つ。

  1. 理論上は、最終学歴が中学卒業だとしても日本の大学院のほとんどに入れるチャンスがある。そのために、「入学審査」を検討すること。
  2. 受験までの上のプロセスをイメージしておくこと
  3. 指導教員と社会人院生との年齢の近さ、あるいは指導教員よりも社会人院生のほうが年上という状況は、最悪、指導放棄に近い状態に陥る危険性があること

社会人の方は、著者のように金策、および貯金で学資は何とかなりそうなものの、時間のやり繰りが難しいとよくお聞きします。あと、歳を社会の荒波で重ねている分、大学と言う特殊な社会で過ごしてきた大学教員と人間関係が難しくなる時もあります。そういう意味で、2と3は注意して頂きたいです。

 

さて、著者は入学後、制作実習だけでなく、造形史や哲学といった人文科学系の授業も受け、学ぶ楽しさに目覚めます。同時進行で、カワイイの研究のため、アポイントをとって許可をとった子供のいるご家庭にお邪魔し、ご自宅にある雑貨調査とインタビューを通じて、カワイイの正体に迫る冊子を修士制作として進めていきます。美大大学院や人文社会学系大学院で制作物が認められる修士課程に興味のある方は、第3章の院生生活は読みごたえがあり、実際の社会人院生の姿もイメ-ジできて役立ちそうです。

 

プラス、森井ユカ氏が言っておられたことで、大学院の意義として重要なのは、「大学院は社会と常に連携することを目的にした開かれた場所であり、社会人だからこそ自分にも社会にも還元できる結果を生むことができる」(本書「まえがき」)だと。「小さな象牙の塔」(本書「まえがき」)は、決して社会と断絶している存在ではないのです。

 

ところで、このカワイイの修士制作での取り組みは、実は、国立民族学博物館の特別展「二〇〇二年ソウルスタイル―李さん一家の素顔のくらし」*5に近い、現代の一般家庭を対象とした文化人類学的な要素を感じており、私自身、著者が修士制作した冊子を読みたいと思ってしまいました。

 

このほか、著者は友人たちの社会人院生体験記を漫画に起こし、自分の体験記の間に挿入しています。

 ・早稲田大学大学院商学研究科の専門職学位課程でMBA取得

 ・食品メーカー勤務の方で女子栄養大学大学院の栄養学研究科修士課程・博士課程&

  東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻の修士課程

 ・京都造形芸術大学通信制大学院・環境デザイン領域の建築デザイン

漫画で分かりやすいストーリーになっています。特に、4番目の通信制大学院は、通信では珍しく、建築士の資格取得を目指したカリキュラムを持ってて、週一で京都の先生のところに通った院生の話は、面白かったです。

 

大変長くなりましたが、社会人の院志望者の方には、受験準備という点においてだけでも、非常に役立つ情報の多い本書は、書店で手に取るだけでもして頂けたら、大学院受験へのハードルを下げてくれるのではないでしょうか。

 

ここまで、お読みいただき、ありがとうございました。今回はここで終わりです。

*1:ご自身のブログ中の「10月は大阪で会いましょう!! : ユカデザインの仕事」の個展では、ハンドメイドの時計が紹介されている。そのほか、ポケモンのフィギュアや人形を作って撮影したスチルが「ポケモンカードゲーム」に使用され、そういった仕事をされている模様。

*2:「スーパーマーケットマニア」のシリーズ例:

*3:著者は講師仲間の先生にお願いした。

*4:村上隆 - Wikipediaの経歴によると、「1993年(平成5年)、東京芸術大学大学院の美術研究科博士後期課程を修了。「美術における『意味の無意味の意味』をめぐって」と題した博士論文をもって、同大学日本画科で初めての博士号取得者となった。」

*5:2002年ソウルスタイル ――李さん一家の素顔のくらし参照。なお、この特別展には次の続編がある:

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