仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

【'18.7.26_0055追記】ゲーム等による学術系の本の需要とその周辺の話~「女性やソシャゲユーザーは学術書を読まない? 「復刊ドットコム」インタビューに批判殺到→謝罪へ」(ねとらぼ)~

<本記事の内容>

1.はじめに

読者の皆様には、ゲームや漫画、小説、映画等がきっかけで、登場人物や作品のアイディアのもとになった歴史上の出来事、古典文学作品のエピソードについて、もっと知りたくなったことは、ありますか?私は、あります。博士課程まで行って、東アジア、特に中国前近代の人々の信仰や生活習慣とその歴史的背景を研究することになった契機は、週刊少年ジャンプに連載されていた藤崎版『封神演義』でした。『封神演義』の元ネタは、いわゆる殷から周への王朝交代の出来事で、興味を持った10代の私は、偕成社版『封神演義』や、夏・殷・周あたりの考古学関係の本を、学校の図書室や片田舎だった地元の公立図書館で探しては読んでいました。

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きっかけは何であれ、結果はどうであれ、何かを知りたいと思った時、好奇心を抑えないで専門的な本を手に取れるというのは、よいものだと自分の経験上、私は考えております。そのあたりの話について、この秋の同人誌新刊で出そうとしている、「世界ふ●ぎ発見!本」で、書こうとしており、ちょうど、取り上げる予定の人気スマホRPGFate/Grand Order(FGO)』関連の記事を書き終えたところです。FGOは、歴史や神話の偉人や英雄をプレイヤーが魔術で「サーヴァント」として召喚し、共に敵と戦っていくゲームです。私自身はスマホのスペックが足りなくてプレイしていませんが、動画でプレイの様子を見たり、サーヴァントのキャラクターグッズをチェックしたりして、動向は追っています。

 

さて、今月後半、FGO第2部第2章が、北欧神話をモチーフにした世界で始まりました。同人誌新刊の記事に取り上げたキャラクターに絡む新しい人物、「同一にして別の存在」が出てきた為、補足記事を書こうと、新たな資料を探し始めました。既に、在庫が心配な本もいくつか、目にしています。

 

FGO人気の影響は、登場するキャラクターの学術系の専門書にも及んでおり、具体的な事例は、先日、更新した次の記事に書きました:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

 

好きなキャラクターのことを知りたいけれど、既に求める学術系の専門書が絶版になっている。でも、読みたいんだ!という人が、絶版本の復刊を受け付けるWEBサイト「復刊ドットコム」(同名オンライン書店が運営)に、復刊希望をたくさん、出しているようです。復刊希望を受けた版元の意識について、今週あたり、ネット上で次のようなニュースがありました:
nlab.itmedia.co.jp

(2018年07月24日、12時34分 公開、ねとらぼ)

 

この版元の方の意識には、少し、思うところがありました。また、FGO等、今後、ゲームによって出てくる学術書の急な需要、それに対応しづらいと予想される版元の事情について、本記事で少し、取り上げて考えてみまようと思います。

  

 

