仲見満月の研究室

元人文系のなかみ博士が研究業界の問題を考えたり、本や映画のレビューをしたりするブログ

ポール・J・シルヴィア『できる研究者の論文生産術』をしっかり読む

<書評します>

1.はじめに

 1-1.あの本のレビューを改めて

記事タイトルの本は、今までへ弊ブログの論文の書き方や読み方、執筆のスケジュール管理の記事などで、ちょこちょこと内容を紹介したり、批評したりしてきました。改めて、Twitterで「いいね」が2桁になったら、全体レビューをしようとツイートしましたが、近況報告も兼ねた記事の「学術論文と同人誌を比較して実感したこと - 仲見満月の研究室」で書きましたように、通過した論文改稿の作業が急きょ、入ってきました。そのため、もう一度、自分が論文の書き方を見直すため、きとんと全体のレビューを本記事で行うことに致しました:

 

できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書) 

  1-2.本書の目次と全体

上記の本書リンク先から、目次を引用いたします。

 

  • 第1章 はじめに

  • 第2章 言い訳は禁物 ――書かないことを正当化しない

  • 第3章 動機づけは大切 ――書こうという気持ちを持ち続ける

  • 第4章 励ましあうのも大事 ――書くためのサポートグループをつくろう

  • 第5章 文体について ――最低限のアドバイス

  • 第6章 学術論文を書く ――原則を守れば必ず書ける

  • 第7章 本を書く ――知っておきたいこと

  • 第8章 おわりに ――まだ書かれていない素敵なことがら

 

まず、タイトルにある「論文生産術」とありますが、何も学術論文の生産効率アップだけを行う研究者をターゲットにしてはいません。序盤から中盤を読んでいると、しばしば、研究予算の申請書や、助成金の申込書といった研究活動を支える書類の書き方を知りたい人をも、ターゲットにしていることが窺えます。その一方で、あまり、研究発表のパワーポイントの作り方のテクニックや、シンポジウムの報告集に入れる短いレポート文書の書き方は、あまり気を配られておりません。

 

本書を貫いているキーワードは、一つ。地道にコツコツ書くことであり、一気書きは避けるべきこと。それでは、細かく気になった箇所を確認していきましょう。

 

 

2.ポール・J・シルヴィア『できる研究者の論文生産術』をしっかり読む

  2-1.序盤(第1~3章)の内容

序盤の序盤の第1章の内容を箇条書きに起こしますと、以下のようになります。

  • アメリカの心理学専攻をする者でも、ライティングのスキルは独学の人が多い
  • 大学院を出た後、自分で研究プロジェクトを自立して主導できるスキルがないと、研究者をやっていくのは厳しく、そのために、筆者は、各種の研究資金の申請書作成や学術論文といったライティングスキルの水準アップが必須だと考える
  • 本書は、研究者にとって必須のライティングスキルの水準アップが目的である

 

確かに、日本でもアカデミック・ライティングの授業が、学術分野の専門授業と独立したカリキュラムに組み込まれていることが多いです。他の大学院のことは知りませんが、私の行った大学院の文理総合系の部局には、ジャーナル投稿に向けたライティングの授業は設けられてはいませんでした。

 

筆者の言葉を鵜呑みにすれば、アメリカの大学院でも、なかなか、ジャーナル投稿のためのライティング・スキルの授業はないようです。そのあたりは、第3章の動機付けや、中盤の第4章の仲間づくりと勉強会のところで、スキルアップのコツが紹介されています。

 

第2章の「言い訳は禁物」のところでは、「とにかく、書かないことを正当化せよ」と、ひたすら、書かないことの言い訳になりそうな事柄が打ち消されています。

  1. 書く時間がとれない→一週間に数日で一日に2時間ずつでも書く時間を確保せよ
  2. 先行研究や統計処理に時間をとられる→執筆時間の中に含めて合理化せよ
  3. 新しいPCとプリンタや、椅子と机が欲しい→今、持っている道具で書け
  4. 気分がのっている時を待っている→データ上、地道に書くほうが科学的な文書である論文の執筆には適切である、という統計があるので、1の方法で書け

 

