大学院の研究室や指導教員の変更をする際の注意~旧指導教員の推薦状提出の件~
<今回の内容>
1.はじめに
年末に一件、書いておきたい事項を思い出しました。それは、研究室や指導教員の変更を希望する場合、事務の手続き上、旧指導教員の推薦状の提出を求められるケースがあると、最近、ネット上、そして参加した学会大会で複数の方から「実は…」という形で、小耳にはさんだからです。
自分の場合は、修士課程・博士課程ともに、研究室も、指導教員も変更することなく、博士論文を書くところまでいって、博士号を授与されて、大学院を出ていきました。そのため、私が博士課程に進学する際、別の大学院や同大学院の別部局から編入してきた同期の人たちが編入に、もしかして必要だったかもしれない「旧指導教員の推薦状」の存在には気がつかず、盲点でした。
(そういうものが必要かもしれない、という発想自体がありませんでした)
ネット上や学会大会で、この旧指導教員からの推薦状が実は厄介だったということを、教えて下さったのも、一人だけではありませんでした。というのは、学会で教えて下さった人のうち、何人かの方が「アカハラ」絡みで、研究室と指導教員を変更せざるをえなかったからです。
2.研究室・指導教員変更と旧指導教官からの推薦状の問題
以前、私は次の記事で、
所属先でアカデミック・ハラスメントを受け、心身ともに限界な人向けに対する対処法をいくつか挙げました。 特に「3-1.アカハラ問題は学内の大きい組織に報告すると共に、弁護士に相談しよう」の終わりでは、弁護士とアカハラ問題への対処について、相談すると共に、
合わせて、アカハラ問題の解決後の身の振り方を考えて、そちらの対策を練っておきましょう。K先生の言葉にもあったように、部局内は小さなムラ社会であり、教員同士の関係が微妙なところもありえます。アカハラ問題の後、指導教員の交替や研究室の異動を希望しても、先生同士の面子のこともあって、同じ部局内に指導教員になって頂けないこと、受け入れる研究室がない可能性も考えられます。万が一を考えて、受け入れてもらえるところがないか、学内外ともに候補を挙げてみましょう。また、大学の該当事務室を探して、学籍の異動や退学に関する手続き、必要な書類の説明を受けて、余裕があれば書類を受け取っておきましょう。
ということを書きました。上記引用部分の「学籍の異動や退学に関する手続き、必要な書類の説明を受けて、余裕があれば書類を受け取っておきましょう」の書類に、旧指導教員に書いてもらう「旧指導教員の推薦状」が、大学院によっては、含まれると思われます。
上のところに出てくるEさんのように、ここでは例として、指導教員によるアカハラで悩んでいた架空の院生・Jさんを設定し、「旧指導教員から推薦状をもらってくる」ミッションの困難さを考えてみましょう。Jさんは当時、修士課程2年で修士論文を執筆途中でしたが、提出を終え、修士修了は何とかできそうな状況でした。Jさんは博士課程の進学を希望し、研究の継続を希望していましたが、修士課程時代の大学院ではそれは人間関係上、不可能なものでした。修士論文提出に必要な書類に指導教員Z先生はハンコ捺印を頼むJさんから逃げまくり、提出期限の一時間前になって、Jさんを睨みながらハンコを複数の書類にまとめて捺印する、Z先生は院ゼミでは高圧的な態度をJさんにばかり取り続け、Jさんの精神にストレスを与えるなど、アカハラをしていた指導教員でした。JさんはZ先生を怖がるようになり、その指導教員の個人研究室のある階に用事があっていかなければならない時は、胃痛が止まらないほどだった状態にあったとします。
Jさんが学会でお世話になっていた別のL大学院のR先生が、博士課程でのJさんの指導教員の引き受けを許可して下さったとします。ここで、L大学院の事務では「修士課程の大学院での旧指導教員に推薦状を書いていただき、提出してください」と書類をJさんがもらいました。アカハラのせいで、Jさんは怖くて、容易に旧指導教員のZ先生に近づけないでしょう。もし、近づけて推薦状の記入をお願いしても、Z先生に拒否されることもあり得るのです。上リンク先の記事「「アカハラ」からどう身を守る?学生・院生のためのメンタルヘルス対策 」の「1-3.アカハラが起きやすい大学の研究環境」