2.「女性やソシャゲユーザーは学術書を読まない? 「復刊ドットコム」インタビューに批判殺到→謝罪へ」(ねとらぼ)から分かる一部の学術書版元の意識

今回の『ねとらぼ』ニュースをまとめると、以下のようになります。

  1. 自費出版を手掛ける」版元・パレードブックスが、自社運営のWEBメディア『本づくり研究所』に、7月19日公開に「復刊ドットコムに聞いてみよう」の記事が掲載された。
  2. 復刊ドットコムに聞いてみよう」の記事は、「復刊ドットコム編集部長の澤田勝弘さんに、復刊までの経緯や交渉についてインタビューする」内容で、その中の「「最近のリクエストの傾向」について澤田さんが答えた部分」あたりについて、ネット上で批判がされた。
  3. インタビューの中で、澤田編集部長は「『サリエーリ モーツァルトに消された宮廷楽長』の復刊リクエスト」を具体例に上げ、この『サリエーリ』に「最近多くの投票が集まった」ことを不思議に思い、調べたところ、「スマートフォンゲームにサリエーリをモデルにしたキャラクターが出たことが原因であろうこと」が判明した(『ねとらぼ』側によると、そのゲームとはFGOと見られるそう)。
  4. 澤田編集部長は「「それで彼(サリエーリ)の著書が注目されたんだけど、ガッチガチの学術書なんですよ(笑)。とても投票した層が好きそうには思えない」」と言った。
  5. インタビューする聞き手側の『本づくり研究所』スタッフ・「研究員」は、別のゲーム『文豪とアルケミスト』(以下、『文アル』)を例に挙げ、「プレイヤーが『文アル』で好きな文豪作品とそのプレイヤーがよく読む作品が必ずしも一致はしていない」と答えた。
  6. 話し手と聞き手は、該当する「復刊ドットコムに聞いてみよう」の中で、ともに「SNSに抵抗のない若い層からのリクエストが多いものの、ネットの盛り上がりと実需要は違うため、クールな目で見る必要がある」という」趣旨で、以上のようなことを話した。
  7. インタビュー記事の続きでは、澤田編集部長は「実際に復刊した本の売れ行きについて「実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です。うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもあるし、そんなの『いいな、買っちゃおう!』ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)」」とコメントを行った。
  8. このインタビュー記事の部分に対して、「SNSで「『女性やソシャゲユーザーが学術書を読むわけがない』という偏見がある」「女性の購買力が低く見られている」「年齢や性別で復刊交渉を選別しているのにがっかりした」「ゲーム人気で本が売れているケースは数多くあるのに……」」といった批判が起こった。
  9. その一方、「「復刊までに時間がかかる場合、盛り上がりが沈静することもあるので、経営判断としては理解できる」という声」もあった。
  10. 批判に対して、パレードブックスは

 決して女性を差別・軽視する意図はございません。結果として女性は本を購入しないと決めつけたような表現になり、女性ユーザーの感情を著しく傷つけてしまったことを、心よりお詫びいたします」と謝罪。名前の挙がったゲーム作品についても「特定のユーザーが意外な本に注目する例を示したものであり、総じて『ソーシャルゲームユーザーが本を読まない』と揶揄(やゆ)したものではありません」「具体的な作品名を安易に使用したこと、誤解を招く表現があったことは大変軽率な行為でした」振り返っています。

女性やソシャゲユーザーは学術書を読まない? 「復刊ドットコム」インタビューに批判殺到→謝罪へ - ねとらぼ

とのこと。 

 

まず、院生時代、学術書やそれに近い専門書を出している版元と、私のいたところのボス先生のやり取りしていた経験から言いいます。ガチガチの人文社会系の出版物を出しているところは、「女性やソシャゲユーザーは学術書を読まないんじゃないの」という意識の人がたくさんいても、不思議ではないです。だって、出している出版物を書く人も、読む人も、ひと昔前の院生や職業研究者が想定されているから。

女子院生も、女性の職業研究者も、実際に学術分野によって偏りがあり、私のいた人文畑では。博士課程とその先に進んで研究を続けている人は、学術系の出版社の管理職にいる世代の人からすると、イメージとして、読者層に入っていないくらい少なくても、不思議ではありません…。そういう意味で、版元の著者と購入者も、たいていは、45歳~60歳の男性というのも、イメージとして「本当」っちゃ、「本当」なのです。

ということで、そもそも、女性の研究者層が購買者層に入っていない、もしくはその程度に少ないイメージを版元に抱かれていたらしいのが、1つ。

(非常に悲しいですし、今回のような文脈では理不尽なことですが…) 

従来の購買層のイメージに対して、今回のFGO等ゲームの影響により、学術系の専門書、学術書の今まで版元が想定していた読者層から、より広い女性やソシャゲユーザーに読者層が広がったというのが、事実として1つあります。

 

次に注意すべきは、FGOのユーザーにも、歴史や神話、古典文学(『三国志演義』や『水滸伝』の人物もFGOに登場)、あるいは近代の科学や医療の技術(エジソンやテスラ、ナイチンゲールが登場)等に関係した分野に、もともと、関心を持っていた人がいたから、ゲームをきっかけに、より専門的なことを知りたいという層が表出した可能性です。

 

私が一昨日に読み終えた次の本:

 

TYPE-MOONの軌跡 (星海社新書)

によると、2017年10月の時点でFGOのダウンロード数は1千万を超えていました。更に、FGOの作り手・TYPE-MOONの中心人物・奈須きのこ(とその相方で、TYPE-MOONの代表的人物・武内崇)は、DL数のその100万分の1、つまり10万人のコアなユーザーに届けることを意識して、FGOに取り組んでいるイメージのようです(第7章、終章)。FGOによって「もっと、専門的で、詳しいことを知りたい」という層として掘り起こされることは、DLした人が1全体で千万人もいれば、もともと、関心があった人がプレイヤーに10万人いたとしても、数としてあり得る、と私は思っています。