1の執筆時間の確保や管理、やり方については、「論文執筆や研究の作業計画の予定管理法~ちょっとした工夫をしてみる~ - 仲見満月の研究室」の「1.論文執筆や研究の作業計画の予定管理法」で、実際のカレンダー画像を載せています。2については、用意したマンスリーカレンダーに引いた線の日について、2~3時間ずつ、執筆や提出先との連絡メールの時間のやり取りも含めて、スケジュールにぶち込んでしまえば、私は気持ちが楽でした。

3については、「学術論文の書き直し作業の字数を削ること、印刷出力しないと作業が進まない「ぼやき」ほか - 仲見満月の研究室」でも書いたように、印刷した紙原稿に赤入れしてPCで修正→修正データを紙に印刷→赤入れするのループで、推敲作業を進める私には、やはり、ある程度、機動に安定感とスピードのある機械は必要でした。ついでに、私は現在、四肢を痛めているため、ある程度の面積のシートのクッションが付いた椅子と適切な高さの机と椅子がなければ、身体が悪化するらしいです。カフェのカウンター席では椅子が合わず、膝を痛めるので、帰宅してから横になってPCで書いていた時もあります(横になって書くと、首と肩の神経を痛めやすいことも)。

4については、我慢したら不安とイライラで、ストレスになりました。夏休みの宿題の思い出で、計画的に宿題の提出期限までに終えられる人は、4の言い訳は関係ないかもしれません。

 

第3章の「動機づけは大切 ――書こうという気持ちを持ち続ける」に関しては、技術的なポイントは、1の予定管理の細かいところを書いています。一日につき、決めた数時間のなかで最低限、何ワード書いたか。例えば、エクセルの表に文章を書いた日付と単語数、書いた章や節の名前の項目を作成して、そこに記録して執筆時間を目で見て分かるようにしていく方法が紹介されていました。一種のプロジェクト管理のやり方ですね。つまり、書いた量を「見える化」すると、モチベーションがアップするということです。そうやって、期限までに書類や文章が書けたら、ご褒美にコーヒーを飲んでもいいし、欲しかった物を買ってもいい。ただし、休みはしない。短期の目標をクリア後も、次の期限に向けて書き続けるルーティンは崩さないことが重要だそうです。

 

 2-2.中盤(第4~6章)の内容

第4章は、書き続けるために、互助グループを作って、週一回程度は進捗を発表し合ったり、読書会を開催して知識を高めたり、そういった組織活動のやり方が書かれていました。日本でいうと、自主ゼミや定期的な学生の読書会が近いでしょう。

そうそう、大学教員の読者に向けて筆者が忠告として、学生との勉強会は優先し、また書類チェックも学生との共同グループのものであれば、優先順位を付けるよう、第2章に引き続き、書かれていたかと思います。

 

第5章は、文章の文体について、記号の使い方から、受動的な文体で書いてはいけないことなどを具体的なアドバイスが書かれていました。本書は、英語の洋書を日本語に訳したものではありますが、受動的な文体で書いてはいけないポイントは、英語と共通するでしょう。昨今の日本のアカデミアでは、特に社会科学系のジャーナルだと、英語の要約や要旨を付けるように義務付けられている点が投稿既定にあると思いますので、英語のアブストやサマリー作成に、この章は役立つでしょう。

 

そして、第6章が本書の最も重要な箇所になるでしょう。まず、アウトラインの作成をしてから、部分ごとの執筆開始!ということが指摘されていました。このことは、ライター向けの文章書き方の本*1でも、またweb媒体への寄稿する時にも、よく言われるているポイントの模様です。

 
 

第6章で示される学術論文のアウトラインの例は、

  • タイトルとアブストラクト
  • 序論
  • 方法
  • 結果
  • 考察
  • 総合考察
  • 引用文献

です。この「部品」の中でも、序論は、読み手にとって「大事な研究か、どうでもよい研究かがわかってしまう」という、書き手にとっては自分の論文を読んでもらえるかどうか、の分かれ道になる部分であることが主張されています。具体的な序論のひな型については、本書p.102に示されていますので、是非、ご覧ください。なお、別の書き手にはなりますが、以前に書きました次の記事:

naka3-3dsuki.hatenablog.com

の「2ー2.序論の内容と書き手読み手が意識すべきこと」にも、序論の構造が出ていますので、本書と合わせてお読みください。

 