「(1).学生を労働者と認識している教員の存在」で述べた
俗に、「大学教員が学生の生殺与奪を握っている」と言われることがあるのは、
旧研究室・旧指導教員から新しい研究室・指導教員のところへ移ったり、進学したりすることに対して、手続き上、このように一定の力を持っていることがあるのです。
困ったJさんがR先生やL大学院の事務に、「Z先生からアカハラを受けていて、推薦状を書いてもらうのが非常に難しいのです」と話したとします。それでも、当事者のJさんはZ先生に恐怖心を抑えた上、更に推薦状を書いてもらえるように交渉しなければならないのです。もし、Z先生が推薦状を書いてJさんに渡したとしても、関係の悪化していたJさんのことを正当に評価ていない内容の推薦状を書いている危険があります。推薦状の記入を拒否された場合は、アカハラを受けていたJさんのほうが「問題のある学生」として、不当に評価されてしまう不利益が生じる危険があります。こうなると、Jさんには理不尽です。
このままでは、Jさんは推薦状の不要な大学院を新たに複数探す、もしくはL大学院の修士課程でR先生に許可を頂いてから、再度修士課程に入学してから博士課程に進学するといった、時間や精神的・体力的なエネルギーを要する進路をとるしか、なさそうです。
3.この問題に対する私が当事者だった方々から聞いた提言
実際、架空の人物・Jさんのような困難に陥った方々から、私が受け取った提言には、次のとおりです。
・アカハラにより研究室を異動、指導教員を変更する場合、推薦状が不要であること
・第三者(の機関)による推薦状依頼の仲介、代理提出を認める、といった措置
当事者だった方々に以上のような提言をいただいた際、私が考えたのは、学振の特別研究員や卓越研究員といった、いわゆるポスドクとして職を得る時にも、発生する問題だと気がつきました。
今回、書きました「旧指導教員の推薦状提出の件」、そして先のアカハラの件など、日本の大学・大学院といった機関は、若手研究者に対して、まだまだ「風通しの悪い」ところがあり、非常に息苦しいと実感しました。そして、理不尽が堂々とまかり通ってしまうことがあると。
4.最後に
現在、アカハラ問題に対して、動いていらっしゃる方がおられます。まず、イエナ大学の山本裕子さんです。アカハラの実態と問題点を集めていらっしゃるそうです(詳細は、下の山本さんのリンク先の固定ツイート等を参照のこと)。
山本さんは、ご自身のリサーチマップのほうで、様々な方からハラスメントの事例を収取され、レポートの形で公開されていらっしゃいます。私の上のアカハラ対処法の記事も、挙げて頂いています。
また、科研費の書類に関するエクセル書式問題を契機に、研究者から意見を吸い上げて、様々な問題に取り組んでいる河野太郎議員も、少しずつ、研究機関でのハラスメント問題の調査を進められているようです。
こうした動きに、ネット上では、じわじわと上がっていた声が集められていき、問題の起こってくる環境や、ハラスメントの認定方法をどうするのか、といった新たな情報が出てきたり、議論が活発になったり、しているように感じます。
アカデミック・ハラスメントを含め、日本の大学・大学院を取り巻く諸問題の行方を追いかけながら、また動きがありましたら、ここで取り上げたいと考えています。
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◆岡崎匡史『文系院生サバイバル』(ディスカヴァー携書)ディスカヴァー・トゥエンティワン、2013年:「第3章 博士号への道」の「大学院の人間関係は恋愛より難しい」で、著者は「大学院の5年間で、3人の指導教授を変更した」(p.57)と語っている↓