 

その10万人には、私の知っている範囲で、元院生の人、修士卒の人も含まれているでしょう。あるいは、ゲーム自体はしていないけれど、私のように、登場人物のことを知りたくて、専門書や学術書を購入している人も、少なくないのではないでしょうか。あるいは10代の私のように、FGOのストーリークエストをプレイして、図書館に行き、関係ありそうな学術系の本を手に取った、という高校生もゼロではないでしょう。

 

それまで、版元が想定していなかった層が人気ゲームによって「出現」し、学術系の専門書、ガチガチの学術書の市場に入ってきたら、そりゃあ、出版しているほうの意識は追いつかないでしょうし、澤田編集部長と「研究員」のような意識であっても、不思議ではありません。重要なことは、FGO等のゲームで想定していなかった読者層の人から、復刊依頼があった時、その需要が出てきた背景が何であれ、それを変化としてとらえ、今までの読者像を乗り越えて動けることだと、私は考えました。

 

今まで興味がなかった人でも、別分野について知りたくなることはあるのです。年齢や性別は、特定の分野を好む傾向はあったとしても、必ずしもそうではありません。そういうわけで、「こういう人(たち)だから、こういうことにしか興味がないだろう」という偏見は、拭い去って欲しいところです。私は中国前近代のことを研究し、人文畑出身ですが、よく分からなくても、WEBメディアや鉱物学のことにも興味はあります。WEBサイトの作り方ガイドや鉱物図鑑、持っていますし。

 

とはいえ、版元によっては、読者層のイメージを柔軟にするというのは、とても難しいことでしょう。著者や版元スタッフの年齢や性別の層は、現場によってバラつきあるのは事実です。加えて、私の関わった出版物の版元は、「学術書を買うのは40~60代の男性だろう」という世代のスタッフの方が管理職を占めてそうな印象でした。こういった私の偏見を覆すような版元が、続々と出てきてくれることを切に願っています。

 

 

3.学術系の専門書、学術書を買う時に、少し「注意したいな」と思った需要と供給のこと

版元の想定外の読者層が掘り起こされたのでは?という話の次に、学術系の本を買う時に少し「注意したいな」と考えたことを書きます。ズバリ、需要と供給の話です。ここでは、私が知っている人文系の学術書の事情を中心に、話をさせて頂きます。

 

先日、「歴史上の人物の伝記と人気スマホRPG~「「FGO効果」で…ついに4刷目へ 大反響『正伝 岡田以蔵』の版元に聞く」(ねとらぼ)~ 」でも書いたように、人文系の学術書は、割と売れると想定された本でも、初版は500部*1、1000部より少なく数で出されます。これは、学術書を多く出している出版社は、最初、数百部、多くても1000部程度しか出さない体制になっていることも意味しています。そのため、最近のFGO効果で想定していない「特需」が発生すると、サクサク、2刷、3刷…と重版に対応することは簡単にできません。例えば、『正伝 岡田以蔵』の版元・戎光祥出版は、緊急会議を繰り返して、この本の重版を決定していました*2

 

急な需要に対して、たくさん刷っても、ブームが沈静化してしまえば、版元は大量の在庫を抱えて経営状態が悪化、最悪、倒産してしまう恐れがあります。先の『ねとらぼ』ニュースで取り上げられた、インタビュー記事に対し、「「復刊までに時間がかかる場合、盛り上がりが沈静することもあるので、経営判断としては理解できる」という声」があったのは、実際、そうだと私も思います。そういう文脈で、「ネットの盛り上がりと実需要は違うため、クールな目で見る必要がある」という、「復刊ドットコム」澤田編集部長の言葉は、経営目線では、真っ当といえば真っ当です。

 

もともと、発行部数が一般向けの本より少ない学術系の本は、特需に供給側のスピードが追いつきにくい現状では、今まで購入していた院生や研究者といった層が買えなくなる、といった困った状態を生む可能性もあります。そうなると、1冊1万円以上する学術系の本が高騰が止まらず、それが進むと、専門で研究していた人が研究で着なくなり、学術系の本を書けなくなる、といったことも出てくるでしょう。最悪、その分野の研究が停滞してしまいます…。