本書の第6章の「考察」と「総合考察」については、投稿論文は、必要なポイントに絞って鋭さの利いた書き方をし、学位論文の場合は、考察に使った先行研究や文献を引用しながらまとめていく、という相違点が短文で書かれていました。このあたりの投稿論文と学位論文の相違点は、「論文に関する意外で素朴な疑問~「博士論文とジャーナル論文の9つの違い」(Editage Insights)~ - 仲見満月の研究室」にも詳しく書きました。

 

頑張って地道に執筆した論文が、再投稿やリジェクトになった際、なすべきことについても、本書の第6章の終わりにしっかりと書かれています。ご参照下さい。私は、まさに読み直しているところです…。

 

その他、第6章には、共著論文やレビュー論文の書き方や、書くに至るまでの準備の仕方など、簡潔に書かれていました。

 

 2-3.終盤(第7・8章)の内容

本書の書評も、終盤となってきました。第7章は、「本を書く――――知っておきたいこと」という主題です。私目線での感想は、文系研究者にとっては、博士論文を出版する上で、具体的にどうしたらよいのか?というヒントがコンパクトにまとまっていました。という感じです。

 

執筆作業に関しては、論文を書く技術と基本的に同じで、決めた日数、決めた数時間でコツコツと書き進めるところは変わりません。違うのは、

  • 出版したいものがあれば、学会大会やシンポジウムに出展してきている出版社や書店の社員に声をかけてみる
  • 出版社や書店の社員には、出したい本のアウトラインを示す(企画書を書く)

という2点でした。

 

第8章のまとめでは、再三、「一気に書いては、ダメ」ということが出てきます。その理由は、気分だけで長期間文章を書いていると、執筆期間のあとに燃え尽き症候群を起こしてしまい、自分が執筆のことを嫌だった事実を突きつけられるから、だそうです。やはり、大切なことは「望みは控え目に、こなす量は多く」(本書p.154~155)とのことでした。

 

更に、終盤ということで、筆者は、「執筆は競争ではない」ため、たくさん書かなければならない、というふうに思い込まず、予定通りに机に向かって本を読み、仕事の順序について、しっかり考えることが重要だと重ねて言っております。もし、論文の数を増やす=業績を増やすだけのために、執筆していることに気がついたら、書く時間を使って、研究の目標や動機を考えてみたほうがよい、ということです。

 

研究者として、業績を増やすことが手段、研究の結果を出すことが目的であり、この二つが逆転する恐れまで、筆者はきちんと忠告として本書に入れていました。

 

  2-4.「訳者あとがき」に見る本書のアドバンテージ

 Amazonの目次には出ていませんが、「訳者あとがき」には「この本を読むと、こういうところが読んでいない人と違って、いいことがあるよ!」という部分があったので、ついでに、書いておきます。

いかにして論文執筆のモチベーションを上げ、精神的負担を軽くして論文執筆に取り組めるようにするかについて、メンタルな面を含めて冷静に分析し、その解決策を誰にでもわかるように明瞭に提示している点だろう。

(本書p.171)

確かに、執筆進捗の予定管理から、自分だけでは難しい学術論文の執筆継続を実践する方法、そして論文の部分、部分のひな形の提示まで、内容は多岐にわたっています。本書を読むだけで、学術的な文書を書くためのおさえるべきポイントが一冊で分かって、ちょっとお得な気持ちになってきました。

 

 

3.最後に

ところどころ、今年の春から読みながら、夏に第6章の要所要所を読んで、ツッコミを入れては、私自身、学術論文を書いていました。全体的には、執筆を助けてくれた部分が多々あったこともあり、大学院に進学したばかりの右も、左も分からない学生には、研究活動を進める上で、頼りの一冊になるのではないでしょうか。

 

なお、本書はフォロワーのすかいゆきさんからのお恵みでした。続編は、次のものが出ています。テーマは、もっと読ませ、伝えられるという意味での質の高い論文を書き、投稿するジャーナルを選ぶ技術を提示するといったことであり、より上級者向けの内容ようです:

 

できる研究者の論文作成メソッド 書き上げるための実践ポイント (KS語学専門書) 

 続編も、お恵み頂きました。少しずつ、読み進める予定です。

 

以上、ポール・J・シルヴィア『できる研究者の論文生産術』の全体レビューでした。

 

おしまい。

 

*1:例えば、この本です:

新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング できるビジネスシリーズ[Kindle版]

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