仲見満月の研究室

元人文学系、現・文理総合学系のなかみ博士が研究業界の問題などを幅広く考えるブログ

子ども食堂ならぬ「院生・ポスドク食堂」について考える~セーフティネットと情報交換の場として見た場合+少し活動の宣伝~

<本記事の内容>

1.はじめに

本日、フォロワーさんが、本記事のタイトルのように、「「子ども食堂」より、「院生・ポスドク食堂」を作ってみたい、といったツイートをされたいました。どういうリプを私がしていたのかは、興味のある読者の方に追って頂くとして、ここでは実際、似たような集まりに院生時代から、私が出ていた時の話を、サブタイトルに入れたキーワードで振り返ってみたいと思います。

 

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2.「院生・ポスドク食堂」というより「居酒屋ラボメシ」に行ってた頃の話

院生時代、私が行っていたのは、「食堂」っていうより、お酒とおつまみになる物を提供されていたことから、「居酒屋ラボメシ」みたいな場所でした。夕方を過ぎて暗くなると、暖簾ならぬ、電光掲示板が「居酒屋」となる部屋の入口付近に掲げられ(場所は定期的に変わる)、理系院生が作ったらしい手作り「営業中」に光るライトがやって来る人たちを出迎えた…という感じの光る手書き文字の看板は、出てました。きっかけは、その「居酒屋」に出入りしている先輩にくっ付いて、ご飯をたかりに行ったことでした。

 

「居酒屋」には、料理を振る舞うのが好きな先生や、妙に手際のよい院生がいて、その絶品料理を求めて、学内のあちこちから人が集まって来ていたように思います。ちなみに、「院生時代の思い出~身近な人たちとお酒の話~ - 仲見満月の研究室」に出てくるような、お酒好きで、食いしん坊グルメな方々が作っていることが多かったように思います。カウンターはありませんでしたが、食べ物やお酒、その産地に関する話の雰囲気は、次のアニメシリーズに近いイメージです:

 

異世界居酒屋「のぶ」 (宝島社文庫)

 
調理器具は持ち寄り、食材は先生方の自腹や、帰省先や在外研究機関から戻ってきた院生の缶詰、お酒が加わります。先生方が文字通りのポケットマネーを出されて、私と後輩が買出しに行くこともありました。
 
もともとは、教授や准教授クラスの先生方が、節約生活を送り、たくさんご飯を食べられない学生のために、開着だした鍋会が起源だった、と聞いたことがあります。うちの大学だけでなく、似たような会は日本全国の大学で探せば、数十年、続いているところもあるんじゃないでしょうか?
 
毎回、様々な分野の先生やポスドク、院生の面白い話が聞ける場所です。ときどき、学会発表に行く前の予行演習をする会になったり、査読論文の抜き刷り冊子を配って批評かいが始まったりした時もありました。また、新歓パーティーが終わって、院生が学部生を連れてきて、多い時で50人くらい来るときは、立ち飲み居酒屋のようになった回がありました。
 
基本的には、夏休みや冬休みも開催しており、日本人だけでなく、短期の招へいで来ている外国人研究員、留学生もやって来て、日本語や英語だけでなく、中国語やフランス語など、何言語も飛び交うこともあったようです。参加者は多国籍であり、留学希望者は、ネットワークも作れてました。ボーダーレスに情報が行き交うことから、ある種のセーフティネットの役割も果たしていたと思います。振り返ると、大学のサークルみたいなもの言えばよいでしょうか。
 
あと、重要なこととして、ハラスメントの相談をする窓口的な場になっていたことも、書き添えておきます。「常連さん」のお一人に、大学の元役員の方がいたらしい、ということもあったと思われます。
 
 

3.仲見が行っていた「居酒屋ラボメシ」の息苦しい点やデメリット等

セーフティーネットや情報交換の場となっていた、「居酒屋」でしたが、私にとっては必ずしも楽しいことばかりではありませんでした。息苦しかった点として、

  • お酒の場ということで、公募に落ちたとか、研究資金の申請が不採用だったとか、「ネガティブな話」はしにくかったこと
  •  語りたがりな研究者が多かったり、特定の人とじっくり話したかったり、そういう時は、落ち着いた話が難しかったこと