 

そんな状態、私は嫌だ!ということで、1つ、提案がございます。某在野武将の研究者も仰っていたことですが、学術系の専門書を読みたい時は、まず、近くの図書館に購入希望を出しましょう。エンタメ作品より、学術ジャンルの本は意見が通りやすいそうですし、高くて買えない人も借りて読める。つまり、同好の士といえる、「推しジャンル」が重なる人も助けることになります。図書館で借りて他の利用者と本を「共有する」ことで、供給側が緩やかに重版のスピードをアップできる体制に変化できて、供給を安定させやすくなると考えられます。最後にもう1つ、図書館で学術系の本の購入希望が増えると、公立図書館の場合、自治体にもよりますが、学術ジャンルの本を買うための予算が増えやすくなる可能性があります。

 

そういうわけで、ゲームで推しキャラに関する学術系の本を読みたい人は、まず、図書館にその本の購入希望を出してみて下さい。学術系の本の目安としては、価格帯として大学の学部生向け入門書は2000円前後、上級者向けの専門書は、3000~4000円になります。

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4.最後に

以上、『ねとらぼ』のニュース記事を起点に、ゲーム等による学術系の本の需要、および供給元の版元の事情あたりの話をさせて頂きました。

 

第3項の続きになりますが、もし、読みたい学術系の本の購入希望を図書館に出して、却下されたら、 どうしたらよいのか?特に、FGOユーザー向けになりますが、大手出版社の出している本を探して、読んでみてはいかがでしょう。弊ブログで取り上げてきたものでは、講談社学術文庫角川ソフィア文庫が、需要が比較的安定しており、手に取りやすい価格、かつ専門的で読みやすい内容のものが多いイメージです。

 

本記事の最後に、FGO絡みで少し、『水滸伝』に関する本を宣伝させてください。

 

FGOの1.5部「亜種特異点Ⅰ」にアサシンのサーヴァントで登場した通称「新宿のアサシン」、私はデザインが好きな中華系サーヴァントです。『水滸伝』の登場人物だそうで、読者の方に『水滸伝』のことを知りたい人がいたら、次の本をおすすめ致します:

 

女子読み「水滸伝

タイトルに「女子読み」と入っているように、『水滸伝』の女性キャラクターが進行役を務めています。各人物の紹介、作品全体のダイジェスト解説を中心にしています。最後のほうで、『金瓶梅』をはじめとする派生作品が紹介されているので、別作品への橋渡し役の本にもなっています。

 

その派生作品の筆頭ともいえる『金瓶梅』は、今年度の最初、新しい日本語訳が出ました。上記の本の進行役の一人・潘金蓮が、メインヒロインの位置にいる”人情小説”です↓

 

水滸伝』の武松のエピソードを膨らませて、全100回の物語に延長されて作られました。当時の小説としては、女性が主要人物として多く登場し、ひとつの家を舞台とする物語という意味で、特異な位置にある作品です。『金瓶梅』は、中国文学史上、最高傑作ともされる、清朝で成立した『紅楼夢』に繋がる、重要な作品でもあります。

 

田中智行さんの上の新訳は、岩波版日本語訳『金瓶梅』より、新しい研究が反映され、我々に馴染むような日本語で書かれているようです。まだ、チェックできていませんが、読んでみたい1冊です。

 

そらから、『水滸伝』と『金瓶梅』、その次の流れに来る『紅楼夢』あたりの関係については、「中国の明清白話小説への誘い ~『水滸伝』『金瓶梅』『紅楼夢』~ 」を、『金瓶梅』自体の解説は「白話小説の『源氏物語』的な風俗小説 『金瓶梅』」を、それぞれ、 合わせてご覧ください。

 

おしまい。

 

 

5.('18.7.26_0055追記)ぺ―パーバックの専門書の例

Togetterまとめに、ビリー・ザ・キッドの研究本の著者のツイートがまとめられていました。こういう例もあるよ、ということでリンクを貼っておきます:

「復刊ドットコムの肩を持つわけじゃないが、『ビリー・ザ・キッド、真実の生涯』は購入希望者が600人以上いたが実際に買ってくれた人は100人程度。」という話を発端に本の売上の「伸び率がハイパー・インフレみたいな数字に・・・・・。」 - Togetter

 

 

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