といったことが、ありました。2つ目のことに関しては、私自身が何らかの発達障害たしき聴覚の特性があって、たくさんの声や音が飛び交う場所で会話が困難となる特性があり

  • 聴覚のピントを合わせて、特定の話し手の声を聞き取るような、耳の集音調節ができなかった
  • こちらが話したい話は、自分自身がきちんと発音できているか分からず、伝わりにくかった

ということがあって、とても辛かったです。買い出しに行けない場合の「対価」として、何か話をしないといけない、という時でも、基本、音声会話での情報のやり取りは、口を横に広げて「イー」ってなるくらい、思い出しても苦い記憶があります。それに比べて、ブログや同人誌、論文(の抜き刷り冊子)は文字に情報を固定して、それを読で話ができるので、「居酒屋」での音声会話よりは、マシでした。

 

以上のような個人的なことに加え、私には「居酒屋」に参加しながら、心配になっていたことが当時より、いくつかありました。具体的には、次の3つのことです。

  1. 経済的に先生方のポケットマネーが頼りなので、週一でやってたら、大学教員の給与の5~7割は消えていき、維持が難しそうなこと(鍋会の回で考えた)
  2. 主宰者が、料理を振る舞うのが好きな先生だったので、その人が異動した後、中心となる人がどう引き継ぐか、ということ
  3. 大学当局の組織と、どう切り離したまま、やっていくのか(アカハラ対策の情報交換の場にもなってた)、ということ*1

 

1と2は、「居酒屋」を引き継げる若手教員がいたようで、後輩の話では、私が大学院を離れた後も続いていたようです。3に関しては、バーベキューの回でなくとも、会場を変えながら、参加者が移動することで、何とかしていたようです。

 

ところで、先のフォロワーさんのツイートに、「学食じゃないのかい」といったツッコミが入りそう、というものを見かけました。3との関連と、飲み会が一次会→二次会→三次会…と進むことで参加者と会場が変遷していく性質を考え、ここらへんの東アジアの生活文化史的な視点から、ちょっと、私の見方を申します。学食や飲み会の一次会では、会場が広すぎて、聞こえたら××な話が、偶然に居合わせたという「聞こえて欲しくない人物」にも届いてしまうリスクがあって、思うような話ができないことがあるのです。

なので、「居酒屋」は同じ日の回であろうが、内輪の分野で相談したいことがある人たちは、途中で食べ物と飲み物を持って、どこかへ移動していたようです。だから、学食だけでは、セーフティーネットや情報交換の場として、限界はあるといえば、あると言えます。

 

その後の「居酒屋」については、上記のような問題が回避できなくなったのか、現在は消滅してしまったとのこと。息苦しい点や、デメリットを指摘しましたが、私にとっては楽しかったり、色々と頼りにしていたりした場所でもあり、残念でした。

 

 

4.再び、「院生・ポスドク食堂」をやってみる時のことを考えてみる

改めて、 セーフティネットと情報交換の場として、自分が「院生・ポスドク食堂」をやってみようとしたら、どういった点に気をつけるか、最後に書いておきます。

 

スタイルとしては、大部屋を1つ、個室が3つ程度の物件を借りて、「場所はレンタル式にして、キッチンや部屋は個人や各団体で設けたルールには従ってもらう上で、その範囲内で調理、飲み食いをしてもらう」という感じでしょうか。私自身の聴覚の特性から、ご飯の持ち込み希望の人には、大部屋の1席単位で貸し出し、集まった人同士で情報交換会をする時は個室に移ってもらう、といったようにスペースを分けてもよいかな、と。

こういったレンタル会議室のサービスは、民間で既に行われていますし、イベントカフェやバーは、私のフォロイーさんの何人かが経営されていらっしゃいます。気になる方は、調べてみて下さい。

 

最後に、宣伝を少し、させて頂きます。今のところ、場所を確保しての相談会はやっていませんが、私個人ではネット上で大学院の進路を受け付けています。気になる方は、こちらをご参照ください。その他、院生や研究者の研究活動や、日常生活について知りたいという方々には、当ブログ以外にも同人誌で紹介しております。6~7月の即売会で出す本につきましては、次のリンク先をご覧ください:

naka3-3dsuki.hatenablog.com 

plag.me

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。おしまい。

 

 

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*1:なお、先生方には職位があって、院生同士にも力関係があるわけで、やはり、「居酒屋」でも発言力のある人はいらして、それが新たな問題になるんじゃないか?というデメリットも、否定はできません。

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